アルカナ・レジェンド

21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2016年6月28日火曜日

再出発~俺の戦いはこれからだ~

数年ぶりに小説を書き始めました。

『L・O・D』&『M・O・D』シリーズの次世代物語を今流行りの異世界転生モノとして、「小説家になろう」を戦場にリトライです。
タイトルは『半熟侍さんは異世界に夢を探しに行きました』(PNを改め「猫流師範」です)
作者が大好きな英雄ごっちゃまぜ設定のシリアスの中でも笑える英雄譚(?)として展開予定。

てな感じで「今後ともヨロシク」です。

2008年8月13日水曜日

M・O・D+きゅー ~第五話~

『何たる不浄! 何たるおぞましさ! 性を同じくする者同士で偽りの愛を成そうとは!
正に《天上の光》へと逆らい穢す悪醜の振る舞い。穢れ窮まりし者よ、消え去れ!』
 スミナへと言い放たれる断罪の言葉と共に、《光司る天使》が戴く光輪に強大な力が集り宿る。
「黙れ、秩序の虜者! 身勝手に歪めた神の理を以って、人間の想いを踏み躙るな!」
 俺の中で、抱いた怒りと共に何かが弾けた。
『煩わしき愚者の戯言を。ならば、貴様から消し去ってくれるわ!』 
 《光司る天使》が叫んだのに応え、《裁きの光》が俺へと放たれる。
 発動と同時に肌を焼く程の威力を誇る攻撃を前にして尚、俺の心は狂おしいまでに猛っていた。
「行くぞ!」
 俺は、一瞬だけ閉じた瞳を見開き、睨むようにしてその存在を捉えていた天使王へと突進した。
 迫り来る力の波を振った剣の刃で切り裂き、俺は、敵との間合いを一気に詰めるべく走った。
・・・貰った!
 勝利を確信する俺の瞳に、《光司る天使》の焦燥が映る。
 しかし、俺の瞳は、もう一つの焦燥を映していた。
「レイラ、危ない!」
 叫ぶシュウの声に反応するまでもなく、俺は、スミナを救おうと独り敵の群に飛び込むレイラの姿を見据えていた。
 そして、次の瞬間には、迷う事無く、刃を振う相手を変えていた。
「《神聖烈光斬》!」
 俺は、《力持つ真名》でレイラとスミナの間に在る敵の一群を薙ぎ払い、残った敵へと刃を構える。
「シキ、逃げて!」
『我に背を見せるとは、愚かな。消え去れ!』
 レイラの警告を打ち消す《光司る天使》の会心の言葉に、俺は、自らの最後を覚悟した。
 その覚悟を嘲笑うように、俺の背後で天使王の《裁きの光》が輝いた。

・・・ドサッ!

・・・?
 固い床に叩き付けられ転がるその存在を見詰め、私の意識は、混迷に白濁する。
『シキっ!』
 誰かが半狂乱に叫んだ声が、私にその現実を思い知らせた。
『天上の理に逆らい、歪んだ愛を享受する者よ。その穢れという罪を以って、滅び去るが良い!』
 《光司る天使》は、再びの断罪を私に告げ、《裁きの光》をその身に宿す。
・・・死を以って贖う罪。私の『彼女』に対する想いはそれ程までに許されざるモノなのだろうか? 私には分からない。誰か教えて・・・。
 だが、その答えを示してくれる者は、ここに存在しなかった。
 その答えの為に戦ってくれた『彼』は傷付き倒れ、その答えを教えてくれる『彼女』がもう私に笑い掛けてくれる事は無い。
・・・全てを失ってしまった。
・・・全てを奪ってしまった。
・・・その全てが私の所為。私に力が無かったから。
・・・ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 私は、その罪滅ぼしの言葉すら形にする事が出来ずに、唯、激しい悲しみに慟哭していた。

・・・誰かが泣いている。
・・・俺は、又、『彼女』の悲しみを癒せないのか・・・。
 魂を振わせて泣く『彼女』の慟哭が、俺の心に突き刺さる。
・・・力が欲しい。
・・・誰でも良い、俺に力を与えてくれ。
・・・『彼女』の想いを護れる。唯、それだけの力を。
・・・『彼女』の抱く想いが『罪』だというならば、俺は、その罪の全てをこの身に受け入れよう。
・・・だから、俺に『罪』を冒す為の力を許してくれ!

 そして、俺は、その意識を闇に委ねた。

『滅せよ、不浄の邪輩!』
 《光司る天使》は、発した一喝と共に、私へと裁きの力を解き放つ。
・・・これで全てが終わる。良かった。
 死を定める強大な力を前に、私の心は、虚ろなままであった。
 最後の時を待つ私。
 しかし、その時が訪れることは無かった。

・・・シキ!
 彼は、刹那の動きで私の前に躍り出ると、無言の一薙ぎで、《裁きの光》を断ち切る。
『莫迦な! 貴様、何故、生きている!』
 驚愕する天使王の言葉に一瞥の視線を返す彼の背中に、翼が生まれる。
 それは、それぞれが違う色を持つ六枚からなる三対の大翼。
・・・綺麗。
 彼の背に在るその美しさに、私の心は奪われる。
『己、偽りの使徒の姿を以って、我ら御使いを愚弄するか!』
 憤る《光司る天使》。
 しかし、その表情には、隠し切れない恐怖が存在していた。
『《   》』
 無感情に近い視線と共に彼が紡いだ《力導く言葉》が発動する。
次の瞬間、天使王の力の象徴たる白銀の翼が灼き払らわれた。
『・・・っ!?』
 驚き恐れて言葉を失う《光司る天使》。
 だが、天使王は、その一瞬の後には、自らの存在を保つ為の魂の器すら失っていた。

『《   》』
 シキが紡ぐ《力導く言葉》と振るう刃の鋭さの前に、残された敵の全てが一掃される。
 その圧倒的な力の前に、私な勿論、他の誰もが畏怖の沈黙を保っていた。
 本来なら、戦いを終えた安堵を抱くべき中で、誰もがその終わりを感じてはいなかった。
「一難去って、又、一難。否、この状況は、寧ろ、先刻以上に危険みたいだな」
 セティは、シキを見詰め、苦難を予見する言葉を口にした。
「いざとなったら、俺たちで食い止めるしかないか・・・。死ぬ覚悟くらいは必要みたいだけれどな」
「それで止められれば、安い相手ですけれど」
 リュフォンとレンガの言葉に、私を始めとする全員が、状況を理解させられる。
『マスター、無理は駄目です。ここは退きましょう!』
「彼を見捨ててか?」
 ナビであるルヴィナの提案に厳しい言葉を返すリュフォン。
 それをセティが止める。
「リュフォン、ここは確かに退くべきだろう。但し、俺とレンガ、それにお前の三人以外の者達だけな」
「了解。まあ、何とかなるだろう」
「そういう事だ、フィリナ。彼の事は、俺達に任せて、君達は、皆を護って脱出するんだ」
 三人の《皇》たちは、覚悟を決めた眼差しを浮かべ、私たちにこの場からの脱出を促した。
「シュウ、ラギ、ごめん。私はここに残るから、貴方達は、皆と一緒に脱出して」
 レイラは、仲間たちにそう告げて、自らもこの場に残る意思を示した。
「レイラ、正気か!?」
「ええ、正気よ。だって、シキが泣いているのが聴こえるから。彼を止められるのは、今、この場では、私だけだから。私は、私の為に彼を止めなくてはいけないの」
 彼女が示したその言葉に、彼女の仲間たちと、セティたち三人も承知するしかないと頷く。
「分かったわ。だから、お願い、彼を止めてあげて」
 ラギがレイラへと向ける信頼の眼差しの奥には、彼女のシキに対する深い想いが存在していた。
「スミナ、辛いと思うが、今は自分が生き残る事を考えるんだ。それが、君を護ろうとした仲間達の想いに報いる術だからな」
 セティが告げる言葉に、私は、黙って頷く。
 本当は、最後まで皆の傍にいたかった。
 でも、それは、自己満足の我が儘でしかないと分かっていた。
・・・ごめん、フィーノちゃん。皆。そして、ありがとう。私、皆の優しさに甘えさせて貰うよ。
 私は、大切な少女と交わした『約束』に縋って、生きる事を選ぶ。
 それが、私に出来る『彼女』たちへの罪滅ぼしになるのだと信じて。
「皆、来るぞ! 行け!」
 セティが叫んだのを合図に、私は脱出する為に走った。

『《   》』
 シキが紡いだ《力導く言葉》に応えて、彼の背に在る闇色の一翼から、破壊の力が解き放たれる。
 厚い石壁を穿ち突き崩す強力な一撃。
それは、私たちの脱出口を塞ぐ、絶大な足止めとなった。
「危ない!」
 見せ付けられる力の威力に呆然とする私たちの耳に、レイラの警告が響く。
 次の瞬間、私たちの視線の先には、シキが振り放つ刃の一撃を自らの剣で受け止める彼女の姿が在った。
『レイラ、大丈夫か!』
 味方の危惧の声を背に、レイラは、一合、又、一合とシキが繰り出す強烈な剣撃を受け止め続ける。
「《威光》の力でも、対抗し切れないか・・・」
「だな。仕方が無い、本気で遣るぞ!」
「了解です」
 セティたちは、互いに短い言葉を交わし合い、シキを止めるべく動いた。
『《魂縛る呪蔦の群》!』
『《猛き獣神皇の乱撃》!』
『《闇を屠る鋭き牙刃》!』
 リュフォンの魔導が完成すると同時に、セティとレンガの二人が戦技を繰り出す。
 その一部の隙も無い連携攻撃を前にして、シキは、ゆっくりと身構えた。
 シキの背中で黒銀の翼が輝き、光を欠いた無明の眼差しのままに一撃が振り放たれる。     
その攻撃は、そこに宿した虚ろさに反して、レイラの身体を構えた得物ごと後方に弾き飛ばした。
 そして、次の瞬間、黒銀と対の位置に在る白銀の翼を輝かせ、彼は、《皇》たちを迎え討つ。
 セティとレンガの誇る力に対し、シキは、無碍(むげ)に長剣を薙ぎ払い斬り返した。
 ぶつかり合う力と力、その戦いの軍配は、シキへと上げられる。
 そして、更には、リュフォンの魔導を自らの魔導で打ち消したシキの力の前に、誰もが圧倒されていた。
「覚悟はしていたが、まさかこれ程までとはな・・・」
 事無げに退けられた事実へと焦りを滲ませ、セティの口から感歎の言葉が洩れ出る。
「後は、決死の覚悟を以って、活路を切り開くしかありませんね」
 それは、自分たちの為にではなく、私たちの為にという意味であった。
「諦めたら、駄目だよ」
 そう言って笑うレイラの表情には、一切の迷いが無く、そして、それはある存在が示した姿に良く似ていた。
 そう、それは紛れも無いシキという存在にであった。
「うん、諦め無ければ、きっと大丈夫だよ。それが奇跡だというのなら、その奇跡を諦めなければ良いだけだよ」
 レイラが告げた言葉に、セティたちは苦笑を浮かべる。
「そうだな、何時でも奇跡は起こせる。そう教えられたからこそ、俺達は、ここに《皇》として存在している。そういう事だ」
「だな。ここで奇跡の一つも信じて起こせない器なら、《皇》の名など受けるに値しない」
「ですね。『彼』の為にも、ここは底意地の一つや二つ出しておかないとですね」
「うんうん。そうそう。という事で、《皇》サマ達に一つお願いがあります」
 セティ達の反応を見たレイラは、満足気に笑い、そして、その言葉を口にした。
「私を信じてください」
 その言葉の意味を問う事を許さず、彼女は、走った。
 彼を、シキを、止める為に。

 その戦いを一言で言い表すならば、それは、『死闘』であった。
 攻めるシキの攻撃を、レイラが繰り出す攻撃で受け返す。
 目に映るモノだけで言うならば、レイラはシキの攻撃を必死に防いでいるだけだった。
 しかし、彼女は、確かに彼と互角に戦っていた。
 その力量の差は歴然でありながら、五分と五分の戦いを可能にしている彼女の強さは、意志の強さであった。
 それを示すように、彼女の身体は、輝く闘志のオーラで包まれていた。
「《穢れを知らぬ威光》、彼の想いがレイラを護り続けているという事か」
「ああ。だが、それにも限界は在る。意志は挫かれる事が無くとも、身体が疲労に耐え切れないだろう」
「その時は、俺達で彼女を護りましょう」
 セティたち三人の《皇》は、シキと戦うレイラの姿を見守りながら、最後の覚悟を決めていた。
『悲し過ぎる戦いですね』
 それが誰の言葉だったのかは分からない。
 でも、その一言が、今、目の前で繰り広げられている戦いの全てを表現していた。
 刃と刃をぶつけ合う度に、二人は、嘆き哀しみ、そして、憤っていた。
 それが、何に対する怒りなのかは分からなかった。
 しかし、それは余りにも悲し過ぎる憤怒であった。

・・・誰でも良い。早くこの戦いを終わらせて! 早く、あの二人を苦しみから解き放ってあげて!
 私は祈るように心で叫ぶ。
 その願いは、残酷な形で叶えられようとしていた。

「レイラ!」
 誰かが叫び、それに合わせるように、彼女の手に合った剣が弾き飛ばされた。
 完全に無防備となった彼女の懐を目掛けて、シキの刃が振り降ろされる。
・・・間に合わない。
 誰もがそう感じていた瞬間、唯一人、レイラだけが安堵で笑っていた。
 それを私は、終焉を覚悟した諦めの安堵だと理解する。
 しかし、それは、私の愚蒙であった。

 一筋の煌めきとして振り放たれる刃の一閃。
 それがレイラを絶体絶命の窮地から護る。
『雷聖!』
 その存在の名を呼んで、重なり合い響く声に宿るのは『希望』であった。
「遅くなって済まない、レイラ。そして、良く持ち応えた。後は、俺に任せろ」
「うん、大丈夫。きっと、助けに来てくれると信じていたから・・・。お願い、雷聖。シキを助けてあげて」
 深い信頼と共に返されたレイラの言葉を受け、彼は、笑って頷いた。
「雪華、レイラと傷付いた者たち全員を癒してやってくれ。セティ、レンガ、リュフォン、まだ戦えるな? 護りは任せたぞ。こんな所で転んだら、笑ってもやらんぞ」
 彼は、背後に従う女魔導師と《皇》たちに指示を告げ、シキへと長剣を構えた。
「雷聖、貴方こそ、ここで転んだら承知しないわよ」
・・・『雷聖』に『雪華』。何処かで聞いたような。
 私は、交わされる二人の遣り取りを半ば放心しながら。聞いていた。
 彼女の言葉を笑って受け流した彼の瞳に、シキに対する戦いの意志が宿る。
「荒ぶれる魂のままに猛り狂うその姿は、正に破壊の権化。《天魔の皇》といった所か・・・。シキ、何がお前にそれ程までの怒りを抱かせたのかは分からない。しかし、今、お前がその怒りの刃を向けていた相手は、レイラだぞ。護るべき相手を傷付けるその暴走、俺が止めてやろう!」
 雷聖は、語るその言葉と共に高めた闘志を以って、シキへと先制の一撃を仕掛けた。
 それに対し、シキは、無感情な破壊の意志を以って迎え撃つ姿勢を示した。
 シキを破壊の権化とするならば、雷聖は、それを凌ぐ力を持つ破壊そのモノであった。
 彼の一撃の速さと鋭さは、シキの攻撃に勝る鮮烈さを誇っていた。
 ぶつかる刃と刃が激しい火花を散らす度に、雷聖は、シキを背後へと押し返していった。
 二人の刃でのぶつかり合いを、その場にいた誰もが固唾を呑んで見詰めていた。
 その見事としか言えない剣戟の戦いは、一瞬にして身を翻したシキの転身と、透かさずの反撃で幕を引く。
『《   》』
 《力導く言葉》と共に放たれた魔力の波が、雷聖へと襲い掛かる。
 しかし、彼はそれを信じられない方法で退けた。
「《軍神烈波斬・真改》!」
 雷聖は《力持つ真名》に宿した闘氣で、シキの魔力を相殺する。
「《神速烈斬》!」
 更に繰り出した戦技の冴えを以って、相殺し切れなかった魔力を切り裂き、雷聖は、その威力を削いだ。
・・・嘘っ! 剣で魔力を討ち破った。
 私は、彼が示した異能に驚き息を呑んだ。
「・・・これが《六皇》の力か・・・、流石と言うしかない破壊の威力だな」
 一瞬だけ驚歎に眼差しを見開いた雷聖は、直ぐに平常を取り戻しながら、ゆっくりと吐き出す呼吸と共に呟いた。
「本当に大丈夫なの、雷聖?」
「ああ、止める術は確かに在る。しかし、その為には、少しだけ時間が必要だ」
 雷聖は、雪華の確認の言葉を背に受けると、シキを鋭い視線で捉えたまま応えを返した。
「雪華、リュフォン、三度、否、二度で構わないから、あの攻撃を防げるか?」
「完全にとまでは言い切れませんが、防ぐだけなら遣れそうです」
「私も遣れるわ。多分」
 雷聖の言葉に、二人の魔導師は、確証の眼差しを以って答えた。
「ならば、頼む。少しの間、時間稼ぎを頼む。それと、セティ、レンガ、お前達の剣を貸してくれ」
「分かりました」
「了解です」
 応えてセティとレンガは、雷聖へと自らの得物を差し出した。
「済まない。借りる」
 自らの得物である剣を背中の鞘に戻し、雷聖は、二人の武器を両手に受け取る。
「では、本気ってヤツを出そうか」
 そう独り言のように呟き、彼は、祈るように瞳を閉じた。
 猛るシキの魔導による攻撃を守護結界陣で防ぎ続ける雪華とリュフォンに護られ、彼は、その言葉を紡ぐ。
『魂の煉獄に繋がれし罪深き者達よ。我が言葉に従いその罪を示せ。寛容には憤怒を、冷静には嫉妬を、精勤には怠惰を、粗食には飽食を、謙虚には傲慢を、無欲には貪欲を、親愛には情欲を。我は七つの徳を以ってその大罪を知る者なり。我が名は《七罪の皇》、汝等の転し身にして、《神を戮す者》なり!』
 祈りの完成と共に、雷聖の身体を闇色の闘氣が包み、やがてそれは彼の額で収縮される。
「《全ての邪悪を知る瞳》は開眼した。今の俺に、否、《七つ身の皇》にとっては、シキ、暴走したお前の《神祥の六皇》の力は脅威になりはしない」
 雷聖は、再び開いた瞳の視線をシキへと向け、告げた言葉を意志とする戦いの構えを示した。

M・O・D+きゅー ~第四話~

 俺は、背後で繰り広げられる仲間達の戦いの激しさを感じながら、自らの敵である《光司る天使》との戦いを続けていた。
・・・大丈夫、彼らとレイラ達なら、必ずスミナ達を護ってくれる。
 それは、俺が彼らと仲間達に抱く『希望』という名の信頼。
 その『希望』の意味を教えてくれた存在こそが『彼』であった。
 それは、力ある者達によって打ち砕かれようとした俺の『正義』を護ってくれた存在。
 そして、俺が抱いた『正義』を誰よりも信じてくれる二つの存在の一人。
 だからこそ、俺は、『彼』と交わした《聖約》を果たす為に、ここで目の前の存在に屈する訳にはいかなかった。
『如何した、仲間達が気懸かりで戦えぬか?』
 間合いを取って動かぬ俺の姿を見据えた《光司る天使》が発した言葉が、俺を一時の思考から現実に引き戻した。
「否、貴様相手ならそれでも充分だろう」
 我ながら何とも傲慢な言葉だと思う。
 しかし、目の前の存在には、そんな言葉を口にさせる雰囲気があった。
『まだ、我と汝の間にある力の差に気が付かぬとは、愚かに過ぎるわ!』
 憤り放たれたその言葉に、俺の不快感が更に増す。
「では、貴様が言う力の差ってヤツを確かさめさせて貰おう!」
 俺は、胸から湧き上がる嫌なモノを呑み込む様に言い放ち、《光司る天使》へと挑みかかった。
『ふっ、無駄な!』
 蔑むように言って構える天使王。
 俺は、迷う事無くその懐に一撃を叩き込む、
「っ!」
 手に感じる手応えの無さに、俺は、呻きに似た声を洩らす。
 それを目の当たりにして、《光司る天使》の表情に満足の色が浮かんだ。
『言った筈だ、無駄だとな! 天上の光が齎(もたら)す我が《光皇の神衣》は絶対無敵、貴様如きが振う刃では、我が護りの衣に傷一つ付けられぬわ!』
「侮るな、《光司る天使》! その己惚れに満ちた貴様の愚かに過ぎる傲慢、この《神を戮す刃》を以って討ち滅ばそう!」
 俺は、そう言い放つ心の中で、自分自身の内に宿る危険な意思の存在を感じていた。
 その正体が何者であるのかは分からないが、
それが決して邪悪な想いを抱くモノでは無い事だけは分かっていた。
 しかし、今、この時、それに惑わされれば、目の前の敵を討ち滅ばす為に求めた力を引き出し切れない事を悟り、俺は、為すべきことへの祈りに意識を集中させた。
「この身は罪に堕ち、そこに宿す魂を闇に染めようとも、我が心より《穢れ無き栄光》は失われず。鋭く堅き金剛の刃よ、その天聖の御力に神輝の冴えを連ね、我が敵を貫く正義の意志となれ!」
 俺が紡いだ《力奮う真名》の祈りに応えて、剣の刃に淡い光が宿る。
 それは交わした《聖約》と共に『彼』から授けられた力の完全なる発現を意味していた。
・・・怖い。
 俺の心には、自身が求め宿した力への怖れ、『畏怖』があった。
・・・これが『彼』の奮い続けてきた本当の力なのか。
 その力の本質を感じれば感じる程に、心へと抱いた怖れは強くなる。
・・・俺は、これ程の力に耐えられるのか。
 無意識に震える俺の眼差しに、『彼』から授けられたもう一つの力である《守護者の刃》が映る。
・・・金剛天聖御剣。
 至上の輝き持つ硬き刃の守護剣。
 その銘に込められた『彼』の想いが、俺を怖れから解き放つ。
「力無き正義は理想に過ぎず、だが、正義無き力は暴力に過ぎない。シキ、お前は理想を以って力を求め、その先にある正義へと至る事を選んだ筈。ならば、自らの理想を貫け!」
 俺は、自らの『夢』へと至る為の誓いを口にして自分を叱咤した。
『ふんっ、理想か。ならば、その理想ごと汝の魂を打ち砕いてくれるわ!』
「《永遠へと至る理想郷》の守護騎士の一人として、彼の《冒険皇》の意志をここに示さん!」
 叫び躍り掛かってくる天使王の姿を瞳に映し、俺は、真っ向からそれにぶつかっていく。
 その俺の手にある《守護者の刃》は、更なる光をその身に宿し輝いていた。

『莫迦な! 我が《光皇の神衣》が! 天上の光が汝如きに損なわれるとは!』
「咆えるな、信じる想いの差が分かつ結果だ」
 シキは、自らの傲慢を打ち砕かれ狼狽を隠せない天使王へと冷たく言い放った。
『己、人間の子が神の威光に抗うか!』
「神を気安く語るな。己をその神に従う絶対者とするな。そして、全てを真に受け入れろ。歪んだ威光では、俺の信じる栄光は討ち破れはしない!」
 憤る《光司る天使》の言葉を受け止め応えるシキの姿は、冒し難き誇りで満ちていた。
『我が神の威光までも穢すとは、許さぬ! 貴様等全員、我が神衛の軍団の前に跪(ひざまず)くが良い!』
 シキを睨み言い放つ《光司る天使》。
そこに在るのは、尊大なる天使王の仮面を脱ぎ捨てた憤怒の形相であった。
「嫌な予感がする。皆、気を付けろ!」
 その経験が長じるが故の勘も以って、セティが、私たちへと警告の言葉を放つ。
『今更、何を危ぶもうとも遅いわ!』
 残虐な笑みを浮かべる《光司る天使》。
 そして、天使王は、その羽根を舞い散らせる程に、強く烈しく白銀の双翼を羽ばたかせた。
『くっ!』
 瞳を閉じずにはいられない烈しい突風と共に、それに乗った白銀の羽根が飛来する。
・・・っ!
 金属にも似た輝きを持つ羽根の群が襲来する姿を目の当たりにして、私の心は、反射的に恐怖を抱く。
「皆さん、私の後ろに隠れて!」
 シェンナさんはそう叫ぶと、逆に自分は、私たちの前へと躍り出る。
「《神聖なる護盾》!」
 《力示す真名》を叫び、《魔導戦技》による守護陣を張るシェンナさん。
 しかし、その力は、飛来する羽根の群に貫き通される。
「っ!? きゃっ!」
「《神聖なる御神楽舞》!」
 焦り恐怖に悲鳴を上げるシェンナさんを庇って、セティが敵の攻撃の矢面に立った。
 神聖闘氣を宿した二振りの《守護者の刃》を縦横無尽に振るって、羽根の矢群を弾き返すセティ。
 しかし、その卓越した技を以ってしても、攻撃の全てを防ぎ切ることは難しく、飛来する内の何本かが彼の身体を切り裂いた。
『大丈夫ですか、マスター!』
「スィーナ、俺の事より、彼女の方を頼む」
 身を案じて駆け寄るナビに、シェンナさんの事を任せると、セティは、軽くは無いであろう傷の痛みを無視して身構える。
「ちょっと、如何見ても貴方の方が平気じゃないわよ!」
「この程度の痛みに構っていられる状況じゃないんだ。ここは無理をしてでも、奴等を食い止める。だから、貴女は大人しく退いてくれ。そうしないと本当に護りたい者を護れなくなるぞ」
 セティは、鋭い眼差しの中に、シェンナさんを思い遣る色を宿して、彼女を諭した。
『シェンナ、マスターの言うとおり、ここは退いてください。これは尋常ではありません』
 主であるセティの言葉を継いだスィーナの表情には、確かな焦りが存在していた。
「ちょっと、ちょっと、何なのよ!」
「良いから、黙って退けシェンナ!」
 訳が分からず叫ぶシェンナさんに、セティの鋭い一喝が飛ぶ。
『許せ、シェンナ!』
 一言だけ呟くように告げ、レンガのナビであるルヴィナが、シェンナさんの身体を攫(さら)うように抱きかかえて走る。
『マスター、お気を付けて!』
 主へと一瞥と共に告げて、スィーナもルヴィナの背を追い走った。
「セティ、そういう事か! 皆、早く一箇所に固まるんだ!」
 逸早くその事態に気が付いたセティの反応から全てを察したリュフォンは、私たちに向けて指示を叫ぶと、《力導く言葉》を紡ぐ為に意識を集中させた。
「レンガ、ヤツは《神衛の軍団》をここに召喚する積り、否、既に召喚している。先手を打たれた以上、後は何としても切り抜けるしかない。覚悟は良いな!」
「分かりました。《L・O・D》が誇る対魔物戦闘特化コンビの真価を発揮しますよ」
『これで《冒険皇》様がいてくだされば、最強チームになって面白いのですが・・・。足りない分は、私たち《三連聖》で補いますので、お任せくださいな』
『そう、力不足なんていわせない。・・・多分』
『そうです! 皆、頑張るのです! ファイトーです! オォーです!』
 不敵に笑んだ眼差しを交わし合うセティとレンガ。
 その二人の背後に従う形で、ナビたち三者が戦いの構えを取った。
「という事で、シキ。こっちは何とか俺達で持ち堪える。だが、それにも限界が在るからな、なるべく速攻で倒してくれよ!」
「レイラ、シュウ、ラギ、悪いがこちらからの支援は期待しないでくれ。その代わり、俺達も全力は勿論、死力の限りを尽くして彼女達を護る」
「スィーナ、ルヴィナ、フィリナ、無理はするな。お前達は俺達にとって、大切なパートナーなんだからな」
 三人の《皇》たちは、其々にこれから始まる戦いに魂を昂ぶらせながら、仲間たちへと指示を告げる。
「三人の《皇》と《三連聖》、そして、この場に在る勇敢なる冒険者たち全てに、どうか御武運と正義の導きが在らんことを!」
 祈るように信頼の眼差しと言葉を捧げ、レイラは、自らも戦いの構えを取った。
「シュウ、転んだら恥だからね!」
「それはこっちの台詞だ、ラギ。転ぶなよ!」
 互いにふざける様に言って笑い合う双子の魔導師。
 彼等が戦いを前にした緊張を楽しむ中、私たちだけがこれから起こることの意味を理解していなかった。

『愚かなる人間の子よ。逃れられぬ死の裁きにその魂を震えさせ、己が罪の深さを思い知るが良い!』
 《光司る天使》が紡ぐ断罪の言葉が召喚の儀式の完成を告げる。
『《猛る竜神皇の息吹》!』
 敵の召喚陣が発動する瞬間を狙って、リュフォンは、既に完成させていた《力導く言葉》を発動させ攻撃魔法をぶつける。
「術式が余りにも違いすぎて、相殺も出来ないか」
 その結果を半ば予測していた彼は、力を打ち消されて霧散する自らの攻撃魔法を淡々と論じていた。
『無駄な足掻きだ! 大人しく我が主の裁きに討たれるが良い!』
 天使王の言葉に応える様に、私たちの周りへと散り落ちた白銀の羽根に異変が起こる。
「成る程、あの羽根の一つ一つが召喚の道標という訳か」
 冷静に相手の術式を分析するリュフォン。
 その眼差しは、羽根の群から立ち昇る無数の光を見詰めていた。
 そして、私たちの前へと姿を現す《神衛の軍団》。
 それは、その名が示す通り、九階級の座の天使たちによって編成された天上の光という《神》を親衛する軍団であった。

 《光司る天使》によって呼び出された天使たちは、互いに連携をとって私たちへと襲い掛かって来た。
「皆、私たちもやるわよ!」
 編隊を組み迫り来る天使たちを前に、仲間たちへと言い放つ私の心には、敵に対する怖れは存在していなかった。
 戦わなければその先に在るのは唯、死のみである事を知り、皆は、既に決まっていた覚悟を胸に身構えた。
「君達を戦いに巻き込むのは不本意だが、状況が状況だ。多少の無茶は仕方が無いが、決して無理はするな」
 リュフォンは、私たちの身を案じてそう告げると、自らも《力導く言葉》の詠唱を始めた。
「来るぞ!」
 セティは叫ぶと同時に、《神聖な御神楽舞》の闘氣に身を包み、敵の群へと突進する。
 そして、その真逆の位置では、レンガが両手に握った投剣を敵の群へと次々に投げ放っていた。
「焼け石に水とは言わないが、余りにも敵の数が多すぎるな」
 自らも連続詠唱した攻撃魔法をぶつけながら、リュフォンは、冷静に戦況を見極めていた。
 彼ら三人とナビたち、それにレイラたちの奮戦により、敵の進攻が私たちの所に及ぶことはなかったが、それにも限界があるのは明らかであった。
 そして、その限界は直ぐに訪れた。

「皆、危ないっ!」
 前衛に在るセティたちの間隙を縫って迫り来る敵の群を前にして、私は、その言葉が意味を成さないことを知りながらも叫んでいた。
 私たちは、敵の波に呑み込まれ、戦いは乱戦に陥る。
 既に魔力も尽き、思い通りにならない身体に焦燥を抱きながら、私は誓いの通り杖を振るって戦い続けていた。
 その私の瞳の先には、互いを助けようと必死に戦う仲間たちの姿があった。
 しかし、その抵抗も虚しく一人また一人と彼女たちは力尽きていく。
 目の前に在る残酷な現実に打ち震える私にも、その時が訪れようとしていた。
・・・ごめん、皆。私の所為で・・・。
 目の前に迫る敵の刃を見詰めながら、私は、この惨劇を引き起こした自分の愚かさを呪っていた。
「お姉さま、危ない!」
 死を思う私の意識を現実に引き戻したのは、フィーノちゃんの悲壮な叫び声だった。
 そして、私の目の前には、絶え難き残酷な現実があった。
「・・・、フィーノちゃん・・・?」
 身を挺して私を助けようとした彼女の身体を、天使の刃が切り裂いた。
 押し倒される形で頭上にあった彼女の身体からゆっくりと流れ落ちる鮮血が、私の頬を涙のように濡らす。
「間に合って、良かった。これが私が貴女にあげられる最後の贈り物・・・」
 フィーノちゃんは、気丈な口調でそう告げると、私の唇へゆっくりと口付けした。
 再び捧げられた《魂分かつ口付け》によって、彼女の魔力が私の中へと流れ込んでくる。
「お姉さま、生きてください。必ず、約束、・・・です・・・」
 それだけを必死に告げると、フィーノちゃんは、安心したように微笑みを浮かべ、そして、力尽きた。
「・・・嫌・・・、そんなの無いよ・・・。誰か嘘だと言って・・・」
 私は、全てを信じられなくて絶望した。

・・・悔しい。私に『力』があれば、誰も苦しまなかった。大切な存在を誰も失わなかった。皆を取り戻す事が出来た。
 嘗て、この世界に於いて《邪神》と呼ばれる存在がいた時代、一人の魔導師が『奇跡』を起こしたという。
 それは、『生命の奇跡』。
 強大な力を持つ《邪神》の前に傷付き倒れ、生命までも失おうとしていた者達の全てを癒す『奇跡』。
 今、私にその『奇跡』を起こす力があったならば、この悲しみの全てを癒せただろう。
 だが、今の私にあるのは、『奇跡の力』ではなく、唯、『虚無』のみであった。

M・O・D+きゅー ~第三話~

『我を手負いと侮っているならば、後悔する事となるぞ!』
「侮る? 莫迦な、俺はいつでも本気の戦いしかしない性分だ。そして、俺には、彼に対するお前達の卑劣な戦い方を真似る積りは無い。後悔する暇も与えず、一撃で決着を着けてやろう!」
 レンガは、《死を狩る天使》を鋭い眼差しで睨み、得物である剣を抜き放った。
・・・綺麗!
 それは、彼の手に握られる剣の刃に対する賞賛。
 黒曜石に似た闇色の波状刃は、光の届かぬこの場所に在って尚、美しい煌めきをそこに宿していた。
『一撃で倒れるのは、汝の方だ!』
 言い放つ《死を狩る天使》の瞳が鋭く冴え、その意志によって《天地震わす力波》がレンガを魔力の渦に呑み込む。
「危ない!」
 思わず警告の言葉を洩らす私。
 しかし、それを聞く彼の表情には、余裕の笑みが浮かんでいた。
『莫迦なっ!』
 驚愕の言葉を洩らすのは、力を放った《死を狩る天使》の方であった。
「俺を倒したければ、最低でも今の攻撃を同時に三回放つか、五倍に威力を増してから力を放つのだな」
「大嘘を・・・。《光と闇を統べる魔導皇》の遺産を受け継いだ俺ですら、黙らせられる人間が、その程度で倒されるものか。《魔導》でお前を沈められるのは、この世界の全てを探しても《神聖皇》と《純白の魔女神》くらいしかいないだろう」
 レンガの言葉を聞いて苦笑するリュフォンの指摘に違わず、彼の『秘技』を目の当たりにして恐れを抱かない魔導師はいないだろう。
 そう彼は、自らの『秘技』を以って、《死を狩る天使》の魔法を斬ったのである。
『ならば、その魂へと死を刻んでくれる!』
 自らの魂を染める怖れを振り払うように言い放つ《死を狩る天使》。
そして、秘した第四の双眸を加えた八つの瞳の全てを使って、紡いだ《死を刻む言葉》をレンガへと射る。
「無駄だ!」
 《死を狩る天使》の四つの双眸を鋭く睨み返したレンガは、振う刃の冴えを以って、宣言通り死の魔力をも絶ち斬った。
「《静寂支配する終焉の闇刃》!」
 祈るように穏やかでありながら、力強い響きを持つ《真名》を気合いに代えて、レンガは、必殺の《戦技》を敵である天使王へと叩き込む。
 純然たる闇の闘氣をその身に宿した刃は、主の望みに違わず、《死を狩る天使》の躯を真っ二つに斬り裂いた。
『!』
 断末魔すら許されず、《死を狩る天使》は灰塵の如く崩れ去る。
「言っただろう、後悔する暇も与えないとな」
 レンガは、冷たく醒めた一瞥を倒した敵の死の跡に投げ、剣を鞘へと収めた。

「レンガ、格好良すぎ。これは俺達も本気を出さない訳にはいかないな、セティ」
「全くだ。という訳で、抜かるなよ、リュフォン!」
いつの間にか背中合わせで戦っていた二人は、互いに不敵に笑い叱咤し合う。
「俺は、少し弱気で三発かな」
「じゃあ、俺は、多少引っ張ってから、決めの一撃で快勝にしておくかな」
 私は、二人が口にした言葉の意味を一瞬だけ図り損ねて、直ぐにそれが勝利宣言であることに気が付いた。
『無知にして傲慢窮まる人間共が! 永遠の夜闇にその魂を流離(さすら)わせるが良い!』
『然り! 我が光の主も汝達の傲慢なる言葉を耳障りに聞いておられるわ! 天上の裁きを以って、その罪を贖うが良い!』
 《夜闇司る天使》と《光知る天使》は、烈しい憤りを以って、彼ら二人に断罪の言葉を宣告した。
「真なる理を知らずして、光と闇を語ることこそ、無知にして傲慢なる振る舞い。ならば、この身に宿る《光と闇を統べる魔導皇》の遺志を以って、その真理を示してやろう」
「全くだ。自分に都合の良い理を並び立てて、全てを歪めるやり方には、もうほとほとうんざりだ。《英雄皇》、俺にその名を授けた意志に対する誇りに懸け、貴様達の愚蒙に《守護の刃》の裁きを示してやろう!」
 それまでとは異なる真摯な戦いの意志を瞳に宿し、リュフォンとセティは、其々に敵である天使王へと対峙した。

『《魔を導く皇の三界光闇神輝結晶陣》!』
 リュフォンが紡ぐ《力導く言葉》によって、《魔導皇》の遺産である《無限を奏でる御言葉》が完成する。
 虚空に浮かぶ光は、互いに結び合って完全な形の三角を描いた。
『《猛き烈風の迅雷》!』
 《夜闇司る天使》は、リュフォンの《魔導》が力を解き放つ前に打ち砕かんとして、暴風纏う雷撃をぶつける。
 しかし、その攻撃は、リュフォンの魔力結界陣に触れた瞬間、そこに宿る力の前に霧散した。
『我が力を打ち消すとは、中々やるな! ならば、これで如何だ!』
 猛り咆えて白銀の翼を羽ばたかせる《夜闇司る天使》。
 その意志に応えて、《熾高の光宿す裁き》によって生み出された魔力の熱波が、リュフォンへと襲い掛かる。
「俺は貴様を買いかぶり過ぎていたみたいだ」
 呟くリュフォンの瞳に宿る意志は、虚無。
 それは、彼の魂に宿る《光と闇を統べる魔導皇》の遺志が示した滅びの宣告であった。
『《滅び導く真祥の理》!』
 紡いだ《力導く言葉》を結界陣に重ね、リュフォンは、その力を《夜闇司る天使》目掛けて解き放つ。
 それは《光満つる天空》・《生命溢れる大地》・《たゆたう闇の海》の三界から導かれた創始から終焉へと至る理の力であり、万物の宿命を約束する真諦であった。
 絶対の滅びを前にして、《熾高の光宿す裁き》は余りにも無力であった。
 そして、天使王は、絶対なる滅びの力に包まれ、塵へと帰した。

「リュフォン、確かに『三発』だけど、それは反則」
 緊張に引き締められた表情を苦笑で崩して、セティは半ば独り言の様に口にした。
『《神》の名を騙る邪妄の力を振い、我等が同胞を討ち果たすとは! 何たる悪逆非道の振る舞い! その不浄なる魂、我が主の威光を以って灼き尽くしてくれる!』
「咆えるな、羽虫! 『威光』なんて言葉を使って自らの貴尊を誇るんじゃない。それに、真の『威光』とは、縋るものではなく、自らの意志と力を以って示すモノ。お前みたいのを『虎の威を狩る狐』って言うんだ!」
 仲間を討たれ憤る《光知る天使》の言葉を真直ぐに受け止めたセティの眼差しに、彼を《英雄皇》と成す鋭い意志の輝きが宿る。
『威光の何たるかも知らぬ愚か者がそれをほざくか。《全ての悪を討ち滅ばす威光》たる我が主に代わって、汝等の邪悪を討ち滅ぼしてくれん!』
「面白い! ならば、俺は自らの力を以ってお前を討ち滅ぼし、この身に宿す『聖』の証としよう」
 向けられた宣戦の言葉に報いるセティの両手に、双対の《守護者の刃》が抜き放たれる。
「右に在るは《親愛の護手》、左に在るは《真誓の護手》、この双剣の煌めきこそが俺の魂に宿る『威光』を示すモノ。この《守護者の刃》の鋭さを以って、真に邪悪なのは、俺とお前の何れか白黒はっきりとさせてやろう!」
『小癪な、消え去るが良い!』
《天地滅する波動》。
《死を狩る天使》が操った力に数倍する破壊の魔力がセティへと襲い掛かる。
「《神聖なる護盾》!」
 セティは、《魔導戦技》による神聖オーラを身に纏い、自ら《光知る天使》へと突進した。
「《神聖なる御神楽舞》!」
 更なる意志を以って紡がれた《力奮う真名》は、《英雄皇》の身体を七色に輝く神氣で彩る。
 両手に掴む双剣を真直ぐに構え、恐れる事無く突き進むセティ。
その勇姿は、正に全てを切り裂く鋭利な刃であった。
 《光知る天使》が操る破壊の魔力は、セティの《守護者の刃》に宿る意志の力に薙ぎ払われ霧散する。
『莫迦な、我が滅びの力を相殺しただと!』
「ふんっ、これが現実だ!」
 恐怖と焦燥に彩られる天使王の瞳を睨んで、セティは自らの勝利を確信する言葉を言い放った。
『斯くなる上は、この場を一旦退き、天上の軍団を率いて再び降臨せん!』 
「甘い、逃がすか!」
 《解戦を約束する守護結界陣》と呼ばれる磐石の退陣魔導を用いようと計る《光知る天使》を、セティの一喝が制する。
「《光制する飛翔の舞》!」
 一瞬の閃光を放ち、セティは、《光知る天使》の頭上を取っていた。
「《乱れ討つ双牙烈斬・改》!」
 セティは、頭から落ちる体勢の勢いのままに《力持つ真名》を叫び、その力を天使王へとぶつける。
『ぐっ!』
 目に映る刃の煌めきは、左右から繰り出される交差の一閃のみ。
 しかし、苦痛に呻く《光知る天使》の躯に刻み込まれたのは、無数の斬痕だった。
「自らの正当を示す為に力を振った時点で既に戦いの結果は決まっていた。お前の敗因は、相手の意思を認められない独善さに在った。否、寧ろその独善さを貫き通さず、他者に縋ろうとしたが故の敗北と言うべきかな」
『己、戯言を・・・。人間風情が驕るな』
 忌々しげに睨む《光知る天使》の応えに、セティは、颯爽と両手の双剣を鞘に収めて一瞥を返す。
「驕れる程に自分を信じ、それを貫き通した。その『驕り』こそが、俺の『誇り』の在り様だ。大切な存在を如何なる敵からも護るという自負無くして、《英雄の皇》などという名を得られる道理もない。まあ、敗れて自らの非力も分からぬお前には、幾度の転生と復活を果たそうとも理解できないモノだろうがな」
『人間が皆、汝の如く驕り傲慢であるならば、我等の力を求めはしないだろう。驕れる《英雄の皇》よ、覚えておけ。これは汝の勝利ではなく、我の敗北ではない。嵩貴なる天上の意志が我へと与え給うた試練に過ぎない』
 セティの宣告に、最後の足掻きとなる言葉を語り残して、《光知る天使》は、塵へと崩れ去った。
「理解不能だな。護るべきモノを護れない意志に何の意味が在る。失う事への怖れを知らないお前の言葉では、誰も導き救えない。俺は、死の後に与えられる魂の救済に縋るより、最後の最後まで目の前に在る敵に抗い続ける事を自分に求めるさ。そう、『彼』の様にな」
 何者の前にも揺らぐ事の無い意志を示すように語り、セティは、シキへと向けた眼差しの先で、別の存在を見詰めていた。

『我が同胞たる《死を狩る天使》と《光知る天使》、そして、半身たる《夜闇司る天使》までも戮(ころ)すとは、人間の魂はそこまで堕ちたか!』
 憤り叫ぶ《光司る天使》の背で、白銀の双翼が大きく振り開かれる。
「やっと本気を出すか。そうでなければ、こちらも面白くないからな!」
 《光司る天使》を睨み返して言い放つシキの意志に応えて、その手にある剣が鋭く冴えた輝きを示す。
『大言を吐くな、人間! 貴様の刃は我が身を護る天上の光の前には無力!』
 シキの言葉を嘲り宣言する天使王は、その躯を護る鎧の上に、天上の光の力を象徴する白紗の法衣を纏った。
「天上の光を具現化した《光皇の神衣》。全ての攻撃を無力化する絶対防御か・・・」
「言葉の通り、奴も本気になったという事か」
「しかし、あれを出されたら、俺達でも楽な戦いはさせてもらえないな」
 自らが対峙した天使王達を討ち、残るシキの戦いを見守る姿勢を示すリュフォン・レンガ・セティの三人が、《光司る天使》の本気を見て互いに言葉を交える。
「あの、彼を、シキを助けなくて良いのですか・・・?」
 敵が示す力の強大さを知って尚、静観の姿勢を貫こうとする彼等に対し、私は、その真意を確かめるように尋ねた。
「ああ、必要ないからな」
「えっ!?」
 私は、セティが口にした言葉の意味が分からず、驚きに近い声を洩らす。
「あの《光司る天使》を護る力が全てを防ぐ『絶対の防御』なら、シキを支える力は全てを貫く『絶対の攻撃』だからな」
「それって、『矛盾』なんじゃ・・・?」
 そう、それは決して両立しない、正に矛盾する道理を示していた。
「矛盾、か・・・。確かにそうだが、その二つが確かに存在する上では、勝つ可能性があるのは必ず両者の一方でしかない」
 そう口にしたリュフォンは、「分かるか?」と視線で私に尋ねる。
「分かりません」
 私は、答えが在る筈の無い尋ねに正直な応えを返す。
「そう難しく考える必要は無いよ。唯、単純に『矛』と『盾』では、どちらが『勝って』どちらが『負けない』のかが、最初から決まっているというだけの事だから」
 穏やかな笑みを浮かべたレンガが口にした助言は、共に同じ『勝利』を示す言葉でありながら、微妙に異なる響きを含んでいた。
・・・そういう事ですか。
私は、それが言葉遊びではなく、戦いに於ける道理を指していることに気付く。
「私たちは、シキの勝利を信じれば良いのですね」
 負けないことは、戦いの勝利とは呼べない。
 ならば、如何に固い『盾』を誇ろうとも、鋭い『矛』のように勝利を得ることは適わないのである。
「御明答。シキがその身に宿す《穢れ無き栄光》は伊達じゃない。況(ま)してや、彼の手に在る《守護者の刃》は、至高の力へと鍛え上げられ、神の名を冠するまでの一振り。その《神を戮す刃》を以って、神の従者を破れない道理が無いという事さ」
「うんうん。シキは負けないよ。だって、シキは『正義の味方』だからね」
 レイラと呼ばれた少女は、その瞳に揺ぎ無い信頼を宿して、彼の勝利を宣言する。
「そういう事、あんな天使如きに負けるシキくんじゃないわ」
 ラギと呼ばれた女魔導師は、その胸に在る深い想いを込めて、レイラの言葉を肯定した。
「だからこそ、俺達の為すべき事は、彼の信頼に報いる事だ。やるぞ、レイラ! ラギ!」
 シュウと呼ばれた魔導師の言葉に促され、レイラとラギ、そして、三人の《皇》達が戦いの構えを取る。
「《魔物の巣窟》で調子に乗って暴れ過ぎたか・・・。スィーナ、お嬢様達を連れてこっちへ!」
 セティは、ナビである存在に指示すると、自身は逆にフィーノちゃん達がいる方向へと走った。
「連中の相手は俺達に任せて、君達は、自分の身を護る事を考えるんだ。フィリナ、彼女達の事は頼んだぞ」
「ヴィー、俺とお前は支援に回る。強さは兎も角として数が半端じゃないからな、油断だけは出来ないぞ」
 レンガとリュフォンの二人も又、息の合った感じで、自分達の役割りを定めると、レンガはセティの対角、リュフォンはナビ達と共に私たちの周りを固める位置に構えた。
「私たちも全力を、いえ、死力を尽くします。でも、正直、数が多過ぎて防ぎ切れないと思います。皆さん、身を護る覚悟を忘れずに!」
 レイラは、私達に警戒の言葉を告げると、仲間たちと共に散開して、セティとレンガの背後を支援する位置に構える。
「来るぞ! 皆、転ぶなよ」
 セティが叫ぶと同時に、魔物達の群が怒涛の如く私たちの前へと押し寄せてきた。

「皆、大丈夫か!」
 シキは、群現れた敵の気配を背に感じ取り、私たちの状況を危ぶむように振り返り叫んだ。
「シキ、こっちの事は大丈夫だから、自分の戦いに集中するんだ!」
 レンガは、振う刃の一薙ぎで敵の群を薙ぎ払いながら、背後のシキへ心配いらないと返す。
「分かりました」
 シキは、短く応え、仲間たち対する信頼を背に、目の前の敵へと意識を戻した。
「私たちも頑張りましょう!」
 自分が戦える状態に無いことをもどかしく思いながらも、私は、仲間達へと激を飛ばした。
 その私の言葉に無言で頷く仲間たち全員の表情に、真剣な緊張が浮かんでいた。
「大丈夫、お姉さまは、私が護るから・・・」
・・・いやーん、嬉しい!
 私は、フィーノちゃんから告げられた言葉に、不謹慎にもときめいてしまった。
「じゃ、私はアンナを盾にしておこーっと! という訳で、よろしくねぇー」
 シルクちゃんが、私たちを揶揄するように言って、相方であるアンナちゃんの身体を前に押し出す。
「ちょっと! それは酷いよ、シルク・・・」
 抗議の言葉と共に睨むアンナちゃん。
 しかし、本気で怒っている訳でもなく、いざとなれば皆の盾役となる覚悟をしていることは確かだった。
「ホリィーちゃん、私たちも頑張ろうね」
「うん、でも無理しちゃ駄目だよ」
 互いに励まし気遣うのは、ユーマちゃんとホリィーちゃんの仲良しコンビ。
「ユーマお嬢様、くれぐれもお気を付けください」
 ホリィーちゃんに負けじとユーマちゃんの身を案じるのは、ユーマちゃんの護衛役にして専属メイドのジーナさん。
 そのお淑(しと)やかな容姿と雰囲気に反して、高位の《闘賊騎士》らしい女性である。
「プリナお嬢様は、私(わたくし)がこの生命に代えてもお守りいたします」
 そう忠義の断言を口にするのは、ユーマちゃんの従兄妹であるプリナちゃんの専属護衛メイドのシェンナさん。
 彼女は、双子と勘違いする程にジーナさんと似た容姿をしているが、その身に纏う雰囲気から逆に勝気な印象を与える女性である。
『クェー、俺の事も忘れるなよ、シェンナ! しっかり護れ! きっちり護れ! という事で頼んだぞ!』
 踏ん反り返って言い放つのは、カポちゃん。
 プリナちゃんのペット(?)で、変種生物の幼獣らしい微妙な存在である。
 本来なら、あと三人のギルドメンバーを仲間に加えてパーティーを組んでいるのだが、今回は私たち七人と護衛役の二人に一匹を加えた編成で冒険に出ていた。
・・・せめて、チェリナかメリィアのどっちかが居てくれたら良かったのに。
 彼女達二人は共に、高位に位置する《神聖魔導師》である。
 もう一人のファーナちゃんにしてみても、この場に居てくれたならば《神聖術士》として、今の私より確実に皆の助けになれる筈だ。
 そういう意味も込めて、今の状況は私たちにとって最悪と言えるタイミングで訪れていた。
・・・そう、本当に最悪だ。
 事の発端は、ギルドメンバーであるファーナちゃんが、偶然に知り合い友達になったプリナちゃんたちを連れて戻り、パーティー戦力の調整を図ろうとしたことにあった。
 そこでパーティーの中核を担うメンバーたちのギルド・マスターである私が提案したのが、フィーノちゃんたち中堅メンバーの職位の変格だった。
 その結果、アンナちゃんを除く四人が職位を新たにし、戦力のバランスは取れたが其々が職位の経験に浅い状況が出来てしまったのである。
 そこで、私たちは経験を積もうと新しく発見された古代遺跡の一つであるこの場所を訪れたのだが、私の不注意が失態に繋がり今の窮地に至るのだった。
「心配はいりませんよ。皆、頑張っています」
 ふとプリナちゃんが口にした励ましの言葉が私の意識を現実に引き戻した。
「それに、あのヒトたちは本当に強いから、何とかなります」
 更に言葉を続ける彼女が指すのが、セティたち三人の《皇》と、そして、シキの仲間たちのことであるのは、私にも分かった。
 前衛を引き受けるセティとレンガの二人は勿論、それを支援するリュフォンの戦い振りは鮮烈である。
 そして、何よりも異彩を示しているのがレイラであった。
 冒険者としての純粋な力量は、フィーノちゃんたちと同じ程度である筈なのに、敵に当たる姿は、華麗な舞を踊っているかのように美しかった。
 そこには、多彩な《戦技》を以って彩られた戦い振りではなく、繰り出す攻撃の一撃一撃に鋭さを宿した豪快さが存在していた。
 彼女が振う剣に、敵の数に対する焦りは無く、自らの間合いの内に見据えた敵を確実に屠っていく。
 そして、それを助け支えているのが仲間である二人の魔導師であった。
 彼女への支援と敵に対する牽制、二人は、息の乱れぬタイミングでその二つを繰り返す。
 その彼女たちは、私たちだけではなく、《光司る天使》と戦うシキの背中も又、一緒に護っていた。
 セティ・レンガ・リュフォン、レイラ・シュウ・ラギ、其々が其々の特性を活かして、互いの力を高め合う三者三様の戦い振りと、信頼関係という絆の深さがそこには在った。
・・・冒険者としての強さではまだ及ばないかもしれない。
・・・でも、絆の強さなら私たちだって負けてはいない!
「ごめんね、皆。私がちゃんと魔法を使う力を残していたら、皆もっと戦えるのに・・・。本当に、ごめんなさい」
 私は、仲間たちを護られるだけの存在にしてしまっている悔しさに、俯き涙を浮かべていた。
「・・・泣かないで、お姉さま。皆、お姉さまの優しさを分かっているから」
「ありがとう、フィー・・・っ」
「それに『力』なら私が分けてあげる・・・」
 零れ落ちる涙を拭おうとした私の瞳に、息が触れる程に近付いていたフィーノちゃんの笑顔が映る。
 それに驚き息を吐こうとする私の唇を、フィーノちゃんの唇が塞いだ。
『っ!?』
 突然の出来事に驚き見開いた私の眼差しの先には、同じ様に驚く仲間たちと、そして、何時もの落ち着いた表情に少しだけ熱っぽい瞳の色を宿したフィーノちゃんの姿が在った。
フィーノちゃんが宿す熱が吐息となって私の中へと流れ込んでくる。
「・・・《魂分かつ口付け》。力のお裾分け、これで戦える・・・」
 その言葉の通り、私の身体は、少しだけ魔力の回復をしていた。
「ありがとう、フィーノちゃん。皆、私たちも護られてばかりではいられない。戦うわよ」
 正直な気持ちを言うなら、戦うことが怖くない訳ではない。
 否、戦いの中で仲間が傷付く姿を見ることは、とても怖い。
 でも、それを恐れるのは、仲間を信頼していないことになる。
 だから、私は勇気を振り絞った。
「私は、私を諦めない!」
 彼がくれた勇気に、彼と交わした約束を重ねて、私は言い放ち、仲間たちへと戦闘補助魔法を施す。
・・・仲間を護る為に《騎士》を目指すことを選んだユーマちゃん。
・・・そのユーマちゃんの為に、最高の武具を鍛え上げようと《冒険鍛冶師》となったホリィーちゃん。
・・・仲間たちも支える為に、改めて《魔導師》としての力を極めることを求めたシルクちゃん。
・・・戦いの経験を積み直す仲間たちを護る力を求め、《魔導剣士》へと進んだアンナちゃん。
・・・そして、皆に護られることではなく、皆を護る為に、《神官闘士》としての修練を積み直すことを選んだフィーノちゃん。
・・・そんな彼女達の想いを見て、自分が何れの職位に就くべきかを真剣に悩み、《自由冒険者》としての修練を続けるプリナちゃん。
・・・お嬢様と呼ぶ主である以前に、大切に想う存在だからこそ、如何なる危険に対しても恐れず従うジーナさんとシェンナさん。
・・・悪態ばかり口にしながら、何時でもプリナちゃんの傍に居るカポちゃん。
 その大切な仲間たちを護りたいという想いを込めて、私は、《力導く言葉》を紡いだ。
・・・私の目の前で仲間たちを傷付けさせない。
・・・若し、傷付けられたのならば、私が必ず癒す。
 そう、いざとなったら、この杖で敵を薙ぎ倒してでも皆を護ってみせる。
 私は、強く誓って手にした杖を握り締めた。

M・O・D+きゅー ~第二話~

「自分の正義を貫いたが故に、貴女をより危険な戦いに巻き込んでしまった。本当にすまないです」
 四人の天使王達を前にした彼は、その強大な敵に対する恐れではなく、唯、私に対する詫びの言葉を口にした。
「良いです。元々、貴方が居なければ、既に失われていた生命ですから・・・」
「この状況で、『諦めるな』、とは到底言えないので代わりに、責任の想いを持っていけるよう貴女の名前を教えてください。俺は、シキ。仲間からは、《真聖なる騎士王》と身に過ぎた名で呼ばれています」
 彼、シキは、穏やかに笑って自らの心に覚悟を決めている事を示す。
 だから、私も彼に負けない穏やかな笑みで応えた。
「私は、スミナ。スミナ・アンジュリカです。他者から特別な名で呼ばれる事はありませんが、仲間の中には『お姉さま』と慕ってくれる可愛い娘(こ)たちがいます」
 それは、私にとっての歓びであった。
「スミナさんか、良い名前ですね。これが偶然だとしても、『運命』すら感じさせる廻り合わせですね」
 その言葉の意味に再び胸の鼓動を高める私だったが、直ぐにそれが勘違いである事を彼の口から告げられる。
「この地に眠る《罪深き者達》、彼らの意思を纏め統べた《皇》と呼ばれる存在の名前が、貴女と同じ『スミナ』という名であったそうです。《神を殺す異神者》、その異名に相応しき強大な力を以って、《天の御使い》と戦った存在。俺に彼と同じ力が、否、意志があったならば、この窮地も笑って楽しめたのでしょうね」
 そう語る彼は、自分自身で気が付いていなかった。
 今、自分が間違いなく笑っている事を。
「運命ですか・・・?」
「はい、運命です。そして、懐かしい言葉を思い出しました」
・・・?
 私は、それを視線だけで尋ねた。
「曰く、『宿命とは自らの心に受け入れるモノであり、運命とは自らの意志を以って切り開くモノである』と。ずっと昔に聴いた言葉なので、誰の言葉なのかは忘れてしまいましたが、その重みだけはちゃんと心に残っていたみたいです」
 そう語って、彼は、再び穏やかに笑った。
「だから、『諦めるな』とは言いません。でも、その代わりに『諦めません』と言っておきます」
 そして、彼は最後にこう呟いた。
 『俺に信じ貫けるのは、自らの心に在る正義だけですから』と。
「私も諦めません。そう、仲間たちと約束したから・・・」
 私が口にした言葉に満足そうに頷き、彼は、得物である剣を構え直した。
「聞こえたか、天使の王達よ。貴様達が、人間が生きる為に足掻く姿を傲慢と断じるのならば、俺は、その傲慢を以って最後の最後まで足掻き続けてやろう!」
『天上の光に抗いし愚か者よ。その身の死に魂を分かち、光届かぬ暗き煉獄に繋ぎ止めてやろう。我等が前に刃を示した事を後悔するが良い!』
 『熾光の傍らに在りし者』の異名を誇る天使王《光司る天使》は、彼が示した戦いの意志に猛り、白銀の輝き持つ大翼を羽ばたかせた。
「ならば、俺は、この《移ろわぬ意志示す刃》を以って、貴様達を天上界へと叩き返してやろう!」
 彼が言い放った闘志の言葉を合図に、私たちの戦いの火蓋は切られた。

『《猛き死刃の乱舞》!』
 《光司る天使》は、《意志示す言葉》を咆え、彼へと襲い掛かった。
「《猛々しき裁き手》よ! 我が心に勇気を! 《英戦の神将》よ! 我が魂に誇りを!」
 シキは、祈り叫んで《守護者の刃》を手に身構え、迫り来る敵を迎え撃つ。
 両腕の拳に光の闘氣を宿し、それを繰り出す《光司る天使》。
 シキは、鋭く睨んだ視線で相手の攻撃を追い、短い気合いの連続で放つ刺突で次々に弾き返していく。
 その全てを防ぎ切ると同時に、シキは、返した刃で《光司る天使》の躯に反撃の一撃を叩き込んだ。
『ッ!?』
 苦痛に勝る驚愕の表情を浮かべる《光司る天使》。
 そして、それは、他の天使王達にも伝播していた。
「流石は、天上の光の側近たる者。この刃の一撃を以ってしても、大した痛手を負わせられないか」
 退けた敵を睨むシキの口から、感嘆にも似た言葉が漏れ出た。
『我が絶対の攻撃を防ぎ、この身に傷を負わせた事は褒めてやろう。しかし、唯一の好機を逃した今、汝には逃れられぬ死が定まった。覚悟するが良い!』
 尊大な眼差しでシキを見詰めて宣告する《光司る天使》の全身を魔力の燐光が包み、その光は陽炎となって頭上へと立ち上った。
『《熾高の光宿す裁き》!』
 主たる者の力を導き放たれた天使王の攻撃は、熾烈な熱波となって私たちへと襲い掛かる。
「《不敗の師帥》よ! 我に導きの先を示せ!」
 自らを呑み込まんとする光の奔流を睨み祈り叫ぶシキ。
 そして、次の瞬間、彼は身を翻し走った。
「えっ!?」
 突然、自分の身体を包んだ浮遊感に驚き声を洩らす私。
 そう、彼は、私を抱きかかえ魔力の波を走っていた。
「・・・嘘、っ!」
常識を覆す彼の行動に私は、唯、驚きくことしか出来なかった。
「『彼』のように、相殺とか出来れば格好がつくのですが、俺には、これが限界です」
・・・いえ、充分に凄いと言うか、カッコイイです。
 走り、跳び、そして、手にした剣で余波を斬り裂きながら、シキは、光の奔流を走り抜けた。
「ありがとう」
 助けられた事に感謝し、そして、彼一人で在ったならば、今の無謀に近い行動も無かったことを思い、私は、その言葉を口にした。
「いえ、正義の味方として当たり前のことをしただけです。それに、これは俺を救ってくれた『彼』に対する恩返しの一つに過ぎませんから、礼には及びませんよ」
「その方は、貴方にとって、大切な仲間なのですね」
 私は、彼が口にした言葉にある気高き感情を感じ取り、そう尋ねる。
「仲間という言葉では呼ぶことが出来ない存在。俺に、否、俺達に護るべき『誇り』の在り様を教えてくれた大切な存在です」
 応える彼の瞳に、憧憬の色が宿る。
「でも、いつかは『彼』に『仲間』と認められる対等な関係になりたいです。否、違いますね。そうならなくてはならない。交わした《聖約》に報いる為に」
 その言葉と共に彼の瞳から、それまで宿していた憧憬が消え、代わりに不敵な意志の色が宿った。
「俺には、求めて止まない『夢』と、それを果たすという『約束』が在ります。だから、こんな所で転ぶ訳にはいかないのです」
「貴方に、それほどまでの想いを抱かせる方に、私も是非、逢ってみたいです」
 彼の示す意志に触れた私の心に、不思議な感情から来る『希望』が芽生えていた。
「ええ、俺も絶対にもう一度、『彼』に会いたいです。それに、貴女に諦めない希望を抱かせた貴女の仲間たちにも」
「大丈夫、逢えますよね?」
私は、不安からではなく、期待するように、そう彼へと尋ねた。
「ええ、大丈夫です。不思議とここで終わる気がしません。『彼』にも、そして、貴女の大切な仲間たちにも必ず会えますよ。否、俺が必ず会わせて見せます」
「はい!」
・・・待っててね、フィーノちゃん。私は必ず、貴女や皆の所に戻るから。
 私は、心の中で、再び誓いを新たにした。

「くっ、本当にしぶとい!」
 シキの口から、僅かに焦燥の色が滲む言葉が漏れた。
 実際、彼の焦燥は無理もなかった。
 四柱からなる天使王達を相手に、互角以上の戦いを続けてきた彼だったが、その奮戦を嘲笑うような膠着状態に陥らされていた。
 そう何よりも厄介なのは、極彩の蝶を思わせる姿をした《光知る天使》の存在だった。
 この天使王は、他の天使王達の背後に控えるように構え、味方が傷付く度に、《安らぎの調べ》と呼ばれる天上の歌で、その傷を癒し続けていた。
 シキが、幾度に及んで敵の躯を斬り裂こうとも、相手の癒しの力によって、それを無に帰されてしまう。
 そして、代わりにシキへと与えられるのは、肉体と精神の両方に対する疲労であった。
 深い疲労感とそれを感じるが故に生まれる焦燥感。
 それによって、シキの戦い振りから精彩が失われ始める。
・・・私が少しでも支援できたらなら。
 唯、護られているだけの自分が情けなくて、私は、俯いてしまった。
「・・・ごめんなさい。私にもっと力があったなら、貴方にこんな残酷な戦いを強いることもないのに・・・」
 泣いてはいけない。
 そう思いながら、私は、悔しさを抑え切れずに泣いていた。
「俺は又、背中に庇った相手を護れず、唯、泣かせる事しか出来ないのか・・・!」
 シキの口から漏れ出たその言葉には、悔しさと憤りの想いが綯い交ぜ(ないまぜ)となっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・、うっ・・・」
 彼の苦しみを前にして、私は、唯、懺悔するように許しを請う言葉を繰り返し、最後には言葉にならない嗚咽を洩らすことしか出来なかった。
「スミナ、貴方には、諦める事の出来ない想い、渇望して止まない想いは無いのか?」
 対峙する敵を睨むその鋭い眼差しに反し、私へと問う彼の言葉は、とても穏やかで優しかった。
「えっ?」
 私は、今、彼がここでその問いを口にする意味を図りかねて、間の抜けたような声を洩らしていた。
「貴女にも在るのでしょう? 自らの生命よりも大切な存在が。自分の全てを懸けても護りたい相手が。ならば、諦めるな! その大切な存在と交わした約束を守り抜け! 最後の最後まで想いを貫き通せ!」
・・・!
 彼の言葉から伝わる想いの激しさに、私は、驚き身体を震わせる。
「私も諦めたくはないです! でも、奇跡でも起こらない限り、私達は助からない! そして、奇跡なんて決して起こらないんです!」
 私は、自分の無力さが悔しくて情けなくて、その憤りを泣きながら彼へとぶつけていた。
「スミナ、貴方は、『奇跡』というモノを少し勘違いしている。起こり得る可能性があるからこそ、それは『奇跡』なのです。そうでなければ、唯の『不可能』に過ぎない。そして、その『奇跡』と『不可能』を分かつモノは、想いの違いです。仮令(たとい)、それが億万に一しか存在しない可能性でも、『不可能』だと認めない限り、『奇跡』は必ず起きるのです」
 語る彼の瞳には、それを確かに信じる意志が存在していた。
「貴方は、億万に一しかない可能性の奇跡を信じられるのですか?」
「それが『零』ではなく、『一』として確かに存在する可能性だからこそ、俺は、『奇跡』を信じられるのです。それに、この世界には、その『奇跡』を常に導き出して来た存在がいます。そして、今、俺の手には、『彼』が導いた『奇跡』の証である剣が存在している。これで『奇跡』を信じるなという方が無理です」
 奇跡への確信。
 彼は、微塵の迷いも無く、それを自らの胸に抱いていた。
「俺を信じろとは言いません。でも、貴女は自分の仲間たちを信じるべきです。それとも、貴女にとって、その仲間たちは信じるに値しない存在なのですか?」
「違います!」
・・・『必ず、助けに行く。だから、諦めないで』
・・・『大丈夫、心配いらない。必ず迎えに行くから』
 彼の問い掛けに答える私の心に、最愛の少女が口にした『約束』の言葉が甦る。
 私の応えを受けた彼の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「それで良いです。信じる想いが在る限り必ず奇跡は起こります。否、それでは『温い』と笑われるかな。そうここは、必ず奇跡を起こして見せると言うべきですね」
 シキは、そう語ると自らの剣を両手に握り直し、その刃の腹を額に当てて静かに祈るように瞳を閉じた。
「俺には、この地に眠る者達の魂の声が確かに聞こえる。それは自らの死に対する恨みの声ではなく、戦う術を失い《皇》たる者に従えぬ憾みの声。ならば、我が《魂の聖約》を以って、貴方達の罪を贖うという誓いをここに果たそう!」
 言い放ち開いた瞳と共に、シキは、逆手に握り直した剣で自らの足元の床を突き刺した。
「スミナ! こっちへ!」
 私は、彼に促されると同時に迷う事無く、その許へと走った。
「・・・っ!?」
 私がシキの許へと至った瞬間、彼の剣によって穿たれた場所から九つに分かれた光の帯が湧き上がる。
そして、それは更に三つに分かれると、その互いに干渉する力波を以って、一つの結界陣となって、私たちを包み込んだ。
「《罪深き者達の皇》よ。貴方の遺志、確かに受け取りました」
 自らの剣の先にある存在へと穏やかに語り掛けるシキの瞳には、神々しいまでの光が宿っていた。
「スミネ、貴女はこの守護結界の中にいてください。奴等は、俺が必ず退けます」
 そう私へと告げる彼からは、先刻までの疲労も焦燥も消え、力強い生命の輝きが感じられた。

『天上の光が使いたる我等に逆らい、その上、《罪深き者達の皇》の穢れまでも求めるとは、何たる罪深さ。その身を裂き、魂を打ち砕いてくれん!』
『穢れを討つべし!』
 《光司る天使》の言葉に、残る三柱の天使王達も、声を同じくして賛同する。
「シキ、御武運を! いざとなれば、私もこの杖を振って戦います」
 私は、《魔導》の補助である為の杖を、攻撃の武器に変えてでも戦うという意気込みを胸に、彼へとそう告げる。
 それが彼の戦いの助けにすらなら無い事は分かっていたが、それでも私は、勇気を奮って彼の勝利を願う想いと自らの覚悟を口にせずにはいられなかった。
「ありがとう、スミナ。でも、その必要は、無いみたいです。もう間も無く、俺と貴女、そのどちらにとっても『奇跡』と待ち望んだ瞬間が訪れます」
 私の意気込みに苦笑を浮かべた彼は、何かを確信した眼差しで、対峙する天使王達の背後に広がる闇を見詰めた。
「それって、まさかっ!」
 彼が口にした言葉が指し示す意味を問い返そうとする私の瞳に、その『奇跡』が映る。
「来た」
 シキの言葉に応える様に、その存在たちは現れた。

「《神聖なる御神楽舞》!」
「《疾風踊る戦神の輪舞》!」
 先陣を切って放たれるのは、《聖騎士》と《闘賊皇》が誇る至高の《戦技》の連携技。
 神聖なる闘氣を全身に纏った《聖騎士》が、その突撃を以って《光司る天使》を壁に弾き飛ばせば、対に位置して突進する《闘賊皇》は、残像を残す連斬で残りの天使王達を薙ぎ払って退ける。
「セティさん! レンガさん!」
 目の前で起こった現実に呆然とする私の耳に、それを遣って退けた存在達の名を呼ぶシキの声が響いた。
「お待たせ、シキ!」
 彼らに代わってシキへと応えたのは、息を呑む程に可憐な容姿を持つ少女だった。
「レイラ! それに皆も助けに来てくれたのか」
 現れた少女と仲間たちの姿を見てシキの瞳に、歓喜に近い感情が宿る。
「シキ、話は戦いに決着を着けた後だ!」
「リュフォンさん!」
・・・あれは!
 リュフォンと呼ばれた《魔司》の背後に、良く知る存在達の姿を見付け、私の心は、歓喜の悲鳴を上げた。
「お姉さま、約束通り、助けに来ました」
「フィーノちゃん! それに皆も! ありがとう」
 そう、そこには、逸れてしまった仲間たちの姿が在った。

『うぬぅっ! 何者だ!』
 突如、現れたその存在たちに、《死を狩る天使》が憤りの眼差しを向けて問いをぶつけた。
「これから消え失せる相手に名乗るのも無駄に過ぎないだろうが、礼儀として応えてやろう! 俺は、セティ。他者は俺を《英雄皇》と呼ぶ!」
「俺は、レンガ! 他者からは《探掘皇》と呼ばれる身だ!」
「リュフォン、《魔導皇》だ! 以後お見知り置きは無理だろうな」
 彼らは、三者三様に名乗りを上げて、戦いの構えを新たにした。
『成る程、汝達が《神》の名を偽り、その御技を掠める《混沌の皇》共か! 罪深き魔王達よ、ここを汝達の墓場にしてくれるわ!』
「天の御使いよ、違えるな。俺達は、真なる自由に培われた《中庸の理想郷》に殉じる者。
求めるのは、貴様たちが騙る『秩序』という支配を討ち破ることだ!」
 《夜闇司る天使》の断罪の言葉を一笑し、リュフォンは、胸に抱く意志を自らの《魔導》を以って示す。
『《猛る竜神皇の息吹》!』
 万物を灼き尽くす神獣の息吹を形作る攻撃魔法。
 《力導く言葉》の完成と同時に、リュフォンは、それを《夜闇司る天使》へと放つ。
『させぬ!』
 《光知る天使》が言い放ち、同胞へと向けられた力の前に立ちはだかった。
「!?」
『効かぬ!』
 その宣言通り、リュフォンが放った最高位の攻撃魔法を浴びて尚、《光知る天使》は、余裕の表情を浮かべていた。
『マスター、相手との相性が悪過ぎます。ここは、ワタクシにお任せください!』
 言って躍り出たのは、小柄な身体に似合わない長重鑓(ヤリ)を手にした女鑓使い。
 その頭部に生えた獣耳から、彼女が《獣人族》である事が分かった。
「ルヴィナ、コイツの相手は俺に任せて、お前は、スィーナ達と共に、お嬢様達を護ってやってくれ」
「そうだな、頼むぞ、ヴィー。では、俺の相手は、直戦に強い《夜闇司る天使》で良いな」
「そうすると、俺は、《死を狩る天使》の相手をしておけば良いですね。という訳で、フィリナ、キミの役目は俺の支援ではなく、彼女達の死守だ。任せたよ」
セティ、リュフォン、レンガの三人の《皇》は、自らが戦う相手を定めると共に、ナビ・パートナー達へと指示を告げた。
「シキ、敵の大将は任せた。お約束の言葉だが、こんな所で転ぶなよ!」
「分かっています。美味しい所をありがとうです。レイラ、シュウさん、ラギさん、そこにいるスミナさんを頼みます!」
 セティの言葉に不敵に応えて、シキは、私のことを仲間たちに託し、自分が当たる敵である《光司る天使》へと対峙した。

M・O・D+きゅー ~第一話~

・・・『愛、在りますか?』
「はい。『彼女』へと向ける温かな愛情が」

・・・『夢、抱いていますか?』
「はい。『彼女』がいつも笑っていられる『世界』を形成(つく)ることです」

・・・『冒険、好きですか?』
「はい。実を言うと少し苦手ではあります。でも、『彼女』や優しい『仲間』たちと共に過ごす日々は、私に至福の歓びを与えてくれます」


 私と『彼女』、そして、私の『仲間』たちの性別は、全員共に『♀』です。
 でも、それは私と私たちにとって、瑣末なことですらない事実です。
 だって、私の活きる『世界』は、私に『全てを許す自由』を与えたのだから。

 私の名前は、スミナ・アンジュリカ。
 少し不器用で凄く可愛い『彼女』を護る事を、自らの『夢』に定めた冒険者である。
 その『夢』は、ある人との偶然からなる出会いから始まった。
 今も尚、大切な想い出として残る『彼』との邂逅を、少しだけ美化してここに綴りましょう。


「ちょ、やだっ! ここ何処ぉー! 助けて、フィーノちゃーん!」
 私は、動揺に混乱する頭で、そう叫んでいた。
 嗚呼、我がことながら情けない失態である。
 私は、気を抜きボーとしている隙に、《転送》の罠を踏んでしまったのだった。
 そして、私がボーとしていた理由こそが、助けを求め絶叫した相手である『彼女』のことを考えていたからである。
『お姉さま、落ち着いて・・・。今、《探索の明鏡》で、位置を確認しますから・・・』
「うん、お願い」
冷静な声で伝わるフィーノちゃんからの《伝信》に私は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
『地下階層14階・西‐08・南‐13・敵の存在・・・、ウソっ・・・』
「フィーノちゃん? 如何したの?」
 急に無言となった彼女の態度に凄く嫌な予感を抱き、私は、その先を促すように尋ねた。
『・・・真っ赤・・・』
 その言葉を『冒険者』として解釈し、今の自分が身を置く状況に照らし合わせた結果に導かれる言葉は、『絶望』。
 そう、私は、パーティーの仲間たちとはぐれ、敵の群の中にたたずむしかない状況にあった。
『心配しないで、お姉さま。今、皆と一緒に迎えに行くから・・・』
 そのクールな響きを持つ言葉の中に、彼女の焦燥があることを私は理解していた。
 だからこそ、それに対する私の応えは決まっていた。
「ありがとう。でも、それは駄目よ。皆を危険な目に遭わせる訳にはいかないわ」
 私が転移(とば)されたのは、《罪深き者達の迷宮》と呼ばれる地下遺跡の最下層に程近い場所だった。
 奥に至れば至るほどに、そこを徘徊する敵の力も強大になる。
 それを考えれば、私の為に、仲間たちを、何よりもフィーノちゃんを危険な目に遭わせることは出来なかった。
「だから、私の事には構わないで・・・。お願いよ」
 正直なことを言えば、怖くて仕方が無かった。
 でも、それ以上に、フィーノちゃんたちが危険な目に遭うことの方が怖い。
 それが、私に覚悟を決めさせた理由であった。
『・・・駄目! 必ず、助けに行く。だから、諦めないで』
 フィーノちゃんからの返事に、私は、驚かされる。
・・・フィーノちゃん、本当に変わったわね。
 否、正確に言えば、何も変わってはいなかった。
 そう、昔から、彼女は優しかった。
 唯、少しだけ不器用で、自分を表現するのが苦手なだけだった。
 だからこそ、彼女の周囲には、彼女を誤解する人間も存在していた。
 その中には、心無い言葉で彼女を表現して、傷付けた存在もいた。
 それを知っている私は、凄く悔しかった。
 本当の自分を上手く伝えられないフィーノちゃんと、それを分かってあげようとしない周囲の人々。
 そのどちらに問題があったのかは、正直を言って私にも分からない。
 でも、彼女は、変わった。
 それは、彼女にとって同じ目線でいられる存在ができたから。
 私は、それが嬉しくも在り、そして、少しだけ淋しくも在った。
 自分が彼女を変える切掛けになれなかったから。
・・・ああ、凄く悔しい。
・・・私が、彼女の一番になりたかった。
・・・彼女に素直な感情を伝える事の大切さを教える存在になりたかった。
・・・そして、何よりも彼女に、この想いを伝えたかった。
 でも、それはしてはいけないことだと分かっていた。
 それをしたら、優しい彼女の心を苦しめてしまうから。
「うん、分かった。でも、一つだけお願い。私の生命の光が消えたら、その時は、何があっても退き帰してね」
 私は、既に決まっている覚悟を胸に、最後になる彼女へのお願いを口にした。
『大丈夫、心配いらない。必ず迎えに行くから』
「うん、待ってるよ。でも、本当に無理だけはしないでね」
 私は、それだけを告げると自分から《伝信》の魔力を切った。

「さてと、『約束』したから、それだけは最後まで守らないとね」
 私は、そう呟くと《鎮魔の守護結界》を発動させる為、《力導く言葉》を紡いだ。
 導かれた力の発動と同時に、清浄なる氣を以って《魔》に属する者達を退ける結界陣が私の周囲に展開する。
 私の力でこの《神聖魔法》を維持し続けられるのは、玉輪半周期(四半日)程度だった。
 この結界陣が力を失った時が、私の最後となる瞬間であった。
 その証に、私の気配を感じ取った魔物達が、結界陣の周りへと集ってくる。
「それにしてもぞろぞろと集ってくるわね。流石に鬱陶しく感じるわ。これが全部、フィーノちゃんだったら、正に『理想郷』なんだけどな・・・」
私は、圧迫される息苦しさに疲れる心を慰める為、そんな妄想を想い浮かべながら、静かに瞳を閉じて床へと座った。


「ああ・・・、そろそろ限界かな・・・」
 結界陣を維持する為の精神消費も限界に近付き、朦朧とする意識。
そんな中、私は、視界の全てを塞ぐように群がる魔物達をボーと見詰めていた。
「ごめん、フィーノちゃん。お姉さん、もう限界だよ・・・」
・・・さよなら。貴女のこと、本当に好きだった。
 私は、もう決して届ける事の出来ない想いを胸に、意識を手放す。
 私の意識の最後に浮かんだのは、彼女の笑顔だった。
・・・良かった、怖くはない。良い夢をみながら眠れそうだよ。
 掻き消える清浄の氣、迫り来る魔物達。
 自らの生命の終焉を前にして、私の心はどこまでも穏やかだった。

 私の前に群がる死の宣告者達。
 しかし、それは、唯一人の存在によって、打ち払われる。
「《軍神烈波斬・真改》!」
 天空より響く力強い意志の言葉。
 それは正に、救いの言葉であった。
 彼の手に握られる《守護者の刃》に宿った剣氣は、解き放たれると同時に、私と肉薄していた敵の群を薙ぎ払う。
 そして、彼は私の目の前に颯爽と着地した。
・・・誰?
 驚きの感情を込めた私の視線に、『彼』は、爽やかに過ぎる微笑みを浮かべてこう応える。
「通りすがりの『正義の味方です』!」
「っ!?」
 驚きを通り越し、唖然とする私に対し、彼は、苦笑を浮かべ直した。
「・・・明らかに、『外した』みたいですね」
 少し困ったように呟き洩らし、彼は、私に背を向ける。
「話は後で。先に、あの連中を片付けます」
 宣言して走る彼。
 その動きを一言で表すならば、『神速』である。
 敵に勝る、否、敵を圧倒する素早さで次々に斬り込んでいく彼の姿は、鬼神の化身かと思えるほどであった。
・・・美しい。
 その賞賛の言葉では足りないほどに、彼の技は、一振り一振りに美麗な太刀筋を誇っていた。
「正に『衆寡敵せず』か・・・」
 敵の先陣を一掃し、一旦退き間合いを取った彼は、独り言としてそう呟いた。
 その意味を図るように向けた私の瞳に、彼の疲労が映る。
「まだまだ、俺は、あのヒトの足元にすら及ばないのか・・・」
 そこに現れたのは、焦燥。
 しかし、それは、目の前に在る状況に対するのとは別のモノであった。
「・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫、と言いたいところですが、正直、少しきついです」
 その言葉とは裏腹に、彼の口調には絶望の色は存在していなかった。
「理想としては、敵を退けつつ上層を目指して進みたいところですが、情けない話に脱出口の道筋を見失いまして・・・。下手に動くと確実に窮地へと陥ります」
「あの・・・、左右のどちらかに手を付いて進むという方法は?」
 『迷路で迷ったら、壁の一方に手を付けて進めば、いつかは出口に辿りつく』という脱出方法を聞いたことがある。
 私は、それを実践してみては如何かと提案してみた。
「確かにそういいますね。しかし、残念なことにここは全道筋に《転送》と《感惑》の罠が仕掛けられています。《探索の明鏡》か《千里の明眼》を使えますか?」
「すみません。はぐれたパーティーの仲間なら使えるのですが・・・。《伝信》を使う力も残っていません」
 私は、彼の期待に応えられない事を申し訳ないと思いながら、返事を返した。
「そうですか・・・。否、気にせずに。現在地さえ分かれば、脱出口は何とかなるんで訊いただけですから」
「それなら分かります。確か14階の西‐08・南‐13だったと思います」
 私は、フィーノちゃんが教えてくれた《探索の明鏡》の結果を思い出し、口にした。
 その瞬間、彼の表情に動揺が走る。
「ここ《魔物の巣窟》です! それも『オマケ』が出る可能性在りの! 一刻も早く抜けないと危険です。さあ、こっちへ!」
 彼は、そう言い放つと、それ以上の言葉を口にする暇も無いという感じで走り出した。

「どうやら、遅すぎたみたいですね」
 彼は、悔恨にも似た表情を浮かべて、その言葉と共に得物である長剣を構えた。
 彼の視線の先に立ちはだかる者。
 それは、迷宮に眠る死者達の魂の安息を護る《守護者》、《死を狩る天使》であった。
 双頭の二つに、腹顔、そして秘されたもう一つを合わせた四つの顔を持ち、その何れにも血の紅を思わせる双眸を備えた四翼の天使王。
 死者に安らぎを与え、生者に死を与えるその瞳に見詰められ、私は、畏怖に近い感情を抱いていた。
『汝、傲慢なる御技を以って生命を狩り、死者の安らぎを乱し罪人なり。我が御手に在りし、死の錫杖を以ってその罪を刻まん!』
 《死を狩る天使》は、断罪の言葉を以って私たちへと報いることを宣告した。
「大丈夫です。奴の言葉に惑わされてはいけません。あれは俺達の心を挫き、死の言葉を刻み込もうとする手管。真の『罪』とは他の誰かが身勝手に定めるモノでは無く、自分の心のみが知る過ちの形に過ぎません。不安なら、これをどうぞ」
 彼は、背中でそう語ると、自らの腕にはめていた腕輪の一つを外して、後ろ手に私へと差し出した。
 それは、邪悪なる者の呪いから身を護る力を持つ《祝福の腕輪》と呼ばれるモノであった。
「その腕輪が貴女を、奴の《死を刻む言葉》の呪言から護ってくれる筈です」
「ありがとう。でも、貴方は?」
 彼の好意を感謝で受け入れ、私は、渡された腕輪を身に着けた。
「俺の心には、自らの譲れない『夢』へと至る為の『正義』があります。そう『強き想いは意志となり、その意志は全てを凌駕する』、真なる想いに培われた意志を打ち砕けるモノはそれに優る意志のみ。だから、俺の心配は要りません」
 不敵に彩られたその言葉を紡ぐ彼の瞳には、揺ぎ無い意志が存在していた。
「それに、この剣に誓った《聖約》がある限り、あの程度の敵を前に倒れる訳にはいかないんです」
 彼が更なる意志を紡ぐのに応えて、その手にあった剣の刃が輝きを増す。
「・・・勝てる相手なのですよね?」
「《天聖金剛御剣》、剣の皇より譲られたこの《守護者の刃》は、背中に他者の生命を委ねられて敗れる人間に従うほど、軽い存在では在りません」
・・・《正義を貫きし者・シキ》! 
答えとして告げられたその言葉に、私は、彼の正体を知る。
『打ち砕かれぬ正義』と冒険者達から畏敬される程の実力を誇りながら、尚も更なる高みを目指す《冒険皇》の後継者。
だが、彼の正体がそうであるならば、その身に《試練の制約》という呪いを受けている筈であった。
・・・だから、先刻の戦いの疲労がまだ残っているんだ。
 冒険者としての成長を早める代わりに、全ての身体能力を半分に低下させる《試練の制約》。
 それは当然のことながら、疲労の回復を阻む要因でもあった。
「すみません。私に余力があれば、魔法で支援が出来たのに・・・」
「否、それは仕方が無いことです。それに言ったとおり、俺の心配は要りませんから。大丈夫、貴女は必ず俺が護ります。」
 事無げに言って微笑む彼の笑顔に、私は、不覚にも胸の鼓動を跳ね上げてしまった。
 フィーノちゃんと出会っていなかったら、彼に間違いなく惚れていたであろう。
「では、自らの正義を貫くべく、いざ勝負と参りますか!」
 威勢を込めて言い放たれた彼の言葉には、戦いを前にして昂ぶる魂の色が滲んでいた。
『愚かなる者よ。人間の身で天上の光を背負いし我に刃向うか! 良かろう、その身に、自らの罪の重さに打ちひしがれた絶望の死を刻み込んでやろう!』
 《死を狩る天使》は、戦いの意志を示した彼に対し、猛り残酷なる死の宣告を告げた。
「それは面白い! ならば、俺は、この身に宿る『正義』の意志を以って、貴様の罪を裁いてやろう!」
『人間が天の使いである我を裁くとは何たる傲慢! 正に許されざる罪の証だ! 汝には、絶望の死すら生温いわ!』
 彼の宣言を受けた《死を狩る天使》の瞳に怒りの朱炎が宿る。
 しかし、彼はその怒りを真直ぐに受け止め笑っていた。
「第一の罪、自らの存在を驕り己惚れるその傲慢に正義の捌きを!」
 彼は、罪の宣告を言い放った次の瞬間には、《死を狩る天使》の背後を取り、その背中の一翼を斬り裂いていた。
『ば、莫迦な・・・っ!』
 驚愕の表情で痛みに苦悶する《死を狩る天使》。
 彼は、その敵の反応に詰まらないという感情を一瞬だけ見せる。
「他者の傲慢を責め、それを嘲笑う者は、自らの傲慢を知る痛みすら感じる術を持たないいのか・・・。俺を侮っていなければ、その傷の痛みすら在り得なかったモノを」
 まるで独り言を言うようにその言葉を口にした彼は、敵の反撃を避けて退き間合いを取る。
『己、八つ裂きにしてくれる!』
 怒りの言葉と共に、《死を狩る天使》の紅瞳が魔力を帯びて輝いた。
 その意志を示す鋭い視線を以って、天使の《天地震わす力波》が彼とその背後に在った私を射る。
「《慈愛の戦女神》よ! 我にその加護を!」
 祈り叫んだ彼は、迷う事無く私の前で放たれた魔力を受け止めた。
 その力の余波にすら耐えられず瞳を閉じた私の前で、彼は、攻撃の全てに耐え切る。
「第二の罪、他者の生命を軽んじるその酷薄なる振る舞いに正義の裁きを!」
 力強い意志の言葉に違わぬ一撃を以って、彼は、天使の翼の一枚を斬り裂いた。
『くっ、ならばこれで如何だ!』
 天使の王たる証を再び奪われた恥辱に打ち震えながら、《死を狩る天使》は、双頭と腹顔の三箇所から同時に《死を刻む言葉》を彼へと放った。
「《無限の魔神》よ! その真名を以って我が敵に神明の理を示せ!」
 怖じる事無く祈りを叫ぶ彼の言葉の前に、天使の攻撃が掻き消される。
「第三の罪、死を弄ぶその無情は尚も重い!
 生命を奪われ魂を弄ばれし者達に詫びよ!」
 彼は、咆えるように言い放ち、繰り出した連斬で、残る二枚の翼を斬り裂いた。
『己っ! 己っ! 天上の光を恐れぬその傲慢、決して許さぬぞ!』
「その光の象徴である翼を失って尚、自らの傲慢に至らないとは・・・。貴様は、この地に眠る《罪深き者達》の嘆きを分からないのか!」
 深い想いを込めて言い放つ彼の言葉に、天使の血に濡れた剣の刃が大きく共鳴する。
『黙れ、罪在る者が暗き地に縛られその罪を贖うは天上の理。我の知る由ではないわ!』
「黙るのは、貴様の方だ。仮にも天の使いを名乗るのならば、これ以上、『彼ら』の魂をその醜く歪んだ言葉で穢すな! 『彼ら』は罪を犯し得たのではない。在ることすら許されない罪を刻み込まれただけだ。それでも尚、『彼ら』の罪が贖われるべきモノであるというのならば、この俺が自らの正義に懸けて、その全てを贖ってやろう!」
 《死を狩る天使》が示す憤怒を遥かに圧倒する怒りの炎を瞳に宿し、彼は、天を仰ぎ咆えた。
『笑わせるな、人間。我が翼を奪った事、後悔するが良い!』
 その言葉と共に、天使は、聴く者の心を奪う響きを持つ歌を紡ぐ。
「《天上の調べ》か!」
「?」
 その歌の意味を知る彼の反応を訝りながらも、私は、歌の調べに心奪われていた。
『我が名は、《光司る天使》なり』
『我が名は、《夜闇司る天使》なり』
『我が名は、《光知る天使》なり』
 そこに在る筈のない光に導かれ現れたのは、三つ柱の天使王。
そして次の瞬間、彼らは、まるでそれが定められた絶対の真理であるかの如く、一切の乱れを持たず揃った言葉で告げた。
『罪深き者達に、天上の裁きを与えん!』
それは、私たち二人に対する死の宣告であった。

ある冒険者の追想 ~中編~

 決断を実行に移した俺達の行動に、陰に隠れていた魔物達の一部が動いた。
 しかし、幸いにもそれは『一部』である。
 その大半を振り切りながら、俺とスィーナはひたすら走った。
「良し! 森が切れた!」
 俺は、窮地の脱出口を見付け歓声を洩らす。
 しかし、そこに至る為には、尚もしつこく付いて来る敵を退ける必要があった。
「仕方が無い。遣るぞ、スィーナ!」
『はい、マスター!』
 俺は、直ぐ後ろを付いてきたスィーナに告げて、疾駆する身体の勢いが止まると同時に振り返る。
 そして、スィーナを背中に庇う形で、得物である剣を引き抜いた。
 敵の数は三匹。
 何れも同種族で、獣がごっちゃ混ぜになった醜怪な姿を持つ《妖獣》の類いであった。
『ギゥェー!』
『グィゲェー!』
 その醜悪な姿に似つかわしい耳障りな妖獣達の奇声に、俺は、思わず顔をしかめる。
 その隙を衝くように、敵の一匹が襲い掛かって来た。
『危ない、マスター!』
 スィーナの警告の叫びに応えるように、俺は、手にした剣で相手の躯を薙ぎ払う。
 確かな手応えを感じた俺の目の前で、返り討ちになった敵が地面を転がった。
「流石に一撃で終わりという訳にはいかないか・・・」
 相手の生命力の高さに舌を巻きながらも、俺は、目の前の敵が恐れるに値しない事を感じていた。
「スィーナ、何時もの通り支援のみで大丈夫だ」
『はい、マスター。了解しました』
 俺の言葉に含まれる余裕から、状況の危険性が低い事を察したスィーナは、返事をして指示の通りに支援の態勢で構える。
「取り敢えず、一匹ずつ確実に仕留めて行くしかないな」
 俺は、そう判断すると、先ず手負いの一匹を相手として狙いを定めた。
『ギィーグゲァーッ!』
 手負いである一匹が上げた奇声に反応して、残る無傷の二匹が前に躍り出た。
「成る程、そう簡単には遣らせてはくれないか」
 連携の構えを示した敵の姿に、俺は、気を引き締めるように武器である剣を構え直した。
 俺は正三角形を描くような陣形を取る妖獣達と睨み合う様に対峙する。
『《戦女神の加護》!』
 スィーナは、対象者の傷を癒すと共に戦闘能力を高める《魔導》を発動させ、それを俺に施した。
「ありがとう、スィーナ」
 万全の態勢となった俺の反応に、妖獣達は警戒を強めると共に、何時でも襲いかかれるよう低い姿勢で身構える。
 それに対し俺も警戒心を新たにした。
「(一対一なら、恐れるに足りない相手だが、同時に二匹、三匹となると油断はできないな)」
 相手の動きに気を付けつつ、如何動くかを考える俺を嘲笑うように、前衛の二匹が先に動いた。
「来る!」
 俺は、ほぼ同時に迫り来る敵の攻撃に対処する術を図るべく、その動きを注視した。
 しかし、次の瞬間、それが失策である事を思い知らされる。
「くっ!」
 妖獣達は、二匹が共に俺の横を擦り抜けるように走り、更には、残る一匹も動きを見せた。
「始めから俺ではなく、スィーナを狙っていたのか!」
 気付いた時には既に遅く、先に動いた二匹がスィーナへと、そして、残りの一匹が俺へと襲い掛かる。
「スィーナ、逃げろ!」
『《猛ける氷牙》!』
 焦りながらも迫り来た敵の攻撃を剣で受け止めた俺の叫びに応えるように、スィーナは、冴えを以って響く《力導く言葉》を紡いでいた。
 発動と同時に生まれた氷の杭が楔となって、二匹の躯へと刺さる。
 そして、打ち込まれた氷の杭は、そこに宿す冷気の魔力で相手の動きを封じ込めた。
『マスター、今です! 止めを!』
 スィーナの言葉に応えて、俺は、素早く身体を翻す。
「《烈風の乱斬舞》!」
 俺は、《力持つ真名》を気合いに代えて、スィーナに退けられた二匹を切り伏せた。
『《煌めく雷撃》!』
 スィーナによって再び紡がれた《力導く言葉》の攻撃魔法が、残る一匹を捉える。
 躯の痺れに地面をのたうち転げる妖獣。
「はっ!」
 短い気合いの息と共に振り下ろされた俺の剣が、最後の敵の生命を絶った。
「終わったな」
『やりましたね、マスター!』
 塵となって消え去る妖獣達の屍を一瞥し、俺とスィーナは、勝利の余韻に浸る。
「しかし、スィーナ、何時の間にあれ程の攻撃魔法を会得したんだ?」
 俺の知る限り、スィーナが使える攻撃魔法は初歩の初歩レベルだった筈である。
『はい、この前、親切な《魔司》さんと出遭って、軽く指導して貰いましたです』 
 嬉しそうに応えるスィーナ。
 そして、その口からは、更に驚く言葉が続けられた。
『何時までもマスターに護って貰うばかりのワタシでは駄目なのです。これからは、もっともっと頑張って、マスターのお役に立てるワタシになるのです』
「スィーナ、お前は今までだって、充分に役に立ってきたよ」
 健気な想いを示すスィーナの言葉に、俺は、偽らざる想いで応える。
『ワタシが強くなれば、マスターは、もっと強くなれます。だから、ワタシは頑張るのです』
「そうか、じゃ、俺ももっと頑張らなくちゃだな」
『はい、お互いにガンバです!』
 そんな遣り取りを交わし笑い合う俺とスィーナの背後で、その『異変』は現れた。
「!?」
『ッ!』
 背筋が凍りつく程に威圧的な波動を感じ、俺達は、互いに顔を見合わせる。
「危ない、スィーナ!」
 発したその言葉より先に、俺は、スィーナの身体を抱きかかえて跳んでいた。
 俺はスィーナの身体を両腕に包み込み、跳躍の勢いのままに大地を転げる。
 次の瞬間、それまで俺達がいた地面に、深い溝が穿たれた。
 大地に揉まれた身体の痛みを無視して、起き上がった俺の瞳に敵の姿が映る。
 それは、巨大な体躯を持つ正に異形と呼ぶのに相応しい獣だった。
 虎を思わせる胴体と四肢、背中には玉虫色の彩(いろどり)を放つ羽根が生え、頭は異彩の斑を持つ人間に似た形をしていた。
 そして、その容姿の中でも、最も異様であるのが血に餓えた者が持つ狂気の色を宿した双眸であった。
「(あれは、一体、何だ!)」
 俺は、目の前に現れたその存在に、魂の奥に在る恐怖心を震え上がらせていた。
『マスター!』
 スィーナの声で、俺は、恐れに魅入られていた心に正気を取り戻した。
「スィーナ、アレは危険すぎる! 逃げるぞ!」
 俺は本能が感じた危機感に従い、その場を退く事を素早く決断する。
『はい! 了解です、マスター!』
「先に行け、スィーナ!」
 俺は、武器である剣を腰の鞘から引き抜きながら、スィーナへと先に逃げるように促す。
『しかし、マスター・・・』
「良い、俺には構うな! 少しだけ時間稼ぎをしたら、直ぐに退く。行け、スィーナ!」
 躊躇うスィーナに少し強い口調で逃げるよう指示し、俺は、敵の動きを制するべく視線をやった。
『久しぶりの獲物。逃がすものか!』
「!?」
 俺は、違和の無い人語を口にする敵の姿に、少なからず驚かされた。
「・・・信じられない。まともに人間の言葉を話すのか・・・」
『そのような事で驚くとは、何たる無知蒙昧! 正に愚かしき獲物よ!』
 嘲りと侮蔑に満ちた眼差しを俺に向け、巨獣は笑い声である咆哮を上げた。
 その言葉に、俺は、目の前の獣が持つ知性の存在を感じ取る。
「如何やら、何があっても見逃す意志は無さそうだな」
『ふっ、分かりきった事を問うとは、愚の骨頂! 救い難き莫迦者よ!』
 その一つ一つの言葉に、巨獣が持つ頑迷なまでの尊大さが滲み出ていた。
「ああ、確かにこんな所を彷徨っている俺は愚かだが、その俺以上にお前は愚かだよ。お陰で、労無く十分な時間稼ぎができた」
 俺の言葉に違わず、期待通りにスィーナは既に逃げ切っていた。
 後は、自分の身を何とかすれば良いだけだった。
「では、そういう事だ!」
 俺は、言い放つと一気に駆け出した。
『逃がしはせん!! 《脳髄震わす烈波》!』
 巨獣が叫び放った咆哮は、衝撃波となって大地を薙ぎ震わせる。
「くっ!」
 その凄まじい威力の前に、俺は、凍りついたように身体の自由を奪われた。
『さあ、愚か者よ。我が血肉の糧となるが良い!』
 巨獣が再び咆え、身動きの出来ない俺を喰らうべく牙を剥く。
『《魂解き放つ爽歌の調べ》!』
「っ!」
 俺は、金縛りが解けるのを感じると同時に、敵の攻撃を回避する為に背後へと跳んだ
 正に間一髪で避けた身体に、巨獣が吐く息を感じる。
「スィーナ、何故、戻った」
 金縛りから解き放ってくれた相手の正体を知り、俺は、そう口にする事しか出来なかった。
『やはり、マスターを残して自分独り逃げる事は出来ません!』
 スィーナという存在が持つ忠義と礼節の篤さを思えば、それは当然の行動であった。
「・・・そうか、分かった。お前のお陰で、本当に助かったよ。こうなったら、なんとしても共に無事この窮地を脱するぞ、スィーナ!」
『はい、マスター!』
 スィーナの行動に勇気付けられたのは、事実であるが、目の前にある危険が減った訳ではなかった。
「敵はあの巨体だ、そうそう小回りも利かないだろう。一か八か二手に分かれて敵を攪乱しながら走るぞ!」
『了解です! 御武運を!』
 逃げるのに武運を祈るのも変だと思いながらも、俺はスィーナに同じ言葉を掛けて、走り出した。
『愚かな、逃がすものか!』
 俺達の行動を嘲って言い放ち、追撃の為に走り出す巨獣。
 しかし、俺の思惑通りその追走は、勢いに任せた暴走に過ぎなかった。
「後もう少しだ、頑張れ、スィーナ!」
『はい、マスター!』
 巨獣との間に十分な距離を稼ぎ、脱出口が見えた事に、俺もスィーナも安堵の笑みを浮かべる。
 後もう少しという時に、その存在達は、最悪のタイミングで現れた。
「ファーシィ、クィーサ、二人共逃げろ!」
 普段の経緯を考えれば、煩わしいとも感じさせられる相手達では在ったが、流石に危険を押し付ける訳にはいかず、俺は、簡潔な言葉で取るべき最良の行動を促す。
 しかし、それはこれまでの経験通り無意味な行為に終わった。
「あーら、『逃げろ』ですって、誰にモノを言っているのかしら、敵を前にして戦わずに逃げるなんて私の性分では無いわね」
「何を言っている。アレは普通に遣り合って如何にかなる程度の相手じゃない!」
 この遣り取りの間にも敵が間近へと迫っている事を考えると、自然に俺の口調は乱暴なモノになっていた。
『君子危うきに近寄らずです。ここは、勇気ある撤退をいたしましょうです』
「そうね、確かにそんな言葉が存在します。しかし、『虎穴にいらずんば虎児を得ず』とも言います。危険を冒さずして冒険者とは成り得ません。ここは勇気を持って戦いましょう、セティ様!」
・・・そして、貴女達はあの虎モドキの胃袋にでも飛び込む積りですか?
『勇気と無謀は違います。マスター、今日の危険を避けて、明日の困難に挑む事こそ真の勇気です』
・・・スィーナ、良い見解をありがとう。
「俺もスィーナの言葉に賛成だ。それにここでアレと遣り合うのはなんか凄く否な予感がする。だから、この場は大人しく退こう」
 自慢じゃないがこういう時に抱く俺の勘には、妙な的中率がある。
 予感が現実になる前に、撤退するのが賢明と思われた。
「臆病な事を言ってくれるわね。それでも《魔物を討つ虜刃》なんて異名を持つ冒険者なの! 私は誰が何と言おうとも退く気は無いわよ!」
「そうですね、貴方の事は、正直、見当はずれだったのかもしれません。私は戦うわよ、クィーサ」
 二人は俺を臆病だと笑うような視線を向けて、心外だと口にする。
『マスターを莫迦にしないで下さい! マスターは、貴方達の身を心配して言っているのです!』
 俺に代わって感情をぶつけるスィーナ。
 そこには、俺が今までに見た事が無い激しさが存在していた。
「スィーナ、ありがとう。だが、もう手遅れみたいだ」
・・・そして、済まない。
 俺は、怒りの収まらないスィーナの身体を宥めるようにして抱き締め、その手遅れとなった危険に巻き込んだ事を無言で詫びる。
「そうね、もうやるしかありません」
「だから、覚悟を決めなさい!」
 ファーシィとクィーサに促されるまでも無く、俺の覚悟は既に決まっていた。
 そう、スィーナを護る為にも、戦って敵を退ける以外の道は最早残されていなかった。

「《滅び導く熾光》!」
「《身魂惑わす光華》!」
 邪悪なる者を灰塵に帰する力。
 敵の心を幻惑に誘う力。
 ファーシィとクィーサの《力導く言葉》によって、二つの《神聖魔法》が完成する。
 愈々(いよいよ)、二人がその力を巨獣へとぶつけようとした瞬間、その闖入者は現れた。
「待って、撃つな!」
 それは、軽装に華美を過ぎる装身具の群を身に着けた一人の剣士。
「危険な事になるぞ!」
 巨獣と俺達の間に割って入った彼は、再び警告の言葉を口にして、魔導師二人を制止した。
 その彼を一瞥した二人は、一瞬だけ止まると、忠告を黙殺して、巨獣へと力を解き放つ。
「莫迦な真似を・・・!」
 そう口にした彼の表情にあったのは、悔恨と烈しい憤りであった。
 狙いに違わず巨獣の躯を捉えた魔力の光は、烈しく弾けて霧散する。
「効いて無い?」
「否、最悪の事態を招いてくれた。スィーナ、俺に《魂乱す酩酊》を頼む!」
『? はい!?』
 突然、名前を呼ばれた事以上に、彼が口にした要求に、スィーナは面食らっていた。
「ちょっと、貴方! 突然現れて、何をふざけているのよ!」
「ふざけているのは、どっちだ。お陰でこっちは恥の上塗りも必死だ。これ以上の問答は要らない。《神の御子姫》、主を護りたければ、俺を信じろ!」
 彼は、心に抱くその憤り以上の感情に耐えながら、真摯な眼差しでスィーナに命じていた。
『はい! 《魂乱す酩酊》!』
 彼の示す意志に圧されるように、スィーナは、《力導く言葉》を紡いだ。
 発動して生まれた魔力の光を受けて、剣士の身体に異変が現れる。
「助かった。約束通り、本気で遣ってやろう!」
 不敵な笑みを浮かべて言い放つ剣士の身体からは、烈しい闘氣が陽炎となって昇っていた。
『何奴かは知らぬが、獲物が増えるのは好ましい限りだ! 死ね!』
「黙れ、難訓の鬼畜! 大言は、この俺に掠り傷の一つでも負わせてからほざけ!」
 振り下ろされる巨獣の拳。
 剣士は、言い放つと同時に鞘から抜いた長剣の一振りで、それを弾き返した。
「温いな、本気を出せ! その程度では《死を狩る凶獣》の名が廃れるぞ!」
『ふんっ、面白い。我が名を知って怖れを抱かぬ人間が在るとは、興味深い! 望み通り、思う存分に狩ってくれるわ!』
 互いに奮い立つ両者の遣り取りに、俺を始めとするその場の全員が畏怖の感情を抱いていた。
「セティ、と言ったな。呆けてる暇は無い。そこの二人がかましてくれた失態のお陰で、この周りの妖獣共が全て見境無く襲い掛かってくるぞ。それに運が悪ければ、あの程度の『外道』とは違う化け物が現れるかもしれないからな」
「貴方は、先刻から何を言っているのですか? そもそも私たちの失態って如何いう意味ですか?」
 ファーシィの疑問は尤(もっと)もなモノだったが、それ自体が更なる失態であった。
「《凶獣》、奴の存在に刺激され怯え狂った獣達の本能は、見境無く全てに襲い掛かる。知らずに遣ったなんて言い訳は通用しない。俺はちゃんと警告したのに、お前達はそれを嘲笑って無視した訳だ。流石は、《秩序の王》と《力威の王》の懐刀、奴等に似てその己惚れに培われた傲慢さは度し難いな」
 その言葉と共に酷薄な笑みを浮かべてファーシィ達を一瞥した彼の瞳には、彼女達を見透かした先に在る者達への憎悪が宿っていた。
 それは、見る者の心を凍えさせる程に、暗く冷たい眼差しであった。
「来るぞ、セティ! スィーナ! こんな所で転ぶなよ!」
 俺達へと警戒を促す言葉を言い放つ彼の眼差しには、先刻に見せた冷酷さは無く、誇りに満ちた優しさすら感じさせる温もりが宿っていた。
・・・不思議な人間だ。
『マスター、敵に囲まれています! 気をつけてください!』
 スィーナの警告の言葉が、剣士の言葉と重なって、俺を動かす。
「ファーシィ! クィーサ! あの巨獣は、彼に任せて、俺達は奴らの相手をするぞ!」
 下手な手出しをすれば、反って彼の邪魔をする事になると判断し、俺は、周囲を取り囲むようにして現れた妖獣達と対峙する事を選んだ。

あし@

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