21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年5月5日月曜日

『 L・O・D ~ある冒険者の追憶~ 』 下編

「済まなかったな、セイウ。あれも悪意があって、あんな事を言った訳じゃないんだ。それだけは、分かってやってくれ」
 雷聖は、雪華が去っていった方向に視線を遣りながら、そう俺へと詫びた。
「分かっています。寧ろ謝るべきは俺の方である事も」
「まあ、実際それに関しては、難しい問題であるんだがな」
 『謝る必要』と『謝る意味』という二つを指して、雷聖は、その言葉を口にしていた。
「雪華が君に対しぶつけたのは自分の感情に過ぎないし、君が詫びた所で彼女は決して許しはしないだろう。結局、謝る必要も無ければ、謝る意味もない事だからな」
「貴方は、それで良いのですか?」
・・・雪華が抱いた様な俺に対する『怒り』や『失望』は無いのか。
 そんな心の想いを込めて、俺はその事を彼へと尋ねた。
「全く気にしていないと言えば嘘になる。しかし、雪華がした事は大人気ない我が儘(わがまま)だし、君がした事は子供の贅沢だ。それを一々気に掛けていては、この世界で生きてはいけないからな」
「そうですか・・・」
・・・歯牙に掛ける意味すら無いという事ですか。
「それは君を見下しているからという訳ではない。だから、勘違いだけはしないでくれよ。そもそも、あれが君に噛み付いたのは、俺の為だしな。それを考えれば、俺に誰かを責める事は出来ないという事だ」
「貴方は、確かに大人ですね」
 俺にも、それが何よりも自分の幼さを示す言葉である事は分かっていた。
 それでも、彼に対する皮肉の言葉を口にせずには、いられなかった。
「うむぅ、本当にそうかは怪しい所だがな」
雷聖は、そう俺の皮肉を事無げに笑って受け入れると、一瞬にして、その瞳に宿すモノを真剣な色に変え、再び口を開いた。
「人間は誰でも最初は子供として生まれるモノ。それは、俺も君も然りだ。それと同じで、誰しも最初から強い訳ではない。俺が君の事を『子供』だと言ったのは、君がこの世界で冒険者となってから過ごした時間の短さを指してだよ。俺は、この世界にあって悠久ともいえる時間を過ごし、その中で今持つ力を培ってきた身だ。君が、俺と同じだけの時をこの世界で過ごしたならば、今の俺を遥かに追い越す強さを培う可能性だって在るさ」
 雷聖の口から語られたその言葉から、彼が心に抱く『強さ』への真摯な想いが滲み出ていた。
 俺は、彼が自らの心に持ち続ける強さの意味を見失わないからこそ、如何なる戦いに於いても誇りと自信を持ち続けられるのだと、その強さの理由を理解する。
「今の自分の強さに己惚れて、自分が非力であった過去を忘れてしまう事も在るだろう。しかし、それは他者を弱いと嘲る事の言い訳にはならない。そうだろう?」
 始め、俺はその言葉の意味を理解できなかった。
「真に《王》と呼ばれる者は、その誇りを以って他者を護り導く者となる存在だ。だが、彼らはそれを知らず、戦場に他者の誇りを打ち砕く事を誉れだと偽り、争いの火種をばら撒く事を求め続けている。セイウ、お前の心に今も尚、彼らの傲慢によって踏み躙られた誇りの痛みが在り続けているのならば、その痛みを糧に必ずあの偽りの《王》達を栄光という玉座から引き摺り下ろせ。それこそが、唯一、雪華が示した優しさにお前が報いられる術だからな」
 それは、俺があの日あの時あの戦場で受けた屈辱を見透かす言葉、そして、自らの剣に誇りを持つが故に何よりも他者の誇りを重んじる《剣皇》たる者の意志を示す言葉であった。
「貴方は、俺にそれが出来ると信じているのですか?」
 自らの心にある想いを見透かした雷聖という存在に、俺は、畏怖にも似た想いを込めて尋ねる。
「お前以外にそれは出来ないだろう」
・・・何故?
 雷聖は、俺が心に抱いたその問い掛けの想いを、再び見透かした。
「俺がお前を信じる理由か・・・。言っただろう、お前は真なる王者の資質を持つ存在だと。偽り持つ存在は、何時か必ず真を持つ存在に敗れるモノだ。今《王》と呼ばれている者達の力は、他者を屈し支配する為だけの力に過ぎない。だが、お前が剣に宿す力には、その支配すら討ち破る意志が在る。確かに今のお前は彼らと比べれば遥かに非力だ。しかし、それは未だ未熟であるが故の非力に過ぎない。揺るぎ無き意志を以って自らの技を磨き上げ、その未熟を克服したならば、お前は必ず彼の《王》達を討ち破る者となるだろう」
 語られるその言葉の一つ一つから、彼が俺に向けた深い想いが伝わってきた。
「セイウ、事の序でだ。一つ、お前の知らないある冒険者の昔話をしてやろう」
 雷聖は、俺にそう告げると、何かを懐かしむ様に空を見上げて語り始めた。

「あれはまだ、この『神蒼界』に《邪神》という存在がいて、その力によって世界中に魔物達が跋扈(ばっこ)していた時代の話だ。そんな世界に生まれ、蔓延る魔物達と戦う為に、冒険者となる事を選んだ二人の男女がいた。だが、男には生まれながらにして魂の欠落があり、魔力という異能の力に対する耐性が存在しなかった。それでも冒険者となる事を諦められなかった男の為に、女は彼を支える術を求めて異能の力である《魔術》にその身を委ねた。危険を冒す旅を重ねる中で、男は戦士としての力を培い少しずつだが強くなっていった。だが、男がどれ程に強くなろうとも、神の祝福を与えられなかったその身の《制約》は、彼の冒険の障りとなり続けていた。戦士としての力を高めて尚、敵の下級魔導にすら敵わず、その力の前に無様な姿を晒す男を見て、他の冒険者の中にはそれを嘲笑う者もいた。そんな事実を男以上に悔しがったのが、彼を支え続ける女だった。彼女は、唯男が抱く不屈の意思のみを信じ、彼の無謀に近い冒険の旅に従い続けた。だが、彼女は唯彼の背に付き従うだけの存在ではなかった。
彼女は、如何なる危険な戦いの状況に在ろうとも、自らの無事より男の無事を先に考え、その身の危険を顧みず彼の生命を護る為だけに魔法を使い続けた。男は、傷付き倒れる彼女の姿を背中に感じる度に、己の非力さを憾(うら)み続けた。それでも尚、否、それだからこそ男は自らに力を求め、堅き衣持つ敵ならばそれを貫く鋭さを、素早い動きを誇る敵ならばそれに勝る速さを自らの剣に宿した。そして、男はその想いを以って全ての敵を穿つ刃の冴えを誇る《剣皇》へと至り、《魔司》へと至った彼女と共に、《邪神》と呼ばれる存在をその手で討ち滅ぼす栄光を果たす一人となった。自らの剣を以って『神蒼界』に平穏を取り戻した歓びに浮かれ、男は、パートナーである彼女と共に、《邪神》の脅威から解き放たれた世界を巡る旅に出た。しかし、その旅を終え遠き海の先にある辺境の大地から戻った彼らが目の当たりにしたのは、嘗ての仲間である冒険者達によって平穏を奪われた世界に有り様だった。その絶望に男は自分が護ろうとした世界の全てを深く呪った。そんな男の心を救ったのが、彼のパートナーである彼女の互いの絆を誓った言葉だった。自分が護るべき者が誰であるかを思い出した男は、その存在と共に冒険者として生きる道を選び、世界の表舞台から自らの姿を消した」
 『以上で終わりだ』という言葉で締めて、雷聖は、『ある冒険者の昔話』を語り終える。
 その冒険者が誰であるかは尋ねるまでもなかった。
 それは、雷聖が《剣皇》であり、雪華が《魔司》である理由を示す物語であった。
・・・だから、俺は雪華に打たれたのか。
 俺の頬に、彼女から与えられた痛みが熱となって甦る。
 思わず頬へ掌を添えていた俺に何かを察したのか、雷聖が微かな笑みを浮かべた。
「なあ、サフィア。お前は、セイウの事が好きか?」
 不意に雷聖が俺のナビであるサフィアへと、そんな問い掛けを向けた。
 その質問の意図に戸惑う俺を一瞬だけ見詰め、サフィアはその視線を雷聖に投げる。
『はい。私は、愚直なまでに真直ぐな意志を抱くマスターを敬愛しています』
「そうか。良かったな、セイウ。お前はまだ彼女に見捨てられて無い所か、その愚直さに敬愛まで抱かれているみたいだぞ。」
 何がそこまで愉快なのか、雷聖は必死で笑いを堪えながら、そう俺へと言葉を掛けた。
「しかし、そこまで想われているなんて羨ましい限りだ。セイウ、この世界に於いて、人間は独りで強くなれる存在ではない。だから、お前の事を誰よりも信頼し支えてくれているサフィアの事を大切にしろ」
「それならば、貴方も、雪華さんをもう少し大切にしてあげてください」
 俺にそう言い返されて、雷聖は、一本取られたという表情を浮かべた。
「うーむぅ、それはちょっと違うぞ、セイウ。俺と雪華との関係は、近くに居過ぎれば見失ってしまう稀有な絆で結ばれたモノ。多少、離れた位置に身を置くのが良い関係だ。というか、そういう意見が在るとあれが調子に乗るので止めてくれ」
 渋面を作って抗議する雷聖の姿に、俺は苦笑を浮かべる。
「でも、貴方は彼女の事を大切に想っているのでしょう。だったら、せめて憎まれ口を止めて、優しい言葉を掛けてあげれば良いではありませんか」
・・・俺がサフィアに想われる事が羨ましいと言われるのならば、雪華にあそこまで想われる彼に、俺は何と言えば良いのだろうか。
 その言葉を知らない俺は、代わりに彼の素行を窘(たしな)める言葉を口にした。
「確かにお前のいう事にも一理ある。しかし、それじゃ、悔しいじゃないか」
「『悔しい』・・・ですか?」
 俺は、雷聖が何を言っているのか理解できずに問い返した。
「ああ、そうだ。この世界で《神殺し》の偉業すら果たした俺が、たった一人の存在の感情を畏れなければならないなんて、悔しいというか情けないじゃないか」
・・・ご馳走様です。
 俺は、色々な意味で見誤っていた目の前の存在が、そのパートナーに対し捧げる愛情の機微を理解してそう突っ込む。
・・・それにしても、これじゃ一体、どっちが『子供』で『大人気ない』のか分からないデス。
「セイウ、真の漢(おとこ)とは、幾つになっても少年の心を忘れないモノさ!」
・・・そんな、妙に爽やかな笑顔で言われても、対応に困りますデス。ハイ。
「はいはい、了解! 了解! ここは潔く、お前の言葉に従っておこう。という訳で、セイウ、サフィア、良き武運を!」
 独りで何かを納得した雷聖は、俺達に挨拶の言葉を告げて去ろうとする。
 それを見た俺は、慌てて声を掛けた。
「雷聖さん!」
「うぬぅっ?」
 立ち止まり振り返った彼に対し、俺は、大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「何時か必ず俺は、《光》と《闇》の《王》を! 彼ら二人を討ち破って見せます! そして、貴方の強さにも追いついて見せます! だから、本当にありがとうございました!」
 高く高く空までも届かんばかりに響く俺の宣言を受けて、雷聖は、満面の笑みと共に叫び返した。
「セイウ、そんな寂しい事を言うな! こういう時は、『何時か貴方を追い越して見せるから覚悟しておけ!』とでも言って見せろ!」
その傲慢なまでの大志を俺に求め許容する雷聖の瞳には、強い意志の光が宿っていた。
・・・参った。俺は、本当にとんでもない相手と好敵手になる事を望んでしまったみたいだ。
「はいっ! 二つの《王》の首を手土産に、貴方の《栄光の冠》を剥ぎ取りに行くので覚悟しておいてください!」
「おぅッ! その時を楽しみしているぞ! サフィア、そこの愛すべき大莫迦者が真の皇へと至る軌跡を、《神の御子》として見守り支えて遣れ!」
 俺が示した剣の宣誓に剣の宣誓で応えた雷聖は、俺の背に従うサフィアを彼女という存在に似つかわしいその異名で呼び指してそう命を与える。
 その言葉を受けたサフィアは、穏やかな笑みを浮かべ恭しく下げた頭(こうべ)でそれを受命した。
 その時、雷聖とサフィアが交わしたモノの意味を、俺は、『約束した再会』の後に知る事となる。
「では、セイウ、サフィア、達者でな!」
「雷聖、御武運を!」
 俺は、去り行く雷聖の背に、儀礼以上の想いを込めて別れの挨拶を投げ掛けた。
 それに対し再び立ち止まった雷聖は、背を向けたままで手を上げて応えると、今度こそ本当に去っていった。
雷聖が去った後も、俺は暫くの間、その場で見えなくなった彼の背中を見送り続けた。

「空が蒼いな」
 俺は、天を仰いでは何度も繰り返してきたその言葉を、それまでとは全く違う想いを胸に抱いて呟いた。
・・・今この瞳に映る空の蒼さを、俺は、これから先もずっと忘れずにいられるだろうか?
 だが俺のその想いは杞憂に過ぎなかった。
 なぜならば、その空の蒼と同じ美しい色を瞳に宿した存在が、俺の傍らに在り続けるのだから。

「サフィア、この先、何が在ろうとも、俺より先に倒れるな。お前は、倒れても尚立ち上がる俺の姿を、その瞳に焼き付けておいてくれれば良い」
 雪華が雷聖の為に求めたモノが自己犠牲も厭わぬ献身あるならば、俺がサフィアの為に求めるモノは、その美しい空の蒼を宿す瞳を曇らせない己の強さである。
 その強さを得る為の道程は遠く険しいだろう。
 そこに至るまでには、幾度この大切な存在を悲しませるか分からない。
 だが復讐の為だけに戦いを望み、力を求めたあの時とは違う。
 『戦う理由』と『力の意味』、それ思い出し教えられた今ならば、俺にも分かる。
 雪華が本気の想いをぶつけて、俺に教えようとしたモノが何であるのかが。
「さて、行こうか、サフィア。俺は、もっともっと強くならなければならないからな」
・・・そう、それは俺に冒険者としての誇りを教え示してくれた二人の存在と、何よりも目の前にいる大切な存在の小見に報いる為に。
『はい、マスター。貴方が求める皇の力を探す旅に出発です!』
・・・『皇の力』か。サフィア、それならもう既に見付けているよ。否、最初から直ぐ傍(そば)に在ったのに、俺がそれに気が付いていなかっただけだ。
「良し、先ずはこの世界の全てを知る為の冒険だ!」
俺は、言い放ってサフィアの身体をひょいっと抱き上げると、そのまま肩車して走り出した。
『真に《皇》と呼ばれる者は、その誇りを以って他者を護り導く存在』、雷聖が語ったその言葉が示す様に、今俺が頭上に頂く存在こそが《皇》を王者とたらしめる気高き誇りの導き手である。
ナビ・パートナー、その名の示す意味は、『共に在りて導く者』。
そして、その導く先にあるモノは、『無限の可能性』である。
自らの身に欠いた力への想いを意志に変え《皇》へと至りし者、《雷斬りの雷聖》。
彼のパートナーとして彼を《皇》と至らしめた者、《純白の魔女神・雪華》。
その二人の姿こそが、冒険者とナビが築くべき関係の道標であった。


 雷聖と雪華、この二人との邂逅が俺に《皇》としての力の在り処を教えてくれた。
 しかし、俺にとって真に『運命』と呼ぶに相応しい邂逅は、サフィアという存在と出逢ったそれを指し示すのだろう。
 その『運命』が俺の宿命に通じる道標であるならば、俺は、その先に在るモノを決して見失わない。
 サフィアが指し示してくれるモノを見失える筈が無い。

 俺は、サフィアという存在に導かれ、何時か《皇》と呼ばれる存在に至るだろう。

それが俺の宿命なのだから。

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