21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年5月5日月曜日

『 L・O・D ~ある冒険者の追憶~ 』 上編

その出会いを一言で言い表すならば、それは『邂逅』という言葉こそが相応しいだろう。

「嗚呼、空が蒼いな・・・」
 仰向けに寝転がる俺は、その視線の先に在る天を見詰めて呟いた。
俺が住む世界が『神蒼界』と呼ばれるのは、この空の蒼さに由来しているのだろうか。

「ねぇーねぇー、そんな所に寝転がって何してるの?」
・・・自分で自分の不甲斐無さが情けないです。
「・・・そうですね。一体、俺は何を遣ってるんでしょうね・・・」
俺は、頭上からもたらされたその問い掛けに対し、まるで独り言のように呟き返して正気に戻る。
「だっ、誰ですか!?」
 突如現れたその存在に対する驚きの声を上げて、俺は、自分を見詰めている相手へと視線を向ける。
 俺の瞳に映る影は二つ。
 一つは、冒険の供であるナビ・パートナーのサフィア。
 そして、もう一つが問い掛けの主たる存在であった。
 蒼天から降り注ぐ光の眩しさにぼやけるその二つのシルエットは、よく似た形をしていた。
 俺のナビであるサフィアは、『ネコ』と呼ばれる生き物に似ており、その皮衣の模様は大理石のような色合いを持っている。
 もう一つの影は、サフィアと同じ様にケモノの如き耳を生やし、純白色の皮衣を身に纏(まと)う姿ながら、サフィアとは違い『人間』であった。
・・・『獣人族』?
 『獣人族』、それは、『神蒼界』に隠れ住み、滅多に見る事の無い希少的存在とされる亜人の一種である。
「こんな所で何時までも寝転がっていると、トロルの群れに踏み潰されちゃうよ」
 観察とそれに対する思考にふけて問い掛けを無視する形になった俺の態度にも構わず、その存在は、親切な忠告をしてくれた。
「・・・もう、遅いです」
 そう、俺が今こうしているのは、そのトロルの群れに遭遇して戦いを挑んだ結果の事であった。
「そっか、そっか。頑張ったね」
 戦いに敗れ、身動きも出来ずに倒れている俺の頭を撫でながら、その存在は、そんな慰めの言葉を口にした。
 その眼差しから伝わってくる優しい温もりには、俺に対する純粋な労りの想いが存在していた。
「ちょっと、待っててね。今、起こしてあげるから」
 そう告げて、彼女(?)は祈るように《力導く言葉》を唱えた。
『《慈愛の女神が与える至高の安らぎ》』
 彼女(?)の祈りに応え、魂が失われていない限り、如何なる傷であろうとも癒すとされる究極の治癒魔法が発動する。
・・・っ!
 一瞬にして、戦闘不能状態の傷を癒すその魔法の効力を前にして、俺は、驚きの言葉を洩らす事すら出来なかった。

「ありがとうございます。それにしてもスゴイですね」
 何とか正気に戻った俺は、感謝と興奮の入り混じった態で、彼女(?)に対し、お礼と賞賛の言葉を告げた。
「如何致しましてです。必要に応じて身に着けた力だから、自慢にはできないわね」
 俺は、返されたその言葉の口調から、相手が女性種である事を知る。
 そして、見た目や態度に在る愛嬌に反し、彼女がかなり高いクラスに位置する冒険者である事も。
「イヤ、そんな事無く本当にスゴイです。貴方は、《神聖魔導師》ですか?」
 《神》と呼ばれる高次の存在に仕え、その敬虔なる意志を以って《神》より加護を受ける者達は、この世界では《神官》と総称される。
 その中でも、《神》の使徒として尋常ならざる修練を積み重ねた者のみが至れる地位、それが《神聖魔導師》であった。
「えぇーと、正確に言えば、私はねぇ、《魔司(ルーン・マスター)》だよ」
・・・《魔司》っ!?
 俺は、噂に聞く、否、噂にしか聞かないその魔導師の最高位にある存在を目の当たりにして、再び驚きの声も洩らせない程に驚く。
 彼女が見栄を張って嘘を吐いている筈も無く、俺の傷を癒す為、実際に見せてくれた実力を思えば、そんな事を考えることすら失礼であった。
・・・それにしても、『獣人族』にして《魔司》とは何とも希少な存在なのだろうか。
 そんな事を思っていた俺の頭に何かが引っかかったが、それが何であるのかの答えは浮かんでこなかった。
「《魔司》になるなんて、スゴイ修練を積んだのでしょうね」
 それこそ、俺なんかには想像も付かない位に。
「えぇーと、如何なのかなぁ。気が付いたらなってたって感じだったし・・・、ねぇ」
 彼女は、そう口にして、サフィアに視線を向けた。
・・・イヤ、ウチのナビに同意を求められても困るのですけれど。
 俺のそんな思いを知ってか知らずか、サフィアは、彼女の言葉に唯微笑みだけを返す。
「ねえぇ、キミは強くなりたいのかな?」
 その眼差しを俺に向け直し、彼女は、そんな問い掛けを口にした。
 向けられた真っ直ぐな眼差しに圧されるように、俺の胸の鼓動が跳ね上がる。
 俺は、そんな自分の反応を誤魔化すように、慌てて言葉を紡いだ。
「この世界に強くなりたいと望まない人間が居るんですか?」
 戦場で自らの強さを顕示する事を誉れとし、その為の力を求めて危険を冒す者。
 それが俺の知る『冒険者』と呼ばれる存在であった。
 冒険者ではない者達だって、『魔物』と呼ばれる危険な存在が蔓延(はびこ)るこの世界では、自分の身を護る為の力を必要としているだろう。
「・・・。多分、居ないわね」
 一瞬の沈黙、そして、彼女はそう呟いた。
 その沈黙の意味を図り兼ねている俺に対し、彼女は、更に言葉を続けた。
「でも、強さを求める理由は人それぞれだから、全ての人間が望んで力を得たとは限らないわよ」
『強さを求める理由』、彼女が口にしたその一言が俺の胸を疼かせる。
俺にも、『それ』は確かに存在した。
 否、俺は『それ』を果たす為に、この世界を生きていると言っても過言では無かった。
 では、《神》の加護の証である《魔導》を極めし者、《魔司》と成り得た彼女にとっての『それ』は如何なるモノなのだろうか。
 俺は、そんな興味を抱く。
「貴女には、他者に優るその理由が在るのでしょうね」
 俺は、半ば無意識に、抱いた興味を示す言葉を口に出していた。
「如何なのかしら、私は唯、強くならなくてはならなかっただけで、特別な理由なんて無かったような氣がするわ」
「曖昧、ですね」
 彼女が語る言葉の意図を理解するのが難しくて、俺は、そんな言葉を返す事しかできなかった。
「ええ、そうね。曖昧だわ」
 彼女は、俺の言葉に気を悪くする所か、その言葉を素直に受け入れてくれた。
「やっぱり、私じゃキミに上手く伝える事が出来ないみたい。だから、そういうのが得意な人間を連れてくるわ。ちょっとだけ待っててねぇ」
 彼女は、苦笑混じりに微笑むと、俺の返事も聴かずに何処かへと走って行ってしまう。
 残された俺は、サフィアの傍らで空を仰いだ。


「お待たせぇです」
 暫く待つ事も無く、直ぐに彼女は、俺達の所へと戻って来た。
 一人の剣士を伴って。
「えーと、何だ。俺は、何の為にここまで引っ張られて来たんだ?」
 彼女に腕を摑まれ、その言葉の通り引っ張られる形で俺達の前まで連れられてきた件の剣士が、訳も分からない様子で尋ねる。
「えぇーとねぇー、何だっけ?」
 間延びした口調で告げられた彼女の返答に、剣士が更なる困惑の表情を浮かべた。
「冗談で連れて来たんなら、悪いが俺は遣る事が在るんでもう行くぞ」
 剣士は、苛立ちに眉をしかめながら、そう彼女に告げ、踵(きびす)を返して歩き出した。
「待ってよ!」
 慌てて制止する彼女。
 立ち止まり振り返った剣士は、無言の眼差しで『何だ?』と尋ねる。
 その眼差しを受けて彼女が、視線を俺へと投げ掛けてきた。
 彼女の意図する所を理解した俺は、それに応えて口を開いた。
「あの俺、強くなりたいんです!」
 我ながら、直球過ぎる言葉であった。
 案の定、剣士の視線が冷たく冴える。
「ああ、そうか。頑張れ!」
 剣士は、無感情な眼差しを俺に向けてそう応えると、再び歩き出した。
・・・嗚呼、終わったな。
 俺は、剣士の反応からそう判断する。
 しかし、それは次の瞬間、見事に裏切られる。
「ちょっと待ちなさい!」
 彼女が口にしたその言葉と、それに伴う行動は、正確に言うならば、先刻のような制止ではなかった。
 そう、それは、言葉や行動による『制止』では無く、手にした魔導補助の為に在る杖での『殴打』であった。
「・・・っ!」
  俺は、彼女の突拍子も無さ過ぎる行為に、言葉を失い呆然とする。
「・・・痛っ!」
 それ程強い力が加えられて無かったのか、剣士は、言葉とは裏腹に本気で痛がっては居なかった。
「何故、俺が叩(はた)かれなきゃならんのだ?」
・・・確かに、この上も無く正統な主張である。
「うるさぁーい! 『頑張れ!』ですって! 何よ、それ! 最後までちゃんと話を聴いて行きなさい!」
・・・そんな、それは余りにも理不尽なのでは?
「キミも、こんな無礼な態度を取られたら、首根っ子を引っ掴んで引き摺り戻して遣りなさいよ!」
・・・済みません、それは流石に無理です。
「分かった、分かった。ちゃんと最後まで話を聴いてやるよ」
・・・貴方も良いのですか、それで?
「という訳だ。ちゃんと話してみろ、少年」
「ああ、はい!」
 目の当たりにした出来事の特異性に我を忘れていた俺は、剣士が投げ掛けた言葉で正気に戻ると、慌ててそれに応える。
 そして、俺は、何とか自分の想いを伝えようと語り始めた。

「ふーむ、成る程。要するに、君は、如何したら強くなれるのかを知りたい訳だ」
 剣士は、俺の話を黙って聴き終えると、確認するようにそう口にした。
「はい、そうです」
「うむぅ、それは何とも難しい質問を・・・」
 剣士は、俺の返答に困惑ともいえる苦笑を浮かべて呟いた。
「じゃあ、逆に尋ねよう。少年が求める『強さ』とは如何なるモノなんだ?その答えによっては、俺じゃ何の力添えも出来ないからな」
 俺は、剣士にそう尋ねられて、自分の求める強さについて考える。
「貴方は、この世界で『王』と呼ばれている二人の存在を知っていますか?」
 一見、無関係かと思われる俺の問い掛け。
しかし、俺が口にしたその問い掛けは、剣士が求めたモノに対する答えへと確かに通じていた。
「・・・? 《秩序の光》と《力威の闇》を統べるあの二人の事か?」
 剣士は、俺の意図する所を量り兼ねて訝りながらも、問い掛けに答えた。
「はい、そうです」
「ああ、色々な意味で知っているよ」
 知っているという剣士の返答に、俺は、それなら話が早いと単刀直入に全ての応えを示す。
「俺が求めるのは、彼らを倒す事が出来る強さです」
 そう、それが俺にとっての『強さを求める理由』であった。
「ほぉう、成る程な。訳ありという事か。如何やら気安く訊く事でも無さそうだし、それに大体の想像も付くから、何が在ったのかは訊かない。しかし、これだけは訊いておこう。少年、君が求めるのは彼らを戦場に討ち破る誉れなのか?」
 俺が強さを求める理由を聴いた剣士は、全てを見透かすように意味深な笑みを浮かべる。
そして、次の瞬間、笑んだ眼差しの内に見えない刃を隠してその問い掛けの言葉を口にした。
「いいえ、俺が求めるのは、唯、彼らを打ち破り、全ての遺恨を雪(すす)ぐ事だけ。だから、戦場の誉れとか、そういうモノは如何でも良いです」
「成る程な、『復讐するは我にあり』という事か・・・」
 そう納得して呟く剣士の眼差しからは、先刻感じた刃の鋭さが消えていた。
「冒険者の一人である以上、俺も綺麗事を言う積りは無い。だが、復讐からは何も生まれない。否、寧ろより悪い結末すら招き兼ねないぞ。それでも君は力を求めるのか?」
 その憂い言葉と共に伝わってくるモノは、悲哀。
 そして、それは絶望にも似た想いであった。
「彼は、違うと思う。だから、信じてあげて」
 それまでずっと黙って、俺と剣士の遣り取りを見守っていた彼女が、初めて口を開いた。
「そうか、お前がそう言うのなら、俺もそれを信じよう」
 彼女の言葉を受けて、剣士の憂いが一瞬にして掻き消える。
 それだけ深い信頼の絆でこの二人が結ばれている事が伝わってきた。
「これも又、俺にとっての宿命だ。僅かではあるが力にならせて貰おう」
 剣士は、強く真直ぐな眼差しで俺を見詰めて、快諾の意志を示した。


『口で言うよりも実際の戦いの中で示す方が分かり易いだろう』
そう言って剣士が俺達を連れて来た場所は、俺と彼女が出会った所からそれ程離れていない山岳地帯だった。
 特別な変哲も無い山並みを眺めながら歩く俺の目に、天然の産物であろう洞穴の存在が映る。
「あそこが目的地だ」
 俺の視線の先に在る洞穴を指差し、剣士は、その場にいる全員に対してそう告げた。
 剣士の言葉に促される形で、その洞穴に意識を集中させた俺は、その入口をうろつく存在を見て、彼が言う『目的』の意味を理解する。
「・・・先刻のトロル達」
 実際の所、その姿を見てちゃんと区別が付く訳ではなかったが、それは間違いなく件の魔物達であった。
「成る程、それで奴らの中に手負いが混じっていたのか」
 剣士は、俺の言葉に納得を示して、更に言葉を続ける。
「細かい話は省くが、あそこに巣食っているトロル達は普通の奴らと少し違って、妙に群れの統率が取れている。それで、今まで討伐に成功した者が無く、その被害はかなり大きく広がっている訳だ」
「で、冒険者ギルドから泣き付かれる形で依頼を受けた貴方は、喜々として私を放置した上で討伐に乗り出した訳ね」
 剣士の説明を受けて彼女が口にした言葉には、明らかな棘が含まれていた。
それから察するに、ここで重要となる事実は、『喜々として』の部分が『放置』と『討伐』のどちらに掛かるモノなのかみたいである。
その答えが剣士の口から示されると大変な事になる様な予感がして、俺は、咄嗟に二人の会話に口を挟んだ。
「喜々として討伐したがるなんて、貴方は、トロルが嫌いなんですか?」
 トロルという敵の手強さを実感したばかりの俺は、状況的援護の意味も込めて、剣士へとそんな疑問を投げ掛ける。
「ああ、嫌いだ。否、正確に言うなら、その存在すら許したくないな」
 そこには、『蛇蝎の如く』という言葉でも言い足らない純粋な嫌悪が存在していた。
 それ程までの嫌悪を抱く理由が分からずにいる俺の様子を見て、剣士は、再び口を開いた。
「少年、アレが獲物として狩るモノが何だか知っているか?」
 訊かれた俺は、その答えを知らないので素直に首を振って、それを示す。
「主に山野の動物。だが、奴らにとって一番の好物である獲物は、人間の女や子供だ」
 剣士が語るその説明を聴いても、俺は、『獲物』と『人間』という二つの言葉が同列で繋がらなかった。
 だが、剣士がトロルという存在を嫌悪する理由は、その説明だけで十分以上に充分であった。
「どうせ、女子供を襲うんなら、先ず、このチッコイのを狙えばいいのにな」
 剣士は、そう言って彼女の方に意地悪な視線を送った。
「ちょっと! それって、如何いう意味よ!」
 当たり前のことだが、彼女は眉を吊り上げて怒る。
「お前なら、襲われても確実に返り討ちにできるからな」
 その言葉に込められた彼女に対する信頼が、先刻の剣士の発言にそういう意味での悪意が微塵も無い事を物語っていた。
 それを感じ取ったのか、いっきに彼女の怒りが冷める。
「まぁ、取り敢えず、冗談はこれ位にして、話を本題に戻そう」
 口にしたその言葉の通り、真剣な表情になった剣士の態度に俺を含めた全員の表情が引き締まる。
「見ての通り、奴らは洞窟を根城にして、近くの人里を襲っている。このまま放っておけば、更に仲間の数を増やして被害を広げるだけだ。それを防ぐ一番の方法は殲滅だが、ああ見えてトロルという奴は狡猾な上、連中は異常なまでに群れの統率が取れている。恐らく、殲滅するのは難しいだろう。という訳で、俺が最良の策として考えたのは、連中の首領を討ち、その上で群れの数を一匹でも多く減らす事だ」
「蛇を殺すには先ず頭を叩けという事ですね」
 俺が口にした言葉を受けて、剣士が満足気に頷いた。
「ああ、そうだ。具体的な作戦を説明すると、俺が敵の首領を討ち取る為に突入するから、お前達三人は適当に後方支援してくれれば良い」
・・・あの、『それ』は全然具体的な作戦になっていませんが。
 その心の声を言葉にしようとした俺に先んじて、彼女が口を開いた。
「了解、油断してしくじらないでよ」
・・・本当に、それで良いのですか?
 俺は、事無げに賛同の意志を示す彼女の反応にそんな疑問を抱いたが、最早、その場の雰囲気はそれを口にする事を許してはくれなかった。
「少年、多少の無茶はして貰うが、無理をさせる積りは無い。唯、生き残る事だけを考えて俺に着いて来い!」
 それこそ無茶苦茶な事を言われているのだが、何故か俺が感じているのは、怖れではなく頼もしさであった。
 俺は、妙に熱いモノを胸に感じながら、黙ってその言葉に頷いた。
「では、皆、行くぞ!」
 剣士は、短く言い放つと宣言通り、自らが先陣を切って敵の前へと躍り出る。
『《戦神の猛き咆哮》! 《戦女神の慈愛》! 《武神の強固なる護剣》!』
 彼女が操る《力導く言葉》と共に、連続で戦闘補助魔法が詠唱発動される。
その魔法の効力は、俺の身体を並々ならぬ戦いの力で満たした。
 自らを満たす力の充足感に高揚する俺の目の前に、敵である魔物の群れが立ちはだかる。
 そして、現れた敵の数は、俺の予測を遥かに上回り、俺たちは一気に敵の群れに取り囲まれた。
 しかしながら、予測を遥かに上回っていたのは、その敵の数ではなく、寧ろ、味方である存在の実力であった。
 それは、正に想像を絶していた。
 得物である長剣を手に短くも鋭い気合いの声を発して敵の群れと渡り合う剣士。
 その戦い振りは、荒ぶれる雷の化身の如くに烈しく、群がる敵を次々に薙ぎ払って行く。
 多勢に無勢という状況すら楽しむような剣士の狂瀾(きょうらん)を前に、何時しか敵の群れはその恐怖に支配されて行った。
 壮絶な剣士の戦い振りに圧されたトロル達は、完全に浮き足立ち、その中には、他の仲間を踏み付けにしてでも逃げ出そうとする者まで現れ始める。
「逃げる奴は無視して、一匹でも多く仕留める事だけ考えろ!」
 俺達に向けた剣士の指示の言葉を理解したのか、トロル達は、我先に逃げ出そうとして総崩れとなった。
 それによって、戦況は完全に俺達の有利となり、そのまま戦いの決着が着くかと思われた。
 しかし、その予測は敵の新手として現れた一匹の存在によって覆される。
『ぐぇうふぉっほッ!』
 それは人間である俺の耳には、唯の奇声にしか聞こえなかった。
 しかし、トロル達にとっては、遥かに違っているらしかった。
 その一声を受けて、敵が抱いていた恐怖が完全に拭い去られるのを俺は感じ取った。
 そして、次の瞬間、俺はその存在によって、信じられないモノを見せられる事となる。
『《滅びを知らぬ禍々しき邪輩の輪舞》!』
 その《力導く言葉》によって、俺達によって倒されたトロル達の屍(かばね)に、歪んだ命が植えつけられる。
 それは、《邪神》と呼ばれる存在の力によって、魂を失った器を操る暗黒の魔導。
「成る程、《邪神》の力に当てられて生まれた変異主か。面白い、俺が相手になってやろう!」
 剣士は、敵の首領であるその存在の正体を見抜くと、好戦的な笑みを浮かべて言い放った。

『《猛る白炎の息吹》!』
 彼女が紡ぐ《力導く言葉》が、灼熱の刃となって敵の一群を薙ぎ払う。
・・・スゴイ。凄すぎる。
 俺は、その絶大な威力を前にして、畏怖にも似た感情を抱いていた。
「気を抜いたら、呑まれるわよ!」
「くっ!」
言い放たれた言葉に正気を取り戻した俺は、反射的に振るった刃で眼前の敵を退ける。
 その俺の背後では、ナビであるサフィアが必死の態で敵の先陣に攻撃魔法を放ち続けていた。
 正に悪戦苦闘の状態にある俺とサフィアを援護しながら、彼女は、焦燥の色を全く見せない見事な戦い振りを見せていた。
 そんな彼女の上を行く戦い振りを示すのは、敵の首領を相手にした剣士である。
 彼は、暗黒魔導によって操られる不死の傀儡兵達を相手に、獅子奮迅の勢いで暴れまくっていた。
 一撃一撃の鋭さは烈しい程に冴え渡り、相手の四肢を斬り裂く事で、死を知らぬ不死者達の動きを封じて行く。
 そこは、生者たる俺達と死者たる魔物達との壮絶なぶつかり合いの場となっていた。
「そろそろ終わりにするぞ!」
 剣士は、戦う術を失い大地に蠢く魔物の群を一瞥して言い放ち、その鋭い視線の先に敵の首領を映す。
『うごぉっほっぉッ!』
「咆えるな、耳障りだ!」
 向けられた狂暴な殺意を威勢よく一蹴した剣士は、その言葉を気合いに代えて、得物である長剣を振り降ろした。
 渾身の力を込めて放たれる鋭い一撃。
 それは剣士の狙いに違わず、敵の身体を真っ二つに斬り裂くかと思われた。
 しかし、退けられたのは、剣士の方であった。
「・・・っ、《理に逆らう反撃の刃》か!」
 剣士の表情が身に受けた攻撃の痛みに苦悶する。
 俺には、何が起きたのか分からなかったが、その原因が敵の操る暗黒魔導に在る事は確かだった。
 その様子を見て微かな動揺を浮かべた彼女は、直ぐに手にした杖を握り直す。
『《在るべき真聖のことわ・・・』
「不要だ!」
 剣士は、短く言い放ち、彼女が試みようとした魔導を制止した。
「ふざけた真似をしてくれたな」
 無論、それは敵の首領へと向けられた言葉であった。
「・・・マズイ、わね」
剣士の言葉を聞いて、何故か焦燥に近い反応を示す。
「お前がその気ならば、こちらも多少の本気を出してやろう!」
 それは傲慢なまでの自信に満ちた言葉、否、意志と呼ぶべきモノであった。
『ぐぇっほぉくぁっ!』 
 嘲り咆える敵の首領。
 それを無言で睨み返した剣士の瞳に、憤怒の炎が燈る。
「この身は罪に落ち、その魂を闇に染めようとも、我が心からは《穢れ無き栄光》と《穢れを知らぬ威光》の光は失われず。鋭く堅き金剛の刃よ、その天聖の御力を以って二つの神輝を連ね、我が敵を討ち滅ばす神雷となれ!」
 剣士が紡いだ《力奮う真名》に応えて、その手に在った剣が淡い光を身に宿す。
「行くぞ、《峻列なる神雷》!」
『《大いなる魔神皇の守護結界》!』
 剣士の《力持つ真名》と彼女の《力導く言葉》が、同時に響き放たれた。
 剣士の《戦技》によって生まれた荒れ狂う雷撃の力は、敵の首領を呑み尽し、更には、その余波で周囲に在った魔物達までをも灰燼に帰す。
 目を焼く強烈な光の渦が消えた時、剣士以外でそこに残ったのは、結界によって護られた俺達のみであった。

「ふぅー、終わったな」
 遣り遂げた者の表情で溜めた息を吐く剣士。
 その隣で、プルプルと震えている彼女。
 そして、その二人を唖然と呆けて見詰める俺とサフィア。
 それはある意味、厳かな静寂の空気に満ちた一時であった。
「『ふぅー、終わったな』じゃなぁーい!」
 その一喝で静寂を打ち破った彼女は、自らの想いを示すように杖で剣士の頭を叩く。
「何をする、何を!」
 訳も分からず叩かれたと抗議の言葉を返す剣士に、彼女の怒りが跳ね上がる。
「敵諸共で私達まで仕留める気なの、貴方は!」
・・・はい、冗談抜きでやばかったデス。
「莫迦な、あの程度で遣られる貴女様じゃないだろう」
・・・えーと、それは否定しないという事ですか?
「それに、あの戦技は、邪悪なモノにしか本来の威力を発揮しないぞ。まさか、邪悪?」
・・・あのー、そこいらで止めないと流石にマズイんじゃ・・・。
 言うまでも無く俺の危惧は、直ぐに現実となる。
『《魂凍える氷箭》!』
 その《力導く言葉》によって生まれた氷結の矢箭が、雨霰(あめあられ)の如く剣士へと放たれた。
 その無数からなる氷矢群を剣士は、無言のままに剣腹で叩き返して行く。
・・・マジ、ですか。貴方は一体、何者なんですか?
 《魔導》、そう呼ばれる異能の力は、その名の通り《魔》の領域に属し、物理によって抗えるモノでは無い筈であった。
 常識すら打ち破る現実を目の当たりにして、俺の頭は混乱を極める。
「大人しくお仕置きされなさい!」
 彼女の厳しい声が、オーバーヒート寸前にあった俺の頭を刺激した。
 更なる魔導を発動させて、剣士への『お仕置き』を試みる彼女。
それを余裕すら感じさせて喜々と回避する剣士。
そんな二人の攻防を唖然と眺め続ける俺の脳裏に、人伝に聞いた或る話が甦る。

『この世界には、素で魔導の魔力を斬る技を会得した存在がおり、その技の開眼の理由は自分のパートナーの魔法攻撃から逃れる為らしい』

 そんなレアを通り越して、『アレ』な伝説を持つ者とそのパートナー。
 その名は・・・。

「《雷斬りの雷聖》! 《純白の魔女神・雪華》!」
 俺は、全ての疑問をその二つの存在に符合させて、驚きの余り叫んでいた。
 一瞬キョトンとして、互いに見詰め合う剣士と彼女。
 そして、剣士が何事かと不思議そうにしながら全てを肯定する。
「いきなり、ヒトの名前を絶叫とは、一体如何したんだ、少年」
・・・否、絶叫はしていません。多分。
「あ、済みません。お二人があの有名な方達だと分かってつい」
二人の力量と、そして何より女性の身で《魔司》に至った彼女の存在から考えれば、その正体は始めから決まっていた。

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