21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年6月9日月曜日

『M・O・D+しぃー ~リトル・リリー~』 後編

「さてと、事も一応は治まったみたいだし、俺達は本来の目的に戻るとするよ」
 そう私たちに告げて、セティさんは、崩された威厳を取り戻すように表情を引き締めた。
「はい。色々とご迷惑をお掛けしました」
「否、自分から首を突っ込んだ事だ。礼には及ばないさ」
 感謝する私にそう返すセティさんの言葉からは、貫禄というモノが感じられた。
 しかし、それにしてもこの人は、一体何者なのだろうか。
「ちょっと、格好つけているのは結構ですが、忘れ物でしてよ」
 それまでの経緯(いきさつ)が影響した何処か含みのある言葉を掛け、シェンナさんは、セティさんが外し置いていた双剣に手を伸ばす。
「危ない!」
『?』
 慌ててそれを制止するセティさん。
その言葉の意味を理解できず疑問符を浮かべる私達。
「きゃっ!」
 シェンナさんは、掴んだ双剣を持ち上げようとして、洩らした悲鳴と共に前のめりとなって豪快に転んだ。
「遅かったか・・・」
 その展開を予測していたかの如く、セティさんが悔恨の言葉を口にした。
「ちょっとぉー、何なのですか、コレ!」
「本当に済まない」
 セティさんは、シェンナさんの抗議に対し、今度は先刻と違った真剣な反省の言葉を口にする。
 そして、自らの武器であるそれを拾い上げて、腰の剣帯に戻した。
「この剣は特殊なモノでな。主である者以外には、比重の《制約》が課せられるんだ。まあ、要するに、異常に重いくて持てないだけなんだがな。一瞬だけとはいえ、良く持ち上げられたモノだ。流石は《神聖なる御手》の使い手、『聖信の値』がかなり高いのか」
 この世界に於いて、《神》と呼ばれる特異の存在が認める善行に対し量られる値。
それが『聖信の値』である。
 妙に感心するセティさんに対し、シェンナさんが胸を張る。
「そうね、自慢じゃないけれど、ざっと百二十はあるかしら。ふっ・・・、お嬢様に対する愛情の深さに比例していますのよ」
「そうか、それなら俺のスィーナに対する親愛の深さは、その三倍以上は在るという事になるな」
・・・えっ!?
 事無げに言う口調に聞き逃す所だったが、彼の『聖信の値』は三百六十以上在るという事になる。
 普通、百五十を越えた時点で『聖者』と呼ばれる位のレベルだった。
 それを二倍以上でぶっちぎっているセティさんって・・・。
・・・アレ? セティ・・・?
・・・えぇー!!
「も、若しかして、セティさんって、あのセティさん!? 《マスター・オブ・ヒーロー》! 《英雄皇》ですか!」
「ああ、まあ、多分、そのセティだよ」
 私のはしゃぎ様に気圧されたのか、セティさんの表情には、怯えにも似たモノが浮かんでいた。
『マスターは、こう見えても、結構、繊細な所が多いので余り刺激しないであげてください』
「・・・放っておいてくれ」
 何か照れ隠しのように憮然とするセティさんの反応に対し、私は、苦笑を浮かべて誤魔化した。
「・・・あの、私強くなりたいんです!」
 嘗てこの世界に巻き起こった《光と闇の争乱》を鎮め、甦った《邪神》を討った『栄光の八英士』の一人である存在を前にして、私は、興奮のままにそう口にしていた。
 それに対するセティさんの反応は穏やかであったが、何処か淋しそうな色をその表情に浮かべていた。
「ああ、そうか。そうだな。冒険者である以上はそう望むのも当たり前だな」
 曖昧というよりは、困惑に近い口調で答える彼の姿に、私は、自分の失態に気が付く。
「あの、違うんです! いえ、違わないのですけれど、やっぱり違うんです! えっと、そういう意味じゃなくて・・・」
 私は、誤解と失敗を何とかしようとしどろもどろになって訴えた。
「ああ、分かったから、取敢えず落ち着いてくれ」
 私の態度から、何かを察してくれたのか、セティさんの表情には、優しい笑みが浮かんでいた。
「はい、済みません。あの私、貴方に甘えようとか、そういうんじゃなくて、良かったら教えて欲しいんです。如何したら、貴方の様に強くなれるのかを」
 決してそれは上手な伝え方ではなかったと思う。
 それでも、セティさんは、納得するように頷いてくれていた。
「成る程、キミの気持ちは分かった。しかし、それは俺が如何こう出来る事では無いな」
「ちょっと、それは少し冷たいのではありませんか」
『そうです。冷た過ぎます、マスター』
 セティさんの返答に、シェンナさんとスィーナちゃんが抗議の声を上げてくれた。
「二人共、他者の話は最後まで聴くように」
 話の腰を折られた事を指摘して、セティさんは、言葉を続ける。
「俺が言いたいのは、キミに俺と同じ強さを求めてられても、それを与える術を俺が持っていなという事だ。まあ、正確に言えば、俺の力は俺のみの固有ともいえるモノだから、他の誰にも同じようにはなれないという事だな。それに関しては、スィーナ、お前の方が良く知っているだろう」
『はい。身体的能力や天性の特性という点で、貴女がマスターと同じ経験を積んだとしても、成長の程度に大きな差が生じるでしょう。マスターと同じ稀有な特性を持つ者である雷聖様ならいざ知れず、というのがワタシの見解です』
 スィーナちゃんの解説を受けて、セティさんがハッとした表情を浮かべた。
「そうか! 彼なら、キミの要望に応えられるかもしれない・・・って、あのヒトを捕まえる事の面倒を考えれば、時間の無駄遣いに過ぎないか・・・」
 セティさんは、自ら導き完結させた『答え』に落胆する。
「それ以前に、大切な事を訊き忘れていた。如何して、キミは、強くなりたいんだ?」
「あの私、凄いドジで、何時も皆に迷惑ばかり掛けていて、その中に大好きなヒトがいて、それで少しでも強くなって、そのヒトの役に立ちたいんです!」
 セティさんの尋ねに対し、私は、その答えでもある『想い』を一気に口にした。
 少し捲くし立てて喋り過ぎたと反省する私の瞳に、微妙な反応を浮かべるセティさんの表情が映った。
「済みません。ちょっと取り乱してしまいました」
「否、そうじゃなくて、懐かしい台詞を聴いて少し驚いただけだから」
『はい、本当に驚きです。マスターには、「彼女」達みたいな方を引き寄せる因果が在るのでしょうか』
 私の『台詞』というモノにしみじみとするセティさん達の姿に、私は、困惑の表情を浮かべる。
「いやいや、そうか。それならば、話は早い。これは飽くまで俺からの助言に過ぎないが、キミの場合、強さを求めてそう焦るべきでは無いな。焦れば焦るほど物事が上手く行かなくて、それが更なる悪循環を生じさせる。そう思うのだが」
「焦り過ぎての悪循環、ですか?」
 私は、セティさんが聴かせてくれた助言を一言に纏めて尋ねるように口にした。
「そう。我が身を振り返れば他者の事は余り言えないが、無理をし過ぎればそれが祟って良くない結果を招くという事だ。大切なのは、自分に何が出来て何が出来ないのかを見極め、そこから、何をするべきかを知る事だな。修練と言っても、長所を伸ばすのか短所を補うのかでその方法もかなり違ってくるモノだ」
『そうです。焦ると大切なモノを見失いがちです。先ずは、落ち着いて冷静に物事を見極める事です。冒険者と雖(いえど)も、唯、危険を冒せば良い結果が得られるとは限りません』
 セティさん達の助言に、私は、納得し頷いていた。
「そもそも、少し位の失敗で迷惑だなんて考えず、思い切って遣ってしまえば良いんじゃないか。そこから絆を培えるからこその『仲間』だと俺は思うけどな。キミの想い人はその程度で、キミを見捨てる存在なのか?」
「お姉サマは、そんな人間ではありません!ちょっと、意地悪な所は在るけれど、本当にとても優しい人間です!」
 私の威勢のいい言葉にセティさんは一瞬だけ驚き、それから直ぐに笑顔を浮かべた。
「いや、失敬。知らない相手の事を無闇に量るべきではなかったな。それに何よりも、キミの想い人である彼女に対する想いに対し失礼をした。本当に済まなかった」
 軽口に聞こえるその言葉の中には、全てを察し理解した上での真摯な想いが込められていた。
「私の事を変だとか思わないのですか?」
「否、別に。人間、抱く愛情の形なんてそれぞれに違うモノ。キミの心に在るのが純粋な愛情であるのならば、それで充分だ。それに、キミのその想いを否定する事は、《神》に『全ての自由を許す』という『理』を認めさせた俺の盟友達に対する裏切りだからな。斯く言う俺も、他者に自分の想いを認めさせる為に戦い、《英皇》の名を頂くに至った身の上だ。俺と俺の盟友達がこの世界で《マスター》の称号を冠し続ける限り、キミが抱く『想い』も、そして、そこから生まれた『夢』も、他者に打ち砕かせる事はさせない。それが《英雄皇》である俺の『夢』の一つだ」
『マスター、カッコイイです! 素敵です! そんな恥ずかしい台詞を恥ずかしげも無く言えるマスターは最高です!』
 スィーナちゃんの喝采の言葉に他の皆が苦笑する中、私は、セティさんの強さの理由が、その意思にこそあるのだと理解していた。
「スィーナ、それは決して褒めてないから。というか、お前のお陰で何か色々な事に疲れた。俺は引き篭もる。だから、暫くの間、俺を独りにしてくれ」
『済みません、マスター。調子に乗り過ぎましたー、お許しを!』
 何か地雷を踏んでしまったと思い慌てるスィーナちゃん。
「駄目だ、許さない。反省の為、その娘の支援をしてやれ。《ばじりすく》を育て上げたルヴィナ嬢に負けない成果を期待しているぞ。では、皆、良い夢を! さらば!」
 伝えるべきを伝えたセティさんは、状況に唖然とする私達を放置して、一瞬で姿を消した。
『あの、あの、ワタシはどうすれば・・・? マスター、ひどいデス。ぐすん・・・』
 後に残されて呆然とするスィーナちゃんを前にして、私は、セティさんの好意を理解していた。
「あのスィーナちゃん、否、スィーナさん。お願いします、私の師匠になってください!」
 セティさんは、『支援』と言い表したが、私が求めるべきは『指導』である。
『うん、良いよ。ワタシ、頑張る。そして、マスターにもう一度、パートナーたる存在として認めてもらう。頑張れ、ワタシ! オー!』
 涙でウルウルの瞳で自分を励ますスィーナさんの姿に、私は思わずときめいてしまっていた。
「そうです! ファイトです! オーです! やりましょう、師匠!」
 私は、健気なその姿に自分の姿を重ね合わせて、一緒になって励まし盛り上がった。

「えーと、カポちゃんさん。先刻は、本当にごめんなさいでした」
 私は、もう一度、不思議生物、もとい、カポちゃんに体当たりした事を詫びて頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらないで下さい。この鳥モドキは、何時も大袈裟に振る舞いますから」
『オイ、メイド! 勝手に話を纏めるな!』
 調子づくかカポちゃんに、シェンナさんは辟易とした視線を返した。
『《魂震わせる沈黙の鐘》!』
『? ・・・っ! !?!?!?』
 スィーナさんの《魔導》の力によって言葉を封じられたカポちゃんが、バタバタと暴れるのを黙殺して、プリナちゃんが口を開く。
「こちらこそ、ウチのカポちゃんが迷惑を掛けてごめんなさい」
 プリナちゃんは、飼い主としての責任を感じて、代わりにお詫びの言葉を口にした。
「迷惑だなんて、私が悪かったのです」
『皆で反省して譲り合い。美しいです。うんうん』
 スィーナさんは、私達の遣り取りに満足げの様子で何度も頷いた。
「では、私達はこれで失礼しますね。良い夢を!」
 私は、プリナちゃん達二人と一匹に、礼儀である挨拶を告げて、その場から去ろうとする。
「待って、貴女のお名前は?」
 その呼び止められた言葉に、私は、自分が自己紹介を忘れていた事実に気が付く。
「えーと、ファーナです」
「私はプリナ。それで、コッチがシェンナさんで、アッチがカポちゃんです。宜しくね」
 『こちらこそ、宜しくです』と返して、私は軽くお辞儀した。
「あのファーナちゃん。不躾ですが、私とお友達になってください!」
 それは確かに突然の申し出ではあったが、私に依存がある訳が無かった。
「うん、喜んで! では、改めて宜しくです、プリナちゃん」
『仲良しは良い事です。うんうん』
 スィーナさんの言葉に、私とプリナちゃんに加え、シェンナさんの表情も笑顔にほころんだ。

こうして、私に新しい友達と頼れる師匠という二つの掛け替えの無い存在が増えた。
 勿論、カポちゃんやシェンナさんもその中に含まれている。
 そして、セティさんの存在も又、それと同じであった。
 何時かは、私も、彼の様に本当の意味での強さを持つ存在となれるのだろうか。
 それを『夢』に見て良いのだろうか。
 多分、いえ、間違いなくそれで良いのだろう。
 だって、ここは『全ての自由が許された』『夢』に活きる為の世界なのだから。
 だから、先ずは、プリナちゃん達を連れて、シルクお姉サマ達を迎えに行く冒険に出よう。
 それは無理をしない冒険であり、自分が、否、自分達が何処まで行けるかを知る為の冒険である。
「ああ、早くシルクお姉サマの胸に飛び着きたいな」
 私は、そんな想いを口にして、何処までも蒼く澄んだ空を見上げた。



《PS》
 この物語は、天蓬元帥氏原作の『ちょいあ!』と『ラーメンの鳥 パコちゃん』を基にして、パクリ・パロっております。
(一部のキャラは天然派生である事は、あしからず)
 興味が湧いた方は、(是非にも)原典の方こそを一読ください。

『M・O・D+しぃー ~リトル・リリー~』 前編

・・・『愛、在りますか?』
「はい。『お姉サマ』に対する揺ぎ無い愛で一杯です!」

・・・『夢、抱いていますか?』
「はい。『お姉サマ』の心を私のモノにする事です!」

・・・『冒険、好きですか?』
「はい。何時か、大好きな『お姉サマ』達(叶う事なら、『お姉サマ』と二人っきりで)と共に、色々な所を巡る冒険の旅をしてみたいです!」


 言うまでも無い事ですが、『私』の性別は『♀』です。
 そして、『私』の大好きな『お姉サマ』の性別も、それと同じです。


 私の名前は、ファーナ。
 『全ての自由を許す』この『世界』の『理』に、『自らの想いに素直で在り続ける事』を『夢』として定めた者である。
 今はまだ、その『想い』は空回りしてばかりだけど、何時かはちゃんと『お姉サマ』の心に届くと良いな。
 その為にも、もっともっと強くならなくっちゃね。
 そう、愛しのシルクお姉サマ(達)と一緒に冒険できるくらいに。
 『ファイトー、ファーナ! お姉サマの心をゲットするその日まで! オォー!』


 その出会いは、一つのハプニングから生まれた。
 正確に言うならば、何時ものドジに過ぎないのだけれど。

「ああ、お姉サマや皆さんは、今頃、楽しく冒険中なんだろうな・・・」
 私は、そう呟きながら、置いてきぼりをされた気分で、独り淋しく街の中をぶらぶらと歩いていた。

・・・ドカっ!

「きゃっ!」
 私は、地面に転がる小石につまずいた勢いのまま『それ』に体当たりし、悲鳴を洩らしていた。
 視界に在るのは、一面の黄色。
 そして、身体に感じる感触は、柔らかく生温かかった。
『クぇー! 小娘、何処見て歩いてるんだ!』
 『それ』は、覆い被さっていた私の身体を押し退けながら、威勢よく咆える。
 私の瞳に映る『それ』の姿を一言で言い表すと、『トリ(?)』だった。
 否、『ヒヨコ(?)』と言うべきだろうか。
 そう、『それ』は、異様なまでに大きな『ヒヨコ(?)』だった。

「・・・」
 驚きの余り言葉を失っていた私に、その不思議生物が新たな憤りの言葉を咆える。
『おいおい、コラっ! 先刻から何無視してくれている。放置か! 放置なのか!』
「あっ・・・、ごっ、ごめんなさい!」
 私は、何とか正気を取り戻すと、慌ててお詫びの言葉を口にした。
『フンっ! 『ゴメン』で済んだら、《使徒》も《天罰》も要らんわ! ボケっ!』
「そんなぁ・・・。ぐすんっ」
 私は、相手の頑(かたくな)な怒りの態度に、途方に暮れる思いを抱く。
「本当に、ごめんなさい」
 私は、如何して良いか分からず、再びお詫びの言葉を口にして、頭を下げた。
『まあ、本当に悪いと思っているなら、ソレ相応の慰謝料を貰おうか。そうだな、20マクシアート金貨で許してやろう』
「えっ、『20MG』って! そんな大金持っていません!」
 『20MG』といえば、人間一人が普通に2周期年は暮らせる分を賄える大金である。
 私は、相手が要求する金額の大きさに思わず叫んでいた。
『じゃあ、しょうがない。身体で払って貰おうか。クぇーケッケッケッ!』
 私の返答に、不思議生物は、邪悪な笑みを浮かべて言い放った。
「そんな、嫌です!(私の初めてのヒトは、お姉サマだと決めているのに!)」
『悪いのはそっちだぞ。ジタバタするな!』
 嫌がる私を捕まえ、無理やり何処かに連れて行こうとする不思議生物。
・・・助けて、シルクお姉サマ!
 絶体絶命の窮地に、私の瞳に涙が浮かぶ。
 その時だった。

・・・ボコっ!

『グェっ!』
 勢い良く脇へと弾き飛ばされる不思議生物。
 そして、私の瞳に大小二つの影が映る。
「大丈夫ですか?」
 大きな影の主である女性が、私の事を気遣い声を掛けてくれた。
「・・・はっ、はい! 助けてくれて、ありがとうございます」
 私は、彼女の出現と、何よりもその出で立ちに気を取られて、一瞬返事を遅らせてしまった。
「いえいえ。こちらこそ、あの愚昧鳥モドキが大変なご迷惑をお掛けいたしました。アレには、後で存分な躾(しつけ)をしておきますので、如何かご安心を」
 『メイド服』というその装いに相余る恭しい言葉遣いで語る彼女の言葉からは、件の不思議生物に対する憤怒が感じられた。
「勿論、ご希望でしたら、この場でアレにはお仕置きいたしますけれど」
 そう付け加える彼女の拳に、淡い光となってオーラが宿る。
「《神聖なる御手》!」
 私は、彼女が示した力の正体に気が付き、驚きの声を上げた。
それは、戦士に属する冒険者が至る最高位職位の一つである《聖騎士》の中でも、《神》の加護を受けるに値する信仰心を持つ者だけに許される栄光の証であった。
「シェンナさん。余り乱暴な事をしたら、カポちゃんが可哀そうだよ・・・」
 メイドさんの隣にいた少女が、状況の雰囲気に怯えているのか、少しオドオドした口調で窘(たしな)めた。
「いいえ、プリナお嬢様。お嬢様に対するこれまでの無礼の数々を反省させる為にも、あの鳥モドキには一度、徹底的に物事の道理を分からせるべきです」
 メイドさん、もとい、シェンナさんは、少女の言葉に対し、穏やかな眼差しを返すが、その決定を変える気は無い事を告げた。
「でも、やっぱり可哀そうだよ」
『うんうん。そうだ! そうだ! シェンナ、プリナの言うとおり、もっとオレに優しくしろ! もっとオレを愛せ! 慈しめ!』
 何時の間にか復活していた不思議生物が、プリナと呼ばれた少女の背後でシェンナさんに調子付いていた。
「ちょっと、カポちゃん。そもそも悪いのはカポちゃんだよ」
『は!? 何だと! 俺は被害者だ! 悪いのは、ぶつかって来たこの小娘の方だ!』
「・・・」
 少女の言葉に再びいきり立つ不思議生物に羽先で指された私は、それが事実である事を無言で認めるしかなかった。
「でも、だからと言って、その娘に乱暴な事をしちゃ駄目だよ」
『くぇ、黙れよ! じゃ、お前がこの小娘の代わりに、慰謝料としてオレに25MGを払ってくれるのかよ!?』
「『25MG』って、そんなお金持ってないよ!」
「さっ、先刻より増えてます!」
 不思議生物の要求に、私と少女は別の意味で悲鳴を上げた。
『は!? 当然じゃん! オレは悪くも無いのに、シェンナに殴られたんだぜ。その分の慰謝料を、ヤツの主であるプリナが払うのは当たり前じゃねえ? 分かったら、直ぐ払え!』
・・・外道か鬼畜です!
 踏ん反り返って息巻く不思議生物に、私は心の中で非難の言葉を突っ込んだ。
「そんな、無理だよ。それってプリナのお小遣い20周期年分以上なんだよ」
・・・うわぁっ、お金持ち! マジ、お嬢様!
 私は、少女の口から語られた言葉に、その裕福な家庭環境を知らされる。
「お嬢様、この鳥頭には、何を言っても無駄です。拾われてお屋敷に居座っている分際で調子に乗って! お望みどおり、今直ぐに成敗してあげるわ!」
 怒り心頭に達したシェンナさんの瞳に、闘志の炎が宿る。
『うわっ、メイドがマジ切れだ! 助けろ、プリナ!』
「自業自得だよ、カポちゃん。それに、私にはカポちゃんを庇う理由が無いよ」
 応えてご愁傷様と呟く少女。
『クェー、薄情者! ペットの粗相は、飼い主の責任だって知らないのか! 潔く責任とれ! 助けろ! オレの盾になれ!』
「潔くするのはアナタの方よ! 大人しく、天に召されなさい!」
 バタバタと逃げ回る不思議生物の動きに先回りして、シェンナさんが《神聖なる御手》を繰り出した。
『クェッ!』
 自らの突進の勢いに押されて、不思議生物の身体がシェンナさんの拳に吸い寄せられる。
「貰った!」
 快心の笑みで勝利を宣誓するシェンナさん。
 しかし、それは空しく裏切られる。
『《神聖なる護盾》!』
 自らの身体に宿した神聖オーラの力で、敵の攻撃を受け防ぐ《魔導戦技》。
 それを用いた闖入者によって、シェンナさんの攻撃は阻止されてしまった。
「何者!」
 シェンナさんは、昂ぶる心によって冴える言葉を発し、目の前に現れた存在にその正体を尋ねた。
「否、済まない。事情は分からないが、状況が状況なだけに、強引なやり方を承知で止めさせて貰った」
 闖入者である男は、多少悪びれた感じを示しながらも、真直ぐな視線をシェンナさんへと返す。
「そう。それならば、貴方には全く関係の無い事だから、引っ込んでいなさい」
『兄貴ぃ、助けてくれー。そのトチ狂ったメイドが、オレを苛めるんだ!』
・・・うわっ、狡猾!
 不思議生物が示した変わり身の早さに、私は、在る意味感心しながら突っ込む。
「と言っているが、如何なんだ?」
 背中に庇う形になった不思議生物の態度に苦笑を浮かべる男。
しかし、その眼差しに宿っているのは、返答の如何によっては戦う事も辞さないと語る強烈な意志の輝きであった。
「先刻も言ったけれど、これは私達の間の問題で、貴方には関係の無い事よ。余計な手出しも口出しも止めて頂きたいわ」
「ほう、《バジリスク》の幼獣相手に、《聖騎士》が全力で戦うなんて、確かに『虐め』そのモノだな。ここは、この珍獣に味方するのが俺らしいかな」
 シェンナさんに軽口のような言葉を返した男の瞳に、他者を圧倒する危険な色が浮かぶ。
「面白いわ。相手をしてさしあげましょう」
 シェンナさんは、不敵に微笑み戦いの構えをとった。
「武器を抜かないのか?」
 素手のままで構えるシェンナさんに、男は少し呆れるように尋ねた。
「あら、貴方の目は節穴かしら。私が武器を持っているように見えまして?」
 挑発するように半眼で見詰めて、シェンナさんは、自分が武器を使わない事を、否、使う必要が無い事を誇示する。
「ああ、そうか。ならば、こちらも最低限の礼儀くらいは示しておくとしよう」
 男は、シェンナさんの態度に笑って応えると、自らの腰に下げた双剣を外して、背後に投げ置いた。
 男の武器が大地を打って響かせた重い音は、かなり離れた私達の所にまで及ぶ。
・・・?
 私がそれに違和感を覚える中、相対する二人の戦いは既に始まっていた。
 最初に仕掛けたのは、シェンナさん。
 《神聖なる御手》によって攻撃力を高めた拳を振るい、男へと挑みかかる。
 男は、それを素早い身のこなしで回避した。
「甘い!」
 短く言い放ったその言葉を気合いに代えて、シェンナさんは、背後に在った男へと回し蹴りを繰り出した。
「・・・」
 男は、迫り来る蹴撃を無言のまま一瞥した後、上半身の動きだけで再び回避する。
 そして、間合いを取るべく背後へと跳躍した。
「少しは、やるようね」
「ああ、『少しだけ』だがな」
 不敵に笑い睨み合う二人。
「ところで、全くの無関係ではなくなった事だし、『手出し』というか、本気を出しても良いか?」
「? 一体、何を言っているのかしら、手加減なんて不要よ。まあ、全力で来ても結果は同じだと思うけれど」
 シェンナさんは、男が口にした言葉の意味を図りかねて一瞬困惑する。
しかし、直ぐにそれを自分に対する挑発の類いだと理解して挑発で応えた。
「では、遠慮なく」
 男は、満足そうに笑うと、身に着けていた腕輪を外して足元へと落す。
「?」
・・・?
 男がしたその行為の意味を、彼以外の誰一人として理解していなかった。
 しかし、本能的にその場の空気が大きく変わった事だけは感じ取る。
「本来、人間相手に使う力では無いが、貴女の目を覚まさせる為の荒療治だ。恨まないでくれ」
 その情けを示す言葉とは裏腹に、男の瞳には、一切の迷いが存在していなかった。
『《神聖なる御神楽舞》!』
 言い放たれた《力奮う真名》に応えて、男の全身に強烈な波動の神聖オーラが宿る。
『・・・』
 その場にいた全員が、彼が示した力に畏怖の身震いを覚えていた。
 そして、次の瞬間、その超絶なる力は、敵対するシェンナさんへと叩き込まれた。
「っ!」
 悲鳴を洩らす事すら許されず、シェンナさんは、一瞬で気絶する。
「おっと!」
 男は、シェンナさんの身体が地面へと叩きつけられる前に、素早く巡らせた腕で彼女の背中を支える。
 そして、片手で懐から回復薬の小瓶を取り出すと、その栓を歯で抜いて、中身を彼女へと振り掛けた。
「・・・うーん」
「流石に遣り過ぎたか・・・。しかし、貴女があの《バジリスク》の幼獣相手にしようとした事は、俺が貴女に対し、本気の力をぶつけたコレと同じ事だ」
 目を覚ましたシェンナさんに苦笑を示し、男は、説教の言葉を口にした。
「あの鳥モドキは、洒落にならない悪戯ばかりするのよ! それにお仕置きするのは当たり前でしょう!」
 シェンナさんは、未だ自由にならない身体を震わせて、男へと反論の言葉をぶつけた。
「幼獣とはいえ《バジリスク》が、人間に特別な危害を与えない程度に懐くのは、極めて珍しい事だ。『悪戯』という事は、別に人間を襲って喰ったりする訳ではないのだろう? 多少の事ならば大目に見て、仕置きに手加減も必要なんじゃないかな」
『そうだ! そうだ! 兄貴ぃの言うとおりだぞ。皆、オレに優しくしろ! もっとオレを甘やかせ!』
・・・嗚呼、不思議生物が調子に乗っています。
「おいおい、余り調子に乗るな、珍獣。別に俺はお前の完全な味方という訳ではない。というか、お前が『悪戯』に過ぎて、他者へと危害を加える存在であるならば、俺は容赦なくお前を狩るぞ。《ガーディアン・ブレード》を持つ者の誇りに懸けてな」
 男の言葉と何よりもその鋭い眼差しに射竦められて、不思議生物の表情に動揺が浮かぶ。
『クェー! な、何を言ってるんだよ、兄貴ぃ! オレは良いコだぜ。そう、あの空に浮かぶ雲よりも潔白だぜ!』
・・・大嘘つき!
 私は、思わず心の中で突っ込んでいた。
 そして、それは他の面々も同じ思いである事がその表情から窺がわれた。
「まあ、それなら良いが・・・。取敢えず俺を『兄貴』と呼ばないように、俺の《ばじりすく》の義妹が、《バジリスク》のお前と混合されて益々迷惑するからな。それと主であるその娘に余り迷惑を掛けるなよ。正直、お前みたいな先入観で嫌遠(敬遠)される種族を、気に懸け案じてくれる存在なんて、稀有に近い。彼女の優しさに対し、もう少し感謝しておけ。まあ、生命の恩人として、他にも言っておきたい事は多々あるが、実際、俺も暇では無いからな、これ位で勘弁しておこう」
 付け加えるように『丁度、迎えが来たみたいだしな』という言葉を口にして彼は、視線を私達の後ろへと向ける。
そこにひょっこりと現れたのは、不思議生物と同じ《ナビ》とは思えない程に、可愛らしい存在であった。
『マスター、急にいなくならないで下さい。心配しましたよ』
「ああ、済まなかったな、スィーナ。このお嬢さんと少し戯(たわむ)れていただけだ。それに、ここで寄り道した御陰で、ルティナの謂(いわ)れの無い悪評の原因も分かったし、解決もした」
 セティと呼ばれた男は、迎えに来た相手に応えて、優しさが込められた爽やかな笑みを浮かべる。
『マスター、不誠実はご自分のクビを絞める事になりますよ。そのお姿をアルディナ様に見られたら、「誤解だ」という言い訳もしようが無いかと・・・』
 そう呆れ半分に言うスィーナちゃんは、残りの半分で主が身を置く状況を面白がっていた。
「ばっ、莫迦を言うな。それこそ『誤解』だ!」
 自分がシェンナさんの身体を抱きかかえている構図を指摘され、セティさんは、慌てた様子で腕を引き抜いた。
「えぇーっ、ちょっと、いきなり放り出さないでください!」
 両足を踏ん張って転倒を免れたシェンナさんは、抗議の言葉と眼差しでセティさんを射る。
「ああ、済まない。ちょっと、乱暴にし過ぎたかな」
 その言葉には、余り悪びれた感が無かった。
『マスター、反応が面白いです』
『クェー! ケッケッケェーっ!』
 大きく丸い瞳を細めて笑うスィーナちゃんと、それに乗じて大笑いする不思議生物。
「奇声を上げて笑うな、珍獣!」
 笑っているのは同じなのに、不思議生物にのみ一喝するセティさん。
 それに対し、一喝された不思議生物は、声を出さずに無言で笑い続けていた。

2008年6月1日日曜日

『M・O・D+しぃー ~プリンセス・リリー~』 後編

「シルク、避けてっ!」
 叫ぶと同時に、タイミングを見計らって《魔導》の力を発動させるメリィア様。
 狙いに違わず、生み出された魔力の刃が魔狼皇を薙ぎ払い、その体勢を切り崩す。
 そして、私とアンナさん、それに回避からの着地と同時に踏み込んだシルクさんの攻撃が一斉に、敵の巨体へと叩き込まれる。
「貰った! 《深闇を切り裂く光の閃刃》!」
 チェリナ様の意志によって最大威力まで高められた光の魔力は、交差する刃の形を以って、魔狼皇の身体を穿つ。
 それで戦いの大局は一気に決した。
「皆、止めの一撃を!」
 私は、叫び、自らも武器を手に勝負を決する行動に出る。
 断末魔の咆哮を上げ崩れ落ちる凶獣の体に、地面が大きく震えた。
「勝った、・・・の?」
 半ば呆然としながら、私は、勝利を確信する為にその巨体へと近付く。
 歩み寄り間近へと至るにつれ、巨獣の体躯の巨大さを改めて思い知らされる。
 そして、ゆっくりと灰塵の如く消えていく魔狼皇の亡骸に、私たちは、勝利を現実にする。
 後に残されたのは、深紅の色を持つ鉱石の塊のみであった。
「やったわね!」
 歓び勇む仲間たちの声を背に受けながら、私は、視線をもう一つの戦いに向けた。

 残されたもう一匹の凶獣と戦う彼の姿は、何故か先刻に較べて、大きく精彩を欠いていた。
 苦戦ではないにしても、一進一退の攻防を繰り広げる彼の戦い振りに、私は、違和感を強くする。
 私を助けてくれた時の姿を思えば、明らかな違いがそこには存在していた。
 そう感じているのは、他の皆も同じであるらしく、如何するべきかと考えているようであった。

『俺が苦戦しているように見えても構わずにいてくれて結構だから』
 彼は、戦いの前にそう私たちへと釘を刺した。
 ならば、ここは今しばらく様子を見るべきだと判断し、私は、彼の戦いを見守る事にした。

「うーん、観客に心配されているみたいだし、遊びはこれぐらいにして、そろそろ本気を出すとするか」
 彼が嘯くその言葉を聞いたのは、恐らく一番近くにいた私だけだろう。
 そして、彼が口にした言葉と共に一瞬だけ見せたモノは、私の心を烈しくざわめかせた。

「《魂穿つ無限の神刃》!」
 その《力奮う真名》に応えて、彼の手に握られた長剣の刃に淡い光が宿る。
「行くぞ!」
 言い放ち、一歩後ろに跳んだ彼は、着地と同時に、言葉どおり目にも止まらぬ身のこなしで突進し、次の瞬間には魔狼皇の背後に立っていた。
 頭を一刀両断にされ、断末魔すら上げずに地面へと倒れ伏した凶獣の巨体が、再び大地を揺らす。
その鮮烈な勝利は、余りにも鮮やか過ぎて、逆に呆気ないモノのように私の心へと映った。

「おめでとう」
 彼の口から告げられたその言葉が、呆けていた私の心を正気に戻す。
「・・・あ、ありがとうございます」
 私は、まだ気が動転しているのか、気の抜けた返事を返すのがやっとだった。
「おぉー、運が良いな。両方とも『アタリ』だ」
 彼は、自ら倒した敵の分と私達が倒した敵の分の戦利品を拾い上げ、そそくさとその両方を私に手渡した。
「良いんですか、これ、貰ってしまって?」
 私が洩らしたその言葉に、彼は、訝るように眉を曲げる。
「それが必要だから、こんな所まで来たんじゃないのか?」
 そう尋ね返されて、私は勿論、他の皆も困惑する。
 正確に言うならば、私たちは、唯、噂に聞く《死眼の凶獣》を見物に来ただけである。
 だから、まさか本当に倒せるとは思っていなかった。
「その、実を言うと、私たち、《死眼の凶獣》を見に来ただけなんですけど・・・」
「えーと、それって唯の物見遊山に来てたという事?」
 彼は、私が口にした言葉を聞いて、微妙な表情を浮かべる。
「はい。『狩り』は狩りでも、『散策』するという意味の『狩り』でここまでやってきました」
「・・・」
 一瞬の沈黙、そして、彼は、大きな笑いを洩らした。
「済まない。俺がとんでもない勘違いをしてしまったみたいだな」
「いえ、私たちにしてみれば、助けて貰った上に、こんな貴重な体験が出来て感謝しなければです」
 私がそう言うと、他の仲間たちも皆一様に頷く。
「否、本当に済まない勘違いをした。キミ達を無駄に危険な目に遭わせたのだから、これは詫びようもないな」
 それまでとは全く違う真剣な眼差しに、彼が本気で反省している事が窺がわれた。
「では、その『オマケ』は、今回のせめてものお詫びとして受け取っておいてくれ」
「でも、これってかなり高価なモノなんじゃ・・・?」
 嬉しい申し出ではあるが、恩を受けて更にそれ以上の物を受け取る訳には行かなかった。
「多分、そうだと思う。でも、俺には必要無い物だし、それに、その石には二重三重のトラウマがあるから、正直、見るのも触るのも遠慮したい。要らなければ、その辺に捨てておけば良い」
 それが冗談ではなく、本気で在る事は、彼の目が正直に語っていた。
「では、ありがたく貰っておきます」
「ああ、そうしてくれ。まあ、キミ達なら、《獣神皇の護冠》も充分に似合うだろうしな」
 彼は、何かを思い出すようにして、苦笑混じりに笑う。
「しかし、凶獣がらみでこのオチは、セティの時のそれと同じじゃないか。こりゃ、キミは第二の《英雄皇》になる宿命に在るのかもしれないな。・・・否、寧ろ、エンの奴を彷彿させられるか・・・」
 更なる苦笑を浮かべながら独り言の様に呟く彼の視線が、私の視線と重なると同時に穏やかな笑みへと変わる。
「・・・『セティ』! 『エン』って、あの《至高の英皇》と呼ばれるエン様ですか!?」
 憧れ以上の想いを抱くその存在の名を聞き、私は、興奮の余り叫んでいた。
「ほぉー、『様』付けとは、奴の本性を知らないとみえる。どんな良い噂ばかり聞いているかは知らないが、余り期待し過ぎると本当のアイツを知った時の衝撃が大きくなるぞ」
 そう語る彼の言葉に悪意は無く、それどころか好意にも似た親しみが存在する事は分かっていた。
 それでも、私は、彼が口にした『本性』という言葉に感情を逆撫でされてしまった。
「貴方に、彼の何が分かるというのですか!」
 そう、私が『彼』に、《至高の英皇》に憧れるのは、彼の『本性』に対する部分が大きかった。
 嘗て他者は、自らの嗜好を貫いた彼を天性のダメ人間と嘲笑った。
 しかし、彼は、その嘲りに屈しない想いを培い、終には、世界に名高き冒険者の一人となった。
 彼が貫いた嗜好自体に重みがある訳ではない。
 その嗜好を貫いた理由と、それを貫く意味にこそ重きがある。
『ネコ耳メイド服は、漢のロマンだ!』
 その彼の言葉は、他者が聞けば嘲りを受ける謂れとなる。
 しかし、彼を信じ支えた唯一の存在は、それを彼にとっての『正義』だと認め、自分にとっての『誇り』だと受け入れた。
 だからこそ、彼は、その『正義』と『誇り』を護る為に、自らの想いを貫き、それを意志に変えて《皇》と呼ばれるまでに至った。
 嘗ての邂逅、その時、彼は私にこう言った。
「好きなモノが在るならば、唯、素直にそれを好きだと主張し、愛し続ければ良い。確かに、この世界は、酷く残酷な場所だ。だが決して非情な意志が支配する場所ではない。君が大切なモノに対するその想いを護りたいと望むならば、必ずそれを助けてくれる存在はいる筈だ。俺にアユラがいて、アユラにアユラを想って味方となり、その想いを護ろうとした存在がいた様にね」
 彼は、《導き手》であるその存在を愛し、その存在に愛され《皇》へと至った。
 その彼が私に授けてくれたモノ、それが、この世界に於ける私の『夢』となる福音だった。
 だから、『彼』の本性に対する否定は、私の『想い』を否定しているのと同じであった。
「俺が、アイツに対し知る事は、アレがどうしようもない大莫迦であるという事だけだよ」
 その言葉に再び、感情が昂ぶる私。
 しかし、更に紡がれた彼の言葉によって、氷解する。
「だが、だからこそ、俺は、アイツを真の英雄に至る者だと信じた。まあ、未だにアレの本性は理解しきれないが、それでも理解したいとは思っている」
 その言葉に込められているのは、唯、真摯なる想いのみ。
 私は、目の前にいる相手が誰であるか、その正体を予感する。
 そして、何故、彼が自分を助けてくれたのか、その理由を理解した。
「だがしかし、不要な発言をして、キミを不愉快にした事は謝ろう。済まなかった」
 彼の正体が、私の予感どおりならば、謝るのは私のほうである。
「私こそ、感情的になってしまい、済みませんでした」
「否、それは別に構わないさ。寧ろ、他者の為に本気となれるその感情を、好ましく感じるくらいだ。特にこんな世界に於いてはね」
 そう応えて笑う彼の瞳には、単純な言葉では言い表せない、深い想いの色が宿っていた。
「では、互いに幾許かの相互理解を果たした事だし、俺はこれで失礼しよう。良い夢を!」
 彼は、満足げに再び笑うと、別れの礼儀を告げて去って行こうとする。
「待ってください!」
「うぬぅ?」
 私に呼び止められ、彼は、如何したのかと瞳で問う。
「色々とお世話になった御礼をしたいのですが・・・」
 私は、そう告げて、彼に対する礼の手段を自分が持ち合わせていない事に気がつく。
「別に礼を受ける程の事はしていないから、気にしなくって構わない」
 私は、彼の性格ならそう言って当たり前だと納得する。
 しかし、意外にもその言葉は直ぐに改められた。
「と、言いたい所だが、折角だからそのお礼というモノを頂戴するとしようか。それもキミの身体でね」
 彼の言葉の真意を図り兼ねて困惑する私の背後で、仲間達が彼へと軽蔑の眼差しを向けるのが分かった。
「だ、だめですぅ! それなら、ホリィーちゃんに代わって私が払います!」
 私の身を案じ、彼の前に立ちふさがるように躍り出るユーマちゃん。
 そのユーマちゃんを、彼は、つま先から頭の天辺まで探るように見回し、何故か軽く溜息をついた。
「済まない。キミでは俺の要望に応えられない」
 彼はユーマちゃんに対し、そう告げると、もう一度、彼女を一瞥して溜息をついた。
「な、なぜですか! 私がツルペタだからですか!」
「ユ、ユーマちゃん・・・」
 私は、彼女の反撃に一瞬だけ脱力を覚える。
 それに対し、彼は、困惑の苦笑を浮かべていた。
「否、そういう事ではなくて・・・。俺の言い方が悪かった。もっと考慮した言い方にするべきだったな」
 彼は、苦笑を快笑にして、言葉を続けた。
「キミの名は、ホリィーというのか。ならば、ホリィー、キミに一つ頼みがある。簡単なことであり、そして、難しい事でもある。今のまま変わらぬキミで在り続けてくれ」
 そう告げて、彼は、自分の前に立つユーマちゃんの脇をすり抜け、私の耳元で呟いた。
「今、その胸に在る想いを大切にし、彼女を護り続けてやるんだ。誰よりも何よりも『彼女』の事が大切なんだろう、キミは?」
 それは、私の『夢』を確かに肯定する言葉。
 だからこそ、彼の真意に驚く。
「何故っ!?」
「分かるさ、俺にも在るからな。自分の全てを尽くしてでも護りたい大切なモノが」
 彼は、笑んだ視線の先でユーマちゃんを一瞥し、更に深い笑みを浮かべる。
「私の事、普通じゃないと思わないのですか?」
「どこが? 人間が人間を想う気持ちに普通も何も無いだろう。それに『普通』なんていう常識は、その他大勢が勝手に決める意見の総意だろう。そんな自分が加わっていない事項に特別な意見を持つ気は無いさ」
 彼は、飄々とした口調で答えて苦笑する。
「そして、俺は自分の目で見た『真実』しか受け入れる積りは無い。キミは、本気で彼女を護ろうとした。だから、それだけで充分だ」
 彼は、その言葉と共に、一瞬だけ自らの心に秘めた想いを示す眼差しを私に向ける。
 それは、同じ想いを抱く者に対し向ける親愛の眼差し。
 その眼差しの意味を理解した私に満足し、彼は、軽く私の頭を撫でた。
「では、そういう事だ。達者でな、ホリィー」
「はい、貴方も良い夢を!」
 踵を返して去って行く彼の背中に別れの挨拶を告げる私。
 そこで、終われば美しい想い出として、全てが治まるはずであった。

「あっ、待って! 私からの御礼です!」
 ユーマちゃんは、トテトテと彼の許に近付くと、その頬に口付けをする。
『っ!』
 彼女の行為にその場にいた一同が驚く中で、一番に驚いていたのは、その御礼を受けた彼自身であった。
「素敵な御礼をありがとう、お嬢さん。でも、できる事なら、コッチの方が好ましかったかな」
 そう言って、意地の悪い笑みを浮かべながら、彼が指で指し示したのは、自らの唇であった。
 その悪ふざけを私が咎める前に、その存在は現れた。
「なら、私がそのコに代わって、貴方に濃厚な口付けをしてあげましょうか」
「うっ、現れたな! 招かれざる『ネコ』!」
 彼の表情に動揺が浮かぶ。
「ふっふっふっ! ここであったが百年目! 覚悟は良いかしら、ねぇーっ?」
「百年の歳月の間に又、その妖力を高めたか、このネコマタめ」
 彼と彼女の間に生まれ高まる緊張の激しさに、私たちは、全員が息を吸う事しか出来ないほどに緊張していた。
 眩しいほどの純白の毛皮に身を包み、強烈なまでの魔力をもって陽炎を立ち上げるその姿は、正に妖怪・・・否、魔獣・ネコマタであった。
「周囲を巻き込んでの戦いなど迷惑千万。という事で、ここは大人しく退却だ。皆、さらば!」
 妙に爽やかな笑顔で言い放つ彼だったが、次の瞬間、はっとした表情を浮かべて氷つく。
「やば、腕環着けっぱなしだった・・・」
 その言葉の意味は分からなかったが、それが彼にとって致命的な失敗である事だけは明らかであった。
「斯くなる上は、奥の手だ! 《神そ・・・、っ!? マジですか?」
「ふっふっふっ・・・、甘いわね。私が何度も同じ手を許すと思わない事ね。《月光の縛牢》は既に発動済みよ」
「ちっ、万事窮すか・・・」
 何かを達観して天を仰ぐ彼に、彼女は止めを容赦なく刺す。
『《魂縛る魔呪の蔦》!』
 それは精神に作用して、相手の動きを奪う攻撃補助魔法。
 驚くべきは、それを彼女が同時に三重発動させて放った事である。
 最初に用いた分を合わせれば、彼女は、全部で四つの魔法を連続発動させた事になる。
「まさか、《魔司》ッ!」
「ええ、それも信じられないくらいに凄い熟練振り・・・」
 《魔導》と呼ばれる特異の力への造詣が深いだけに、メリィア様とチェリナ様の二人は、彼女の実力に驚きを隠せずにいた。
「攻撃魔法で戦意喪失という『詰め』を打たれなかっただけ感謝しなさいよ!」
「分かった。分かった。ありがとさん」
 何が可笑しいのか、魔力の戒めに座り込みながら、彼は僅かに笑った。
「では、皆さん。このド阿呆剣士の処分は私がするので御機嫌よぉ。良い夢をね」
 満面の笑顔で告げる彼女のご機嫌ぶりが凄く怖かったが、それを口に出せる人間は存在しなかった。
「そういう事で、キミ達も元気でなぁ。さらば!」
 ズルズルと引き摺られていく彼が告げた苦笑の言葉には、何処か哀愁が感じられた。
 だから、私は思わず言ってしまった。
「お幸せに・・・」
「ああ、キミ達もなぁ!」
 その苦笑の奥に隠された『真実』に気が付いたのは、私だけであった。

「結局、あのヒトは一体、何だったのだろうね?」
 ユーマちゃんが、台風の過ぎた後の爽やかな空気を思わせる笑顔で私に尋ねる。
「ホント、何だったのだろうね」
 私は、既に予感から確信に変わっていたその応えを、敢えて誤魔化す事にする。
 それは、彼の名誉の為であり、私自身の幸せの為でもある。
 私は、この世界で幸せになる為には、あの二人にだけは深く関わってはいけない事を本能的に感じていた。
 でも『禍福はあざなえる縄の如し』とも言うし、本当に如何しようも無く困った時には、彼ら二人を頼ることにしよう。
 彼らなら、きっと私に必要な助けを与えてくれるはずだから。
「まあ、何はさて置き、それはそれで楽しかったわね」
 チェリナ様の一言に皆が頷く。
「じゃ、そろそろ帰るとしましょうか」
 メリィア様は満足そうに笑って促す。
「一応、自慢に思って良いんですよね。今日の事?」
「一応も二応も無く、自慢というか自信に思って良いんじゃない。実際」
「・・・うん。私たち、凄い・・・」
 シルクさん、アンナさん、そして、フィーノさんも嬉しそうに語り合う。
「では、帰路に出発!」
「うん。でも、その前に・・・。ホリィーちゃん!」
「何?」
 私は、ユーマちゃんに名前を呼ばれて振り返る。

『ちゅっ!』
 私の唇に、ユーマちゃんの柔らかな唇が重なる。
「約束。助けてくれて、ありがとう」
 上目遣いに私を見詰めながら、照れたようにはにかむユーマちゃん。
・・・うぅーっ、可愛すぎる! もう駄目! 嬉しすぎて、ふにゃふにゃぁー!
『バタっ!』
 私は嬉しさに気絶寸前の意識を必死に堪えて、心の中で彼に対する感謝の言葉を呟く。
・・・『雷聖さん、ありがとう。お陰で良い夢を見られそうです』
 私は、意識が薄れる中、自分の身体の痛みすらも幸せに感じていた。
 だって、それは先刻の出来事が決して『夢』ではない事を教えてくれているのだから。



《PS》 
この物語は、『ちょいあ!(天蓬元帥氏・著 徳間書店・刊)』の登場キャラを基にしてパクリ・パロったモノです。
元となる『原典』の方は、『萌え萌え』の本当に面白い作品なので、興味をもたれましたら、是非(買って)一読を!

『M・O・D+しぃー ~プリンセス・リリー~』 前編

・・・『愛、在りますか?』
「はい。『彼女』に対する溢れんばかりの愛情が」

・・・『夢、抱いていますか?』
「はい。『彼女』をお嫁さんにする事です。勿論、その逆でも可です」

・・・『冒険、好きですか?』
「はい。『彼女』や大切な『仲間たち』と共に過ごす冒険の日々は、私にとっての最良です」


 誰に断わるまでも無い事だけれど、『私』の性別は、正真正銘の『♀』である。
 そして、『彼女』と『仲間たち』の性別も、それと同じである。
 この世界、『神蒼界』において、絶対である『理』、それは『全てを許す自由』。
 故に、世界は、『私』たちの存在とそこに在る関係の全てを受け入れている。
『世界』が『私』たちに許す『自由』、それが絶対である事を『私』は信じている。
 『私』の名前は、ホリィー。
 この世界に在って、『倫理の束縛という枷に縛らず、真の愛を貫く事』を自らの唯一の『夢』とし、冒険の日々に活きる者である。
 では、『私』の愛しくも大切な『仲間』たちと過ごす冒険の日々を、ほんの一欠けらだけここに綴るとしましょう。


『では、本日の冒険は、《深淵の闇満つる森》に行って、《死眼の凶獣》を狩る事に決定でーす!』
 そう宣言するのは、私の愛しい女性(ひと)であるユーマちゃんである。
 彼女は、小柄な身体つきと幼さを残す顔立ちから、未熟な冒険者という印象を抱かれ易い。
しかし、その実は、かなりの実力を培った《神聖術士》であり、癒し手として私のパーティーに於ける冒険の要となっている。
そして、彼女は唯、私達の身体の傷を癒してくれるだけでは無く、その愛らしさで私たちの冒険に疲れた心も大いに癒してくれる存在であった。(主に、私の心を、であるが)
「はーい、了解です!」
「了解した」
 声を揃えて返事を返すのは、チェリナ様とメリィア様の二人。
 二人は、昔からの冒険仲間で私たちより一日の長がある冒険者である。
縁あって私たちパーティーに加わってくれているが、その実力から考えると、本当に在り難くも頼りになるお姉サマたちと呼べる存在であった。
 因みに、チェリナ様は、ユーマちゃんと同じ神官系の職位から進んだ先に位置する《神聖魔導師》であり、メリィア様は、攻撃魔法を得意とする魔術士系から進む形で同じ《神聖魔導師》をしている。
「ふむぅふむぅ。今回の相手は中々の難敵だねぇー、どんな衣装で行こうかしらねぇ、アンナ」
「それを言うなら、『衣装』じゃなくて『装備』でしょう。ほんと、貴女は相も変わらずね、シルク」
 近接武器と攻撃魔法の力を合わせ用いる《精霊戦士》であるシルクさんは、奇抜とも言える装いを好む冒険者であり、それに対し、アンナさんは、真面目でしっかりした感のあるその人柄に似つかわしい《重装剣士》をしている。
 今の遣り取りからも分かるように、二人は付き合いの長い冒険者同士である。
 因みに、シルクさんはチェリナ様たちと同じ冒険者ギルドに属しており、そのシルクさんとの縁で、チェリナ様たち二人は、私たちパーティーの支援役を引き受けてくれている。
「・・・シルクがこうなのは、ずっと昔から・・・なの?
成長率、悪過ぎ・・・?」
 やや抑揚に乏しい突っ込みを囁くように口にしたのは、フィーノさん。
 彼女は、その儚さすら在る可憐な容姿とは真逆な毒草・毒薬の研究という趣味から、《ポイズン・プリンセス》という異名を冠する《魔術士》である。
 因みに、ファーノさんは、実力的には上位の職位に進む資格を持ちながら、趣味の研究に忙しくて今の職位に留まっている身の上である。
 そして、シルクさんたちと同じ冒険者ギルドに所属している事もあり、彼女たちとは旧知の関係である。(シルクさんは、ほんの少し前まで、ファーノさんの存在を同じギルドの人間だと気がついていなかったみたいだけれど)
 斯くいう私は、最愛のユーマちゃんを身を挺して護る為、《神官》を経て《神官戦士》の職位へと進んでいる。
 今はまだ冒険者として未熟だけど、沢山頑張って、何時かは、《神聖騎士》になって、ユーマちゃんをどんな敵からも護れるような立派な冒険者になりたいな。
 そう、最愛の存在を護る為に活き、終には《至高の英皇》と呼ばれるまでの冒険者となった『彼』のように。


「では、皆さんの準備も整ったようですし、出発しましょう!」
『おオォー!』
 不詳ながらパーティーのリーダーである私の掛け声に、其々が歓声混じりに応えてくれる。
 シルクさんの存在を中心に、『異彩』とも言える程に個性の豊かな私たちパーティーは、他の人々から奇異の眼差しを向けられる事も多い。
 それは、全員が女性である事もまた大きいのであろう。
 でも、そうである事が私たちなのである。
 だから、私は、それで良いと思っている。
 大切な存在たちと共に過ごす歓びに較べれば、周囲の反応なんてミジンコよりも取るに足らない瑣末である。
 そうそれで良いのだ。
「出発進行!」
「ホリィー・・・、《深淵の闇満つる森》は、こっち・・・」
 ナビ・ペットである《ラッキ・セヴィン》さんを肩に乗せたフィーノさんに袖を引っ張られて、私は、道を間違えていた事に気が付く。
「ふっふぅーん。さては、ユーマちゃんにイケナイ悪戯をする事でも妄想して、ポけぇーっとしていたんでしょう?」
 意地悪な笑みと共にそう口にするのは、チェリナ様。
「ちっ、違います! ちょっと、うっかりしていただけです」
 私のユーマちゃんに対する想いは、既に皆が御存知の事である。
しかしながら、私は、その誤解を解こうと慌ててしまう。
「冗談だから、そんなに慌てなくて大丈夫。それにユーマちゃんに悪戯しようと考えていたのは、私だから。という訳で・・・、エイッ!」
 チェリナ様は、笑ってユーマちゃんへの悪戯を実行する。
「きゃっ!、なっ、何をするんですかぁー!」
 捲られそうになる服の裾を手で押さえつけながら、ユーマちゃんは、犯人であるチェリナ様を上目遣いに睨み返す。
 羞恥に頬を染めるユーマちゃんの姿に、皆が微笑ましいもの見る温かな眼差しを向ける。
「はい、はい! 遊んでないで行くわよ!」
 クールな口調で言いながらも、目だけは笑っているメリィア様に促されて、私たち七人と一匹は再び歩き出した。


「さてと、目的の場所に着いたのは良いけれど、それらしきモノは何処にもいないわねぇ」
 シルクさんは、頭のネコ耳とお尻のシッポを揺らしながら、周囲を見回す。
「話によれば、この辺りにふらりと出没するらしいけれど・・・、いないわね」
 シルクさんと同じ様にぐるりと周囲を見渡し、少し落胆したように呟くアンナさん。
「いない、ですね」
 私も周囲に視線を向けたけれど、視線に映るのは赤銅色の毛皮を不気味に揺らして、こちらの様子を探っている鬼獣の群ぐらいである。
「ラッキさん・・・、あそこにいるお友達に《死眼の凶獣》が何処にいるか訊いて来て・・・」
『ミュウー、ミュウー(おナカがすいたよぉー)』
 フィーノさんの言葉に、一瞬、期待したけれど、それは如何やら無理みたいだった。
「ここまで来て、手ぶらで帰るのもアレだしね。取り敢えず、私たちをエサにしようとしてる、あそこの鬼獣達でも片付けておきましょうか」
 メリィア様は、にじり寄ってくる鬼獣達の様子に気がついてそう言うと、鋭く冴えた瞳に好戦的な色を宿す。
「じゃ、まあ、そういう事で。皆、気を抜いちゃ、ダメよ」
 チェリナ様は、私たちにそう告げて、早速、《力導く言葉》を紡いで、全員に戦闘補助魔法を施す。
 戦闘に慣れ過ぎるほどに慣れている二人と違い、私は勿論、他の四人にもそれなりの緊張が生まれる。
「大丈夫、何が在ってもユーマちゃんだけは、私が護るから」
 私は、ユーマちゃんへとその言葉を掛け、背後に庇う形で彼女の前に立つ。
「あのぉ、盛り上がっている所をゴメン。『アレ』って、やっぱり『ソレ』かな?」
『?』
 アンナさんは、おずおずとした口調で言って、集った皆の視線を無言で動かした指の先へと誘う。
『!?』
 『アレ』『ソレ』の正体に気がついて、全員が一瞬、言葉を失う。
「・・・ええ、多分。『ソレ』ね」
「最悪・・・」
 私達の視線の先には、巨大としか形容できない黒銀の皮衣を身に纏った魔狼皇《死眼の凶獣》の陰が、二つ存在していた。
「・・・これって凄くマズイ、よね?」
 ユーマちゃんは、信じられない展開に、誰とは無しに疑問の言葉を投げ掛ける。
『・・・』
 私たちが示した無言の肯定に、ユーマちゃんが涙目になる。
「どっ、如何しよう! 逃げるしかないの?」
 アンナさんは、同様の余りにパニック寸前の態で皆に視線をやる。
「・・・もう、遅い。逃げられない・・・」
 ファーノさんの言葉どおり、時は既に遅かった。
 それは、周囲を取り囲む鬼獣達の異変が最初から、物語っていた。
 それまでとは違い異常なまでに興奮した鬼獣達の様子に、私は、事態が唯ならない事になっていると理解する。
「もう、何でも仕方が無いです。兎に角、やりましょう!」
 私は、破れかぶれの想いで自分の得物である魔導混杖に力を宿す。
「そうね。そういうのは好きよ。余計な事を考えるより、思いっきり暴れる方が、私の性にあってるわ」
「じゃ、皆、護りは私とユーマちゃんに任せて、思いっきり暴れてやりなさい!」
 メリィア様の言葉に応えて、チェリナ様の瞳にも好戦の炎が燃え上がる。
「・・・先ずは、鬼獣達から・・・。ラッキさん、隠れてて・・・」
 相変わらず抑揚に薄いが、フィーノさんも覚悟を決めたようであった。
「しょうがないですなぁ。本気、出しちゃいますか。アンナ、転ぶんじゃないわよ!」
「貴女もね」
 告げて不敵に笑い合うシルクさんたち。
その遣り取りを頼もしく感じる。
「ユーマちゃん。気を付けてね」
「ホリィーちゃんもね。頑張って」
 彼女の励ましの笑顔が私にとっては、最高の勇気となる素である。
「うん、頑張るよ!」
 私は、ユーマちゃんに負けない笑顔で答えて、鬼獣達の攻撃へと身構えた。

 私たちは、其々の連携を活かしながら、鬼獣達の大半を倒していた。
「ハァー、やっぱり少しきついわね」
「何、もうへたばっちゃったのかなぁ? 本番は、まだまだこれからよ」
 アンナさんが洩らした言葉に、意地悪く突っ込み返すシルクさんだったが、その表情には隠しきれない疲労の色が在った。
 そして、その疲労は、二人だけに限らず、私たち全員に存在していた。
「そうね、まだメインディッシュの『アレ』が二匹も残っているんだし、へたばってはいられないわよ」
 叱咤の言葉を口にするメリィア様の疲労は、それまでの活躍が華々しかった分だけ誰よりも濃かった。
「じゃ、チャッチャとメインへと取り掛かるわよ!」
 威勢は良いが、チェリナ様も私たちを護る為に施し続けた魔法でかなりの魔力を消費したらしく、憔悴の色を表情へと宿していた。
 正直、誰もが限界に近い状況でるのは確かだった。
「・・・皆、がんばる・・・。勿論、私も・・・」
 フィーノさんも、残った気力を振り絞って叱咤の言葉を口にする。
「そうだよ、皆、もう少しだから頑張ろう!」
 ユーマちゃんの励ましの笑顔に、皆の表情が一瞬ほころぶ。
「うん。皆、頑張ろう!」
 私は、その言葉に自分自身を奮い立たせ、残った鬼獣達へと挑みかかる。
 その時だった。
『!?』
 戦いの場に響き渡る耳障りな咆哮。
 それは、二匹の魔狼皇が私たちに向けた宣戦布告の雄叫びだった。
「マズイわね・・・。皆、一旦、退いて体勢を整え直すわよ!」
 チェリナ様の言葉に促され、私たちは、残った鬼獣達を薙ぎ払い、魔狼皇達との距離を取る為に走った。
「きゃっ!」
 背後で聞こえた悲鳴に、駆けていた私の足は、一瞬でその動きを止める。
「ユーマちゃん!」
 足がもつれて転んでしまった彼女を案じて、誰かが発した叫び声よりも早く、私は踵を返していた。
「大丈夫!?」
 自分でも驚くような速さでユーマちゃんの許へと駆け寄る私。
「ホリィーちゃん、逃げて!」
 私の背後に迫る存在に気が付き、悲鳴の様に叫ぶユーマちゃん。
 しかし、私は、その求めとは真逆の行動に出る。
 手にしていた得物を握り直して、魔狼皇達へと身構える。
 自分でも、それがどれ程に無謀な事であるかは良く分かっていた。
 それでも私には、彼女を見捨てて逃げる事なんて出来なかった。
 否、正確に言うならば、そんな考えを起こす事すら出来ないである。
「ゴメンね、ユーマちゃん。本当なら、ちゃんと貴女の事を護るべきなのに、今の私じゃこんな形でしかそれが出来ないや。だから、せめてもの償い。先刻の言葉どおり何が在っても貴女だけは護る。だから、私が食い止めている間に逃げて!」
 決して倒れる事を恐れない訳ではない。
 でも、それでも私は、自分自身の決断を笑顔で受け入れる事が出来た。
「駄目、そんな事できないよ!」
 私の背中を見詰めて涙目になっているのであろうユーマちゃん。
 だからこそ、私はその言葉を言い放つ。
「貴女にとって、私が仲間である以上に特別な存在であるのならば、私に構わず逃げなさい、ユーマ!」
 私は、厳しい口調で再び彼女へと逃げるよう促す。
それで彼女がどう決断し行動しようとも、私は、後悔する事無く戦えるはずだ。
「でも・・・」
「大丈夫、私は貴方を残して死なない。だから・・・、そうね、無事にこの窮地を逃れられたら、祝福の口付けをして貰えると嬉しいな。勿論、唇にね」
 私が口にしたその提案に、ユーマちゃんは一瞬だけ驚くと、直ぐに頬を紅く染めながら頷く。
「絶対、約束だからね」
「うん、分かった。約束、必ず生きて守ってね!」
 ユーマちゃんは、きっと懸命に気持ちを抑えているのであろう気丈な声で応えると、私の願いどおりにその場を退く。
「では、女神の口付けの為、いざ尋常に勝負!」
 私は、少しでも確実に時間を稼ぐべく、自分から魔狼皇達へと攻撃を仕掛ける。

始めから勝負になどなら無い事は分かっていた。
それでも、自分にとって唯一絶対である『夢』の為に、戦う事を選んだ。
それは、自分自身で抱いた『夢』に恥じず、それを誇る為。
嗚呼、唯一つ惜しいのは、約束を果たせない事だけである。
「ユーマちゃんとキス、したかったな・・・」
 我ながら俗物な未練だと思いながら、私は、自分に最後を与える凶獣の鋭い爪を見詰めていた。
 
しかし、覚悟したその最後の時は、突如現れた存在によって覆される。
 左右から完全な対称のタイミングで繰り出された魔狼皇達の攻撃。
『彼』は、私と魔狼皇達の間に割って入ると同時に、それを事無げもなく、手にした長剣の一薙ぎで弾き返す。
「大丈夫か?」
 怒りの咆哮と共に再び鋭爪を繰り出そうとする魔狼皇達を無視して、彼は私に無事を尋ねる。
「っ!」
 一瞥の視線すら向けずに、自身に襲い掛かる攻撃を再び薙ぎ払う彼の姿に、私は息を吸うのも忘れる程に驚愕する。
「喋れないほどに弱っているか・・・。困ったな、これはウチの『ネコ』を呼ぶしかないか・・・」
 彼は意味不明の言葉を口にして困惑する。

「うぬぅっ・・・、キミは若しかして女の子?」
彼は、何かを訝る様な表情で、私の顔をまじまじと見詰める。
「これは、失敬! うんうん、そうか。・・・ならば、問題はないな」
 そう一人で納得すると、彼はいきなり私の身体を抱き上げた。
「えっ! ちょ、ちょっと何を!」
「こらこら、暴れないように。振り落とされたくないならば、尚更にだ」
 その気の抜けた口調とは裏腹に、有無を言わせぬ迫力を持つその態度に圧された私が沈黙すると、彼は,一気に背後へと駆け出した。
「えぇっ、やだ! 嘘!」
 決して大柄ではないにせよ人間一人を抱きかかえて走っているとは思えない疾駆に驚き、私は、素っ頓狂な言葉を洩らす。
「はい、到着!」
 彼の軽い口調に正気を取り戻した私の目の前には、ユーマちゃんを始めとする仲間たちの姿が在った。
「状況が状況だけに長話をする訳にはいかないが、キミ達はこの状況を如何したい?」
「如何したいって言われても・・・」
 半ば呆けている私に代わって、チェリナ様が彼の問い掛けの意味を尋ね返す。
「済まない。訊き方が悪かった。あそこにいる二匹の扱いについて、倒したいのか、倒したくないのか。或いは、俺が倒した方が良いのかだ。流石に二匹両方を放っておくと他の冒険者が犠牲になる可能性があるからな」
 彼は、その言葉と共に、魔狼皇達を軽く一瞥して苦笑を浮かべる。
「情けないけど、流石にアレを二匹相手にするのは厳しいわね」
 やや精彩を欠いたメリィア様の言葉は、素直な悔しさから来るモノだと分かった。
「そうか・・・。ならば、一匹ならいけるという事で良いかな?」
 彼は、受けた言葉の意味を態とそう解釈して、再び尋ねる。
「ええ、それなら、いけます」
「了解。では、そういう事で、俺が一匹貰うとしよう。これは、その代価の前払いだ」
 彼は、チェリナ様の言葉に穏やかな笑みで応えると、懐から取り出した小瓶の中身を私たちに振りかけた。
「ちょっと、何を・・・っ!」
 シルクさんの抗議の言葉は、直ぐに飲み込まれる。
 それが自分たちの体力と魔力を回復させる為の行為だと分かったからだった。
「・・・ありがとう。凄く、助かる・・・」
「否、何。使っても俺には効果が無い持ち腐れの道具だから、気にする必要は無い。まあ、感謝の言葉だけは、受け取っておくがね」
 その魔法薬の価値を考えれば、彼が口にした言葉が半分は嘘である事は確かである。
「ありがとうございます」
 私は、助けて貰った分も含め、改めて感謝の言葉を告げた。
「いやはや、良いねぇ。無垢というか、純真というか。ホント、キミ達は可愛いね。只で物くれる人間なんて、下心ありのナンパ師だとか疑っても良いモノを」
「えっ、まさか・・・。変態のナンパ屋さんなのですかぁ?」
 汚物を見るが如く顔をしかめるユーマちゃんに、彼は、愉快そうに微笑み返す。
「アハハっ。変態は兎も角、ナンパ屋というのはよしてくれ。これでもれっきとした運命の相手が在る身でね。下手な誤解が生じると生命すら危うい目に遭うからな」
「あの、否定するところを間違っていませんかぁ?」
突っ込んでよいのかを探るように恐る恐る指摘するアンナちゃんに、彼は、それで間違っていないといわんばかりに再び笑った。
「じゃ、まあ、そんな所で、早速に遣るとするかな」
 彼は、再び懐に手を遣り、そこから腕輪と思わしき装備品を取り出し身に着けた。
「連携さえ保てれば、そう危険な相手では無いが、油断だけはしない様に。後、俺が苦戦しているように見えても構わずにいてくれて結構だから」
 彼は、それだけを告げると、私たちの返事を待つ事なく、戦場へと舞い戻っていく。
「私たちも行きましょう」
 チェリナ様に促され、私たちは、彼が相手にするのとは別のもう一匹へと戦いを仕掛ける。

あし@

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