神の声を聴き、決戦の地<天空の聖園>へと集った冒険者達は、熾烈なる戦いの末に、復活を果たした魔神を打ち倒した。
そして、<魔神討滅>という偉業を果たした冒険者達には、伝説の達成者の証したる<ロイヤル・クラウン>が与えられ、それと共に戦いし全ての冒険者に、戦いの功績に見合った地位や領土といった恩賞が与えられた。
その魔神との戦いで,大いに活躍しながら、地位も名誉を求めず、唯、自由のみを求め、パートナーである魔導師と共に、世界を知るための旅に出た冒険者がいた。
世界を知るために未知なる外海に乗り出し、そして、その旅によって、世界がまだまだ未知なるモノである事を知った冒険者は、久しぶりに懐かしき故郷の街へ還ると大陸の港へと戻る。
冒険者と、そのパートナーは、故郷のある大陸に懐かしさを覚えるより先に、妙な違和感を覚える。
想う姿と異なるその穏やかならざる雰囲気に。剣呑にして、どこか殺伐とした雰囲気。
それは、冒険者達が嘗ての日々の中で、常に身近に感じ続けてきたモノ。
そう戦場に満ち満ちる空気であった。
その異様なる雰囲気に戸惑う冒険者達の耳に、何者かの怒声が聞こえてくる。
自然と振り返った二人の目に、怒声の主の姿が映る。
頭上へと振り上げた剣を、今にも振るわんとするその姿が。
冒険者は、その刃が向けられる先にあるものが、年端も行かぬ子供であると視た瞬間に走る。
それと同時に、彼のパートナーたる魔導師が、彼の素早さを極限まで高める魔法を発動させる。
パートナーの支援をうけ、一気に相手との間合いを詰めた冒険者は、怒声の主たる男が振るい降ろした剣を、自らの抜き放った剣で、見事に弾き返す。
一瞬の内に起きた出来事に唖然としている男を鋭く睨んだまま、冒険者は背中に庇う形になった子供へ、「逃げろ」と伝える。
その言葉に従い逃げる子供の姿を後目に一瞥して、冒険者は再び、目の前にいる男を睨んだ。
「貴様、一体何をする!」
男は怒りの矛先を、冒険者へと向ける。 それを受けた冒険者の眼差しが更なる鋭さを持った。
「貴様こそ、あんな子供相手に何をしている!」
冒険者の放った一喝の鋭さに、一瞬男がたじろぐ。
何とか、体裁を保った男の顔が怒りの朱を帯びる。
「貴様の知ったことか!」
怒りに我を忘れた男の剣が、冒険者に向け振り放たれる。
冒険者は、相手の行動を見て取ると、一瞬浮かべた苦笑の後、意外にも手にしていた剣を鞘に返す。
そして、それと略同時に軽快な身のこなしでバック・ステップを踏んで相手の攻撃を避け、廻らし回転させた身体の勢いのままに、再び抜き放った剣の腹で、隙だらけとなった男の背中を強打した。
強烈な一撃を受けた男は、青くなった顔を冒険者に向けると、何とか呼吸を整え言葉を吐き出す。
「貴様、この恨みは必ず晴らしてやる。覚えて置け!」
捨て台詞を残し逃げ去る男を、軽く睨み返して冒険者は剣を収める。
「覚えておく価値も無いな。しかし、あれは只のゴロツキではないな・・・・。冒険者崩れか?」
「ええ、多分そんなところね。困ったものだわ」
互いに呆れ返る冒険者とそのパートナーはこの後直ぐに、残酷な世界の現実を知る事となるのであった。
暴漢を懲らしめた冒険者は、その時初めて周囲の人々が自分へと向ける眼差しが前と違っている事に気が付く。
それは、どこか冷めた眼差しであり、何かを諦めたモノの眼差しであった。
「あんたは、<秩序の光>のモンか?」
周囲を取り巻いていた内の一人の男が、意を決した感で尋ねて来る。
「<秩序の光>?」
冒険者は、尋ねられた言葉の意味を計り兼ねて問い返す。
そんな、冒険者の様子を奇異に思いながらも、男は更に言葉を続けた。
「あんたが、どちらの側の人間かなんてどうでもいい。ただ、こんな争いは早く終わらせてくれ!」
男の悲痛な言葉に同調するかの如く、他の者達も僅かに頷く。
いよいよもって、何を言っているのか理解できずに、冒険者とそのパートナーは、互いに顔を見合わせる。
「済まない。貴方の言おうとしている事の意味が俺には分からない。この世界は、魔神が倒された事により、平和な世になったのじゃないのか?」
冒険者の尋ねに、今度は港町の人々が顔を見合わせた。 そして、男の口から、今の世界を取り巻く現実が語られる。
それは、魔神が倒された後、平和となった世界に於いて、正に些細といえる小さな争いから始まった事であった。
切掛けは、冒険者同士の酒場での些細な諍いであった。
酒を飲んで酔った冒険者の一人が、先の魔神との戦いに於ける自分の活躍を、英雄譚よろしく語っていた所に、別の冒険者が冷たい言葉で水を注した。
恥をかかされた冒険者は、それを雪ぐ為に刃を抜き、受けてたった相手の冒険者の仲間を巻き込んでの争いとなった。
その争いの結果が、正当なる果し合いとは呼べないものであったが故に、ことは更なる争いに発展し、ついには本格的な冒険者同士の争いへと至った。
交えた刃の恨みが募り、何時しかその争いは、冒険者として今日までに積み重ねた実績とそれによる地位を重んじる<秩序の光>と、冒険者としての実力こそが全てとする<力威の闇>という二つの勢力に分かれて覇権を奪い合うようになった。
語られた残酷なる事実に、冒険者の顔が悲痛に歪む。
「教えてくれ、雪華!俺は、俺達は何の為に魔神と戦い、あの死闘の果てに魔神を倒したというのだ?こんな、世界の有様を見るためだというのか・・・」
「雷聖・・・・・」
ぶつけられたその感情の激しさに驚く以上に、パートナーとして彼の想いを誰よりも理解しているが故で雪華は、雷聖の言葉に対する答えを見つけられなかった。
そして、雷聖が今の世界の有様に抱いた思いは、雪華もまた同じであった。
生まれながらにして魔導の素質を持たざる身であるが故の苦難に耐え、剣のみを以って、遂には、彼の魔神を討ち滅ぼすまでの強さを得て<神殺し>の偉業を果たせし<達成者>の一人である<雷斬りの雷聖> 。
そのパートナーとして、彼を常に支えて来た彼女にとって、今の世界の有様は、まるで彼の想いを踏みにじる裏切りのようにすら思えた。
だが、彼の想いを最も良く知るが故に、雪華は雷聖の為にその言葉を紡いだ。
「雷聖、たとい世界の有様がどうあろうと、貴方自身の何かが変わるわけではない。それに、まだ全てが終わったわけではないわ」
雪華は、一旦そこで言葉を切ると、微かな笑みを浮かべて再び唇を動かす。
「私には貴方がいて、そして、貴方には私がいる。それで、十分じゃない」
「ああ、そうだな雪華。世界がどう変わろうとも、俺達の何かが変わるわけではないな。そして、いかなる世界に在ろうとも、俺達が変わる必要はないのだ」
雷聖は、雪華に笑って応えると、何処か冷めた笑みを浮かべた。
「彼らが何を望み争おうともそれは彼らの自由だ。勝手にこの世界の行く末を奪い合っていればいい」
雷聖が語った冷徹な言葉を、雪華は決して咎めない。
それは、彼が常に示す天性の反骨心であると知っているからである。
そして、再び自由を求めて雪華と共に旅に出た雷聖は、その宿命の為せる所により、<光>と<闇>の支配を打ち破らんとする新たなる意志、『何者にも支配されず、何者をも支配しない者』達、《中庸の理想者》を護り導く事となるのであった。
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