21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年5月10日土曜日

『L・O・D+α ~光と闇が始まる時~』

 神の声を聴き、決戦の地<天空の聖園>へと集った冒険者達は、熾烈なる戦いの末に、復活を果たした魔神を打ち倒した。

 そして、<魔神討滅>という偉業を果たした冒険者達には、伝説の達成者の証したる<ロイヤル・クラウン>が与えられ、それと共に戦いし全ての冒険者に、戦いの功績に見合った地位や領土といった恩賞が与えられた。

 その魔神との戦いで,大いに活躍しながら、地位も名誉を求めず、唯、自由のみを求め、パートナーである魔導師と共に、世界を知るための旅に出た冒険者がいた。

 世界を知るために未知なる外海に乗り出し、そして、その旅によって、世界がまだまだ未知なるモノである事を知った冒険者は、久しぶりに懐かしき故郷の街へ還ると大陸の港へと戻る。

 冒険者と、そのパートナーは、故郷のある大陸に懐かしさを覚えるより先に、妙な違和感を覚える。

 想う姿と異なるその穏やかならざる雰囲気に。剣呑にして、どこか殺伐とした雰囲気。

 それは、冒険者達が嘗ての日々の中で、常に身近に感じ続けてきたモノ。

 そう戦場に満ち満ちる空気であった。

 その異様なる雰囲気に戸惑う冒険者達の耳に、何者かの怒声が聞こえてくる。

 自然と振り返った二人の目に、怒声の主の姿が映る。

 頭上へと振り上げた剣を、今にも振るわんとするその姿が。

 冒険者は、その刃が向けられる先にあるものが、年端も行かぬ子供であると視た瞬間に走る。

 それと同時に、彼のパートナーたる魔導師が、彼の素早さを極限まで高める魔法を発動させる。

 パートナーの支援をうけ、一気に相手との間合いを詰めた冒険者は、怒声の主たる男が振るい降ろした剣を、自らの抜き放った剣で、見事に弾き返す。

 一瞬の内に起きた出来事に唖然としている男を鋭く睨んだまま、冒険者は背中に庇う形になった子供へ、「逃げろ」と伝える。

 その言葉に従い逃げる子供の姿を後目に一瞥して、冒険者は再び、目の前にいる男を睨んだ。

「貴様、一体何をする!」

 男は怒りの矛先を、冒険者へと向ける。 それを受けた冒険者の眼差しが更なる鋭さを持った。

「貴様こそ、あんな子供相手に何をしている!」

 冒険者の放った一喝の鋭さに、一瞬男がたじろぐ。

何とか、体裁を保った男の顔が怒りの朱を帯びる。

「貴様の知ったことか!」

 怒りに我を忘れた男の剣が、冒険者に向け振り放たれる。

 冒険者は、相手の行動を見て取ると、一瞬浮かべた苦笑の後、意外にも手にしていた剣を鞘に返す。

 そして、それと略同時に軽快な身のこなしでバック・ステップを踏んで相手の攻撃を避け、廻らし回転させた身体の勢いのままに、再び抜き放った剣の腹で、隙だらけとなった男の背中を強打した。

 強烈な一撃を受けた男は、青くなった顔を冒険者に向けると、何とか呼吸を整え言葉を吐き出す。

「貴様、この恨みは必ず晴らしてやる。覚えて置け!」

 捨て台詞を残し逃げ去る男を、軽く睨み返して冒険者は剣を収める。

「覚えておく価値も無いな。しかし、あれは只のゴロツキではないな・・・・。冒険者崩れか?」

「ええ、多分そんなところね。困ったものだわ」

 互いに呆れ返る冒険者とそのパートナーはこの後直ぐに、残酷な世界の現実を知る事となるのであった。

 暴漢を懲らしめた冒険者は、その時初めて周囲の人々が自分へと向ける眼差しが前と違っている事に気が付く。

 それは、どこか冷めた眼差しであり、何かを諦めたモノの眼差しであった。

「あんたは、<秩序の光>のモンか?」

 周囲を取り巻いていた内の一人の男が、意を決した感で尋ねて来る。

「<秩序の光>?」

 冒険者は、尋ねられた言葉の意味を計り兼ねて問い返す。

 そんな、冒険者の様子を奇異に思いながらも、男は更に言葉を続けた。

「あんたが、どちらの側の人間かなんてどうでもいい。ただ、こんな争いは早く終わらせてくれ!」

 男の悲痛な言葉に同調するかの如く、他の者達も僅かに頷く。

 いよいよもって、何を言っているのか理解できずに、冒険者とそのパートナーは、互いに顔を見合わせる。

「済まない。貴方の言おうとしている事の意味が俺には分からない。この世界は、魔神が倒された事により、平和な世になったのじゃないのか?」

 冒険者の尋ねに、今度は港町の人々が顔を見合わせた。 そして、男の口から、今の世界を取り巻く現実が語られる。

 それは、魔神が倒された後、平和となった世界に於いて、正に些細といえる小さな争いから始まった事であった。

 切掛けは、冒険者同士の酒場での些細な諍いであった。

 酒を飲んで酔った冒険者の一人が、先の魔神との戦いに於ける自分の活躍を、英雄譚よろしく語っていた所に、別の冒険者が冷たい言葉で水を注した。

 恥をかかされた冒険者は、それを雪ぐ為に刃を抜き、受けてたった相手の冒険者の仲間を巻き込んでの争いとなった。

 その争いの結果が、正当なる果し合いとは呼べないものであったが故に、ことは更なる争いに発展し、ついには本格的な冒険者同士の争いへと至った。

  交えた刃の恨みが募り、何時しかその争いは、冒険者として今日までに積み重ねた実績とそれによる地位を重んじる<秩序の光>と、冒険者としての実力こそが全てとする<力威の闇>という二つの勢力に分かれて覇権を奪い合うようになった。

 語られた残酷なる事実に、冒険者の顔が悲痛に歪む。

「教えてくれ、雪華!俺は、俺達は何の為に魔神と戦い、あの死闘の果てに魔神を倒したというのだ?こんな、世界の有様を見るためだというのか・・・」

「雷聖・・・・・」

 ぶつけられたその感情の激しさに驚く以上に、パートナーとして彼の想いを誰よりも理解しているが故で雪華は、雷聖の言葉に対する答えを見つけられなかった。

 そして、雷聖が今の世界の有様に抱いた思いは、雪華もまた同じであった。

 生まれながらにして魔導の素質を持たざる身であるが故の苦難に耐え、剣のみを以って、遂には、彼の魔神を討ち滅ぼすまでの強さを得て<神殺し>の偉業を果たせし<達成者>の一人である<雷斬りの雷聖> 。

 そのパートナーとして、彼を常に支えて来た彼女にとって、今の世界の有様は、まるで彼の想いを踏みにじる裏切りのようにすら思えた。

 だが、彼の想いを最も良く知るが故に、雪華は雷聖の為にその言葉を紡いだ。

「雷聖、たとい世界の有様がどうあろうと、貴方自身の何かが変わるわけではない。それに、まだ全てが終わったわけではないわ」

  雪華は、一旦そこで言葉を切ると、微かな笑みを浮かべて再び唇を動かす。

「私には貴方がいて、そして、貴方には私がいる。それで、十分じゃない」

「ああ、そうだな雪華。世界がどう変わろうとも、俺達の何かが変わるわけではないな。そして、いかなる世界に在ろうとも、俺達が変わる必要はないのだ」

 雷聖は、雪華に笑って応えると、何処か冷めた笑みを浮かべた。

「彼らが何を望み争おうともそれは彼らの自由だ。勝手にこの世界の行く末を奪い合っていればいい」    

 雷聖が語った冷徹な言葉を、雪華は決して咎めない。

 それは、彼が常に示す天性の反骨心であると知っているからである。

 そして、再び自由を求めて雪華と共に旅に出た雷聖は、その宿命の為せる所により、<光>と<闇>の支配を打ち破らんとする新たなる意志、『何者にも支配されず、何者をも支配しない者』達、《中庸の理想者》を護り導く事となるのであった。

2008年5月5日月曜日

『 L・O・D ~ある冒険者の追憶~ 』 下編

「済まなかったな、セイウ。あれも悪意があって、あんな事を言った訳じゃないんだ。それだけは、分かってやってくれ」
 雷聖は、雪華が去っていった方向に視線を遣りながら、そう俺へと詫びた。
「分かっています。寧ろ謝るべきは俺の方である事も」
「まあ、実際それに関しては、難しい問題であるんだがな」
 『謝る必要』と『謝る意味』という二つを指して、雷聖は、その言葉を口にしていた。
「雪華が君に対しぶつけたのは自分の感情に過ぎないし、君が詫びた所で彼女は決して許しはしないだろう。結局、謝る必要も無ければ、謝る意味もない事だからな」
「貴方は、それで良いのですか?」
・・・雪華が抱いた様な俺に対する『怒り』や『失望』は無いのか。
 そんな心の想いを込めて、俺はその事を彼へと尋ねた。
「全く気にしていないと言えば嘘になる。しかし、雪華がした事は大人気ない我が儘(わがまま)だし、君がした事は子供の贅沢だ。それを一々気に掛けていては、この世界で生きてはいけないからな」
「そうですか・・・」
・・・歯牙に掛ける意味すら無いという事ですか。
「それは君を見下しているからという訳ではない。だから、勘違いだけはしないでくれよ。そもそも、あれが君に噛み付いたのは、俺の為だしな。それを考えれば、俺に誰かを責める事は出来ないという事だ」
「貴方は、確かに大人ですね」
 俺にも、それが何よりも自分の幼さを示す言葉である事は分かっていた。
 それでも、彼に対する皮肉の言葉を口にせずには、いられなかった。
「うむぅ、本当にそうかは怪しい所だがな」
雷聖は、そう俺の皮肉を事無げに笑って受け入れると、一瞬にして、その瞳に宿すモノを真剣な色に変え、再び口を開いた。
「人間は誰でも最初は子供として生まれるモノ。それは、俺も君も然りだ。それと同じで、誰しも最初から強い訳ではない。俺が君の事を『子供』だと言ったのは、君がこの世界で冒険者となってから過ごした時間の短さを指してだよ。俺は、この世界にあって悠久ともいえる時間を過ごし、その中で今持つ力を培ってきた身だ。君が、俺と同じだけの時をこの世界で過ごしたならば、今の俺を遥かに追い越す強さを培う可能性だって在るさ」
 雷聖の口から語られたその言葉から、彼が心に抱く『強さ』への真摯な想いが滲み出ていた。
 俺は、彼が自らの心に持ち続ける強さの意味を見失わないからこそ、如何なる戦いに於いても誇りと自信を持ち続けられるのだと、その強さの理由を理解する。
「今の自分の強さに己惚れて、自分が非力であった過去を忘れてしまう事も在るだろう。しかし、それは他者を弱いと嘲る事の言い訳にはならない。そうだろう?」
 始め、俺はその言葉の意味を理解できなかった。
「真に《王》と呼ばれる者は、その誇りを以って他者を護り導く者となる存在だ。だが、彼らはそれを知らず、戦場に他者の誇りを打ち砕く事を誉れだと偽り、争いの火種をばら撒く事を求め続けている。セイウ、お前の心に今も尚、彼らの傲慢によって踏み躙られた誇りの痛みが在り続けているのならば、その痛みを糧に必ずあの偽りの《王》達を栄光という玉座から引き摺り下ろせ。それこそが、唯一、雪華が示した優しさにお前が報いられる術だからな」
 それは、俺があの日あの時あの戦場で受けた屈辱を見透かす言葉、そして、自らの剣に誇りを持つが故に何よりも他者の誇りを重んじる《剣皇》たる者の意志を示す言葉であった。
「貴方は、俺にそれが出来ると信じているのですか?」
 自らの心にある想いを見透かした雷聖という存在に、俺は、畏怖にも似た想いを込めて尋ねる。
「お前以外にそれは出来ないだろう」
・・・何故?
 雷聖は、俺が心に抱いたその問い掛けの想いを、再び見透かした。
「俺がお前を信じる理由か・・・。言っただろう、お前は真なる王者の資質を持つ存在だと。偽り持つ存在は、何時か必ず真を持つ存在に敗れるモノだ。今《王》と呼ばれている者達の力は、他者を屈し支配する為だけの力に過ぎない。だが、お前が剣に宿す力には、その支配すら討ち破る意志が在る。確かに今のお前は彼らと比べれば遥かに非力だ。しかし、それは未だ未熟であるが故の非力に過ぎない。揺るぎ無き意志を以って自らの技を磨き上げ、その未熟を克服したならば、お前は必ず彼の《王》達を討ち破る者となるだろう」
 語られるその言葉の一つ一つから、彼が俺に向けた深い想いが伝わってきた。
「セイウ、事の序でだ。一つ、お前の知らないある冒険者の昔話をしてやろう」
 雷聖は、俺にそう告げると、何かを懐かしむ様に空を見上げて語り始めた。

「あれはまだ、この『神蒼界』に《邪神》という存在がいて、その力によって世界中に魔物達が跋扈(ばっこ)していた時代の話だ。そんな世界に生まれ、蔓延る魔物達と戦う為に、冒険者となる事を選んだ二人の男女がいた。だが、男には生まれながらにして魂の欠落があり、魔力という異能の力に対する耐性が存在しなかった。それでも冒険者となる事を諦められなかった男の為に、女は彼を支える術を求めて異能の力である《魔術》にその身を委ねた。危険を冒す旅を重ねる中で、男は戦士としての力を培い少しずつだが強くなっていった。だが、男がどれ程に強くなろうとも、神の祝福を与えられなかったその身の《制約》は、彼の冒険の障りとなり続けていた。戦士としての力を高めて尚、敵の下級魔導にすら敵わず、その力の前に無様な姿を晒す男を見て、他の冒険者の中にはそれを嘲笑う者もいた。そんな事実を男以上に悔しがったのが、彼を支え続ける女だった。彼女は、唯男が抱く不屈の意思のみを信じ、彼の無謀に近い冒険の旅に従い続けた。だが、彼女は唯彼の背に付き従うだけの存在ではなかった。
彼女は、如何なる危険な戦いの状況に在ろうとも、自らの無事より男の無事を先に考え、その身の危険を顧みず彼の生命を護る為だけに魔法を使い続けた。男は、傷付き倒れる彼女の姿を背中に感じる度に、己の非力さを憾(うら)み続けた。それでも尚、否、それだからこそ男は自らに力を求め、堅き衣持つ敵ならばそれを貫く鋭さを、素早い動きを誇る敵ならばそれに勝る速さを自らの剣に宿した。そして、男はその想いを以って全ての敵を穿つ刃の冴えを誇る《剣皇》へと至り、《魔司》へと至った彼女と共に、《邪神》と呼ばれる存在をその手で討ち滅ぼす栄光を果たす一人となった。自らの剣を以って『神蒼界』に平穏を取り戻した歓びに浮かれ、男は、パートナーである彼女と共に、《邪神》の脅威から解き放たれた世界を巡る旅に出た。しかし、その旅を終え遠き海の先にある辺境の大地から戻った彼らが目の当たりにしたのは、嘗ての仲間である冒険者達によって平穏を奪われた世界に有り様だった。その絶望に男は自分が護ろうとした世界の全てを深く呪った。そんな男の心を救ったのが、彼のパートナーである彼女の互いの絆を誓った言葉だった。自分が護るべき者が誰であるかを思い出した男は、その存在と共に冒険者として生きる道を選び、世界の表舞台から自らの姿を消した」
 『以上で終わりだ』という言葉で締めて、雷聖は、『ある冒険者の昔話』を語り終える。
 その冒険者が誰であるかは尋ねるまでもなかった。
 それは、雷聖が《剣皇》であり、雪華が《魔司》である理由を示す物語であった。
・・・だから、俺は雪華に打たれたのか。
 俺の頬に、彼女から与えられた痛みが熱となって甦る。
 思わず頬へ掌を添えていた俺に何かを察したのか、雷聖が微かな笑みを浮かべた。
「なあ、サフィア。お前は、セイウの事が好きか?」
 不意に雷聖が俺のナビであるサフィアへと、そんな問い掛けを向けた。
 その質問の意図に戸惑う俺を一瞬だけ見詰め、サフィアはその視線を雷聖に投げる。
『はい。私は、愚直なまでに真直ぐな意志を抱くマスターを敬愛しています』
「そうか。良かったな、セイウ。お前はまだ彼女に見捨てられて無い所か、その愚直さに敬愛まで抱かれているみたいだぞ。」
 何がそこまで愉快なのか、雷聖は必死で笑いを堪えながら、そう俺へと言葉を掛けた。
「しかし、そこまで想われているなんて羨ましい限りだ。セイウ、この世界に於いて、人間は独りで強くなれる存在ではない。だから、お前の事を誰よりも信頼し支えてくれているサフィアの事を大切にしろ」
「それならば、貴方も、雪華さんをもう少し大切にしてあげてください」
 俺にそう言い返されて、雷聖は、一本取られたという表情を浮かべた。
「うーむぅ、それはちょっと違うぞ、セイウ。俺と雪華との関係は、近くに居過ぎれば見失ってしまう稀有な絆で結ばれたモノ。多少、離れた位置に身を置くのが良い関係だ。というか、そういう意見が在るとあれが調子に乗るので止めてくれ」
 渋面を作って抗議する雷聖の姿に、俺は苦笑を浮かべる。
「でも、貴方は彼女の事を大切に想っているのでしょう。だったら、せめて憎まれ口を止めて、優しい言葉を掛けてあげれば良いではありませんか」
・・・俺がサフィアに想われる事が羨ましいと言われるのならば、雪華にあそこまで想われる彼に、俺は何と言えば良いのだろうか。
 その言葉を知らない俺は、代わりに彼の素行を窘(たしな)める言葉を口にした。
「確かにお前のいう事にも一理ある。しかし、それじゃ、悔しいじゃないか」
「『悔しい』・・・ですか?」
 俺は、雷聖が何を言っているのか理解できずに問い返した。
「ああ、そうだ。この世界で《神殺し》の偉業すら果たした俺が、たった一人の存在の感情を畏れなければならないなんて、悔しいというか情けないじゃないか」
・・・ご馳走様です。
 俺は、色々な意味で見誤っていた目の前の存在が、そのパートナーに対し捧げる愛情の機微を理解してそう突っ込む。
・・・それにしても、これじゃ一体、どっちが『子供』で『大人気ない』のか分からないデス。
「セイウ、真の漢(おとこ)とは、幾つになっても少年の心を忘れないモノさ!」
・・・そんな、妙に爽やかな笑顔で言われても、対応に困りますデス。ハイ。
「はいはい、了解! 了解! ここは潔く、お前の言葉に従っておこう。という訳で、セイウ、サフィア、良き武運を!」
 独りで何かを納得した雷聖は、俺達に挨拶の言葉を告げて去ろうとする。
 それを見た俺は、慌てて声を掛けた。
「雷聖さん!」
「うぬぅっ?」
 立ち止まり振り返った彼に対し、俺は、大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「何時か必ず俺は、《光》と《闇》の《王》を! 彼ら二人を討ち破って見せます! そして、貴方の強さにも追いついて見せます! だから、本当にありがとうございました!」
 高く高く空までも届かんばかりに響く俺の宣言を受けて、雷聖は、満面の笑みと共に叫び返した。
「セイウ、そんな寂しい事を言うな! こういう時は、『何時か貴方を追い越して見せるから覚悟しておけ!』とでも言って見せろ!」
その傲慢なまでの大志を俺に求め許容する雷聖の瞳には、強い意志の光が宿っていた。
・・・参った。俺は、本当にとんでもない相手と好敵手になる事を望んでしまったみたいだ。
「はいっ! 二つの《王》の首を手土産に、貴方の《栄光の冠》を剥ぎ取りに行くので覚悟しておいてください!」
「おぅッ! その時を楽しみしているぞ! サフィア、そこの愛すべき大莫迦者が真の皇へと至る軌跡を、《神の御子》として見守り支えて遣れ!」
 俺が示した剣の宣誓に剣の宣誓で応えた雷聖は、俺の背に従うサフィアを彼女という存在に似つかわしいその異名で呼び指してそう命を与える。
 その言葉を受けたサフィアは、穏やかな笑みを浮かべ恭しく下げた頭(こうべ)でそれを受命した。
 その時、雷聖とサフィアが交わしたモノの意味を、俺は、『約束した再会』の後に知る事となる。
「では、セイウ、サフィア、達者でな!」
「雷聖、御武運を!」
 俺は、去り行く雷聖の背に、儀礼以上の想いを込めて別れの挨拶を投げ掛けた。
 それに対し再び立ち止まった雷聖は、背を向けたままで手を上げて応えると、今度こそ本当に去っていった。
雷聖が去った後も、俺は暫くの間、その場で見えなくなった彼の背中を見送り続けた。

「空が蒼いな」
 俺は、天を仰いでは何度も繰り返してきたその言葉を、それまでとは全く違う想いを胸に抱いて呟いた。
・・・今この瞳に映る空の蒼さを、俺は、これから先もずっと忘れずにいられるだろうか?
 だが俺のその想いは杞憂に過ぎなかった。
 なぜならば、その空の蒼と同じ美しい色を瞳に宿した存在が、俺の傍らに在り続けるのだから。

「サフィア、この先、何が在ろうとも、俺より先に倒れるな。お前は、倒れても尚立ち上がる俺の姿を、その瞳に焼き付けておいてくれれば良い」
 雪華が雷聖の為に求めたモノが自己犠牲も厭わぬ献身あるならば、俺がサフィアの為に求めるモノは、その美しい空の蒼を宿す瞳を曇らせない己の強さである。
 その強さを得る為の道程は遠く険しいだろう。
 そこに至るまでには、幾度この大切な存在を悲しませるか分からない。
 だが復讐の為だけに戦いを望み、力を求めたあの時とは違う。
 『戦う理由』と『力の意味』、それ思い出し教えられた今ならば、俺にも分かる。
 雪華が本気の想いをぶつけて、俺に教えようとしたモノが何であるのかが。
「さて、行こうか、サフィア。俺は、もっともっと強くならなければならないからな」
・・・そう、それは俺に冒険者としての誇りを教え示してくれた二人の存在と、何よりも目の前にいる大切な存在の小見に報いる為に。
『はい、マスター。貴方が求める皇の力を探す旅に出発です!』
・・・『皇の力』か。サフィア、それならもう既に見付けているよ。否、最初から直ぐ傍(そば)に在ったのに、俺がそれに気が付いていなかっただけだ。
「良し、先ずはこの世界の全てを知る為の冒険だ!」
俺は、言い放ってサフィアの身体をひょいっと抱き上げると、そのまま肩車して走り出した。
『真に《皇》と呼ばれる者は、その誇りを以って他者を護り導く存在』、雷聖が語ったその言葉が示す様に、今俺が頭上に頂く存在こそが《皇》を王者とたらしめる気高き誇りの導き手である。
ナビ・パートナー、その名の示す意味は、『共に在りて導く者』。
そして、その導く先にあるモノは、『無限の可能性』である。
自らの身に欠いた力への想いを意志に変え《皇》へと至りし者、《雷斬りの雷聖》。
彼のパートナーとして彼を《皇》と至らしめた者、《純白の魔女神・雪華》。
その二人の姿こそが、冒険者とナビが築くべき関係の道標であった。


 雷聖と雪華、この二人との邂逅が俺に《皇》としての力の在り処を教えてくれた。
 しかし、俺にとって真に『運命』と呼ぶに相応しい邂逅は、サフィアという存在と出逢ったそれを指し示すのだろう。
 その『運命』が俺の宿命に通じる道標であるならば、俺は、その先に在るモノを決して見失わない。
 サフィアが指し示してくれるモノを見失える筈が無い。

 俺は、サフィアという存在に導かれ、何時か《皇》と呼ばれる存在に至るだろう。

それが俺の宿命なのだから。

『 L・O・D ~ある冒険者の追憶~ 』 中編

嘗てこの世界は,創造の主たる《神》に見捨てられ、《邪神》と呼ばれる邪悪なる意志持つ存在によって滅ばされる運命にあった。
その運命に抗い《邪神》の僕である魔物達と戦い続けた存在、それが『冒険者』達であった。
生命の危険すら冒す幾多の旅を経て、終に《邪神》を倒し世界を救った《神殺し》の英雄達。
その偉業の達成者にして、《栄光の冠(ロイヤル・クラウン)》を頂く存在の一人が、《雷斬り》の異名を冠する目の前の剣士であり、彼の冒険の日々を支えたのが《純白の魔女神》の異名で呼ばれる彼女であった。

「『あの有名な』、か・・・。正直な所、そういう云われ方は好きじゃないな」
 剣士、雷聖は口にした言葉に違わぬ、重い面持ちの苦笑を浮かべた。
示されたその反応に戸惑う俺を見かねる様に、雪華が彼を嗜める。
「止めなさいよ。彼は純粋にそう言っただけでしょう」
「ああ、そうだな。済まなかった、俺にとって過去の栄光なんて忘れたい事の一つなんで、少し過敏に振る舞い過ぎたようだ」
 雷聖が謝辞の中に込めた感情に、それが容易く触れてはならない事であったのだと知る。
「それで少年、君は、名を何というんだ?」
 指摘されて俺は、今更ながら、自分が彼らに対し名乗っていなかった事に気がついた。
「済みません、名乗り忘れていました」
「否、まあ、それはお互い様だし気にしなくて良い」
 雷聖の言葉に、雪華も又、苦笑に近い微笑を浮かべて二度三度と頷いた。
「俺は、セイウ。『清らかな翼』という意味の名前です」
「ほぉう、それは君に似つかわしい良い名だ」
 雷聖が口にした感想の真意までは分からなかったが、そこに込められた誠意を感じ取り、俺は、『ありがとうございます』とだけ返す。
「互いに名を知った所でセイウ、俺の剣は、君が求める力を得る為の道標とはなれたかな」
 その問い掛けに、俺は、彼に連れられてこの場で戦った理由を思い出した。
「・・・正直な事を言うと、『日暮れて道遠し』です」
 俺は、求める力を得る為の手段に惑い焦るばかりという素直な想いで雷聖に応えた。
 そして、その想いを持て余すように、俺は視線を空へと移す。
「世界の在り様が如何移り変わろうとも、この空の青さだけは変わらないな」
 深い感慨を込めて、雷聖が俺の視線の先に在る空を仰いだ。
「彼らは、貴方より強いのですか?」
 それが彼に対し失礼な質問である事は良く分かっていた。
 しかし、俺の心は、二人の《王》と呼ばれる存在を知る者に、その答えを求めずにはいられなかった。
「否、嘗ての彼らならば分からないが、今の彼らは俺には及ばないだろう。外道に堕ちたあの二人の力に劣る俺ではないよ」
 共に《神殺し》の栄光を果した者としての感情はそこに存在せず、在るのは、純粋なまでの憤りであった。
「では、貴方ならば、《秩序の光》と《力威の闇》の争いを収める事ができるのですね」
 《王》と呼ばれる存在達に率いられ相争う二つの勢力。
 その意志を統べる存在である《王》を戦場で討ち破る事のみが、繰り広げられる争乱を鎮める唯一の術にして、最高の誉れとなるという事実。
 冒険者達は、その誉れを求めて己の力を磨き高め続ける。
 それが俺の知る世界の有り様であった。
 しかし、今この時、目の前に在る存在達と出会った事で、俺は、自らの無知を知らしめられる。
 望めばその誉れを果たせる実力の持ち主達を前にして、俺は羨望の眼差しを抱いていた。
「否、それは難しいな」
・・・何故?
 予想していたのとは違う応えに、俺は無言で疑問の視線を返す。
「彼らは、賢明過ぎる程に賢明だ。仮令(たとい)、俺が彼らに戦いを挑んだとしても、それを受けて立ちはしないだろう。それに、俺も彼らを討つ事に特別な意味を見い出せないからな」
 雷聖の口から語られた二人の《王》に対する事実は俺自身も良く理解していることであった。
 しかし、それよりも尚、俺が気に掛かったのは、最後に語られた言葉のほうであった。
「貴方は、今の世界の有り様を見過ごせるのですか?」
「ああ、俺にとって世界の有り様が如何であろうとも、人々がそこに何を望もうとも構うことでは無いさ。寧ろ、この手で《邪神》を倒したという事実すら、忘れ去りたいと思っている」
 それは、世界を救った存在が、その世界に対し向けた呪いの言葉であった。
・・・『全ての人間が望んで力を得たとは限らない』
 俺の脳裏に、雪華と交わした言葉の一つが甦る。
 『力持つ者の悲哀』、それは持たざる俺には到底知る事の出来ない想いであった。
 そして、雷聖が持ち、雪華が知るそれは、悲哀よりも尚
深く暗いところにある絶望と呼ばれるモノであった。
「雷聖、それならば何故、貴方は俺に力を示した」
 それは、雷聖に取ってみれば無意味に過ぎる振る舞いであった。
「それは、君が自らの非力を知り、そして、真なる王者の資質を持つ存在だからかな」
 俺は、雷聖が語る言葉の意味が分からず、再び沈黙の視線を返す。
「君は、力を求める理由を尋ねた俺に対し、唯雪辱のみを果たしたいと答え、その言葉が偽りでは無い証を、自らの力に優る敵を相手に挑む事で示した。だから、俺は、君の想いを信じ自らの果たすべき処を果たしただけだ」
 雷聖はそこまで語ると一旦言葉を切り、大きく息を吸い込み、それをゆっくりと吐き出してから、再び口を開いた。
「セイウ、もう一度尋ねる。君は本気で、彼の二人の《王》を討ち破りたいと望むか?」
「はい」
 俺は、雷聖が示す深い想いが込められた問い掛けに対し、強く頷き応えた。
「その意志、確かに受け取った。では、自ら最も困難な道を進む事を求めるお前の為に、餞別として《王》の許へと至る道標を示そう」
 雷聖は、その言葉と共に不敵な笑みを浮かべる。
「セイウ、剣士が剣士に語る最高にして唯一の術は、自らの剣を以ってのみ果たされる。だから、パートナーと共に、本気で俺を倒すべく斬り掛かってこい。雪華、先刻の続きだ。お前も遠慮なく俺に仕置きしてみせろ」
俺達三者へと宣戦布告する雷聖。
得物である長剣を手にした彼から伝わってくる闘志の存在が、その言葉が本気である事を物語っていた。

「如何した、遣る前から怖気ついたか?」
 雷聖は、不遜の眼差しを浮かべて、俺達に対する挑発の言葉を口にした。
「ならば、こちらから行くとしようか!」
 そう言い放つが早いか、雷聖は、瞬時の踏み込みで俺との間合いを詰め、横薙ぎに得物を振る。
 俺は、彼の電光石火の一撃を回避不能と判断すると、自らの得物である剣でそれを受け止めた。
 互いにぶつかり合う刃と刃の衝撃に耐えるべく、俺が得物を握る両腕に力を込めた瞬間、雷聖は、踏み込んだ身体の勢いに任せて長剣を振り抜く。
「はっ!」
圧し返されて宙を泳ぐ俺の懐を目掛け、短い気合いの息と共に、雷聖の再びの斬撃が繰り出された。
・・・遣られる!
『《天地斬り裂く旋風の刃》!』
 雷聖の刃が俺の身体を捉えるのを先制して、雪華が生み出した疾風の魔力刃が地走りの土煙を上げて、雷聖へと襲い掛かる。
 それを見て取った雷聖は、一瞬にして攻撃から防御の体勢に転じ、素早い身のこなしで回避した。
「甘いな、雪華。本気を出せ」
 背後へと退き間合いを取り直した雷聖は、余裕混じりに挑発の言葉を口にする。
 それに対し、無言で睨み返す雪華。
 しかし、俺には、彼女が相手を倒す為ではなく、俺を助ける為に攻撃を放ったのだと分かっていた。
 無論、それは雷聖も又、良く分かっている事の筈であった。
・・・態々、過剰な挑発で彼女を刺激しているのか。
 雷聖が示す態度は、明らかにその意図によるモノであった。
「雪華、若しも俺を倒せたら、どんな願いでも訊いてやるぞ」
・・・アレっ? 今、言葉の中に何か妙な含みが無かったか?
「要らない! どうせ又、何時もの『嘘』だから」
・・・信用無いですね。
 もう騙されないといきり立つ雪華の姿は、敵へと牙を剥くネコの様だった。
「確かに、そうだ。俺が敗れる理由も無いし、無用の約束に過ぎないな」
・・・その自信、一体何処から来るのですか?
 背中で闘志を燃やす雪華の様子を感じ取った俺は、その頼もしさに勇気を奮い起こされて、それまでの緊張に硬くなった肩の力を緩めていた。
 俺は、得物である剣を構え直して体勢を整えると、冷静に状況を分析する。
 その戦闘能力を考えれば、雷聖と雪華が持つ力は、伯仲か或いは、魔導師として純粋な攻撃の威力で優る雪華の方が有利。
 しかも、こちらは三人で連携をとって戦える状況に在った。
 その事が分からぬ相手では無いからこそ、俺は、雷聖が抱く自信を不気味に感じていた。
「言ってくれるわね。良いわ、お望み通り私の本気を見せてあげる。地べたに転がりながら、今までの私に対する悪行の数々をよーく反省しなさい!」
・・・私情の怨恨が入りまくりですか。
 挑発に挑発で応える雪華。
その足元で宣言通りに、通常範囲を超える勢いで次々に魔導陣が展開する。
術者である雪華を中心に置き、五連に交わり重なり合う様に形成されたそれは、まるで大地に咲く華の如く美しかった。
『《識彩光綾聖爛御滅烈華陣》!』
 祈るように瞳を閉じて《力導く言葉》を紡ぐ雪華。
 再びその瞳が開かれると同時に、魔の領域から導かれた力が爆発する。
 《無限を奏でる御言葉》、真に《魔導》を極めた者のみに許された《魔導皇》の遺産たる御技。
 そして、彼女が示したその力は、『神の領域』と呼ばれる位置に在る究極の《魔導》の一つであった。
 雪華によって放たれた魔導は、瀑布の如き勢いを持つ魔力の奔流となって雷聖を呑み込む。
・・・勝負あった。否、勝負にならなかった。
 俺は、目の前に生じた壮絶な力の熱に当てられながら、勝利を確信していた。

『《軍神烈覇斬・改》!』
 雷聖が放った《力持つ真名》が、その身を呑み込んだ魔力の波を切り裂く。
『《凡そ全てを滅ぼす散華》!』
 再び放たれる雷聖の《力持つ真名》。
 気合いと共に繰り出される連斬の一撃が振るわれる毎に、その刃は淡い燐光の花びらを虚空に残して、魔力を切り裂き打ち消していった。
・・・っ!
 驚愕に瞳を見開きながら、俺の頭は、そこに映る現実を理解することすら出来なかった。
「セイウ、今よ!」
『マスター、今です!』
 俺の背後にいた雪華とサフィアが、同時に叫ぶ。
 その声に正気を取り戻した俺は、両者が既に発動させていた戦闘補助魔法の助けを受け、雷聖へと攻撃を仕掛けた。
・・・貰った!
 雪華の攻撃を相殺し凌ぐのに、全ての力を使い果たした雷聖。
その隙だらけの懐を狙った渾身にして絶妙の一撃に、俺は、快心の喝采を抱く。
 それは、『約束された勝利』へと至る筈であった。
 しかし、俺の攻撃を前にした雷聖の表情に焦りは無く、未だその自信に満ちた余裕を失ってはいなかた。

 その時、何が起きたのかは分からなかった。
 それでも確かな事が一つだけあった。
 雷聖は、俺が振り放つ攻撃を唯一瞥しただけで封じ込めたのである。
 それを言葉で現すのならば、正に『蛇に睨まれた蛙』という一言が正鵠(せいこく)を射ていた。
「・・・くっ!」
 訳も分からず振り下ろした剣の刃で、雷聖が立つ足元の大地を穿った俺は、その衝撃に痺れる手の痛みだけを感じていた。
「勝負、ありだな」
 半ば呆然として眼前の大地を睨んでいた俺の背中に、雷聖が振るった刃の先が触れる。
・・・完敗です。
 俺は、悔しさにその言葉を声にする事が出来なかった。
 そんな俺の想いを汲み取ったのか、雷聖は無言のままで刃を返し、それを背中に負った鞘に納める。
 そして、何故か苦笑混じりに笑う雷聖。
「少し調子に乗り過ぎたみたいだ」
 快闊な笑顔を浮かべ直した雷聖は、その言葉と共に視線を雪華へと投げ掛けた。
「皆、頑張ったけれど負けちゃったね」
 雪華は、俺とサフィアの頭を其々に撫でながら、慰めの言葉を口にする。
 触れたその掌の温もりがとても柔らかかった。
「はい。負けました。それも見事なまでの完敗でした」
 俺は、先刻は悔しさで口に出せなかった言葉で、彼女の優しさに応える。
「全ては実力の差がもたらした結果、仕方ないなんて慰めは言わない。だが、その代わりに言わせて貰おう。良い勝負だった」
・・・ああ、そこまで莫迦正直に言われたら、返す負け惜しみの言葉すら見付かりません。
「『井の中の蛙大海を知らず』ですか・・・」
 俺は、自らの未熟さに苦笑した。
「だが、その中にあるからこそ、天の高さと其処にある空の青さに気が付くのだろう」
 その言葉に込められた深い想いに、俺は、目の前に立つ存在を見誤っていた事を知る。
「こういう言い方は余り好きではないのだが、自分の弱さを知った今ならば、自分の目指すべき強さが如何なるモノか分かるんじゃないかな」
「それが、貴方が俺に対し示そうとした『道標』なのですね」
 俺は、彼がその身に宿した力を以って、俺に伝えようとしたモノが何であるかを理解した。
「まあ、俺の言葉で言うならば、『真実に培われた想いは意志となり、強さに培われた意志は全てを凌駕する』だな。俺が知る限り、この世界に望んで得られない強さなど存在しない。だから、自らを知者とする事は求めるな、自分を知り尽くしてしまえば、そこに在る限界という常識に自らが持つ可能性すらも封じられてしまうからな」
・・・『可能性』か。
 俺は、その言葉こそが、雷聖という存在を示す『意志』の形である事を知る。
「俺が先刻の勝負で君に対し示した二つの戦技。あれこそが、この世界に存在する《理(ことわり)》という名の常識を打ち破る可能性の力だ。《魔司》が操る魔法の威力すら打ち消す《相殺》と戦士の技を無効化する《封殺》。その種を明かす事は出来ないが、二つの技を以ってすれば《光》と《闇》を統べる二人の《王》に、戦場で敗れる事だけは無い」
 戦士としての力を極めた者のみが至れる最高位の一つである《騎士皇(マスター・ナイト)》と、その対極たる魔導師の頂点にある《魔司》。
 その二つの最高位へと最初に至った存在こそが、《秩序の光》と《力威の闇》を統べる二人の《王》であった。
 雷聖が語る言葉は、確かな事実だったが、俺は、そこに妙な含みが在った事に気が付く。
「『戦場で敗れる事だけは無い』、ですか?」
「おお、ちゃんと気が付いたか! その言葉の通り、《相殺》と《封殺》の何れも、敵に敗れないだけの技で、敵を討ち破る技では無い。だから、君は、あの二人が培った力を凌駕する必殺の威力を持つ《戦技》を開眼しなくてはならないな」
 我が意を得たと満足気に語る雷聖の言葉が、俺の耳には何処か遠くに聞こえた。
・・・二人の《王》に敗れない為の技ではなく、二人の《王》を討ち破る為の技を求めなくてはならない。そういう事か。
 目指すモノの指針は見えながら、そこに至る為の手段を俺は持っていなかった。
「雷聖、貴方にとっての『それ』が、先刻の戦いでトロルの首領相手に使ったあの技なんですか?」
 触れる者の全てを灰燼に帰する神の雷。
 思い出すだけでその威力に身震いする壮絶なる戦いの御技。
 俺は、《峻烈なる神雷》と名付けられた彼の戦技を思い出し、それを尋ねる。
「否、あれは嘗て《邪神》を討ち滅ぼす為に編み出した技だ。俺にとっての最終奥義は、この世界で最も手強い存在との決着の為に編み出した技だ」
「貴方にそんな事を言わせる存在が、この世界にいるのですか!?」
 雷聖の口から語られた言葉に驚きの声を上げた俺は、直ぐにその存在の正体に関する予感を抱く。
・・・あれっ、まさか!
「何を言っているんだ、セイウ。今、お前の目の前にいるじゃないか」
・・・『予感』、的中ですか!
 雷聖が向ける視線を追うまでもなく、その正体が雪華である事は分かっていた。
「ふぅふぅーっ、それはおもぢろい冗談ね」
・・・雪華さん、その満面の笑顔と、何よりも噛んだ下唇に発音が濁った台詞の意味が怖いのです。それを漢字に変換すると『重血露意(〔重い血が露わとなる意味合いを持った〕の意)』ですか? それとも『主散露生(〔お主の生命が露と散る〕の意)』ですか?
 俺は、そんな戯言で済んで欲しい恐怖の問い掛けを、無意識に頭の中で廻らしていた。
「そうだな、言い方が悪かった。雪華、お前はこの世界で唯一人、俺を畏れさせる事ができる存在だ」
・・・あの、それ全然言い直す意味が無いのでは?
「雷聖、泣かすわよ!」
「それじゃ、お前のつるっぺたな胸を借りて泣くとしよう」
・・・火に油を注ぎますか。
「雷聖・・・、っ?」
 一瞬、微妙に照れた笑みを浮かべながら緩い眼差しを雷聖へと向けた雪華は、言葉に含まれたトゲに気づいて違和を洩らす。
「つるっぺたって言うなぁーっ!」
・・・あの、話が逸れてますよ。
 俺の心のツッコミが通じたのか、雷聖は、雪華の抗議を黙殺して、話を本筋に戻す。
・・・『私はちゃんとツーピースはあるもん』とブツブツ呟き、胸に手を当てうずくまっている存在に関しては取り合えず黙殺。
「俺と君とでは戦いに於ける様式も違えば、それによって培われる素養も違っている。重要なのは、自らの技によって敵を討つ術を求める事だ」
 その指摘を受けて、俺は、自分が相手の優しさに甘えていた事を知る。
 そして、それと同時に俺は、目の前にいる剣士が身に着ける装備の異相に気が付いた。
 丈夫な重ねを施された厚織りの黒衣を羽織り、腕と足のみを具足で護るその出で立ちは、他に身に着けた腕輪を中心とする装身具と相余ってエキセントリックな印象さえ抱かせる。
「雷聖さん、貴方の職位(ジョブ・クラス)は何ですか?」
 その実力から考えれば、彼が戦士系統に属する高位の存在で在る事は間違いなかった。
 雷聖は、俺の脈略に乏しい質問を一瞬だけ訝った後、事和げに笑って応える。
「《剣皇(マスター・ファイター)》だが、それが如何かしたか?」
「えぇっ!」
 俺は、彼が口にした応えに意外なモノを感じて、驚きに声を洩らした。
 《剣皇》、それは戦士に属する存在の中でも、自らの剣を磨き上げた者のみが至る事が出来る至高の職位にして、唯一全ての《戦技》を極める道を持つ者。
 しかしながら、その身体的戦闘能力は同列の《騎士皇》や《聖騎士(パラディン)》に劣り、騎士の力と魔導師の力を併せ持つ《神聖騎士》の万能性に及ばないと言われる職位であった。
 冒険者の中には、《剣皇》という職位に対し、『独りでは何も出来ない存在』という侮蔑を抱いている者すらいた。
 それ故に、進み至る者が少ない事を理由に『稀有の珍獣』とまで呼ばれていた。
「本当に、あの《剣皇》なのですか?」
 《相殺》と《封殺》という異能の戦技を誇る強さに、彼の職位を《聖騎士》か《神聖騎士》だと思っていた俺は、純粋な驚きからそう口にしていた。
「ああ、どの《剣皇》なのかは分からないが、俺は正真正銘の《剣皇》だよ」
 雷聖は、俺の過剰ともいえる反応も大して気にせず、軽い口調で肯定の言葉を返す。
・・・えっ?
 それは一瞬の事だったが、不意に雪華と交えた視線の先で、彼女に睨まれた様な気がした。
 その事実を確認しようとした俺の意識を、雷聖の言葉が遮る。
「実際、戦場で《王》の喉下に刃を突きつけるには、そこに至る為の道を切り開かなくてはならない。それを考えれば、お前が望んでいる事は、無茶を通りこして無謀ですらあるな」
 雷聖が口にしたその指摘は、至極尤(もっと)もであり、俺が目的を果たす上での重大な課題であった。
「貴方に雪華さんがいるように、俺にもそんな存在がいれば、無謀も無謀で無くなるのですが・・・」
 雷聖と雪華の二人が持つ関係に嫉妬のようなモノを感じ、俺は、そんな言葉を口にしていた。
その次の瞬間、俺の両頬に痛みが走る。
・・・っ!
 一瞬、何が起きたのか理解できない俺。
 驚きに見開いた瞳に、怒りの炎を宿した雪華の瞳が重なる。
 両手で挟むようにビンタされた頬より、向けられた眼差しの鋭さの方が痛かった。
「君は、何も分かっていない! 打(ぶ)たれたその痛みは、雷聖とサフィア、二人分の心の痛みよ!」
 雪華が何を言っているのかは分からなかった。
 しかし、彼女を深く傷つけた事だけは、その瞳の奥に隠した哀しみの色から理解できた。
「他者の優しさに甘えて、その重さに気が付いていない貴方では、《王》と呼ばれる存在は愚か、それを護る親衛者達を討ち破る強さすら得られない!」
・・・俺は、彼女の想いの何を裏切ったのだろうか?
 自らの心にその答えを探し求める俺の視線の先で、雪華は、身を翻して俺に背を向けた。
「・・・行きましょう、雷聖」
 雪華は、パートナーへと促すその言葉に、相手に対する申し訳ない想いを滲ませていた。
「悪い、雪華。後で追いかけるから、先に行ってくれ」
 苦笑を浮かべてそう応えた雷聖に、雪華は、無言で頷き苦笑する。
「じゃ、サフィア。貴方も・・・。貴方の武運を祈っているわ」
 彼女は、俺のナビに対し一旦口にしようとした言葉を飲み込むと、代わりに冒険者にとって別れの儀礼となる挨拶の言葉を口にする。
 そして、彼女は、その場から去る為、ゆっくりと歩き出した。

『 L・O・D ~ある冒険者の追憶~ 』 上編

その出会いを一言で言い表すならば、それは『邂逅』という言葉こそが相応しいだろう。

「嗚呼、空が蒼いな・・・」
 仰向けに寝転がる俺は、その視線の先に在る天を見詰めて呟いた。
俺が住む世界が『神蒼界』と呼ばれるのは、この空の蒼さに由来しているのだろうか。

「ねぇーねぇー、そんな所に寝転がって何してるの?」
・・・自分で自分の不甲斐無さが情けないです。
「・・・そうですね。一体、俺は何を遣ってるんでしょうね・・・」
俺は、頭上からもたらされたその問い掛けに対し、まるで独り言のように呟き返して正気に戻る。
「だっ、誰ですか!?」
 突如現れたその存在に対する驚きの声を上げて、俺は、自分を見詰めている相手へと視線を向ける。
 俺の瞳に映る影は二つ。
 一つは、冒険の供であるナビ・パートナーのサフィア。
 そして、もう一つが問い掛けの主たる存在であった。
 蒼天から降り注ぐ光の眩しさにぼやけるその二つのシルエットは、よく似た形をしていた。
 俺のナビであるサフィアは、『ネコ』と呼ばれる生き物に似ており、その皮衣の模様は大理石のような色合いを持っている。
 もう一つの影は、サフィアと同じ様にケモノの如き耳を生やし、純白色の皮衣を身に纏(まと)う姿ながら、サフィアとは違い『人間』であった。
・・・『獣人族』?
 『獣人族』、それは、『神蒼界』に隠れ住み、滅多に見る事の無い希少的存在とされる亜人の一種である。
「こんな所で何時までも寝転がっていると、トロルの群れに踏み潰されちゃうよ」
 観察とそれに対する思考にふけて問い掛けを無視する形になった俺の態度にも構わず、その存在は、親切な忠告をしてくれた。
「・・・もう、遅いです」
 そう、俺が今こうしているのは、そのトロルの群れに遭遇して戦いを挑んだ結果の事であった。
「そっか、そっか。頑張ったね」
 戦いに敗れ、身動きも出来ずに倒れている俺の頭を撫でながら、その存在は、そんな慰めの言葉を口にした。
 その眼差しから伝わってくる優しい温もりには、俺に対する純粋な労りの想いが存在していた。
「ちょっと、待っててね。今、起こしてあげるから」
 そう告げて、彼女(?)は祈るように《力導く言葉》を唱えた。
『《慈愛の女神が与える至高の安らぎ》』
 彼女(?)の祈りに応え、魂が失われていない限り、如何なる傷であろうとも癒すとされる究極の治癒魔法が発動する。
・・・っ!
 一瞬にして、戦闘不能状態の傷を癒すその魔法の効力を前にして、俺は、驚きの言葉を洩らす事すら出来なかった。

「ありがとうございます。それにしてもスゴイですね」
 何とか正気に戻った俺は、感謝と興奮の入り混じった態で、彼女(?)に対し、お礼と賞賛の言葉を告げた。
「如何致しましてです。必要に応じて身に着けた力だから、自慢にはできないわね」
 俺は、返されたその言葉の口調から、相手が女性種である事を知る。
 そして、見た目や態度に在る愛嬌に反し、彼女がかなり高いクラスに位置する冒険者である事も。
「イヤ、そんな事無く本当にスゴイです。貴方は、《神聖魔導師》ですか?」
 《神》と呼ばれる高次の存在に仕え、その敬虔なる意志を以って《神》より加護を受ける者達は、この世界では《神官》と総称される。
 その中でも、《神》の使徒として尋常ならざる修練を積み重ねた者のみが至れる地位、それが《神聖魔導師》であった。
「えぇーと、正確に言えば、私はねぇ、《魔司(ルーン・マスター)》だよ」
・・・《魔司》っ!?
 俺は、噂に聞く、否、噂にしか聞かないその魔導師の最高位にある存在を目の当たりにして、再び驚きの声も洩らせない程に驚く。
 彼女が見栄を張って嘘を吐いている筈も無く、俺の傷を癒す為、実際に見せてくれた実力を思えば、そんな事を考えることすら失礼であった。
・・・それにしても、『獣人族』にして《魔司》とは何とも希少な存在なのだろうか。
 そんな事を思っていた俺の頭に何かが引っかかったが、それが何であるのかの答えは浮かんでこなかった。
「《魔司》になるなんて、スゴイ修練を積んだのでしょうね」
 それこそ、俺なんかには想像も付かない位に。
「えぇーと、如何なのかなぁ。気が付いたらなってたって感じだったし・・・、ねぇ」
 彼女は、そう口にして、サフィアに視線を向けた。
・・・イヤ、ウチのナビに同意を求められても困るのですけれど。
 俺のそんな思いを知ってか知らずか、サフィアは、彼女の言葉に唯微笑みだけを返す。
「ねえぇ、キミは強くなりたいのかな?」
 その眼差しを俺に向け直し、彼女は、そんな問い掛けを口にした。
 向けられた真っ直ぐな眼差しに圧されるように、俺の胸の鼓動が跳ね上がる。
 俺は、そんな自分の反応を誤魔化すように、慌てて言葉を紡いだ。
「この世界に強くなりたいと望まない人間が居るんですか?」
 戦場で自らの強さを顕示する事を誉れとし、その為の力を求めて危険を冒す者。
 それが俺の知る『冒険者』と呼ばれる存在であった。
 冒険者ではない者達だって、『魔物』と呼ばれる危険な存在が蔓延(はびこ)るこの世界では、自分の身を護る為の力を必要としているだろう。
「・・・。多分、居ないわね」
 一瞬の沈黙、そして、彼女はそう呟いた。
 その沈黙の意味を図り兼ねている俺に対し、彼女は、更に言葉を続けた。
「でも、強さを求める理由は人それぞれだから、全ての人間が望んで力を得たとは限らないわよ」
『強さを求める理由』、彼女が口にしたその一言が俺の胸を疼かせる。
俺にも、『それ』は確かに存在した。
 否、俺は『それ』を果たす為に、この世界を生きていると言っても過言では無かった。
 では、《神》の加護の証である《魔導》を極めし者、《魔司》と成り得た彼女にとっての『それ』は如何なるモノなのだろうか。
 俺は、そんな興味を抱く。
「貴女には、他者に優るその理由が在るのでしょうね」
 俺は、半ば無意識に、抱いた興味を示す言葉を口に出していた。
「如何なのかしら、私は唯、強くならなくてはならなかっただけで、特別な理由なんて無かったような氣がするわ」
「曖昧、ですね」
 彼女が語る言葉の意図を理解するのが難しくて、俺は、そんな言葉を返す事しかできなかった。
「ええ、そうね。曖昧だわ」
 彼女は、俺の言葉に気を悪くする所か、その言葉を素直に受け入れてくれた。
「やっぱり、私じゃキミに上手く伝える事が出来ないみたい。だから、そういうのが得意な人間を連れてくるわ。ちょっとだけ待っててねぇ」
 彼女は、苦笑混じりに微笑むと、俺の返事も聴かずに何処かへと走って行ってしまう。
 残された俺は、サフィアの傍らで空を仰いだ。


「お待たせぇです」
 暫く待つ事も無く、直ぐに彼女は、俺達の所へと戻って来た。
 一人の剣士を伴って。
「えーと、何だ。俺は、何の為にここまで引っ張られて来たんだ?」
 彼女に腕を摑まれ、その言葉の通り引っ張られる形で俺達の前まで連れられてきた件の剣士が、訳も分からない様子で尋ねる。
「えぇーとねぇー、何だっけ?」
 間延びした口調で告げられた彼女の返答に、剣士が更なる困惑の表情を浮かべた。
「冗談で連れて来たんなら、悪いが俺は遣る事が在るんでもう行くぞ」
 剣士は、苛立ちに眉をしかめながら、そう彼女に告げ、踵(きびす)を返して歩き出した。
「待ってよ!」
 慌てて制止する彼女。
 立ち止まり振り返った剣士は、無言の眼差しで『何だ?』と尋ねる。
 その眼差しを受けて彼女が、視線を俺へと投げ掛けてきた。
 彼女の意図する所を理解した俺は、それに応えて口を開いた。
「あの俺、強くなりたいんです!」
 我ながら、直球過ぎる言葉であった。
 案の定、剣士の視線が冷たく冴える。
「ああ、そうか。頑張れ!」
 剣士は、無感情な眼差しを俺に向けてそう応えると、再び歩き出した。
・・・嗚呼、終わったな。
 俺は、剣士の反応からそう判断する。
 しかし、それは次の瞬間、見事に裏切られる。
「ちょっと待ちなさい!」
 彼女が口にしたその言葉と、それに伴う行動は、正確に言うならば、先刻のような制止ではなかった。
 そう、それは、言葉や行動による『制止』では無く、手にした魔導補助の為に在る杖での『殴打』であった。
「・・・っ!」
  俺は、彼女の突拍子も無さ過ぎる行為に、言葉を失い呆然とする。
「・・・痛っ!」
 それ程強い力が加えられて無かったのか、剣士は、言葉とは裏腹に本気で痛がっては居なかった。
「何故、俺が叩(はた)かれなきゃならんのだ?」
・・・確かに、この上も無く正統な主張である。
「うるさぁーい! 『頑張れ!』ですって! 何よ、それ! 最後までちゃんと話を聴いて行きなさい!」
・・・そんな、それは余りにも理不尽なのでは?
「キミも、こんな無礼な態度を取られたら、首根っ子を引っ掴んで引き摺り戻して遣りなさいよ!」
・・・済みません、それは流石に無理です。
「分かった、分かった。ちゃんと最後まで話を聴いてやるよ」
・・・貴方も良いのですか、それで?
「という訳だ。ちゃんと話してみろ、少年」
「ああ、はい!」
 目の当たりにした出来事の特異性に我を忘れていた俺は、剣士が投げ掛けた言葉で正気に戻ると、慌ててそれに応える。
 そして、俺は、何とか自分の想いを伝えようと語り始めた。

「ふーむ、成る程。要するに、君は、如何したら強くなれるのかを知りたい訳だ」
 剣士は、俺の話を黙って聴き終えると、確認するようにそう口にした。
「はい、そうです」
「うむぅ、それは何とも難しい質問を・・・」
 剣士は、俺の返答に困惑ともいえる苦笑を浮かべて呟いた。
「じゃあ、逆に尋ねよう。少年が求める『強さ』とは如何なるモノなんだ?その答えによっては、俺じゃ何の力添えも出来ないからな」
 俺は、剣士にそう尋ねられて、自分の求める強さについて考える。
「貴方は、この世界で『王』と呼ばれている二人の存在を知っていますか?」
 一見、無関係かと思われる俺の問い掛け。
しかし、俺が口にしたその問い掛けは、剣士が求めたモノに対する答えへと確かに通じていた。
「・・・? 《秩序の光》と《力威の闇》を統べるあの二人の事か?」
 剣士は、俺の意図する所を量り兼ねて訝りながらも、問い掛けに答えた。
「はい、そうです」
「ああ、色々な意味で知っているよ」
 知っているという剣士の返答に、俺は、それなら話が早いと単刀直入に全ての応えを示す。
「俺が求めるのは、彼らを倒す事が出来る強さです」
 そう、それが俺にとっての『強さを求める理由』であった。
「ほぉう、成る程な。訳ありという事か。如何やら気安く訊く事でも無さそうだし、それに大体の想像も付くから、何が在ったのかは訊かない。しかし、これだけは訊いておこう。少年、君が求めるのは彼らを戦場に討ち破る誉れなのか?」
 俺が強さを求める理由を聴いた剣士は、全てを見透かすように意味深な笑みを浮かべる。
そして、次の瞬間、笑んだ眼差しの内に見えない刃を隠してその問い掛けの言葉を口にした。
「いいえ、俺が求めるのは、唯、彼らを打ち破り、全ての遺恨を雪(すす)ぐ事だけ。だから、戦場の誉れとか、そういうモノは如何でも良いです」
「成る程な、『復讐するは我にあり』という事か・・・」
 そう納得して呟く剣士の眼差しからは、先刻感じた刃の鋭さが消えていた。
「冒険者の一人である以上、俺も綺麗事を言う積りは無い。だが、復讐からは何も生まれない。否、寧ろより悪い結末すら招き兼ねないぞ。それでも君は力を求めるのか?」
 その憂い言葉と共に伝わってくるモノは、悲哀。
 そして、それは絶望にも似た想いであった。
「彼は、違うと思う。だから、信じてあげて」
 それまでずっと黙って、俺と剣士の遣り取りを見守っていた彼女が、初めて口を開いた。
「そうか、お前がそう言うのなら、俺もそれを信じよう」
 彼女の言葉を受けて、剣士の憂いが一瞬にして掻き消える。
 それだけ深い信頼の絆でこの二人が結ばれている事が伝わってきた。
「これも又、俺にとっての宿命だ。僅かではあるが力にならせて貰おう」
 剣士は、強く真直ぐな眼差しで俺を見詰めて、快諾の意志を示した。


『口で言うよりも実際の戦いの中で示す方が分かり易いだろう』
そう言って剣士が俺達を連れて来た場所は、俺と彼女が出会った所からそれ程離れていない山岳地帯だった。
 特別な変哲も無い山並みを眺めながら歩く俺の目に、天然の産物であろう洞穴の存在が映る。
「あそこが目的地だ」
 俺の視線の先に在る洞穴を指差し、剣士は、その場にいる全員に対してそう告げた。
 剣士の言葉に促される形で、その洞穴に意識を集中させた俺は、その入口をうろつく存在を見て、彼が言う『目的』の意味を理解する。
「・・・先刻のトロル達」
 実際の所、その姿を見てちゃんと区別が付く訳ではなかったが、それは間違いなく件の魔物達であった。
「成る程、それで奴らの中に手負いが混じっていたのか」
 剣士は、俺の言葉に納得を示して、更に言葉を続ける。
「細かい話は省くが、あそこに巣食っているトロル達は普通の奴らと少し違って、妙に群れの統率が取れている。それで、今まで討伐に成功した者が無く、その被害はかなり大きく広がっている訳だ」
「で、冒険者ギルドから泣き付かれる形で依頼を受けた貴方は、喜々として私を放置した上で討伐に乗り出した訳ね」
 剣士の説明を受けて彼女が口にした言葉には、明らかな棘が含まれていた。
それから察するに、ここで重要となる事実は、『喜々として』の部分が『放置』と『討伐』のどちらに掛かるモノなのかみたいである。
その答えが剣士の口から示されると大変な事になる様な予感がして、俺は、咄嗟に二人の会話に口を挟んだ。
「喜々として討伐したがるなんて、貴方は、トロルが嫌いなんですか?」
 トロルという敵の手強さを実感したばかりの俺は、状況的援護の意味も込めて、剣士へとそんな疑問を投げ掛ける。
「ああ、嫌いだ。否、正確に言うなら、その存在すら許したくないな」
 そこには、『蛇蝎の如く』という言葉でも言い足らない純粋な嫌悪が存在していた。
 それ程までの嫌悪を抱く理由が分からずにいる俺の様子を見て、剣士は、再び口を開いた。
「少年、アレが獲物として狩るモノが何だか知っているか?」
 訊かれた俺は、その答えを知らないので素直に首を振って、それを示す。
「主に山野の動物。だが、奴らにとって一番の好物である獲物は、人間の女や子供だ」
 剣士が語るその説明を聴いても、俺は、『獲物』と『人間』という二つの言葉が同列で繋がらなかった。
 だが、剣士がトロルという存在を嫌悪する理由は、その説明だけで十分以上に充分であった。
「どうせ、女子供を襲うんなら、先ず、このチッコイのを狙えばいいのにな」
 剣士は、そう言って彼女の方に意地悪な視線を送った。
「ちょっと! それって、如何いう意味よ!」
 当たり前のことだが、彼女は眉を吊り上げて怒る。
「お前なら、襲われても確実に返り討ちにできるからな」
 その言葉に込められた彼女に対する信頼が、先刻の剣士の発言にそういう意味での悪意が微塵も無い事を物語っていた。
 それを感じ取ったのか、いっきに彼女の怒りが冷める。
「まぁ、取り敢えず、冗談はこれ位にして、話を本題に戻そう」
 口にしたその言葉の通り、真剣な表情になった剣士の態度に俺を含めた全員の表情が引き締まる。
「見ての通り、奴らは洞窟を根城にして、近くの人里を襲っている。このまま放っておけば、更に仲間の数を増やして被害を広げるだけだ。それを防ぐ一番の方法は殲滅だが、ああ見えてトロルという奴は狡猾な上、連中は異常なまでに群れの統率が取れている。恐らく、殲滅するのは難しいだろう。という訳で、俺が最良の策として考えたのは、連中の首領を討ち、その上で群れの数を一匹でも多く減らす事だ」
「蛇を殺すには先ず頭を叩けという事ですね」
 俺が口にした言葉を受けて、剣士が満足気に頷いた。
「ああ、そうだ。具体的な作戦を説明すると、俺が敵の首領を討ち取る為に突入するから、お前達三人は適当に後方支援してくれれば良い」
・・・あの、『それ』は全然具体的な作戦になっていませんが。
 その心の声を言葉にしようとした俺に先んじて、彼女が口を開いた。
「了解、油断してしくじらないでよ」
・・・本当に、それで良いのですか?
 俺は、事無げに賛同の意志を示す彼女の反応にそんな疑問を抱いたが、最早、その場の雰囲気はそれを口にする事を許してはくれなかった。
「少年、多少の無茶はして貰うが、無理をさせる積りは無い。唯、生き残る事だけを考えて俺に着いて来い!」
 それこそ無茶苦茶な事を言われているのだが、何故か俺が感じているのは、怖れではなく頼もしさであった。
 俺は、妙に熱いモノを胸に感じながら、黙ってその言葉に頷いた。
「では、皆、行くぞ!」
 剣士は、短く言い放つと宣言通り、自らが先陣を切って敵の前へと躍り出る。
『《戦神の猛き咆哮》! 《戦女神の慈愛》! 《武神の強固なる護剣》!』
 彼女が操る《力導く言葉》と共に、連続で戦闘補助魔法が詠唱発動される。
その魔法の効力は、俺の身体を並々ならぬ戦いの力で満たした。
 自らを満たす力の充足感に高揚する俺の目の前に、敵である魔物の群れが立ちはだかる。
 そして、現れた敵の数は、俺の予測を遥かに上回り、俺たちは一気に敵の群れに取り囲まれた。
 しかしながら、予測を遥かに上回っていたのは、その敵の数ではなく、寧ろ、味方である存在の実力であった。
 それは、正に想像を絶していた。
 得物である長剣を手に短くも鋭い気合いの声を発して敵の群れと渡り合う剣士。
 その戦い振りは、荒ぶれる雷の化身の如くに烈しく、群がる敵を次々に薙ぎ払って行く。
 多勢に無勢という状況すら楽しむような剣士の狂瀾(きょうらん)を前に、何時しか敵の群れはその恐怖に支配されて行った。
 壮絶な剣士の戦い振りに圧されたトロル達は、完全に浮き足立ち、その中には、他の仲間を踏み付けにしてでも逃げ出そうとする者まで現れ始める。
「逃げる奴は無視して、一匹でも多く仕留める事だけ考えろ!」
 俺達に向けた剣士の指示の言葉を理解したのか、トロル達は、我先に逃げ出そうとして総崩れとなった。
 それによって、戦況は完全に俺達の有利となり、そのまま戦いの決着が着くかと思われた。
 しかし、その予測は敵の新手として現れた一匹の存在によって覆される。
『ぐぇうふぉっほッ!』
 それは人間である俺の耳には、唯の奇声にしか聞こえなかった。
 しかし、トロル達にとっては、遥かに違っているらしかった。
 その一声を受けて、敵が抱いていた恐怖が完全に拭い去られるのを俺は感じ取った。
 そして、次の瞬間、俺はその存在によって、信じられないモノを見せられる事となる。
『《滅びを知らぬ禍々しき邪輩の輪舞》!』
 その《力導く言葉》によって、俺達によって倒されたトロル達の屍(かばね)に、歪んだ命が植えつけられる。
 それは、《邪神》と呼ばれる存在の力によって、魂を失った器を操る暗黒の魔導。
「成る程、《邪神》の力に当てられて生まれた変異主か。面白い、俺が相手になってやろう!」
 剣士は、敵の首領であるその存在の正体を見抜くと、好戦的な笑みを浮かべて言い放った。

『《猛る白炎の息吹》!』
 彼女が紡ぐ《力導く言葉》が、灼熱の刃となって敵の一群を薙ぎ払う。
・・・スゴイ。凄すぎる。
 俺は、その絶大な威力を前にして、畏怖にも似た感情を抱いていた。
「気を抜いたら、呑まれるわよ!」
「くっ!」
言い放たれた言葉に正気を取り戻した俺は、反射的に振るった刃で眼前の敵を退ける。
 その俺の背後では、ナビであるサフィアが必死の態で敵の先陣に攻撃魔法を放ち続けていた。
 正に悪戦苦闘の状態にある俺とサフィアを援護しながら、彼女は、焦燥の色を全く見せない見事な戦い振りを見せていた。
 そんな彼女の上を行く戦い振りを示すのは、敵の首領を相手にした剣士である。
 彼は、暗黒魔導によって操られる不死の傀儡兵達を相手に、獅子奮迅の勢いで暴れまくっていた。
 一撃一撃の鋭さは烈しい程に冴え渡り、相手の四肢を斬り裂く事で、死を知らぬ不死者達の動きを封じて行く。
 そこは、生者たる俺達と死者たる魔物達との壮絶なぶつかり合いの場となっていた。
「そろそろ終わりにするぞ!」
 剣士は、戦う術を失い大地に蠢く魔物の群を一瞥して言い放ち、その鋭い視線の先に敵の首領を映す。
『うごぉっほっぉッ!』
「咆えるな、耳障りだ!」
 向けられた狂暴な殺意を威勢よく一蹴した剣士は、その言葉を気合いに代えて、得物である長剣を振り降ろした。
 渾身の力を込めて放たれる鋭い一撃。
 それは剣士の狙いに違わず、敵の身体を真っ二つに斬り裂くかと思われた。
 しかし、退けられたのは、剣士の方であった。
「・・・っ、《理に逆らう反撃の刃》か!」
 剣士の表情が身に受けた攻撃の痛みに苦悶する。
 俺には、何が起きたのか分からなかったが、その原因が敵の操る暗黒魔導に在る事は確かだった。
 その様子を見て微かな動揺を浮かべた彼女は、直ぐに手にした杖を握り直す。
『《在るべき真聖のことわ・・・』
「不要だ!」
 剣士は、短く言い放ち、彼女が試みようとした魔導を制止した。
「ふざけた真似をしてくれたな」
 無論、それは敵の首領へと向けられた言葉であった。
「・・・マズイ、わね」
剣士の言葉を聞いて、何故か焦燥に近い反応を示す。
「お前がその気ならば、こちらも多少の本気を出してやろう!」
 それは傲慢なまでの自信に満ちた言葉、否、意志と呼ぶべきモノであった。
『ぐぇっほぉくぁっ!』 
 嘲り咆える敵の首領。
 それを無言で睨み返した剣士の瞳に、憤怒の炎が燈る。
「この身は罪に落ち、その魂を闇に染めようとも、我が心からは《穢れ無き栄光》と《穢れを知らぬ威光》の光は失われず。鋭く堅き金剛の刃よ、その天聖の御力を以って二つの神輝を連ね、我が敵を討ち滅ばす神雷となれ!」
 剣士が紡いだ《力奮う真名》に応えて、その手に在った剣が淡い光を身に宿す。
「行くぞ、《峻列なる神雷》!」
『《大いなる魔神皇の守護結界》!』
 剣士の《力持つ真名》と彼女の《力導く言葉》が、同時に響き放たれた。
 剣士の《戦技》によって生まれた荒れ狂う雷撃の力は、敵の首領を呑み尽し、更には、その余波で周囲に在った魔物達までをも灰燼に帰す。
 目を焼く強烈な光の渦が消えた時、剣士以外でそこに残ったのは、結界によって護られた俺達のみであった。

「ふぅー、終わったな」
 遣り遂げた者の表情で溜めた息を吐く剣士。
 その隣で、プルプルと震えている彼女。
 そして、その二人を唖然と呆けて見詰める俺とサフィア。
 それはある意味、厳かな静寂の空気に満ちた一時であった。
「『ふぅー、終わったな』じゃなぁーい!」
 その一喝で静寂を打ち破った彼女は、自らの想いを示すように杖で剣士の頭を叩く。
「何をする、何を!」
 訳も分からず叩かれたと抗議の言葉を返す剣士に、彼女の怒りが跳ね上がる。
「敵諸共で私達まで仕留める気なの、貴方は!」
・・・はい、冗談抜きでやばかったデス。
「莫迦な、あの程度で遣られる貴女様じゃないだろう」
・・・えーと、それは否定しないという事ですか?
「それに、あの戦技は、邪悪なモノにしか本来の威力を発揮しないぞ。まさか、邪悪?」
・・・あのー、そこいらで止めないと流石にマズイんじゃ・・・。
 言うまでも無く俺の危惧は、直ぐに現実となる。
『《魂凍える氷箭》!』
 その《力導く言葉》によって生まれた氷結の矢箭が、雨霰(あめあられ)の如く剣士へと放たれた。
 その無数からなる氷矢群を剣士は、無言のままに剣腹で叩き返して行く。
・・・マジ、ですか。貴方は一体、何者なんですか?
 《魔導》、そう呼ばれる異能の力は、その名の通り《魔》の領域に属し、物理によって抗えるモノでは無い筈であった。
 常識すら打ち破る現実を目の当たりにして、俺の頭は混乱を極める。
「大人しくお仕置きされなさい!」
 彼女の厳しい声が、オーバーヒート寸前にあった俺の頭を刺激した。
 更なる魔導を発動させて、剣士への『お仕置き』を試みる彼女。
それを余裕すら感じさせて喜々と回避する剣士。
そんな二人の攻防を唖然と眺め続ける俺の脳裏に、人伝に聞いた或る話が甦る。

『この世界には、素で魔導の魔力を斬る技を会得した存在がおり、その技の開眼の理由は自分のパートナーの魔法攻撃から逃れる為らしい』

 そんなレアを通り越して、『アレ』な伝説を持つ者とそのパートナー。
 その名は・・・。

「《雷斬りの雷聖》! 《純白の魔女神・雪華》!」
 俺は、全ての疑問をその二つの存在に符合させて、驚きの余り叫んでいた。
 一瞬キョトンとして、互いに見詰め合う剣士と彼女。
 そして、剣士が何事かと不思議そうにしながら全てを肯定する。
「いきなり、ヒトの名前を絶叫とは、一体如何したんだ、少年」
・・・否、絶叫はしていません。多分。
「あ、済みません。お二人があの有名な方達だと分かってつい」
二人の力量と、そして何より女性の身で《魔司》に至った彼女の存在から考えれば、その正体は始めから決まっていた。

あし@

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