21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年8月13日水曜日

M・O・D+きゅー ~第五話~

『何たる不浄! 何たるおぞましさ! 性を同じくする者同士で偽りの愛を成そうとは!
正に《天上の光》へと逆らい穢す悪醜の振る舞い。穢れ窮まりし者よ、消え去れ!』
 スミナへと言い放たれる断罪の言葉と共に、《光司る天使》が戴く光輪に強大な力が集り宿る。
「黙れ、秩序の虜者! 身勝手に歪めた神の理を以って、人間の想いを踏み躙るな!」
 俺の中で、抱いた怒りと共に何かが弾けた。
『煩わしき愚者の戯言を。ならば、貴様から消し去ってくれるわ!』 
 《光司る天使》が叫んだのに応え、《裁きの光》が俺へと放たれる。
 発動と同時に肌を焼く程の威力を誇る攻撃を前にして尚、俺の心は狂おしいまでに猛っていた。
「行くぞ!」
 俺は、一瞬だけ閉じた瞳を見開き、睨むようにしてその存在を捉えていた天使王へと突進した。
 迫り来る力の波を振った剣の刃で切り裂き、俺は、敵との間合いを一気に詰めるべく走った。
・・・貰った!
 勝利を確信する俺の瞳に、《光司る天使》の焦燥が映る。
 しかし、俺の瞳は、もう一つの焦燥を映していた。
「レイラ、危ない!」
 叫ぶシュウの声に反応するまでもなく、俺は、スミナを救おうと独り敵の群に飛び込むレイラの姿を見据えていた。
 そして、次の瞬間には、迷う事無く、刃を振う相手を変えていた。
「《神聖烈光斬》!」
 俺は、《力持つ真名》でレイラとスミナの間に在る敵の一群を薙ぎ払い、残った敵へと刃を構える。
「シキ、逃げて!」
『我に背を見せるとは、愚かな。消え去れ!』
 レイラの警告を打ち消す《光司る天使》の会心の言葉に、俺は、自らの最後を覚悟した。
 その覚悟を嘲笑うように、俺の背後で天使王の《裁きの光》が輝いた。

・・・ドサッ!

・・・?
 固い床に叩き付けられ転がるその存在を見詰め、私の意識は、混迷に白濁する。
『シキっ!』
 誰かが半狂乱に叫んだ声が、私にその現実を思い知らせた。
『天上の理に逆らい、歪んだ愛を享受する者よ。その穢れという罪を以って、滅び去るが良い!』
 《光司る天使》は、再びの断罪を私に告げ、《裁きの光》をその身に宿す。
・・・死を以って贖う罪。私の『彼女』に対する想いはそれ程までに許されざるモノなのだろうか? 私には分からない。誰か教えて・・・。
 だが、その答えを示してくれる者は、ここに存在しなかった。
 その答えの為に戦ってくれた『彼』は傷付き倒れ、その答えを教えてくれる『彼女』がもう私に笑い掛けてくれる事は無い。
・・・全てを失ってしまった。
・・・全てを奪ってしまった。
・・・その全てが私の所為。私に力が無かったから。
・・・ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 私は、その罪滅ぼしの言葉すら形にする事が出来ずに、唯、激しい悲しみに慟哭していた。

・・・誰かが泣いている。
・・・俺は、又、『彼女』の悲しみを癒せないのか・・・。
 魂を振わせて泣く『彼女』の慟哭が、俺の心に突き刺さる。
・・・力が欲しい。
・・・誰でも良い、俺に力を与えてくれ。
・・・『彼女』の想いを護れる。唯、それだけの力を。
・・・『彼女』の抱く想いが『罪』だというならば、俺は、その罪の全てをこの身に受け入れよう。
・・・だから、俺に『罪』を冒す為の力を許してくれ!

 そして、俺は、その意識を闇に委ねた。

『滅せよ、不浄の邪輩!』
 《光司る天使》は、発した一喝と共に、私へと裁きの力を解き放つ。
・・・これで全てが終わる。良かった。
 死を定める強大な力を前に、私の心は、虚ろなままであった。
 最後の時を待つ私。
 しかし、その時が訪れることは無かった。

・・・シキ!
 彼は、刹那の動きで私の前に躍り出ると、無言の一薙ぎで、《裁きの光》を断ち切る。
『莫迦な! 貴様、何故、生きている!』
 驚愕する天使王の言葉に一瞥の視線を返す彼の背中に、翼が生まれる。
 それは、それぞれが違う色を持つ六枚からなる三対の大翼。
・・・綺麗。
 彼の背に在るその美しさに、私の心は奪われる。
『己、偽りの使徒の姿を以って、我ら御使いを愚弄するか!』
 憤る《光司る天使》。
 しかし、その表情には、隠し切れない恐怖が存在していた。
『《   》』
 無感情に近い視線と共に彼が紡いだ《力導く言葉》が発動する。
次の瞬間、天使王の力の象徴たる白銀の翼が灼き払らわれた。
『・・・っ!?』
 驚き恐れて言葉を失う《光司る天使》。
 だが、天使王は、その一瞬の後には、自らの存在を保つ為の魂の器すら失っていた。

『《   》』
 シキが紡ぐ《力導く言葉》と振るう刃の鋭さの前に、残された敵の全てが一掃される。
 その圧倒的な力の前に、私な勿論、他の誰もが畏怖の沈黙を保っていた。
 本来なら、戦いを終えた安堵を抱くべき中で、誰もがその終わりを感じてはいなかった。
「一難去って、又、一難。否、この状況は、寧ろ、先刻以上に危険みたいだな」
 セティは、シキを見詰め、苦難を予見する言葉を口にした。
「いざとなったら、俺たちで食い止めるしかないか・・・。死ぬ覚悟くらいは必要みたいだけれどな」
「それで止められれば、安い相手ですけれど」
 リュフォンとレンガの言葉に、私を始めとする全員が、状況を理解させられる。
『マスター、無理は駄目です。ここは退きましょう!』
「彼を見捨ててか?」
 ナビであるルヴィナの提案に厳しい言葉を返すリュフォン。
 それをセティが止める。
「リュフォン、ここは確かに退くべきだろう。但し、俺とレンガ、それにお前の三人以外の者達だけな」
「了解。まあ、何とかなるだろう」
「そういう事だ、フィリナ。彼の事は、俺達に任せて、君達は、皆を護って脱出するんだ」
 三人の《皇》たちは、覚悟を決めた眼差しを浮かべ、私たちにこの場からの脱出を促した。
「シュウ、ラギ、ごめん。私はここに残るから、貴方達は、皆と一緒に脱出して」
 レイラは、仲間たちにそう告げて、自らもこの場に残る意思を示した。
「レイラ、正気か!?」
「ええ、正気よ。だって、シキが泣いているのが聴こえるから。彼を止められるのは、今、この場では、私だけだから。私は、私の為に彼を止めなくてはいけないの」
 彼女が示したその言葉に、彼女の仲間たちと、セティたち三人も承知するしかないと頷く。
「分かったわ。だから、お願い、彼を止めてあげて」
 ラギがレイラへと向ける信頼の眼差しの奥には、彼女のシキに対する深い想いが存在していた。
「スミナ、辛いと思うが、今は自分が生き残る事を考えるんだ。それが、君を護ろうとした仲間達の想いに報いる術だからな」
 セティが告げる言葉に、私は、黙って頷く。
 本当は、最後まで皆の傍にいたかった。
 でも、それは、自己満足の我が儘でしかないと分かっていた。
・・・ごめん、フィーノちゃん。皆。そして、ありがとう。私、皆の優しさに甘えさせて貰うよ。
 私は、大切な少女と交わした『約束』に縋って、生きる事を選ぶ。
 それが、私に出来る『彼女』たちへの罪滅ぼしになるのだと信じて。
「皆、来るぞ! 行け!」
 セティが叫んだのを合図に、私は脱出する為に走った。

『《   》』
 シキが紡いだ《力導く言葉》に応えて、彼の背に在る闇色の一翼から、破壊の力が解き放たれる。
 厚い石壁を穿ち突き崩す強力な一撃。
それは、私たちの脱出口を塞ぐ、絶大な足止めとなった。
「危ない!」
 見せ付けられる力の威力に呆然とする私たちの耳に、レイラの警告が響く。
 次の瞬間、私たちの視線の先には、シキが振り放つ刃の一撃を自らの剣で受け止める彼女の姿が在った。
『レイラ、大丈夫か!』
 味方の危惧の声を背に、レイラは、一合、又、一合とシキが繰り出す強烈な剣撃を受け止め続ける。
「《威光》の力でも、対抗し切れないか・・・」
「だな。仕方が無い、本気で遣るぞ!」
「了解です」
 セティたちは、互いに短い言葉を交わし合い、シキを止めるべく動いた。
『《魂縛る呪蔦の群》!』
『《猛き獣神皇の乱撃》!』
『《闇を屠る鋭き牙刃》!』
 リュフォンの魔導が完成すると同時に、セティとレンガの二人が戦技を繰り出す。
 その一部の隙も無い連携攻撃を前にして、シキは、ゆっくりと身構えた。
 シキの背中で黒銀の翼が輝き、光を欠いた無明の眼差しのままに一撃が振り放たれる。     
その攻撃は、そこに宿した虚ろさに反して、レイラの身体を構えた得物ごと後方に弾き飛ばした。
 そして、次の瞬間、黒銀と対の位置に在る白銀の翼を輝かせ、彼は、《皇》たちを迎え討つ。
 セティとレンガの誇る力に対し、シキは、無碍(むげ)に長剣を薙ぎ払い斬り返した。
 ぶつかり合う力と力、その戦いの軍配は、シキへと上げられる。
 そして、更には、リュフォンの魔導を自らの魔導で打ち消したシキの力の前に、誰もが圧倒されていた。
「覚悟はしていたが、まさかこれ程までとはな・・・」
 事無げに退けられた事実へと焦りを滲ませ、セティの口から感歎の言葉が洩れ出る。
「後は、決死の覚悟を以って、活路を切り開くしかありませんね」
 それは、自分たちの為にではなく、私たちの為にという意味であった。
「諦めたら、駄目だよ」
 そう言って笑うレイラの表情には、一切の迷いが無く、そして、それはある存在が示した姿に良く似ていた。
 そう、それは紛れも無いシキという存在にであった。
「うん、諦め無ければ、きっと大丈夫だよ。それが奇跡だというのなら、その奇跡を諦めなければ良いだけだよ」
 レイラが告げた言葉に、セティたちは苦笑を浮かべる。
「そうだな、何時でも奇跡は起こせる。そう教えられたからこそ、俺達は、ここに《皇》として存在している。そういう事だ」
「だな。ここで奇跡の一つも信じて起こせない器なら、《皇》の名など受けるに値しない」
「ですね。『彼』の為にも、ここは底意地の一つや二つ出しておかないとですね」
「うんうん。そうそう。という事で、《皇》サマ達に一つお願いがあります」
 セティ達の反応を見たレイラは、満足気に笑い、そして、その言葉を口にした。
「私を信じてください」
 その言葉の意味を問う事を許さず、彼女は、走った。
 彼を、シキを、止める為に。

 その戦いを一言で言い表すならば、それは、『死闘』であった。
 攻めるシキの攻撃を、レイラが繰り出す攻撃で受け返す。
 目に映るモノだけで言うならば、レイラはシキの攻撃を必死に防いでいるだけだった。
 しかし、彼女は、確かに彼と互角に戦っていた。
 その力量の差は歴然でありながら、五分と五分の戦いを可能にしている彼女の強さは、意志の強さであった。
 それを示すように、彼女の身体は、輝く闘志のオーラで包まれていた。
「《穢れを知らぬ威光》、彼の想いがレイラを護り続けているという事か」
「ああ。だが、それにも限界は在る。意志は挫かれる事が無くとも、身体が疲労に耐え切れないだろう」
「その時は、俺達で彼女を護りましょう」
 セティたち三人の《皇》は、シキと戦うレイラの姿を見守りながら、最後の覚悟を決めていた。
『悲し過ぎる戦いですね』
 それが誰の言葉だったのかは分からない。
 でも、その一言が、今、目の前で繰り広げられている戦いの全てを表現していた。
 刃と刃をぶつけ合う度に、二人は、嘆き哀しみ、そして、憤っていた。
 それが、何に対する怒りなのかは分からなかった。
 しかし、それは余りにも悲し過ぎる憤怒であった。

・・・誰でも良い。早くこの戦いを終わらせて! 早く、あの二人を苦しみから解き放ってあげて!
 私は祈るように心で叫ぶ。
 その願いは、残酷な形で叶えられようとしていた。

「レイラ!」
 誰かが叫び、それに合わせるように、彼女の手に合った剣が弾き飛ばされた。
 完全に無防備となった彼女の懐を目掛けて、シキの刃が振り降ろされる。
・・・間に合わない。
 誰もがそう感じていた瞬間、唯一人、レイラだけが安堵で笑っていた。
 それを私は、終焉を覚悟した諦めの安堵だと理解する。
 しかし、それは、私の愚蒙であった。

 一筋の煌めきとして振り放たれる刃の一閃。
 それがレイラを絶体絶命の窮地から護る。
『雷聖!』
 その存在の名を呼んで、重なり合い響く声に宿るのは『希望』であった。
「遅くなって済まない、レイラ。そして、良く持ち応えた。後は、俺に任せろ」
「うん、大丈夫。きっと、助けに来てくれると信じていたから・・・。お願い、雷聖。シキを助けてあげて」
 深い信頼と共に返されたレイラの言葉を受け、彼は、笑って頷いた。
「雪華、レイラと傷付いた者たち全員を癒してやってくれ。セティ、レンガ、リュフォン、まだ戦えるな? 護りは任せたぞ。こんな所で転んだら、笑ってもやらんぞ」
 彼は、背後に従う女魔導師と《皇》たちに指示を告げ、シキへと長剣を構えた。
「雷聖、貴方こそ、ここで転んだら承知しないわよ」
・・・『雷聖』に『雪華』。何処かで聞いたような。
 私は、交わされる二人の遣り取りを半ば放心しながら。聞いていた。
 彼女の言葉を笑って受け流した彼の瞳に、シキに対する戦いの意志が宿る。
「荒ぶれる魂のままに猛り狂うその姿は、正に破壊の権化。《天魔の皇》といった所か・・・。シキ、何がお前にそれ程までの怒りを抱かせたのかは分からない。しかし、今、お前がその怒りの刃を向けていた相手は、レイラだぞ。護るべき相手を傷付けるその暴走、俺が止めてやろう!」
 雷聖は、語るその言葉と共に高めた闘志を以って、シキへと先制の一撃を仕掛けた。
 それに対し、シキは、無感情な破壊の意志を以って迎え撃つ姿勢を示した。
 シキを破壊の権化とするならば、雷聖は、それを凌ぐ力を持つ破壊そのモノであった。
 彼の一撃の速さと鋭さは、シキの攻撃に勝る鮮烈さを誇っていた。
 ぶつかる刃と刃が激しい火花を散らす度に、雷聖は、シキを背後へと押し返していった。
 二人の刃でのぶつかり合いを、その場にいた誰もが固唾を呑んで見詰めていた。
 その見事としか言えない剣戟の戦いは、一瞬にして身を翻したシキの転身と、透かさずの反撃で幕を引く。
『《   》』
 《力導く言葉》と共に放たれた魔力の波が、雷聖へと襲い掛かる。
 しかし、彼はそれを信じられない方法で退けた。
「《軍神烈波斬・真改》!」
 雷聖は《力持つ真名》に宿した闘氣で、シキの魔力を相殺する。
「《神速烈斬》!」
 更に繰り出した戦技の冴えを以って、相殺し切れなかった魔力を切り裂き、雷聖は、その威力を削いだ。
・・・嘘っ! 剣で魔力を討ち破った。
 私は、彼が示した異能に驚き息を呑んだ。
「・・・これが《六皇》の力か・・・、流石と言うしかない破壊の威力だな」
 一瞬だけ驚歎に眼差しを見開いた雷聖は、直ぐに平常を取り戻しながら、ゆっくりと吐き出す呼吸と共に呟いた。
「本当に大丈夫なの、雷聖?」
「ああ、止める術は確かに在る。しかし、その為には、少しだけ時間が必要だ」
 雷聖は、雪華の確認の言葉を背に受けると、シキを鋭い視線で捉えたまま応えを返した。
「雪華、リュフォン、三度、否、二度で構わないから、あの攻撃を防げるか?」
「完全にとまでは言い切れませんが、防ぐだけなら遣れそうです」
「私も遣れるわ。多分」
 雷聖の言葉に、二人の魔導師は、確証の眼差しを以って答えた。
「ならば、頼む。少しの間、時間稼ぎを頼む。それと、セティ、レンガ、お前達の剣を貸してくれ」
「分かりました」
「了解です」
 応えてセティとレンガは、雷聖へと自らの得物を差し出した。
「済まない。借りる」
 自らの得物である剣を背中の鞘に戻し、雷聖は、二人の武器を両手に受け取る。
「では、本気ってヤツを出そうか」
 そう独り言のように呟き、彼は、祈るように瞳を閉じた。
 猛るシキの魔導による攻撃を守護結界陣で防ぎ続ける雪華とリュフォンに護られ、彼は、その言葉を紡ぐ。
『魂の煉獄に繋がれし罪深き者達よ。我が言葉に従いその罪を示せ。寛容には憤怒を、冷静には嫉妬を、精勤には怠惰を、粗食には飽食を、謙虚には傲慢を、無欲には貪欲を、親愛には情欲を。我は七つの徳を以ってその大罪を知る者なり。我が名は《七罪の皇》、汝等の転し身にして、《神を戮す者》なり!』
 祈りの完成と共に、雷聖の身体を闇色の闘氣が包み、やがてそれは彼の額で収縮される。
「《全ての邪悪を知る瞳》は開眼した。今の俺に、否、《七つ身の皇》にとっては、シキ、暴走したお前の《神祥の六皇》の力は脅威になりはしない」
 雷聖は、再び開いた瞳の視線をシキへと向け、告げた言葉を意志とする戦いの構えを示した。

M・O・D+きゅー ~第四話~

 俺は、背後で繰り広げられる仲間達の戦いの激しさを感じながら、自らの敵である《光司る天使》との戦いを続けていた。
・・・大丈夫、彼らとレイラ達なら、必ずスミナ達を護ってくれる。
 それは、俺が彼らと仲間達に抱く『希望』という名の信頼。
 その『希望』の意味を教えてくれた存在こそが『彼』であった。
 それは、力ある者達によって打ち砕かれようとした俺の『正義』を護ってくれた存在。
 そして、俺が抱いた『正義』を誰よりも信じてくれる二つの存在の一人。
 だからこそ、俺は、『彼』と交わした《聖約》を果たす為に、ここで目の前の存在に屈する訳にはいかなかった。
『如何した、仲間達が気懸かりで戦えぬか?』
 間合いを取って動かぬ俺の姿を見据えた《光司る天使》が発した言葉が、俺を一時の思考から現実に引き戻した。
「否、貴様相手ならそれでも充分だろう」
 我ながら何とも傲慢な言葉だと思う。
 しかし、目の前の存在には、そんな言葉を口にさせる雰囲気があった。
『まだ、我と汝の間にある力の差に気が付かぬとは、愚かに過ぎるわ!』
 憤り放たれたその言葉に、俺の不快感が更に増す。
「では、貴様が言う力の差ってヤツを確かさめさせて貰おう!」
 俺は、胸から湧き上がる嫌なモノを呑み込む様に言い放ち、《光司る天使》へと挑みかかった。
『ふっ、無駄な!』
 蔑むように言って構える天使王。
 俺は、迷う事無くその懐に一撃を叩き込む、
「っ!」
 手に感じる手応えの無さに、俺は、呻きに似た声を洩らす。
 それを目の当たりにして、《光司る天使》の表情に満足の色が浮かんだ。
『言った筈だ、無駄だとな! 天上の光が齎(もたら)す我が《光皇の神衣》は絶対無敵、貴様如きが振う刃では、我が護りの衣に傷一つ付けられぬわ!』
「侮るな、《光司る天使》! その己惚れに満ちた貴様の愚かに過ぎる傲慢、この《神を戮す刃》を以って討ち滅ばそう!」
 俺は、そう言い放つ心の中で、自分自身の内に宿る危険な意思の存在を感じていた。
 その正体が何者であるのかは分からないが、
それが決して邪悪な想いを抱くモノでは無い事だけは分かっていた。
 しかし、今、この時、それに惑わされれば、目の前の敵を討ち滅ばす為に求めた力を引き出し切れない事を悟り、俺は、為すべきことへの祈りに意識を集中させた。
「この身は罪に堕ち、そこに宿す魂を闇に染めようとも、我が心より《穢れ無き栄光》は失われず。鋭く堅き金剛の刃よ、その天聖の御力に神輝の冴えを連ね、我が敵を貫く正義の意志となれ!」
 俺が紡いだ《力奮う真名》の祈りに応えて、剣の刃に淡い光が宿る。
 それは交わした《聖約》と共に『彼』から授けられた力の完全なる発現を意味していた。
・・・怖い。
 俺の心には、自身が求め宿した力への怖れ、『畏怖』があった。
・・・これが『彼』の奮い続けてきた本当の力なのか。
 その力の本質を感じれば感じる程に、心へと抱いた怖れは強くなる。
・・・俺は、これ程の力に耐えられるのか。
 無意識に震える俺の眼差しに、『彼』から授けられたもう一つの力である《守護者の刃》が映る。
・・・金剛天聖御剣。
 至上の輝き持つ硬き刃の守護剣。
 その銘に込められた『彼』の想いが、俺を怖れから解き放つ。
「力無き正義は理想に過ぎず、だが、正義無き力は暴力に過ぎない。シキ、お前は理想を以って力を求め、その先にある正義へと至る事を選んだ筈。ならば、自らの理想を貫け!」
 俺は、自らの『夢』へと至る為の誓いを口にして自分を叱咤した。
『ふんっ、理想か。ならば、その理想ごと汝の魂を打ち砕いてくれるわ!』
「《永遠へと至る理想郷》の守護騎士の一人として、彼の《冒険皇》の意志をここに示さん!」
 叫び躍り掛かってくる天使王の姿を瞳に映し、俺は、真っ向からそれにぶつかっていく。
 その俺の手にある《守護者の刃》は、更なる光をその身に宿し輝いていた。

『莫迦な! 我が《光皇の神衣》が! 天上の光が汝如きに損なわれるとは!』
「咆えるな、信じる想いの差が分かつ結果だ」
 シキは、自らの傲慢を打ち砕かれ狼狽を隠せない天使王へと冷たく言い放った。
『己、人間の子が神の威光に抗うか!』
「神を気安く語るな。己をその神に従う絶対者とするな。そして、全てを真に受け入れろ。歪んだ威光では、俺の信じる栄光は討ち破れはしない!」
 憤る《光司る天使》の言葉を受け止め応えるシキの姿は、冒し難き誇りで満ちていた。
『我が神の威光までも穢すとは、許さぬ! 貴様等全員、我が神衛の軍団の前に跪(ひざまず)くが良い!』
 シキを睨み言い放つ《光司る天使》。
そこに在るのは、尊大なる天使王の仮面を脱ぎ捨てた憤怒の形相であった。
「嫌な予感がする。皆、気を付けろ!」
 その経験が長じるが故の勘も以って、セティが、私たちへと警告の言葉を放つ。
『今更、何を危ぶもうとも遅いわ!』
 残虐な笑みを浮かべる《光司る天使》。
 そして、天使王は、その羽根を舞い散らせる程に、強く烈しく白銀の双翼を羽ばたかせた。
『くっ!』
 瞳を閉じずにはいられない烈しい突風と共に、それに乗った白銀の羽根が飛来する。
・・・っ!
 金属にも似た輝きを持つ羽根の群が襲来する姿を目の当たりにして、私の心は、反射的に恐怖を抱く。
「皆さん、私の後ろに隠れて!」
 シェンナさんはそう叫ぶと、逆に自分は、私たちの前へと躍り出る。
「《神聖なる護盾》!」
 《力示す真名》を叫び、《魔導戦技》による守護陣を張るシェンナさん。
 しかし、その力は、飛来する羽根の群に貫き通される。
「っ!? きゃっ!」
「《神聖なる御神楽舞》!」
 焦り恐怖に悲鳴を上げるシェンナさんを庇って、セティが敵の攻撃の矢面に立った。
 神聖闘氣を宿した二振りの《守護者の刃》を縦横無尽に振るって、羽根の矢群を弾き返すセティ。
 しかし、その卓越した技を以ってしても、攻撃の全てを防ぎ切ることは難しく、飛来する内の何本かが彼の身体を切り裂いた。
『大丈夫ですか、マスター!』
「スィーナ、俺の事より、彼女の方を頼む」
 身を案じて駆け寄るナビに、シェンナさんの事を任せると、セティは、軽くは無いであろう傷の痛みを無視して身構える。
「ちょっと、如何見ても貴方の方が平気じゃないわよ!」
「この程度の痛みに構っていられる状況じゃないんだ。ここは無理をしてでも、奴等を食い止める。だから、貴女は大人しく退いてくれ。そうしないと本当に護りたい者を護れなくなるぞ」
 セティは、鋭い眼差しの中に、シェンナさんを思い遣る色を宿して、彼女を諭した。
『シェンナ、マスターの言うとおり、ここは退いてください。これは尋常ではありません』
 主であるセティの言葉を継いだスィーナの表情には、確かな焦りが存在していた。
「ちょっと、ちょっと、何なのよ!」
「良いから、黙って退けシェンナ!」
 訳が分からず叫ぶシェンナさんに、セティの鋭い一喝が飛ぶ。
『許せ、シェンナ!』
 一言だけ呟くように告げ、レンガのナビであるルヴィナが、シェンナさんの身体を攫(さら)うように抱きかかえて走る。
『マスター、お気を付けて!』
 主へと一瞥と共に告げて、スィーナもルヴィナの背を追い走った。
「セティ、そういう事か! 皆、早く一箇所に固まるんだ!」
 逸早くその事態に気が付いたセティの反応から全てを察したリュフォンは、私たちに向けて指示を叫ぶと、《力導く言葉》を紡ぐ為に意識を集中させた。
「レンガ、ヤツは《神衛の軍団》をここに召喚する積り、否、既に召喚している。先手を打たれた以上、後は何としても切り抜けるしかない。覚悟は良いな!」
「分かりました。《L・O・D》が誇る対魔物戦闘特化コンビの真価を発揮しますよ」
『これで《冒険皇》様がいてくだされば、最強チームになって面白いのですが・・・。足りない分は、私たち《三連聖》で補いますので、お任せくださいな』
『そう、力不足なんていわせない。・・・多分』
『そうです! 皆、頑張るのです! ファイトーです! オォーです!』
 不敵に笑んだ眼差しを交わし合うセティとレンガ。
 その二人の背後に従う形で、ナビたち三者が戦いの構えを取った。
「という事で、シキ。こっちは何とか俺達で持ち堪える。だが、それにも限界が在るからな、なるべく速攻で倒してくれよ!」
「レイラ、シュウ、ラギ、悪いがこちらからの支援は期待しないでくれ。その代わり、俺達も全力は勿論、死力の限りを尽くして彼女達を護る」
「スィーナ、ルヴィナ、フィリナ、無理はするな。お前達は俺達にとって、大切なパートナーなんだからな」
 三人の《皇》たちは、其々にこれから始まる戦いに魂を昂ぶらせながら、仲間たちへと指示を告げる。
「三人の《皇》と《三連聖》、そして、この場に在る勇敢なる冒険者たち全てに、どうか御武運と正義の導きが在らんことを!」
 祈るように信頼の眼差しと言葉を捧げ、レイラは、自らも戦いの構えを取った。
「シュウ、転んだら恥だからね!」
「それはこっちの台詞だ、ラギ。転ぶなよ!」
 互いにふざける様に言って笑い合う双子の魔導師。
 彼等が戦いを前にした緊張を楽しむ中、私たちだけがこれから起こることの意味を理解していなかった。

『愚かなる人間の子よ。逃れられぬ死の裁きにその魂を震えさせ、己が罪の深さを思い知るが良い!』
 《光司る天使》が紡ぐ断罪の言葉が召喚の儀式の完成を告げる。
『《猛る竜神皇の息吹》!』
 敵の召喚陣が発動する瞬間を狙って、リュフォンは、既に完成させていた《力導く言葉》を発動させ攻撃魔法をぶつける。
「術式が余りにも違いすぎて、相殺も出来ないか」
 その結果を半ば予測していた彼は、力を打ち消されて霧散する自らの攻撃魔法を淡々と論じていた。
『無駄な足掻きだ! 大人しく我が主の裁きに討たれるが良い!』
 天使王の言葉に応える様に、私たちの周りへと散り落ちた白銀の羽根に異変が起こる。
「成る程、あの羽根の一つ一つが召喚の道標という訳か」
 冷静に相手の術式を分析するリュフォン。
 その眼差しは、羽根の群から立ち昇る無数の光を見詰めていた。
 そして、私たちの前へと姿を現す《神衛の軍団》。
 それは、その名が示す通り、九階級の座の天使たちによって編成された天上の光という《神》を親衛する軍団であった。

 《光司る天使》によって呼び出された天使たちは、互いに連携をとって私たちへと襲い掛かって来た。
「皆、私たちもやるわよ!」
 編隊を組み迫り来る天使たちを前に、仲間たちへと言い放つ私の心には、敵に対する怖れは存在していなかった。
 戦わなければその先に在るのは唯、死のみである事を知り、皆は、既に決まっていた覚悟を胸に身構えた。
「君達を戦いに巻き込むのは不本意だが、状況が状況だ。多少の無茶は仕方が無いが、決して無理はするな」
 リュフォンは、私たちの身を案じてそう告げると、自らも《力導く言葉》の詠唱を始めた。
「来るぞ!」
 セティは叫ぶと同時に、《神聖な御神楽舞》の闘氣に身を包み、敵の群へと突進する。
 そして、その真逆の位置では、レンガが両手に握った投剣を敵の群へと次々に投げ放っていた。
「焼け石に水とは言わないが、余りにも敵の数が多すぎるな」
 自らも連続詠唱した攻撃魔法をぶつけながら、リュフォンは、冷静に戦況を見極めていた。
 彼ら三人とナビたち、それにレイラたちの奮戦により、敵の進攻が私たちの所に及ぶことはなかったが、それにも限界があるのは明らかであった。
 そして、その限界は直ぐに訪れた。

「皆、危ないっ!」
 前衛に在るセティたちの間隙を縫って迫り来る敵の群を前にして、私は、その言葉が意味を成さないことを知りながらも叫んでいた。
 私たちは、敵の波に呑み込まれ、戦いは乱戦に陥る。
 既に魔力も尽き、思い通りにならない身体に焦燥を抱きながら、私は誓いの通り杖を振るって戦い続けていた。
 その私の瞳の先には、互いを助けようと必死に戦う仲間たちの姿があった。
 しかし、その抵抗も虚しく一人また一人と彼女たちは力尽きていく。
 目の前に在る残酷な現実に打ち震える私にも、その時が訪れようとしていた。
・・・ごめん、皆。私の所為で・・・。
 目の前に迫る敵の刃を見詰めながら、私は、この惨劇を引き起こした自分の愚かさを呪っていた。
「お姉さま、危ない!」
 死を思う私の意識を現実に引き戻したのは、フィーノちゃんの悲壮な叫び声だった。
 そして、私の目の前には、絶え難き残酷な現実があった。
「・・・、フィーノちゃん・・・?」
 身を挺して私を助けようとした彼女の身体を、天使の刃が切り裂いた。
 押し倒される形で頭上にあった彼女の身体からゆっくりと流れ落ちる鮮血が、私の頬を涙のように濡らす。
「間に合って、良かった。これが私が貴女にあげられる最後の贈り物・・・」
 フィーノちゃんは、気丈な口調でそう告げると、私の唇へゆっくりと口付けした。
 再び捧げられた《魂分かつ口付け》によって、彼女の魔力が私の中へと流れ込んでくる。
「お姉さま、生きてください。必ず、約束、・・・です・・・」
 それだけを必死に告げると、フィーノちゃんは、安心したように微笑みを浮かべ、そして、力尽きた。
「・・・嫌・・・、そんなの無いよ・・・。誰か嘘だと言って・・・」
 私は、全てを信じられなくて絶望した。

・・・悔しい。私に『力』があれば、誰も苦しまなかった。大切な存在を誰も失わなかった。皆を取り戻す事が出来た。
 嘗て、この世界に於いて《邪神》と呼ばれる存在がいた時代、一人の魔導師が『奇跡』を起こしたという。
 それは、『生命の奇跡』。
 強大な力を持つ《邪神》の前に傷付き倒れ、生命までも失おうとしていた者達の全てを癒す『奇跡』。
 今、私にその『奇跡』を起こす力があったならば、この悲しみの全てを癒せただろう。
 だが、今の私にあるのは、『奇跡の力』ではなく、唯、『虚無』のみであった。

M・O・D+きゅー ~第三話~

『我を手負いと侮っているならば、後悔する事となるぞ!』
「侮る? 莫迦な、俺はいつでも本気の戦いしかしない性分だ。そして、俺には、彼に対するお前達の卑劣な戦い方を真似る積りは無い。後悔する暇も与えず、一撃で決着を着けてやろう!」
 レンガは、《死を狩る天使》を鋭い眼差しで睨み、得物である剣を抜き放った。
・・・綺麗!
 それは、彼の手に握られる剣の刃に対する賞賛。
 黒曜石に似た闇色の波状刃は、光の届かぬこの場所に在って尚、美しい煌めきをそこに宿していた。
『一撃で倒れるのは、汝の方だ!』
 言い放つ《死を狩る天使》の瞳が鋭く冴え、その意志によって《天地震わす力波》がレンガを魔力の渦に呑み込む。
「危ない!」
 思わず警告の言葉を洩らす私。
 しかし、それを聞く彼の表情には、余裕の笑みが浮かんでいた。
『莫迦なっ!』
 驚愕の言葉を洩らすのは、力を放った《死を狩る天使》の方であった。
「俺を倒したければ、最低でも今の攻撃を同時に三回放つか、五倍に威力を増してから力を放つのだな」
「大嘘を・・・。《光と闇を統べる魔導皇》の遺産を受け継いだ俺ですら、黙らせられる人間が、その程度で倒されるものか。《魔導》でお前を沈められるのは、この世界の全てを探しても《神聖皇》と《純白の魔女神》くらいしかいないだろう」
 レンガの言葉を聞いて苦笑するリュフォンの指摘に違わず、彼の『秘技』を目の当たりにして恐れを抱かない魔導師はいないだろう。
 そう彼は、自らの『秘技』を以って、《死を狩る天使》の魔法を斬ったのである。
『ならば、その魂へと死を刻んでくれる!』
 自らの魂を染める怖れを振り払うように言い放つ《死を狩る天使》。
そして、秘した第四の双眸を加えた八つの瞳の全てを使って、紡いだ《死を刻む言葉》をレンガへと射る。
「無駄だ!」
 《死を狩る天使》の四つの双眸を鋭く睨み返したレンガは、振う刃の冴えを以って、宣言通り死の魔力をも絶ち斬った。
「《静寂支配する終焉の闇刃》!」
 祈るように穏やかでありながら、力強い響きを持つ《真名》を気合いに代えて、レンガは、必殺の《戦技》を敵である天使王へと叩き込む。
 純然たる闇の闘氣をその身に宿した刃は、主の望みに違わず、《死を狩る天使》の躯を真っ二つに斬り裂いた。
『!』
 断末魔すら許されず、《死を狩る天使》は灰塵の如く崩れ去る。
「言っただろう、後悔する暇も与えないとな」
 レンガは、冷たく醒めた一瞥を倒した敵の死の跡に投げ、剣を鞘へと収めた。

「レンガ、格好良すぎ。これは俺達も本気を出さない訳にはいかないな、セティ」
「全くだ。という訳で、抜かるなよ、リュフォン!」
いつの間にか背中合わせで戦っていた二人は、互いに不敵に笑い叱咤し合う。
「俺は、少し弱気で三発かな」
「じゃあ、俺は、多少引っ張ってから、決めの一撃で快勝にしておくかな」
 私は、二人が口にした言葉の意味を一瞬だけ図り損ねて、直ぐにそれが勝利宣言であることに気が付いた。
『無知にして傲慢窮まる人間共が! 永遠の夜闇にその魂を流離(さすら)わせるが良い!』
『然り! 我が光の主も汝達の傲慢なる言葉を耳障りに聞いておられるわ! 天上の裁きを以って、その罪を贖うが良い!』
 《夜闇司る天使》と《光知る天使》は、烈しい憤りを以って、彼ら二人に断罪の言葉を宣告した。
「真なる理を知らずして、光と闇を語ることこそ、無知にして傲慢なる振る舞い。ならば、この身に宿る《光と闇を統べる魔導皇》の遺志を以って、その真理を示してやろう」
「全くだ。自分に都合の良い理を並び立てて、全てを歪めるやり方には、もうほとほとうんざりだ。《英雄皇》、俺にその名を授けた意志に対する誇りに懸け、貴様達の愚蒙に《守護の刃》の裁きを示してやろう!」
 それまでとは異なる真摯な戦いの意志を瞳に宿し、リュフォンとセティは、其々に敵である天使王へと対峙した。

『《魔を導く皇の三界光闇神輝結晶陣》!』
 リュフォンが紡ぐ《力導く言葉》によって、《魔導皇》の遺産である《無限を奏でる御言葉》が完成する。
 虚空に浮かぶ光は、互いに結び合って完全な形の三角を描いた。
『《猛き烈風の迅雷》!』
 《夜闇司る天使》は、リュフォンの《魔導》が力を解き放つ前に打ち砕かんとして、暴風纏う雷撃をぶつける。
 しかし、その攻撃は、リュフォンの魔力結界陣に触れた瞬間、そこに宿る力の前に霧散した。
『我が力を打ち消すとは、中々やるな! ならば、これで如何だ!』
 猛り咆えて白銀の翼を羽ばたかせる《夜闇司る天使》。
 その意志に応えて、《熾高の光宿す裁き》によって生み出された魔力の熱波が、リュフォンへと襲い掛かる。
「俺は貴様を買いかぶり過ぎていたみたいだ」
 呟くリュフォンの瞳に宿る意志は、虚無。
 それは、彼の魂に宿る《光と闇を統べる魔導皇》の遺志が示した滅びの宣告であった。
『《滅び導く真祥の理》!』
 紡いだ《力導く言葉》を結界陣に重ね、リュフォンは、その力を《夜闇司る天使》目掛けて解き放つ。
 それは《光満つる天空》・《生命溢れる大地》・《たゆたう闇の海》の三界から導かれた創始から終焉へと至る理の力であり、万物の宿命を約束する真諦であった。
 絶対の滅びを前にして、《熾高の光宿す裁き》は余りにも無力であった。
 そして、天使王は、絶対なる滅びの力に包まれ、塵へと帰した。

「リュフォン、確かに『三発』だけど、それは反則」
 緊張に引き締められた表情を苦笑で崩して、セティは半ば独り言の様に口にした。
『《神》の名を騙る邪妄の力を振い、我等が同胞を討ち果たすとは! 何たる悪逆非道の振る舞い! その不浄なる魂、我が主の威光を以って灼き尽くしてくれる!』
「咆えるな、羽虫! 『威光』なんて言葉を使って自らの貴尊を誇るんじゃない。それに、真の『威光』とは、縋るものではなく、自らの意志と力を以って示すモノ。お前みたいのを『虎の威を狩る狐』って言うんだ!」
 仲間を討たれ憤る《光知る天使》の言葉を真直ぐに受け止めたセティの眼差しに、彼を《英雄皇》と成す鋭い意志の輝きが宿る。
『威光の何たるかも知らぬ愚か者がそれをほざくか。《全ての悪を討ち滅ばす威光》たる我が主に代わって、汝等の邪悪を討ち滅ぼしてくれん!』
「面白い! ならば、俺は自らの力を以ってお前を討ち滅ぼし、この身に宿す『聖』の証としよう」
 向けられた宣戦の言葉に報いるセティの両手に、双対の《守護者の刃》が抜き放たれる。
「右に在るは《親愛の護手》、左に在るは《真誓の護手》、この双剣の煌めきこそが俺の魂に宿る『威光』を示すモノ。この《守護者の刃》の鋭さを以って、真に邪悪なのは、俺とお前の何れか白黒はっきりとさせてやろう!」
『小癪な、消え去るが良い!』
《天地滅する波動》。
《死を狩る天使》が操った力に数倍する破壊の魔力がセティへと襲い掛かる。
「《神聖なる護盾》!」
 セティは、《魔導戦技》による神聖オーラを身に纏い、自ら《光知る天使》へと突進した。
「《神聖なる御神楽舞》!」
 更なる意志を以って紡がれた《力奮う真名》は、《英雄皇》の身体を七色に輝く神氣で彩る。
 両手に掴む双剣を真直ぐに構え、恐れる事無く突き進むセティ。
その勇姿は、正に全てを切り裂く鋭利な刃であった。
 《光知る天使》が操る破壊の魔力は、セティの《守護者の刃》に宿る意志の力に薙ぎ払われ霧散する。
『莫迦な、我が滅びの力を相殺しただと!』
「ふんっ、これが現実だ!」
 恐怖と焦燥に彩られる天使王の瞳を睨んで、セティは自らの勝利を確信する言葉を言い放った。
『斯くなる上は、この場を一旦退き、天上の軍団を率いて再び降臨せん!』 
「甘い、逃がすか!」
 《解戦を約束する守護結界陣》と呼ばれる磐石の退陣魔導を用いようと計る《光知る天使》を、セティの一喝が制する。
「《光制する飛翔の舞》!」
 一瞬の閃光を放ち、セティは、《光知る天使》の頭上を取っていた。
「《乱れ討つ双牙烈斬・改》!」
 セティは、頭から落ちる体勢の勢いのままに《力持つ真名》を叫び、その力を天使王へとぶつける。
『ぐっ!』
 目に映る刃の煌めきは、左右から繰り出される交差の一閃のみ。
 しかし、苦痛に呻く《光知る天使》の躯に刻み込まれたのは、無数の斬痕だった。
「自らの正当を示す為に力を振った時点で既に戦いの結果は決まっていた。お前の敗因は、相手の意思を認められない独善さに在った。否、寧ろその独善さを貫き通さず、他者に縋ろうとしたが故の敗北と言うべきかな」
『己、戯言を・・・。人間風情が驕るな』
 忌々しげに睨む《光知る天使》の応えに、セティは、颯爽と両手の双剣を鞘に収めて一瞥を返す。
「驕れる程に自分を信じ、それを貫き通した。その『驕り』こそが、俺の『誇り』の在り様だ。大切な存在を如何なる敵からも護るという自負無くして、《英雄の皇》などという名を得られる道理もない。まあ、敗れて自らの非力も分からぬお前には、幾度の転生と復活を果たそうとも理解できないモノだろうがな」
『人間が皆、汝の如く驕り傲慢であるならば、我等の力を求めはしないだろう。驕れる《英雄の皇》よ、覚えておけ。これは汝の勝利ではなく、我の敗北ではない。嵩貴なる天上の意志が我へと与え給うた試練に過ぎない』
 セティの宣告に、最後の足掻きとなる言葉を語り残して、《光知る天使》は、塵へと崩れ去った。
「理解不能だな。護るべきモノを護れない意志に何の意味が在る。失う事への怖れを知らないお前の言葉では、誰も導き救えない。俺は、死の後に与えられる魂の救済に縋るより、最後の最後まで目の前に在る敵に抗い続ける事を自分に求めるさ。そう、『彼』の様にな」
 何者の前にも揺らぐ事の無い意志を示すように語り、セティは、シキへと向けた眼差しの先で、別の存在を見詰めていた。

『我が同胞たる《死を狩る天使》と《光知る天使》、そして、半身たる《夜闇司る天使》までも戮(ころ)すとは、人間の魂はそこまで堕ちたか!』
 憤り叫ぶ《光司る天使》の背で、白銀の双翼が大きく振り開かれる。
「やっと本気を出すか。そうでなければ、こちらも面白くないからな!」
 《光司る天使》を睨み返して言い放つシキの意志に応えて、その手にある剣が鋭く冴えた輝きを示す。
『大言を吐くな、人間! 貴様の刃は我が身を護る天上の光の前には無力!』
 シキの言葉を嘲り宣言する天使王は、その躯を護る鎧の上に、天上の光の力を象徴する白紗の法衣を纏った。
「天上の光を具現化した《光皇の神衣》。全ての攻撃を無力化する絶対防御か・・・」
「言葉の通り、奴も本気になったという事か」
「しかし、あれを出されたら、俺達でも楽な戦いはさせてもらえないな」
 自らが対峙した天使王達を討ち、残るシキの戦いを見守る姿勢を示すリュフォン・レンガ・セティの三人が、《光司る天使》の本気を見て互いに言葉を交える。
「あの、彼を、シキを助けなくて良いのですか・・・?」
 敵が示す力の強大さを知って尚、静観の姿勢を貫こうとする彼等に対し、私は、その真意を確かめるように尋ねた。
「ああ、必要ないからな」
「えっ!?」
 私は、セティが口にした言葉の意味が分からず、驚きに近い声を洩らす。
「あの《光司る天使》を護る力が全てを防ぐ『絶対の防御』なら、シキを支える力は全てを貫く『絶対の攻撃』だからな」
「それって、『矛盾』なんじゃ・・・?」
 そう、それは決して両立しない、正に矛盾する道理を示していた。
「矛盾、か・・・。確かにそうだが、その二つが確かに存在する上では、勝つ可能性があるのは必ず両者の一方でしかない」
 そう口にしたリュフォンは、「分かるか?」と視線で私に尋ねる。
「分かりません」
 私は、答えが在る筈の無い尋ねに正直な応えを返す。
「そう難しく考える必要は無いよ。唯、単純に『矛』と『盾』では、どちらが『勝って』どちらが『負けない』のかが、最初から決まっているというだけの事だから」
 穏やかな笑みを浮かべたレンガが口にした助言は、共に同じ『勝利』を示す言葉でありながら、微妙に異なる響きを含んでいた。
・・・そういう事ですか。
私は、それが言葉遊びではなく、戦いに於ける道理を指していることに気付く。
「私たちは、シキの勝利を信じれば良いのですね」
 負けないことは、戦いの勝利とは呼べない。
 ならば、如何に固い『盾』を誇ろうとも、鋭い『矛』のように勝利を得ることは適わないのである。
「御明答。シキがその身に宿す《穢れ無き栄光》は伊達じゃない。況(ま)してや、彼の手に在る《守護者の刃》は、至高の力へと鍛え上げられ、神の名を冠するまでの一振り。その《神を戮す刃》を以って、神の従者を破れない道理が無いという事さ」
「うんうん。シキは負けないよ。だって、シキは『正義の味方』だからね」
 レイラと呼ばれた少女は、その瞳に揺ぎ無い信頼を宿して、彼の勝利を宣言する。
「そういう事、あんな天使如きに負けるシキくんじゃないわ」
 ラギと呼ばれた女魔導師は、その胸に在る深い想いを込めて、レイラの言葉を肯定した。
「だからこそ、俺達の為すべき事は、彼の信頼に報いる事だ。やるぞ、レイラ! ラギ!」
 シュウと呼ばれた魔導師の言葉に促され、レイラとラギ、そして、三人の《皇》達が戦いの構えを取る。
「《魔物の巣窟》で調子に乗って暴れ過ぎたか・・・。スィーナ、お嬢様達を連れてこっちへ!」
 セティは、ナビである存在に指示すると、自身は逆にフィーノちゃん達がいる方向へと走った。
「連中の相手は俺達に任せて、君達は、自分の身を護る事を考えるんだ。フィリナ、彼女達の事は頼んだぞ」
「ヴィー、俺とお前は支援に回る。強さは兎も角として数が半端じゃないからな、油断だけは出来ないぞ」
 レンガとリュフォンの二人も又、息の合った感じで、自分達の役割りを定めると、レンガはセティの対角、リュフォンはナビ達と共に私たちの周りを固める位置に構えた。
「私たちも全力を、いえ、死力を尽くします。でも、正直、数が多過ぎて防ぎ切れないと思います。皆さん、身を護る覚悟を忘れずに!」
 レイラは、私達に警戒の言葉を告げると、仲間たちと共に散開して、セティとレンガの背後を支援する位置に構える。
「来るぞ! 皆、転ぶなよ」
 セティが叫ぶと同時に、魔物達の群が怒涛の如く私たちの前へと押し寄せてきた。

「皆、大丈夫か!」
 シキは、群現れた敵の気配を背に感じ取り、私たちの状況を危ぶむように振り返り叫んだ。
「シキ、こっちの事は大丈夫だから、自分の戦いに集中するんだ!」
 レンガは、振う刃の一薙ぎで敵の群を薙ぎ払いながら、背後のシキへ心配いらないと返す。
「分かりました」
 シキは、短く応え、仲間たち対する信頼を背に、目の前の敵へと意識を戻した。
「私たちも頑張りましょう!」
 自分が戦える状態に無いことをもどかしく思いながらも、私は、仲間達へと激を飛ばした。
 その私の言葉に無言で頷く仲間たち全員の表情に、真剣な緊張が浮かんでいた。
「大丈夫、お姉さまは、私が護るから・・・」
・・・いやーん、嬉しい!
 私は、フィーノちゃんから告げられた言葉に、不謹慎にもときめいてしまった。
「じゃ、私はアンナを盾にしておこーっと! という訳で、よろしくねぇー」
 シルクちゃんが、私たちを揶揄するように言って、相方であるアンナちゃんの身体を前に押し出す。
「ちょっと! それは酷いよ、シルク・・・」
 抗議の言葉と共に睨むアンナちゃん。
 しかし、本気で怒っている訳でもなく、いざとなれば皆の盾役となる覚悟をしていることは確かだった。
「ホリィーちゃん、私たちも頑張ろうね」
「うん、でも無理しちゃ駄目だよ」
 互いに励まし気遣うのは、ユーマちゃんとホリィーちゃんの仲良しコンビ。
「ユーマお嬢様、くれぐれもお気を付けください」
 ホリィーちゃんに負けじとユーマちゃんの身を案じるのは、ユーマちゃんの護衛役にして専属メイドのジーナさん。
 そのお淑(しと)やかな容姿と雰囲気に反して、高位の《闘賊騎士》らしい女性である。
「プリナお嬢様は、私(わたくし)がこの生命に代えてもお守りいたします」
 そう忠義の断言を口にするのは、ユーマちゃんの従兄妹であるプリナちゃんの専属護衛メイドのシェンナさん。
 彼女は、双子と勘違いする程にジーナさんと似た容姿をしているが、その身に纏う雰囲気から逆に勝気な印象を与える女性である。
『クェー、俺の事も忘れるなよ、シェンナ! しっかり護れ! きっちり護れ! という事で頼んだぞ!』
 踏ん反り返って言い放つのは、カポちゃん。
 プリナちゃんのペット(?)で、変種生物の幼獣らしい微妙な存在である。
 本来なら、あと三人のギルドメンバーを仲間に加えてパーティーを組んでいるのだが、今回は私たち七人と護衛役の二人に一匹を加えた編成で冒険に出ていた。
・・・せめて、チェリナかメリィアのどっちかが居てくれたら良かったのに。
 彼女達二人は共に、高位に位置する《神聖魔導師》である。
 もう一人のファーナちゃんにしてみても、この場に居てくれたならば《神聖術士》として、今の私より確実に皆の助けになれる筈だ。
 そういう意味も込めて、今の状況は私たちにとって最悪と言えるタイミングで訪れていた。
・・・そう、本当に最悪だ。
 事の発端は、ギルドメンバーであるファーナちゃんが、偶然に知り合い友達になったプリナちゃんたちを連れて戻り、パーティー戦力の調整を図ろうとしたことにあった。
 そこでパーティーの中核を担うメンバーたちのギルド・マスターである私が提案したのが、フィーノちゃんたち中堅メンバーの職位の変格だった。
 その結果、アンナちゃんを除く四人が職位を新たにし、戦力のバランスは取れたが其々が職位の経験に浅い状況が出来てしまったのである。
 そこで、私たちは経験を積もうと新しく発見された古代遺跡の一つであるこの場所を訪れたのだが、私の不注意が失態に繋がり今の窮地に至るのだった。
「心配はいりませんよ。皆、頑張っています」
 ふとプリナちゃんが口にした励ましの言葉が私の意識を現実に引き戻した。
「それに、あのヒトたちは本当に強いから、何とかなります」
 更に言葉を続ける彼女が指すのが、セティたち三人の《皇》と、そして、シキの仲間たちのことであるのは、私にも分かった。
 前衛を引き受けるセティとレンガの二人は勿論、それを支援するリュフォンの戦い振りは鮮烈である。
 そして、何よりも異彩を示しているのがレイラであった。
 冒険者としての純粋な力量は、フィーノちゃんたちと同じ程度である筈なのに、敵に当たる姿は、華麗な舞を踊っているかのように美しかった。
 そこには、多彩な《戦技》を以って彩られた戦い振りではなく、繰り出す攻撃の一撃一撃に鋭さを宿した豪快さが存在していた。
 彼女が振う剣に、敵の数に対する焦りは無く、自らの間合いの内に見据えた敵を確実に屠っていく。
 そして、それを助け支えているのが仲間である二人の魔導師であった。
 彼女への支援と敵に対する牽制、二人は、息の乱れぬタイミングでその二つを繰り返す。
 その彼女たちは、私たちだけではなく、《光司る天使》と戦うシキの背中も又、一緒に護っていた。
 セティ・レンガ・リュフォン、レイラ・シュウ・ラギ、其々が其々の特性を活かして、互いの力を高め合う三者三様の戦い振りと、信頼関係という絆の深さがそこには在った。
・・・冒険者としての強さではまだ及ばないかもしれない。
・・・でも、絆の強さなら私たちだって負けてはいない!
「ごめんね、皆。私がちゃんと魔法を使う力を残していたら、皆もっと戦えるのに・・・。本当に、ごめんなさい」
 私は、仲間たちを護られるだけの存在にしてしまっている悔しさに、俯き涙を浮かべていた。
「・・・泣かないで、お姉さま。皆、お姉さまの優しさを分かっているから」
「ありがとう、フィー・・・っ」
「それに『力』なら私が分けてあげる・・・」
 零れ落ちる涙を拭おうとした私の瞳に、息が触れる程に近付いていたフィーノちゃんの笑顔が映る。
 それに驚き息を吐こうとする私の唇を、フィーノちゃんの唇が塞いだ。
『っ!?』
 突然の出来事に驚き見開いた私の眼差しの先には、同じ様に驚く仲間たちと、そして、何時もの落ち着いた表情に少しだけ熱っぽい瞳の色を宿したフィーノちゃんの姿が在った。
フィーノちゃんが宿す熱が吐息となって私の中へと流れ込んでくる。
「・・・《魂分かつ口付け》。力のお裾分け、これで戦える・・・」
 その言葉の通り、私の身体は、少しだけ魔力の回復をしていた。
「ありがとう、フィーノちゃん。皆、私たちも護られてばかりではいられない。戦うわよ」
 正直な気持ちを言うなら、戦うことが怖くない訳ではない。
 否、戦いの中で仲間が傷付く姿を見ることは、とても怖い。
 でも、それを恐れるのは、仲間を信頼していないことになる。
 だから、私は勇気を振り絞った。
「私は、私を諦めない!」
 彼がくれた勇気に、彼と交わした約束を重ねて、私は言い放ち、仲間たちへと戦闘補助魔法を施す。
・・・仲間を護る為に《騎士》を目指すことを選んだユーマちゃん。
・・・そのユーマちゃんの為に、最高の武具を鍛え上げようと《冒険鍛冶師》となったホリィーちゃん。
・・・仲間たちも支える為に、改めて《魔導師》としての力を極めることを求めたシルクちゃん。
・・・戦いの経験を積み直す仲間たちを護る力を求め、《魔導剣士》へと進んだアンナちゃん。
・・・そして、皆に護られることではなく、皆を護る為に、《神官闘士》としての修練を積み直すことを選んだフィーノちゃん。
・・・そんな彼女達の想いを見て、自分が何れの職位に就くべきかを真剣に悩み、《自由冒険者》としての修練を続けるプリナちゃん。
・・・お嬢様と呼ぶ主である以前に、大切に想う存在だからこそ、如何なる危険に対しても恐れず従うジーナさんとシェンナさん。
・・・悪態ばかり口にしながら、何時でもプリナちゃんの傍に居るカポちゃん。
 その大切な仲間たちを護りたいという想いを込めて、私は、《力導く言葉》を紡いだ。
・・・私の目の前で仲間たちを傷付けさせない。
・・・若し、傷付けられたのならば、私が必ず癒す。
 そう、いざとなったら、この杖で敵を薙ぎ倒してでも皆を護ってみせる。
 私は、強く誓って手にした杖を握り締めた。

M・O・D+きゅー ~第二話~

「自分の正義を貫いたが故に、貴女をより危険な戦いに巻き込んでしまった。本当にすまないです」
 四人の天使王達を前にした彼は、その強大な敵に対する恐れではなく、唯、私に対する詫びの言葉を口にした。
「良いです。元々、貴方が居なければ、既に失われていた生命ですから・・・」
「この状況で、『諦めるな』、とは到底言えないので代わりに、責任の想いを持っていけるよう貴女の名前を教えてください。俺は、シキ。仲間からは、《真聖なる騎士王》と身に過ぎた名で呼ばれています」
 彼、シキは、穏やかに笑って自らの心に覚悟を決めている事を示す。
 だから、私も彼に負けない穏やかな笑みで応えた。
「私は、スミナ。スミナ・アンジュリカです。他者から特別な名で呼ばれる事はありませんが、仲間の中には『お姉さま』と慕ってくれる可愛い娘(こ)たちがいます」
 それは、私にとっての歓びであった。
「スミナさんか、良い名前ですね。これが偶然だとしても、『運命』すら感じさせる廻り合わせですね」
 その言葉の意味に再び胸の鼓動を高める私だったが、直ぐにそれが勘違いである事を彼の口から告げられる。
「この地に眠る《罪深き者達》、彼らの意思を纏め統べた《皇》と呼ばれる存在の名前が、貴女と同じ『スミナ』という名であったそうです。《神を殺す異神者》、その異名に相応しき強大な力を以って、《天の御使い》と戦った存在。俺に彼と同じ力が、否、意志があったならば、この窮地も笑って楽しめたのでしょうね」
 そう語る彼は、自分自身で気が付いていなかった。
 今、自分が間違いなく笑っている事を。
「運命ですか・・・?」
「はい、運命です。そして、懐かしい言葉を思い出しました」
・・・?
 私は、それを視線だけで尋ねた。
「曰く、『宿命とは自らの心に受け入れるモノであり、運命とは自らの意志を以って切り開くモノである』と。ずっと昔に聴いた言葉なので、誰の言葉なのかは忘れてしまいましたが、その重みだけはちゃんと心に残っていたみたいです」
 そう語って、彼は、再び穏やかに笑った。
「だから、『諦めるな』とは言いません。でも、その代わりに『諦めません』と言っておきます」
 そして、彼は最後にこう呟いた。
 『俺に信じ貫けるのは、自らの心に在る正義だけですから』と。
「私も諦めません。そう、仲間たちと約束したから・・・」
 私が口にした言葉に満足そうに頷き、彼は、得物である剣を構え直した。
「聞こえたか、天使の王達よ。貴様達が、人間が生きる為に足掻く姿を傲慢と断じるのならば、俺は、その傲慢を以って最後の最後まで足掻き続けてやろう!」
『天上の光に抗いし愚か者よ。その身の死に魂を分かち、光届かぬ暗き煉獄に繋ぎ止めてやろう。我等が前に刃を示した事を後悔するが良い!』
 『熾光の傍らに在りし者』の異名を誇る天使王《光司る天使》は、彼が示した戦いの意志に猛り、白銀の輝き持つ大翼を羽ばたかせた。
「ならば、俺は、この《移ろわぬ意志示す刃》を以って、貴様達を天上界へと叩き返してやろう!」
 彼が言い放った闘志の言葉を合図に、私たちの戦いの火蓋は切られた。

『《猛き死刃の乱舞》!』
 《光司る天使》は、《意志示す言葉》を咆え、彼へと襲い掛かった。
「《猛々しき裁き手》よ! 我が心に勇気を! 《英戦の神将》よ! 我が魂に誇りを!」
 シキは、祈り叫んで《守護者の刃》を手に身構え、迫り来る敵を迎え撃つ。
 両腕の拳に光の闘氣を宿し、それを繰り出す《光司る天使》。
 シキは、鋭く睨んだ視線で相手の攻撃を追い、短い気合いの連続で放つ刺突で次々に弾き返していく。
 その全てを防ぎ切ると同時に、シキは、返した刃で《光司る天使》の躯に反撃の一撃を叩き込んだ。
『ッ!?』
 苦痛に勝る驚愕の表情を浮かべる《光司る天使》。
 そして、それは、他の天使王達にも伝播していた。
「流石は、天上の光の側近たる者。この刃の一撃を以ってしても、大した痛手を負わせられないか」
 退けた敵を睨むシキの口から、感嘆にも似た言葉が漏れ出た。
『我が絶対の攻撃を防ぎ、この身に傷を負わせた事は褒めてやろう。しかし、唯一の好機を逃した今、汝には逃れられぬ死が定まった。覚悟するが良い!』
 尊大な眼差しでシキを見詰めて宣告する《光司る天使》の全身を魔力の燐光が包み、その光は陽炎となって頭上へと立ち上った。
『《熾高の光宿す裁き》!』
 主たる者の力を導き放たれた天使王の攻撃は、熾烈な熱波となって私たちへと襲い掛かる。
「《不敗の師帥》よ! 我に導きの先を示せ!」
 自らを呑み込まんとする光の奔流を睨み祈り叫ぶシキ。
 そして、次の瞬間、彼は身を翻し走った。
「えっ!?」
 突然、自分の身体を包んだ浮遊感に驚き声を洩らす私。
 そう、彼は、私を抱きかかえ魔力の波を走っていた。
「・・・嘘、っ!」
常識を覆す彼の行動に私は、唯、驚きくことしか出来なかった。
「『彼』のように、相殺とか出来れば格好がつくのですが、俺には、これが限界です」
・・・いえ、充分に凄いと言うか、カッコイイです。
 走り、跳び、そして、手にした剣で余波を斬り裂きながら、シキは、光の奔流を走り抜けた。
「ありがとう」
 助けられた事に感謝し、そして、彼一人で在ったならば、今の無謀に近い行動も無かったことを思い、私は、その言葉を口にした。
「いえ、正義の味方として当たり前のことをしただけです。それに、これは俺を救ってくれた『彼』に対する恩返しの一つに過ぎませんから、礼には及びませんよ」
「その方は、貴方にとって、大切な仲間なのですね」
 私は、彼が口にした言葉にある気高き感情を感じ取り、そう尋ねる。
「仲間という言葉では呼ぶことが出来ない存在。俺に、否、俺達に護るべき『誇り』の在り様を教えてくれた大切な存在です」
 応える彼の瞳に、憧憬の色が宿る。
「でも、いつかは『彼』に『仲間』と認められる対等な関係になりたいです。否、違いますね。そうならなくてはならない。交わした《聖約》に報いる為に」
 その言葉と共に彼の瞳から、それまで宿していた憧憬が消え、代わりに不敵な意志の色が宿った。
「俺には、求めて止まない『夢』と、それを果たすという『約束』が在ります。だから、こんな所で転ぶ訳にはいかないのです」
「貴方に、それほどまでの想いを抱かせる方に、私も是非、逢ってみたいです」
 彼の示す意志に触れた私の心に、不思議な感情から来る『希望』が芽生えていた。
「ええ、俺も絶対にもう一度、『彼』に会いたいです。それに、貴女に諦めない希望を抱かせた貴女の仲間たちにも」
「大丈夫、逢えますよね?」
私は、不安からではなく、期待するように、そう彼へと尋ねた。
「ええ、大丈夫です。不思議とここで終わる気がしません。『彼』にも、そして、貴女の大切な仲間たちにも必ず会えますよ。否、俺が必ず会わせて見せます」
「はい!」
・・・待っててね、フィーノちゃん。私は必ず、貴女や皆の所に戻るから。
 私は、心の中で、再び誓いを新たにした。

「くっ、本当にしぶとい!」
 シキの口から、僅かに焦燥の色が滲む言葉が漏れた。
 実際、彼の焦燥は無理もなかった。
 四柱からなる天使王達を相手に、互角以上の戦いを続けてきた彼だったが、その奮戦を嘲笑うような膠着状態に陥らされていた。
 そう何よりも厄介なのは、極彩の蝶を思わせる姿をした《光知る天使》の存在だった。
 この天使王は、他の天使王達の背後に控えるように構え、味方が傷付く度に、《安らぎの調べ》と呼ばれる天上の歌で、その傷を癒し続けていた。
 シキが、幾度に及んで敵の躯を斬り裂こうとも、相手の癒しの力によって、それを無に帰されてしまう。
 そして、代わりにシキへと与えられるのは、肉体と精神の両方に対する疲労であった。
 深い疲労感とそれを感じるが故に生まれる焦燥感。
 それによって、シキの戦い振りから精彩が失われ始める。
・・・私が少しでも支援できたらなら。
 唯、護られているだけの自分が情けなくて、私は、俯いてしまった。
「・・・ごめんなさい。私にもっと力があったなら、貴方にこんな残酷な戦いを強いることもないのに・・・」
 泣いてはいけない。
 そう思いながら、私は、悔しさを抑え切れずに泣いていた。
「俺は又、背中に庇った相手を護れず、唯、泣かせる事しか出来ないのか・・・!」
 シキの口から漏れ出たその言葉には、悔しさと憤りの想いが綯い交ぜ(ないまぜ)となっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・、うっ・・・」
 彼の苦しみを前にして、私は、唯、懺悔するように許しを請う言葉を繰り返し、最後には言葉にならない嗚咽を洩らすことしか出来なかった。
「スミナ、貴方には、諦める事の出来ない想い、渇望して止まない想いは無いのか?」
 対峙する敵を睨むその鋭い眼差しに反し、私へと問う彼の言葉は、とても穏やかで優しかった。
「えっ?」
 私は、今、彼がここでその問いを口にする意味を図りかねて、間の抜けたような声を洩らしていた。
「貴女にも在るのでしょう? 自らの生命よりも大切な存在が。自分の全てを懸けても護りたい相手が。ならば、諦めるな! その大切な存在と交わした約束を守り抜け! 最後の最後まで想いを貫き通せ!」
・・・!
 彼の言葉から伝わる想いの激しさに、私は、驚き身体を震わせる。
「私も諦めたくはないです! でも、奇跡でも起こらない限り、私達は助からない! そして、奇跡なんて決して起こらないんです!」
 私は、自分の無力さが悔しくて情けなくて、その憤りを泣きながら彼へとぶつけていた。
「スミナ、貴方は、『奇跡』というモノを少し勘違いしている。起こり得る可能性があるからこそ、それは『奇跡』なのです。そうでなければ、唯の『不可能』に過ぎない。そして、その『奇跡』と『不可能』を分かつモノは、想いの違いです。仮令(たとい)、それが億万に一しか存在しない可能性でも、『不可能』だと認めない限り、『奇跡』は必ず起きるのです」
 語る彼の瞳には、それを確かに信じる意志が存在していた。
「貴方は、億万に一しかない可能性の奇跡を信じられるのですか?」
「それが『零』ではなく、『一』として確かに存在する可能性だからこそ、俺は、『奇跡』を信じられるのです。それに、この世界には、その『奇跡』を常に導き出して来た存在がいます。そして、今、俺の手には、『彼』が導いた『奇跡』の証である剣が存在している。これで『奇跡』を信じるなという方が無理です」
 奇跡への確信。
 彼は、微塵の迷いも無く、それを自らの胸に抱いていた。
「俺を信じろとは言いません。でも、貴女は自分の仲間たちを信じるべきです。それとも、貴女にとって、その仲間たちは信じるに値しない存在なのですか?」
「違います!」
・・・『必ず、助けに行く。だから、諦めないで』
・・・『大丈夫、心配いらない。必ず迎えに行くから』
 彼の問い掛けに答える私の心に、最愛の少女が口にした『約束』の言葉が甦る。
 私の応えを受けた彼の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「それで良いです。信じる想いが在る限り必ず奇跡は起こります。否、それでは『温い』と笑われるかな。そうここは、必ず奇跡を起こして見せると言うべきですね」
 シキは、そう語ると自らの剣を両手に握り直し、その刃の腹を額に当てて静かに祈るように瞳を閉じた。
「俺には、この地に眠る者達の魂の声が確かに聞こえる。それは自らの死に対する恨みの声ではなく、戦う術を失い《皇》たる者に従えぬ憾みの声。ならば、我が《魂の聖約》を以って、貴方達の罪を贖うという誓いをここに果たそう!」
 言い放ち開いた瞳と共に、シキは、逆手に握り直した剣で自らの足元の床を突き刺した。
「スミナ! こっちへ!」
 私は、彼に促されると同時に迷う事無く、その許へと走った。
「・・・っ!?」
 私がシキの許へと至った瞬間、彼の剣によって穿たれた場所から九つに分かれた光の帯が湧き上がる。
そして、それは更に三つに分かれると、その互いに干渉する力波を以って、一つの結界陣となって、私たちを包み込んだ。
「《罪深き者達の皇》よ。貴方の遺志、確かに受け取りました」
 自らの剣の先にある存在へと穏やかに語り掛けるシキの瞳には、神々しいまでの光が宿っていた。
「スミネ、貴女はこの守護結界の中にいてください。奴等は、俺が必ず退けます」
 そう私へと告げる彼からは、先刻までの疲労も焦燥も消え、力強い生命の輝きが感じられた。

『天上の光が使いたる我等に逆らい、その上、《罪深き者達の皇》の穢れまでも求めるとは、何たる罪深さ。その身を裂き、魂を打ち砕いてくれん!』
『穢れを討つべし!』
 《光司る天使》の言葉に、残る三柱の天使王達も、声を同じくして賛同する。
「シキ、御武運を! いざとなれば、私もこの杖を振って戦います」
 私は、《魔導》の補助である為の杖を、攻撃の武器に変えてでも戦うという意気込みを胸に、彼へとそう告げる。
 それが彼の戦いの助けにすらなら無い事は分かっていたが、それでも私は、勇気を奮って彼の勝利を願う想いと自らの覚悟を口にせずにはいられなかった。
「ありがとう、スミナ。でも、その必要は、無いみたいです。もう間も無く、俺と貴女、そのどちらにとっても『奇跡』と待ち望んだ瞬間が訪れます」
 私の意気込みに苦笑を浮かべた彼は、何かを確信した眼差しで、対峙する天使王達の背後に広がる闇を見詰めた。
「それって、まさかっ!」
 彼が口にした言葉が指し示す意味を問い返そうとする私の瞳に、その『奇跡』が映る。
「来た」
 シキの言葉に応える様に、その存在たちは現れた。

「《神聖なる御神楽舞》!」
「《疾風踊る戦神の輪舞》!」
 先陣を切って放たれるのは、《聖騎士》と《闘賊皇》が誇る至高の《戦技》の連携技。
 神聖なる闘氣を全身に纏った《聖騎士》が、その突撃を以って《光司る天使》を壁に弾き飛ばせば、対に位置して突進する《闘賊皇》は、残像を残す連斬で残りの天使王達を薙ぎ払って退ける。
「セティさん! レンガさん!」
 目の前で起こった現実に呆然とする私の耳に、それを遣って退けた存在達の名を呼ぶシキの声が響いた。
「お待たせ、シキ!」
 彼らに代わってシキへと応えたのは、息を呑む程に可憐な容姿を持つ少女だった。
「レイラ! それに皆も助けに来てくれたのか」
 現れた少女と仲間たちの姿を見てシキの瞳に、歓喜に近い感情が宿る。
「シキ、話は戦いに決着を着けた後だ!」
「リュフォンさん!」
・・・あれは!
 リュフォンと呼ばれた《魔司》の背後に、良く知る存在達の姿を見付け、私の心は、歓喜の悲鳴を上げた。
「お姉さま、約束通り、助けに来ました」
「フィーノちゃん! それに皆も! ありがとう」
 そう、そこには、逸れてしまった仲間たちの姿が在った。

『うぬぅっ! 何者だ!』
 突如、現れたその存在たちに、《死を狩る天使》が憤りの眼差しを向けて問いをぶつけた。
「これから消え失せる相手に名乗るのも無駄に過ぎないだろうが、礼儀として応えてやろう! 俺は、セティ。他者は俺を《英雄皇》と呼ぶ!」
「俺は、レンガ! 他者からは《探掘皇》と呼ばれる身だ!」
「リュフォン、《魔導皇》だ! 以後お見知り置きは無理だろうな」
 彼らは、三者三様に名乗りを上げて、戦いの構えを新たにした。
『成る程、汝達が《神》の名を偽り、その御技を掠める《混沌の皇》共か! 罪深き魔王達よ、ここを汝達の墓場にしてくれるわ!』
「天の御使いよ、違えるな。俺達は、真なる自由に培われた《中庸の理想郷》に殉じる者。
求めるのは、貴様たちが騙る『秩序』という支配を討ち破ることだ!」
 《夜闇司る天使》の断罪の言葉を一笑し、リュフォンは、胸に抱く意志を自らの《魔導》を以って示す。
『《猛る竜神皇の息吹》!』
 万物を灼き尽くす神獣の息吹を形作る攻撃魔法。
 《力導く言葉》の完成と同時に、リュフォンは、それを《夜闇司る天使》へと放つ。
『させぬ!』
 《光知る天使》が言い放ち、同胞へと向けられた力の前に立ちはだかった。
「!?」
『効かぬ!』
 その宣言通り、リュフォンが放った最高位の攻撃魔法を浴びて尚、《光知る天使》は、余裕の表情を浮かべていた。
『マスター、相手との相性が悪過ぎます。ここは、ワタクシにお任せください!』
 言って躍り出たのは、小柄な身体に似合わない長重鑓(ヤリ)を手にした女鑓使い。
 その頭部に生えた獣耳から、彼女が《獣人族》である事が分かった。
「ルヴィナ、コイツの相手は俺に任せて、お前は、スィーナ達と共に、お嬢様達を護ってやってくれ」
「そうだな、頼むぞ、ヴィー。では、俺の相手は、直戦に強い《夜闇司る天使》で良いな」
「そうすると、俺は、《死を狩る天使》の相手をしておけば良いですね。という訳で、フィリナ、キミの役目は俺の支援ではなく、彼女達の死守だ。任せたよ」
セティ、リュフォン、レンガの三人の《皇》は、自らが戦う相手を定めると共に、ナビ・パートナー達へと指示を告げた。
「シキ、敵の大将は任せた。お約束の言葉だが、こんな所で転ぶなよ!」
「分かっています。美味しい所をありがとうです。レイラ、シュウさん、ラギさん、そこにいるスミナさんを頼みます!」
 セティの言葉に不敵に応えて、シキは、私のことを仲間たちに託し、自分が当たる敵である《光司る天使》へと対峙した。

M・O・D+きゅー ~第一話~

・・・『愛、在りますか?』
「はい。『彼女』へと向ける温かな愛情が」

・・・『夢、抱いていますか?』
「はい。『彼女』がいつも笑っていられる『世界』を形成(つく)ることです」

・・・『冒険、好きですか?』
「はい。実を言うと少し苦手ではあります。でも、『彼女』や優しい『仲間』たちと共に過ごす日々は、私に至福の歓びを与えてくれます」


 私と『彼女』、そして、私の『仲間』たちの性別は、全員共に『♀』です。
 でも、それは私と私たちにとって、瑣末なことですらない事実です。
 だって、私の活きる『世界』は、私に『全てを許す自由』を与えたのだから。

 私の名前は、スミナ・アンジュリカ。
 少し不器用で凄く可愛い『彼女』を護る事を、自らの『夢』に定めた冒険者である。
 その『夢』は、ある人との偶然からなる出会いから始まった。
 今も尚、大切な想い出として残る『彼』との邂逅を、少しだけ美化してここに綴りましょう。


「ちょ、やだっ! ここ何処ぉー! 助けて、フィーノちゃーん!」
 私は、動揺に混乱する頭で、そう叫んでいた。
 嗚呼、我がことながら情けない失態である。
 私は、気を抜きボーとしている隙に、《転送》の罠を踏んでしまったのだった。
 そして、私がボーとしていた理由こそが、助けを求め絶叫した相手である『彼女』のことを考えていたからである。
『お姉さま、落ち着いて・・・。今、《探索の明鏡》で、位置を確認しますから・・・』
「うん、お願い」
冷静な声で伝わるフィーノちゃんからの《伝信》に私は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
『地下階層14階・西‐08・南‐13・敵の存在・・・、ウソっ・・・』
「フィーノちゃん? 如何したの?」
 急に無言となった彼女の態度に凄く嫌な予感を抱き、私は、その先を促すように尋ねた。
『・・・真っ赤・・・』
 その言葉を『冒険者』として解釈し、今の自分が身を置く状況に照らし合わせた結果に導かれる言葉は、『絶望』。
 そう、私は、パーティーの仲間たちとはぐれ、敵の群の中にたたずむしかない状況にあった。
『心配しないで、お姉さま。今、皆と一緒に迎えに行くから・・・』
 そのクールな響きを持つ言葉の中に、彼女の焦燥があることを私は理解していた。
 だからこそ、それに対する私の応えは決まっていた。
「ありがとう。でも、それは駄目よ。皆を危険な目に遭わせる訳にはいかないわ」
 私が転移(とば)されたのは、《罪深き者達の迷宮》と呼ばれる地下遺跡の最下層に程近い場所だった。
 奥に至れば至るほどに、そこを徘徊する敵の力も強大になる。
 それを考えれば、私の為に、仲間たちを、何よりもフィーノちゃんを危険な目に遭わせることは出来なかった。
「だから、私の事には構わないで・・・。お願いよ」
 正直なことを言えば、怖くて仕方が無かった。
 でも、それ以上に、フィーノちゃんたちが危険な目に遭うことの方が怖い。
 それが、私に覚悟を決めさせた理由であった。
『・・・駄目! 必ず、助けに行く。だから、諦めないで』
 フィーノちゃんからの返事に、私は、驚かされる。
・・・フィーノちゃん、本当に変わったわね。
 否、正確に言えば、何も変わってはいなかった。
 そう、昔から、彼女は優しかった。
 唯、少しだけ不器用で、自分を表現するのが苦手なだけだった。
 だからこそ、彼女の周囲には、彼女を誤解する人間も存在していた。
 その中には、心無い言葉で彼女を表現して、傷付けた存在もいた。
 それを知っている私は、凄く悔しかった。
 本当の自分を上手く伝えられないフィーノちゃんと、それを分かってあげようとしない周囲の人々。
 そのどちらに問題があったのかは、正直を言って私にも分からない。
 でも、彼女は、変わった。
 それは、彼女にとって同じ目線でいられる存在ができたから。
 私は、それが嬉しくも在り、そして、少しだけ淋しくも在った。
 自分が彼女を変える切掛けになれなかったから。
・・・ああ、凄く悔しい。
・・・私が、彼女の一番になりたかった。
・・・彼女に素直な感情を伝える事の大切さを教える存在になりたかった。
・・・そして、何よりも彼女に、この想いを伝えたかった。
 でも、それはしてはいけないことだと分かっていた。
 それをしたら、優しい彼女の心を苦しめてしまうから。
「うん、分かった。でも、一つだけお願い。私の生命の光が消えたら、その時は、何があっても退き帰してね」
 私は、既に決まっている覚悟を胸に、最後になる彼女へのお願いを口にした。
『大丈夫、心配いらない。必ず迎えに行くから』
「うん、待ってるよ。でも、本当に無理だけはしないでね」
 私は、それだけを告げると自分から《伝信》の魔力を切った。

「さてと、『約束』したから、それだけは最後まで守らないとね」
 私は、そう呟くと《鎮魔の守護結界》を発動させる為、《力導く言葉》を紡いだ。
 導かれた力の発動と同時に、清浄なる氣を以って《魔》に属する者達を退ける結界陣が私の周囲に展開する。
 私の力でこの《神聖魔法》を維持し続けられるのは、玉輪半周期(四半日)程度だった。
 この結界陣が力を失った時が、私の最後となる瞬間であった。
 その証に、私の気配を感じ取った魔物達が、結界陣の周りへと集ってくる。
「それにしてもぞろぞろと集ってくるわね。流石に鬱陶しく感じるわ。これが全部、フィーノちゃんだったら、正に『理想郷』なんだけどな・・・」
私は、圧迫される息苦しさに疲れる心を慰める為、そんな妄想を想い浮かべながら、静かに瞳を閉じて床へと座った。


「ああ・・・、そろそろ限界かな・・・」
 結界陣を維持する為の精神消費も限界に近付き、朦朧とする意識。
そんな中、私は、視界の全てを塞ぐように群がる魔物達をボーと見詰めていた。
「ごめん、フィーノちゃん。お姉さん、もう限界だよ・・・」
・・・さよなら。貴女のこと、本当に好きだった。
 私は、もう決して届ける事の出来ない想いを胸に、意識を手放す。
 私の意識の最後に浮かんだのは、彼女の笑顔だった。
・・・良かった、怖くはない。良い夢をみながら眠れそうだよ。
 掻き消える清浄の氣、迫り来る魔物達。
 自らの生命の終焉を前にして、私の心はどこまでも穏やかだった。

 私の前に群がる死の宣告者達。
 しかし、それは、唯一人の存在によって、打ち払われる。
「《軍神烈波斬・真改》!」
 天空より響く力強い意志の言葉。
 それは正に、救いの言葉であった。
 彼の手に握られる《守護者の刃》に宿った剣氣は、解き放たれると同時に、私と肉薄していた敵の群を薙ぎ払う。
 そして、彼は私の目の前に颯爽と着地した。
・・・誰?
 驚きの感情を込めた私の視線に、『彼』は、爽やかに過ぎる微笑みを浮かべてこう応える。
「通りすがりの『正義の味方です』!」
「っ!?」
 驚きを通り越し、唖然とする私に対し、彼は、苦笑を浮かべ直した。
「・・・明らかに、『外した』みたいですね」
 少し困ったように呟き洩らし、彼は、私に背を向ける。
「話は後で。先に、あの連中を片付けます」
 宣言して走る彼。
 その動きを一言で表すならば、『神速』である。
 敵に勝る、否、敵を圧倒する素早さで次々に斬り込んでいく彼の姿は、鬼神の化身かと思えるほどであった。
・・・美しい。
 その賞賛の言葉では足りないほどに、彼の技は、一振り一振りに美麗な太刀筋を誇っていた。
「正に『衆寡敵せず』か・・・」
 敵の先陣を一掃し、一旦退き間合いを取った彼は、独り言としてそう呟いた。
 その意味を図るように向けた私の瞳に、彼の疲労が映る。
「まだまだ、俺は、あのヒトの足元にすら及ばないのか・・・」
 そこに現れたのは、焦燥。
 しかし、それは、目の前に在る状況に対するのとは別のモノであった。
「・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫、と言いたいところですが、正直、少しきついです」
 その言葉とは裏腹に、彼の口調には絶望の色は存在していなかった。
「理想としては、敵を退けつつ上層を目指して進みたいところですが、情けない話に脱出口の道筋を見失いまして・・・。下手に動くと確実に窮地へと陥ります」
「あの・・・、左右のどちらかに手を付いて進むという方法は?」
 『迷路で迷ったら、壁の一方に手を付けて進めば、いつかは出口に辿りつく』という脱出方法を聞いたことがある。
 私は、それを実践してみては如何かと提案してみた。
「確かにそういいますね。しかし、残念なことにここは全道筋に《転送》と《感惑》の罠が仕掛けられています。《探索の明鏡》か《千里の明眼》を使えますか?」
「すみません。はぐれたパーティーの仲間なら使えるのですが・・・。《伝信》を使う力も残っていません」
 私は、彼の期待に応えられない事を申し訳ないと思いながら、返事を返した。
「そうですか・・・。否、気にせずに。現在地さえ分かれば、脱出口は何とかなるんで訊いただけですから」
「それなら分かります。確か14階の西‐08・南‐13だったと思います」
 私は、フィーノちゃんが教えてくれた《探索の明鏡》の結果を思い出し、口にした。
 その瞬間、彼の表情に動揺が走る。
「ここ《魔物の巣窟》です! それも『オマケ』が出る可能性在りの! 一刻も早く抜けないと危険です。さあ、こっちへ!」
 彼は、そう言い放つと、それ以上の言葉を口にする暇も無いという感じで走り出した。

「どうやら、遅すぎたみたいですね」
 彼は、悔恨にも似た表情を浮かべて、その言葉と共に得物である長剣を構えた。
 彼の視線の先に立ちはだかる者。
 それは、迷宮に眠る死者達の魂の安息を護る《守護者》、《死を狩る天使》であった。
 双頭の二つに、腹顔、そして秘されたもう一つを合わせた四つの顔を持ち、その何れにも血の紅を思わせる双眸を備えた四翼の天使王。
 死者に安らぎを与え、生者に死を与えるその瞳に見詰められ、私は、畏怖に近い感情を抱いていた。
『汝、傲慢なる御技を以って生命を狩り、死者の安らぎを乱し罪人なり。我が御手に在りし、死の錫杖を以ってその罪を刻まん!』
 《死を狩る天使》は、断罪の言葉を以って私たちへと報いることを宣告した。
「大丈夫です。奴の言葉に惑わされてはいけません。あれは俺達の心を挫き、死の言葉を刻み込もうとする手管。真の『罪』とは他の誰かが身勝手に定めるモノでは無く、自分の心のみが知る過ちの形に過ぎません。不安なら、これをどうぞ」
 彼は、背中でそう語ると、自らの腕にはめていた腕輪の一つを外して、後ろ手に私へと差し出した。
 それは、邪悪なる者の呪いから身を護る力を持つ《祝福の腕輪》と呼ばれるモノであった。
「その腕輪が貴女を、奴の《死を刻む言葉》の呪言から護ってくれる筈です」
「ありがとう。でも、貴方は?」
 彼の好意を感謝で受け入れ、私は、渡された腕輪を身に着けた。
「俺の心には、自らの譲れない『夢』へと至る為の『正義』があります。そう『強き想いは意志となり、その意志は全てを凌駕する』、真なる想いに培われた意志を打ち砕けるモノはそれに優る意志のみ。だから、俺の心配は要りません」
 不敵に彩られたその言葉を紡ぐ彼の瞳には、揺ぎ無い意志が存在していた。
「それに、この剣に誓った《聖約》がある限り、あの程度の敵を前に倒れる訳にはいかないんです」
 彼が更なる意志を紡ぐのに応えて、その手にあった剣の刃が輝きを増す。
「・・・勝てる相手なのですよね?」
「《天聖金剛御剣》、剣の皇より譲られたこの《守護者の刃》は、背中に他者の生命を委ねられて敗れる人間に従うほど、軽い存在では在りません」
・・・《正義を貫きし者・シキ》! 
答えとして告げられたその言葉に、私は、彼の正体を知る。
『打ち砕かれぬ正義』と冒険者達から畏敬される程の実力を誇りながら、尚も更なる高みを目指す《冒険皇》の後継者。
だが、彼の正体がそうであるならば、その身に《試練の制約》という呪いを受けている筈であった。
・・・だから、先刻の戦いの疲労がまだ残っているんだ。
 冒険者としての成長を早める代わりに、全ての身体能力を半分に低下させる《試練の制約》。
 それは当然のことながら、疲労の回復を阻む要因でもあった。
「すみません。私に余力があれば、魔法で支援が出来たのに・・・」
「否、それは仕方が無いことです。それに言ったとおり、俺の心配は要りませんから。大丈夫、貴女は必ず俺が護ります。」
 事無げに言って微笑む彼の笑顔に、私は、不覚にも胸の鼓動を跳ね上げてしまった。
 フィーノちゃんと出会っていなかったら、彼に間違いなく惚れていたであろう。
「では、自らの正義を貫くべく、いざ勝負と参りますか!」
 威勢を込めて言い放たれた彼の言葉には、戦いを前にして昂ぶる魂の色が滲んでいた。
『愚かなる者よ。人間の身で天上の光を背負いし我に刃向うか! 良かろう、その身に、自らの罪の重さに打ちひしがれた絶望の死を刻み込んでやろう!』
 《死を狩る天使》は、戦いの意志を示した彼に対し、猛り残酷なる死の宣告を告げた。
「それは面白い! ならば、俺は、この身に宿る『正義』の意志を以って、貴様の罪を裁いてやろう!」
『人間が天の使いである我を裁くとは何たる傲慢! 正に許されざる罪の証だ! 汝には、絶望の死すら生温いわ!』
 彼の宣言を受けた《死を狩る天使》の瞳に怒りの朱炎が宿る。
 しかし、彼はその怒りを真直ぐに受け止め笑っていた。
「第一の罪、自らの存在を驕り己惚れるその傲慢に正義の捌きを!」
 彼は、罪の宣告を言い放った次の瞬間には、《死を狩る天使》の背後を取り、その背中の一翼を斬り裂いていた。
『ば、莫迦な・・・っ!』
 驚愕の表情で痛みに苦悶する《死を狩る天使》。
 彼は、その敵の反応に詰まらないという感情を一瞬だけ見せる。
「他者の傲慢を責め、それを嘲笑う者は、自らの傲慢を知る痛みすら感じる術を持たないいのか・・・。俺を侮っていなければ、その傷の痛みすら在り得なかったモノを」
 まるで独り言を言うようにその言葉を口にした彼は、敵の反撃を避けて退き間合いを取る。
『己、八つ裂きにしてくれる!』
 怒りの言葉と共に、《死を狩る天使》の紅瞳が魔力を帯びて輝いた。
 その意志を示す鋭い視線を以って、天使の《天地震わす力波》が彼とその背後に在った私を射る。
「《慈愛の戦女神》よ! 我にその加護を!」
 祈り叫んだ彼は、迷う事無く私の前で放たれた魔力を受け止めた。
 その力の余波にすら耐えられず瞳を閉じた私の前で、彼は、攻撃の全てに耐え切る。
「第二の罪、他者の生命を軽んじるその酷薄なる振る舞いに正義の裁きを!」
 力強い意志の言葉に違わぬ一撃を以って、彼は、天使の翼の一枚を斬り裂いた。
『くっ、ならばこれで如何だ!』
 天使の王たる証を再び奪われた恥辱に打ち震えながら、《死を狩る天使》は、双頭と腹顔の三箇所から同時に《死を刻む言葉》を彼へと放った。
「《無限の魔神》よ! その真名を以って我が敵に神明の理を示せ!」
 怖じる事無く祈りを叫ぶ彼の言葉の前に、天使の攻撃が掻き消される。
「第三の罪、死を弄ぶその無情は尚も重い!
 生命を奪われ魂を弄ばれし者達に詫びよ!」
 彼は、咆えるように言い放ち、繰り出した連斬で、残る二枚の翼を斬り裂いた。
『己っ! 己っ! 天上の光を恐れぬその傲慢、決して許さぬぞ!』
「その光の象徴である翼を失って尚、自らの傲慢に至らないとは・・・。貴様は、この地に眠る《罪深き者達》の嘆きを分からないのか!」
 深い想いを込めて言い放つ彼の言葉に、天使の血に濡れた剣の刃が大きく共鳴する。
『黙れ、罪在る者が暗き地に縛られその罪を贖うは天上の理。我の知る由ではないわ!』
「黙るのは、貴様の方だ。仮にも天の使いを名乗るのならば、これ以上、『彼ら』の魂をその醜く歪んだ言葉で穢すな! 『彼ら』は罪を犯し得たのではない。在ることすら許されない罪を刻み込まれただけだ。それでも尚、『彼ら』の罪が贖われるべきモノであるというのならば、この俺が自らの正義に懸けて、その全てを贖ってやろう!」
 《死を狩る天使》が示す憤怒を遥かに圧倒する怒りの炎を瞳に宿し、彼は、天を仰ぎ咆えた。
『笑わせるな、人間。我が翼を奪った事、後悔するが良い!』
 その言葉と共に、天使は、聴く者の心を奪う響きを持つ歌を紡ぐ。
「《天上の調べ》か!」
「?」
 その歌の意味を知る彼の反応を訝りながらも、私は、歌の調べに心奪われていた。
『我が名は、《光司る天使》なり』
『我が名は、《夜闇司る天使》なり』
『我が名は、《光知る天使》なり』
 そこに在る筈のない光に導かれ現れたのは、三つ柱の天使王。
そして次の瞬間、彼らは、まるでそれが定められた絶対の真理であるかの如く、一切の乱れを持たず揃った言葉で告げた。
『罪深き者達に、天上の裁きを与えん!』
それは、私たち二人に対する死の宣告であった。

ある冒険者の追想 ~中編~

 決断を実行に移した俺達の行動に、陰に隠れていた魔物達の一部が動いた。
 しかし、幸いにもそれは『一部』である。
 その大半を振り切りながら、俺とスィーナはひたすら走った。
「良し! 森が切れた!」
 俺は、窮地の脱出口を見付け歓声を洩らす。
 しかし、そこに至る為には、尚もしつこく付いて来る敵を退ける必要があった。
「仕方が無い。遣るぞ、スィーナ!」
『はい、マスター!』
 俺は、直ぐ後ろを付いてきたスィーナに告げて、疾駆する身体の勢いが止まると同時に振り返る。
 そして、スィーナを背中に庇う形で、得物である剣を引き抜いた。
 敵の数は三匹。
 何れも同種族で、獣がごっちゃ混ぜになった醜怪な姿を持つ《妖獣》の類いであった。
『ギゥェー!』
『グィゲェー!』
 その醜悪な姿に似つかわしい耳障りな妖獣達の奇声に、俺は、思わず顔をしかめる。
 その隙を衝くように、敵の一匹が襲い掛かって来た。
『危ない、マスター!』
 スィーナの警告の叫びに応えるように、俺は、手にした剣で相手の躯を薙ぎ払う。
 確かな手応えを感じた俺の目の前で、返り討ちになった敵が地面を転がった。
「流石に一撃で終わりという訳にはいかないか・・・」
 相手の生命力の高さに舌を巻きながらも、俺は、目の前の敵が恐れるに値しない事を感じていた。
「スィーナ、何時もの通り支援のみで大丈夫だ」
『はい、マスター。了解しました』
 俺の言葉に含まれる余裕から、状況の危険性が低い事を察したスィーナは、返事をして指示の通りに支援の態勢で構える。
「取り敢えず、一匹ずつ確実に仕留めて行くしかないな」
 俺は、そう判断すると、先ず手負いの一匹を相手として狙いを定めた。
『ギィーグゲァーッ!』
 手負いである一匹が上げた奇声に反応して、残る無傷の二匹が前に躍り出た。
「成る程、そう簡単には遣らせてはくれないか」
 連携の構えを示した敵の姿に、俺は、気を引き締めるように武器である剣を構え直した。
 俺は正三角形を描くような陣形を取る妖獣達と睨み合う様に対峙する。
『《戦女神の加護》!』
 スィーナは、対象者の傷を癒すと共に戦闘能力を高める《魔導》を発動させ、それを俺に施した。
「ありがとう、スィーナ」
 万全の態勢となった俺の反応に、妖獣達は警戒を強めると共に、何時でも襲いかかれるよう低い姿勢で身構える。
 それに対し俺も警戒心を新たにした。
「(一対一なら、恐れるに足りない相手だが、同時に二匹、三匹となると油断はできないな)」
 相手の動きに気を付けつつ、如何動くかを考える俺を嘲笑うように、前衛の二匹が先に動いた。
「来る!」
 俺は、ほぼ同時に迫り来る敵の攻撃に対処する術を図るべく、その動きを注視した。
 しかし、次の瞬間、それが失策である事を思い知らされる。
「くっ!」
 妖獣達は、二匹が共に俺の横を擦り抜けるように走り、更には、残る一匹も動きを見せた。
「始めから俺ではなく、スィーナを狙っていたのか!」
 気付いた時には既に遅く、先に動いた二匹がスィーナへと、そして、残りの一匹が俺へと襲い掛かる。
「スィーナ、逃げろ!」
『《猛ける氷牙》!』
 焦りながらも迫り来た敵の攻撃を剣で受け止めた俺の叫びに応えるように、スィーナは、冴えを以って響く《力導く言葉》を紡いでいた。
 発動と同時に生まれた氷の杭が楔となって、二匹の躯へと刺さる。
 そして、打ち込まれた氷の杭は、そこに宿す冷気の魔力で相手の動きを封じ込めた。
『マスター、今です! 止めを!』
 スィーナの言葉に応えて、俺は、素早く身体を翻す。
「《烈風の乱斬舞》!」
 俺は、《力持つ真名》を気合いに代えて、スィーナに退けられた二匹を切り伏せた。
『《煌めく雷撃》!』
 スィーナによって再び紡がれた《力導く言葉》の攻撃魔法が、残る一匹を捉える。
 躯の痺れに地面をのたうち転げる妖獣。
「はっ!」
 短い気合いの息と共に振り下ろされた俺の剣が、最後の敵の生命を絶った。
「終わったな」
『やりましたね、マスター!』
 塵となって消え去る妖獣達の屍を一瞥し、俺とスィーナは、勝利の余韻に浸る。
「しかし、スィーナ、何時の間にあれ程の攻撃魔法を会得したんだ?」
 俺の知る限り、スィーナが使える攻撃魔法は初歩の初歩レベルだった筈である。
『はい、この前、親切な《魔司》さんと出遭って、軽く指導して貰いましたです』 
 嬉しそうに応えるスィーナ。
 そして、その口からは、更に驚く言葉が続けられた。
『何時までもマスターに護って貰うばかりのワタシでは駄目なのです。これからは、もっともっと頑張って、マスターのお役に立てるワタシになるのです』
「スィーナ、お前は今までだって、充分に役に立ってきたよ」
 健気な想いを示すスィーナの言葉に、俺は、偽らざる想いで応える。
『ワタシが強くなれば、マスターは、もっと強くなれます。だから、ワタシは頑張るのです』
「そうか、じゃ、俺ももっと頑張らなくちゃだな」
『はい、お互いにガンバです!』
 そんな遣り取りを交わし笑い合う俺とスィーナの背後で、その『異変』は現れた。
「!?」
『ッ!』
 背筋が凍りつく程に威圧的な波動を感じ、俺達は、互いに顔を見合わせる。
「危ない、スィーナ!」
 発したその言葉より先に、俺は、スィーナの身体を抱きかかえて跳んでいた。
 俺はスィーナの身体を両腕に包み込み、跳躍の勢いのままに大地を転げる。
 次の瞬間、それまで俺達がいた地面に、深い溝が穿たれた。
 大地に揉まれた身体の痛みを無視して、起き上がった俺の瞳に敵の姿が映る。
 それは、巨大な体躯を持つ正に異形と呼ぶのに相応しい獣だった。
 虎を思わせる胴体と四肢、背中には玉虫色の彩(いろどり)を放つ羽根が生え、頭は異彩の斑を持つ人間に似た形をしていた。
 そして、その容姿の中でも、最も異様であるのが血に餓えた者が持つ狂気の色を宿した双眸であった。
「(あれは、一体、何だ!)」
 俺は、目の前に現れたその存在に、魂の奥に在る恐怖心を震え上がらせていた。
『マスター!』
 スィーナの声で、俺は、恐れに魅入られていた心に正気を取り戻した。
「スィーナ、アレは危険すぎる! 逃げるぞ!」
 俺は本能が感じた危機感に従い、その場を退く事を素早く決断する。
『はい! 了解です、マスター!』
「先に行け、スィーナ!」
 俺は、武器である剣を腰の鞘から引き抜きながら、スィーナへと先に逃げるように促す。
『しかし、マスター・・・』
「良い、俺には構うな! 少しだけ時間稼ぎをしたら、直ぐに退く。行け、スィーナ!」
 躊躇うスィーナに少し強い口調で逃げるよう指示し、俺は、敵の動きを制するべく視線をやった。
『久しぶりの獲物。逃がすものか!』
「!?」
 俺は、違和の無い人語を口にする敵の姿に、少なからず驚かされた。
「・・・信じられない。まともに人間の言葉を話すのか・・・」
『そのような事で驚くとは、何たる無知蒙昧! 正に愚かしき獲物よ!』
 嘲りと侮蔑に満ちた眼差しを俺に向け、巨獣は笑い声である咆哮を上げた。
 その言葉に、俺は、目の前の獣が持つ知性の存在を感じ取る。
「如何やら、何があっても見逃す意志は無さそうだな」
『ふっ、分かりきった事を問うとは、愚の骨頂! 救い難き莫迦者よ!』
 その一つ一つの言葉に、巨獣が持つ頑迷なまでの尊大さが滲み出ていた。
「ああ、確かにこんな所を彷徨っている俺は愚かだが、その俺以上にお前は愚かだよ。お陰で、労無く十分な時間稼ぎができた」
 俺の言葉に違わず、期待通りにスィーナは既に逃げ切っていた。
 後は、自分の身を何とかすれば良いだけだった。
「では、そういう事だ!」
 俺は、言い放つと一気に駆け出した。
『逃がしはせん!! 《脳髄震わす烈波》!』
 巨獣が叫び放った咆哮は、衝撃波となって大地を薙ぎ震わせる。
「くっ!」
 その凄まじい威力の前に、俺は、凍りついたように身体の自由を奪われた。
『さあ、愚か者よ。我が血肉の糧となるが良い!』
 巨獣が再び咆え、身動きの出来ない俺を喰らうべく牙を剥く。
『《魂解き放つ爽歌の調べ》!』
「っ!」
 俺は、金縛りが解けるのを感じると同時に、敵の攻撃を回避する為に背後へと跳んだ
 正に間一髪で避けた身体に、巨獣が吐く息を感じる。
「スィーナ、何故、戻った」
 金縛りから解き放ってくれた相手の正体を知り、俺は、そう口にする事しか出来なかった。
『やはり、マスターを残して自分独り逃げる事は出来ません!』
 スィーナという存在が持つ忠義と礼節の篤さを思えば、それは当然の行動であった。
「・・・そうか、分かった。お前のお陰で、本当に助かったよ。こうなったら、なんとしても共に無事この窮地を脱するぞ、スィーナ!」
『はい、マスター!』
 スィーナの行動に勇気付けられたのは、事実であるが、目の前にある危険が減った訳ではなかった。
「敵はあの巨体だ、そうそう小回りも利かないだろう。一か八か二手に分かれて敵を攪乱しながら走るぞ!」
『了解です! 御武運を!』
 逃げるのに武運を祈るのも変だと思いながらも、俺はスィーナに同じ言葉を掛けて、走り出した。
『愚かな、逃がすものか!』
 俺達の行動を嘲って言い放ち、追撃の為に走り出す巨獣。
 しかし、俺の思惑通りその追走は、勢いに任せた暴走に過ぎなかった。
「後もう少しだ、頑張れ、スィーナ!」
『はい、マスター!』
 巨獣との間に十分な距離を稼ぎ、脱出口が見えた事に、俺もスィーナも安堵の笑みを浮かべる。
 後もう少しという時に、その存在達は、最悪のタイミングで現れた。
「ファーシィ、クィーサ、二人共逃げろ!」
 普段の経緯を考えれば、煩わしいとも感じさせられる相手達では在ったが、流石に危険を押し付ける訳にはいかず、俺は、簡潔な言葉で取るべき最良の行動を促す。
 しかし、それはこれまでの経験通り無意味な行為に終わった。
「あーら、『逃げろ』ですって、誰にモノを言っているのかしら、敵を前にして戦わずに逃げるなんて私の性分では無いわね」
「何を言っている。アレは普通に遣り合って如何にかなる程度の相手じゃない!」
 この遣り取りの間にも敵が間近へと迫っている事を考えると、自然に俺の口調は乱暴なモノになっていた。
『君子危うきに近寄らずです。ここは、勇気ある撤退をいたしましょうです』
「そうね、確かにそんな言葉が存在します。しかし、『虎穴にいらずんば虎児を得ず』とも言います。危険を冒さずして冒険者とは成り得ません。ここは勇気を持って戦いましょう、セティ様!」
・・・そして、貴女達はあの虎モドキの胃袋にでも飛び込む積りですか?
『勇気と無謀は違います。マスター、今日の危険を避けて、明日の困難に挑む事こそ真の勇気です』
・・・スィーナ、良い見解をありがとう。
「俺もスィーナの言葉に賛成だ。それにここでアレと遣り合うのはなんか凄く否な予感がする。だから、この場は大人しく退こう」
 自慢じゃないがこういう時に抱く俺の勘には、妙な的中率がある。
 予感が現実になる前に、撤退するのが賢明と思われた。
「臆病な事を言ってくれるわね。それでも《魔物を討つ虜刃》なんて異名を持つ冒険者なの! 私は誰が何と言おうとも退く気は無いわよ!」
「そうですね、貴方の事は、正直、見当はずれだったのかもしれません。私は戦うわよ、クィーサ」
 二人は俺を臆病だと笑うような視線を向けて、心外だと口にする。
『マスターを莫迦にしないで下さい! マスターは、貴方達の身を心配して言っているのです!』
 俺に代わって感情をぶつけるスィーナ。
 そこには、俺が今までに見た事が無い激しさが存在していた。
「スィーナ、ありがとう。だが、もう手遅れみたいだ」
・・・そして、済まない。
 俺は、怒りの収まらないスィーナの身体を宥めるようにして抱き締め、その手遅れとなった危険に巻き込んだ事を無言で詫びる。
「そうね、もうやるしかありません」
「だから、覚悟を決めなさい!」
 ファーシィとクィーサに促されるまでも無く、俺の覚悟は既に決まっていた。
 そう、スィーナを護る為にも、戦って敵を退ける以外の道は最早残されていなかった。

「《滅び導く熾光》!」
「《身魂惑わす光華》!」
 邪悪なる者を灰塵に帰する力。
 敵の心を幻惑に誘う力。
 ファーシィとクィーサの《力導く言葉》によって、二つの《神聖魔法》が完成する。
 愈々(いよいよ)、二人がその力を巨獣へとぶつけようとした瞬間、その闖入者は現れた。
「待って、撃つな!」
 それは、軽装に華美を過ぎる装身具の群を身に着けた一人の剣士。
「危険な事になるぞ!」
 巨獣と俺達の間に割って入った彼は、再び警告の言葉を口にして、魔導師二人を制止した。
 その彼を一瞥した二人は、一瞬だけ止まると、忠告を黙殺して、巨獣へと力を解き放つ。
「莫迦な真似を・・・!」
 そう口にした彼の表情にあったのは、悔恨と烈しい憤りであった。
 狙いに違わず巨獣の躯を捉えた魔力の光は、烈しく弾けて霧散する。
「効いて無い?」
「否、最悪の事態を招いてくれた。スィーナ、俺に《魂乱す酩酊》を頼む!」
『? はい!?』
 突然、名前を呼ばれた事以上に、彼が口にした要求に、スィーナは面食らっていた。
「ちょっと、貴方! 突然現れて、何をふざけているのよ!」
「ふざけているのは、どっちだ。お陰でこっちは恥の上塗りも必死だ。これ以上の問答は要らない。《神の御子姫》、主を護りたければ、俺を信じろ!」
 彼は、心に抱くその憤り以上の感情に耐えながら、真摯な眼差しでスィーナに命じていた。
『はい! 《魂乱す酩酊》!』
 彼の示す意志に圧されるように、スィーナは、《力導く言葉》を紡いだ。
 発動して生まれた魔力の光を受けて、剣士の身体に異変が現れる。
「助かった。約束通り、本気で遣ってやろう!」
 不敵な笑みを浮かべて言い放つ剣士の身体からは、烈しい闘氣が陽炎となって昇っていた。
『何奴かは知らぬが、獲物が増えるのは好ましい限りだ! 死ね!』
「黙れ、難訓の鬼畜! 大言は、この俺に掠り傷の一つでも負わせてからほざけ!」
 振り下ろされる巨獣の拳。
 剣士は、言い放つと同時に鞘から抜いた長剣の一振りで、それを弾き返した。
「温いな、本気を出せ! その程度では《死を狩る凶獣》の名が廃れるぞ!」
『ふんっ、面白い。我が名を知って怖れを抱かぬ人間が在るとは、興味深い! 望み通り、思う存分に狩ってくれるわ!』
 互いに奮い立つ両者の遣り取りに、俺を始めとするその場の全員が畏怖の感情を抱いていた。
「セティ、と言ったな。呆けてる暇は無い。そこの二人がかましてくれた失態のお陰で、この周りの妖獣共が全て見境無く襲い掛かってくるぞ。それに運が悪ければ、あの程度の『外道』とは違う化け物が現れるかもしれないからな」
「貴方は、先刻から何を言っているのですか? そもそも私たちの失態って如何いう意味ですか?」
 ファーシィの疑問は尤(もっと)もなモノだったが、それ自体が更なる失態であった。
「《凶獣》、奴の存在に刺激され怯え狂った獣達の本能は、見境無く全てに襲い掛かる。知らずに遣ったなんて言い訳は通用しない。俺はちゃんと警告したのに、お前達はそれを嘲笑って無視した訳だ。流石は、《秩序の王》と《力威の王》の懐刀、奴等に似てその己惚れに培われた傲慢さは度し難いな」
 その言葉と共に酷薄な笑みを浮かべてファーシィ達を一瞥した彼の瞳には、彼女達を見透かした先に在る者達への憎悪が宿っていた。
 それは、見る者の心を凍えさせる程に、暗く冷たい眼差しであった。
「来るぞ、セティ! スィーナ! こんな所で転ぶなよ!」
 俺達へと警戒を促す言葉を言い放つ彼の眼差しには、先刻に見せた冷酷さは無く、誇りに満ちた優しさすら感じさせる温もりが宿っていた。
・・・不思議な人間だ。
『マスター、敵に囲まれています! 気をつけてください!』
 スィーナの警告の言葉が、剣士の言葉と重なって、俺を動かす。
「ファーシィ! クィーサ! あの巨獣は、彼に任せて、俺達は奴らの相手をするぞ!」
 下手な手出しをすれば、反って彼の邪魔をする事になると判断し、俺は、周囲を取り囲むようにして現れた妖獣達と対峙する事を選んだ。

ある冒険者の追想 ~上編~

その冒険の切掛けを一言で言うならば、それは『愛と自由を求めて』というのが一番相応しいだろう。
 そして、それはある存在との出会いから始まった。

 俺が住む『神蒼界』では、《秩序の光》と《力威の闇》と呼ばれる二つの勢力が、世界の覇権を求めて相争っている。
 絶える事無く続くその争乱は、世界に大きな混乱をもたらし、そこから生まれる恨みや憎しみが更なる争乱の火種となる負の連鎖。
 それが今の世界に於ける偽り無き現実であった。

 『冒険者』、それは嘗て世界を脅かした絶対の脅威である《邪悪なる魔を統べる神》を討ち滅ばした英雄達。
 しかし、彼らこそが今の世界を混迷の渦に巻き込んだ元凶であった。
 その争乱の始まりは、冒険者同士の些細な諍いであったらしい。
 そこから生まれた刃の恨みに刃の恨みを以って報いた結果、退く事の出来ない争いへと至った。
 互いに譲らぬ意志は、至高の力を誇った《王》と呼ばれる二人の存在によって、冒険者としての実績とそれによる地位を重んじる《秩序の光》と冒険者としての実力を絶対とする《力威の闇》へと纏め分かたれる事となった。
 そして、世界はその二人の《王》が戦場に君臨する争乱の舞台となった。

 斯く言う俺自身もその冒険者の端くれである。
 だが、俺は他の冒険者達とは、少し違った生き方を求めている。
 それは、未だ世界に存在し続ける《魔物》と呼ばれる異形達と戦う日々に身を置く事であった。
 俺が、何故にそんな生き方を求めたのかと言えば、その最たる理由は、今、俺の傍らにあるナビ・パートナーと呼ばれる存在にあるだろう。
 『ナビ・バートナー』、それはその名の通り、俺達、冒険者の旅に付き従う同行者。
 その姿形は其々に異なり、多少の差は在るがケモノに近い様相を持っている。
 因みに俺の『ナビ』であるスィーナは、焦げ茶と赤茶の二色が重なり合った皮衣を持つ『ネコ』に似た姿をしている。
 俺は、忠義と礼節に愛嬌を合わせ持つこの存在を大いに気に入っている。
 否、こよなく愛していると言っても過言ではない。
 そして、俺が魔物達を『仇敵』とする理由は、奴等がナビにとっての天敵だからである。
 俺は、冒険者となって、最初に受けた依頼の中で、自らの非力さと魔物達の残忍さを思い知らされた経験を持つ。
 あの時、俺は小さな冒険を果たした歓びに驕り、ナビであるスィーナを危険な目に会わせてしまった。
 だから俺は、この愛らしい存在を傷付ける魔物達を狩る事を、冒険者である自分の使命と定めた。

 冒険者としての挫折を知ったあの時の経験から、俺は、臆病に近いぐらいの慎重さを持って生きて来た。
 それは、もう二度とスィーナを危険な目に会わせない為の慎重さである。
 そして、俺は、大切な存在を護る為に、魔物達と戦う危険を冒す少し変わった性質の冒険者となった。
 
自らの剣を以って魔物達を倒す事に魅入られた俺を、他者は、《魔物を討つ虜刃(モンスター・スレイブ)》の異名で呼ぶ。
 そこに在るモノが嘲りであろうとも構わない。
 俺には、護るべきモノに対する誇りが在るのだから。

 俺はスィーナと共に各地を渡り歩き、その街々に在る冒険者ギルドで魔物退治の依頼を受けて、日々の暮らしの糧を得ている。
 自らの異名となる程に、魔物を討つ事に特化していたその風評も手伝って、俺は、仕事に事欠く事も無く着実に冒険者としての経験を積んでいた。
 そんな俺の風評が何時しか、名声と呼ばれるモノに近くなるにつれ、ギルドから微妙な依頼が持ち掛けられ始める。
 それは、傭兵として、《光》か《闇》の勢力に加わらないかという内容であった。
 他者はさて置き、俺には、戦場の誉れというモノに対する興味が全く無かったので話の都度にそれを断わってきた。
 しかし、それで諦めて話を終わらせてくれないのが、未だ俺に付き纏う目の前の現実だった。

 それは、《光》と《闇》の勢力に冒険者を誘う『導司』と呼ばれる二人の少女である。
 一人は、《秩序の光》に属する導き手で、名をファーシィ。
 その『得意技』は、清楚な瞳で訴える泣き落とし。
 もう一人は、《力威の闇》に属する導き手で、名をクィーサ。
 その『必殺技』は、理知を完全に無視した恫喝。
 両者は、正に、真逆の性質を持つ対照的な存在達だ。

 この二人は、俺が冒険者ギルドからの依頼を蹴って直ぐに、俺の前へと現れた。
 最初は、態々、俺なんかを勧誘に来る手間を難儀だと思ったが、その執拗なまでの執念を以って付き纏われ続けている今では、正直、迷惑以外の何者でもなく感じている。

『さあ、セティ様。私(わたくし)と共に、この世界に美しき秩序の光華を咲かせましょう!』
・・・否、俺はそういうのに全然興味が無いので他所でお願いします。
『セティ! この世は力こそ正義なのよ。私(あたし)と共に力の正義を貫きなさい!』
・・・俺、そういうのは間に合っているので、他の人間を誘ってください。
 と、『心の声』を口に出して言えたならば、全ては解決するのだろうか。
・・・意志薄弱な俺にはムリです(とほほっ・・・)。
「スィーナ、俺には、お前だけが心の支えだよ」
 俺は、心のオアシスであるナビへと独りごつり、自分の心を慰める為にその頭を撫でる。
 我が事ながら、優柔不断なこの性格が恨めしかった。

『セティ様、一緒に来てくださらないと、私・・・、私・・・』
『セティ! 拒んだりしたら、どうなるか分かっているわよね?』
 前者は涙目、後者は威嚇。
 これは、何時もの展開である。
 そして、それに対する俺の応えも何時もと変わらなかった。
「済みません。俺は、まだまだ未熟な身なので、お二人の要望には応えられません」
 この言葉は、謙遜である以前の事実である。
 これまでの冒険の旅でそれなりの経験を積んだ身ながら、未だ俺は、《重装剣士》の職位に留まっていた。
 それに対し、今、俺の目の前に居る二人は、共に熟練した《神聖魔導師》の身の上である。
 その二人が、態々、俺なんかに構う事自体が、甚だ不思議であった。
「だから、俺なんかより、もっと良い相手を探してください」
 過去の経験から、それが無意味な事だと知りながらも、俺は、遠回しにこれ以上付き纏わないで欲しいと告げる。
『未熟だなんて、そんな事はありません! 貴方には、他者に無い素晴しい資質が在ります。だから、それを私と共に《秩序の光》の中で開花させましょう!』
・・・それは、貴女の勘違いです。
『セティ! うだうだ言ってないで、私と共に《力威の闇》の下で戦いなさい。さもないと酷い目に遭うわよ!』
・・・それって、貴女に酷い目に遭わされるという事ですよね?
・・・もう、俺の事は放って置いて下さい。
 さあ、俺、きっぱりとそう言うんだ俺!
・・・やっぱり、ムリです(うぅ・・・)。
『クィーサ、そんな乱暴な言葉で、彼に無理強いをするのは良くありません。彼も困っていますよ』
・・・否、困っているのは、貴女に対しても同じです。
『ふーん。ファーシィ、貴女は、そうやって又、良い子ぶっちゃってくれるわけだ。ほんと、貴女のそういう可愛い振りしてオトコを騙す手管が、鼻に付くのよ。涙はオンナの武器ですか。あぁー、やらしィー』
・・・やば、険悪な空気が流れ始めた。
『そんな事を貴女に言われたくありません。それに、貴女だって、その無駄に卑猥な身体でオンナの色香を振りまいて、強引に相手を誘惑しているではありませんか。イヤラシイのは、貴女の方です!』
・・・うわぁ、最悪の展開。
『あらぁー、言ってくれるわね。ふぅっふーン、それは、無い乳娘の負け惜しみかしらぁーン』
『うっ、ウルサイのです! そういう貴女は莫迦の一つ覚えで、昔から、所構わずその贅肉の詰まった塊を自慢げに張り出していましたわね』
・・・嗚呼、こうして生まれる確執が《光》と《闇》の間にある因縁の溝を更に深めるのですね(合掌)
 白熱する乙女の戦いを前に、俺は、それを止めるも出来ず唯黙って見詰めていた。
「(しかし、これはある意味、チャンス)」
 二人の気が逸れた今を好機と、俺は、スィーナを抱き上げると忍び足で後ずさる。
 幸いな事に、どちらも俺の行動に気が付きはしなかった。

「・・・ここまでくれば、一安心だな」
 俺は、見事に虎口を脱した感慨から、安堵の言葉を洩らす。
「しかし、それにしてもあの二人の因縁は、昨日今日に始まったという程度のモノではなかったんだな・・・」
 その二人に自分が迫られている選択肢の結果を思えば、余り知りたくは無かった事実である。
「同じ女性でも、『彼女』とは全然違うな」
 口にしたその言葉と共に、俺の腰にある『彼女』と過ごした日々の思い出の証である剣がずっしりとした重みを示した。
『アルディナ様の事ですか?』
 俺の言葉に反応して、スィーナが問い掛けの言葉を口にした。
「ああ、どうせ追い掛け回されるなら、彼女にこそ、そうして貰いたいんだがな」
『マスター、ガンバです!』
 応援の言葉と共に、俺の頭を撫でるスィーナに苦笑混じりの眼差しを返し、俺は、黙って頷く。
・・・嗚呼、本当に頑張らなくてはだな。
「もう一度、彼女に会いに行く為にも、早くこれを振るうのに相応しい力を身につけなくてはだな」
 俺は、独り言の様にその言葉を口にして、アルディナが俺の為に鍛えて上げてくれた剣に触れる。
 持つ者の意志に応えて成長する刃持つ剣、《ガーディアン・ブレード》。
 彼女は、《神の武具を鍛えし者》と讃えられる鍛冶の師であるイルグ・オードに認められる為に、俺を信じこの剣を託した。
 だが、俺は、彼女の想いに応える事を約束しながら、未だにその一歩すら歩み出せずにいた。
『マスター、焦る必要はありません。この世界から《神》が去ろうとも、彼の存在は今も尚、私達を見守っております。
貴方が求めるモノを見失わない限り、何時かはそれに対する報いが与えられる筈ですから』
「そうだな、ありがとう。弱音を吐いているヒマなんて無いな」
『そうです! ファイトです! オォーです!』
 腕を振り上げて気合いの声を上げるスィーナ。
 俺は、その励ましに応えて、スィーナの頭を撫でた。
「では、まあ、目指す道程(みちのり)はまだまだ遠いけれど、歩き出さなければ何も始まらないからな。行こうか、スィーナ」
 俺は、自分に言い聞かせる意味も込めて、その言葉を口にすると、スィーナを伴い歩き出した。

「で、ここは一体、何処だ?」
 情けない話だが、俺とスィーナは、今、道に迷っていた。
『済みません、マスター。ワタシもここは初めての場所でお役に立てそうにありません』
「否、元はと言えば、俺が闇雲に走り回った所為でこうなったんだから、気にするな」
 そう、運が悪い事に、俺達は、あの後で再び『彼女』達と遭遇してしまったのである。
 そして、脱兎の如く逃げ出したのは良いが、結果、道に迷い今に至る訳であった。
「しかし、正直、この状況は好ましくないな」
 俺は、周囲の状況を視線で探りながら、自分が身を置く場所がどれ程の危険を孕んだ所であるかを痛感する。
 暗い闇の力が満ちる中、鬱蒼と生い茂る木々の陰に潜む無数の魔物達の気配。
 俺は、足を踏み込んでしまった危険の大きさに、自分の愚かさを呪った。
『はい、マスター。この地に満ちる力の邪悪さは危険です。ここは、速やかに退くのが得策です』
 ナビであるスィーナの危険を察知する能力は、疑う是非も無いモノである。
 スィーナが危険と言えば、それは、間違いが無く危険なのだ。
「分かった。連中が動く前に退くとしよう。しかし、問題は、どう退くかだな・・・」
 戻る道を間違えれば、更なる危険へと足を踏み入れる事になる。
 考えている暇は余り無いが、無闇に動く訳にもいかない。
「スィーナ。敵の気配から、数が少ない所が分からないか?」
『済みません、マスター。探ってはみましたが、周囲を満たす力の邪悪さに阻まれ、正確な状況を掴みきれません』
 その場にある異様な雰囲気は、俺ですら、気が変になりそうな邪悪さに満ちていた。
 敏感な感性を持つスィーナにとってみれば、その感覚を狂わされてもおかしくはないモノなのだろう。
「そうか・・・。ならば、多少の危険は覚悟の上で、一気に駆け抜けるか・・・」
 それは、下手をすれば敵の追撃によって窮地へと追い詰められる可能性が高かった。
 しかし、ここでじっとしていても、囲まれて窮地へと至るのは確実であった。
『マスター、魔物達の様子が少し変なのですが・・・』
 脱出の方法を思案する俺に対し、スィーナは、何かを憚るようにそう口にした。
「・・変?」
『はい。何というのでしょうか・・・。何かを警戒している、或いは、恐れている、そんな気配が感じられるのですが・・・』
 スィーナは、自分が感じたモノの理由が分からないからか、曖昧な口調で俺へと答えた。
『それに、これだけの邪悪な力に支配された場所に在りながら、敵の数が極端に少ないのも妙です。普通なら、もっと多くいてもおかしくは無いモノかと・・・』
「それは、何処かに逃げ出したか、或いは、何者かによって数を減らされたという事か・・・?」
 スィーナの指摘から考えられる事を口にした俺は、その自らが考えた『答え』に、安心する事は出来なかった。
 それは、邪悪な力が支配する場所で、邪悪な存在である魔物を退ける存在があるとしたら、それは更なる強大な力を持つ邪悪な存在の可能性があるからだった。
「分かった。これ以上、無駄に考えても仕方が無い。ここは一刻も早く退くとしよう」
 それは、自分でも驚くほどの決断である。
 俺は、スィーナを促し、その場を去るべく歩き出した。

2008年6月9日月曜日

『M・O・D+しぃー ~リトル・リリー~』 後編

「さてと、事も一応は治まったみたいだし、俺達は本来の目的に戻るとするよ」
 そう私たちに告げて、セティさんは、崩された威厳を取り戻すように表情を引き締めた。
「はい。色々とご迷惑をお掛けしました」
「否、自分から首を突っ込んだ事だ。礼には及ばないさ」
 感謝する私にそう返すセティさんの言葉からは、貫禄というモノが感じられた。
 しかし、それにしてもこの人は、一体何者なのだろうか。
「ちょっと、格好つけているのは結構ですが、忘れ物でしてよ」
 それまでの経緯(いきさつ)が影響した何処か含みのある言葉を掛け、シェンナさんは、セティさんが外し置いていた双剣に手を伸ばす。
「危ない!」
『?』
 慌ててそれを制止するセティさん。
その言葉の意味を理解できず疑問符を浮かべる私達。
「きゃっ!」
 シェンナさんは、掴んだ双剣を持ち上げようとして、洩らした悲鳴と共に前のめりとなって豪快に転んだ。
「遅かったか・・・」
 その展開を予測していたかの如く、セティさんが悔恨の言葉を口にした。
「ちょっとぉー、何なのですか、コレ!」
「本当に済まない」
 セティさんは、シェンナさんの抗議に対し、今度は先刻と違った真剣な反省の言葉を口にする。
 そして、自らの武器であるそれを拾い上げて、腰の剣帯に戻した。
「この剣は特殊なモノでな。主である者以外には、比重の《制約》が課せられるんだ。まあ、要するに、異常に重いくて持てないだけなんだがな。一瞬だけとはいえ、良く持ち上げられたモノだ。流石は《神聖なる御手》の使い手、『聖信の値』がかなり高いのか」
 この世界に於いて、《神》と呼ばれる特異の存在が認める善行に対し量られる値。
それが『聖信の値』である。
 妙に感心するセティさんに対し、シェンナさんが胸を張る。
「そうね、自慢じゃないけれど、ざっと百二十はあるかしら。ふっ・・・、お嬢様に対する愛情の深さに比例していますのよ」
「そうか、それなら俺のスィーナに対する親愛の深さは、その三倍以上は在るという事になるな」
・・・えっ!?
 事無げに言う口調に聞き逃す所だったが、彼の『聖信の値』は三百六十以上在るという事になる。
 普通、百五十を越えた時点で『聖者』と呼ばれる位のレベルだった。
 それを二倍以上でぶっちぎっているセティさんって・・・。
・・・アレ? セティ・・・?
・・・えぇー!!
「も、若しかして、セティさんって、あのセティさん!? 《マスター・オブ・ヒーロー》! 《英雄皇》ですか!」
「ああ、まあ、多分、そのセティだよ」
 私のはしゃぎ様に気圧されたのか、セティさんの表情には、怯えにも似たモノが浮かんでいた。
『マスターは、こう見えても、結構、繊細な所が多いので余り刺激しないであげてください』
「・・・放っておいてくれ」
 何か照れ隠しのように憮然とするセティさんの反応に対し、私は、苦笑を浮かべて誤魔化した。
「・・・あの、私強くなりたいんです!」
 嘗てこの世界に巻き起こった《光と闇の争乱》を鎮め、甦った《邪神》を討った『栄光の八英士』の一人である存在を前にして、私は、興奮のままにそう口にしていた。
 それに対するセティさんの反応は穏やかであったが、何処か淋しそうな色をその表情に浮かべていた。
「ああ、そうか。そうだな。冒険者である以上はそう望むのも当たり前だな」
 曖昧というよりは、困惑に近い口調で答える彼の姿に、私は、自分の失態に気が付く。
「あの、違うんです! いえ、違わないのですけれど、やっぱり違うんです! えっと、そういう意味じゃなくて・・・」
 私は、誤解と失敗を何とかしようとしどろもどろになって訴えた。
「ああ、分かったから、取敢えず落ち着いてくれ」
 私の態度から、何かを察してくれたのか、セティさんの表情には、優しい笑みが浮かんでいた。
「はい、済みません。あの私、貴方に甘えようとか、そういうんじゃなくて、良かったら教えて欲しいんです。如何したら、貴方の様に強くなれるのかを」
 決してそれは上手な伝え方ではなかったと思う。
 それでも、セティさんは、納得するように頷いてくれていた。
「成る程、キミの気持ちは分かった。しかし、それは俺が如何こう出来る事では無いな」
「ちょっと、それは少し冷たいのではありませんか」
『そうです。冷た過ぎます、マスター』
 セティさんの返答に、シェンナさんとスィーナちゃんが抗議の声を上げてくれた。
「二人共、他者の話は最後まで聴くように」
 話の腰を折られた事を指摘して、セティさんは、言葉を続ける。
「俺が言いたいのは、キミに俺と同じ強さを求めてられても、それを与える術を俺が持っていなという事だ。まあ、正確に言えば、俺の力は俺のみの固有ともいえるモノだから、他の誰にも同じようにはなれないという事だな。それに関しては、スィーナ、お前の方が良く知っているだろう」
『はい。身体的能力や天性の特性という点で、貴女がマスターと同じ経験を積んだとしても、成長の程度に大きな差が生じるでしょう。マスターと同じ稀有な特性を持つ者である雷聖様ならいざ知れず、というのがワタシの見解です』
 スィーナちゃんの解説を受けて、セティさんがハッとした表情を浮かべた。
「そうか! 彼なら、キミの要望に応えられるかもしれない・・・って、あのヒトを捕まえる事の面倒を考えれば、時間の無駄遣いに過ぎないか・・・」
 セティさんは、自ら導き完結させた『答え』に落胆する。
「それ以前に、大切な事を訊き忘れていた。如何して、キミは、強くなりたいんだ?」
「あの私、凄いドジで、何時も皆に迷惑ばかり掛けていて、その中に大好きなヒトがいて、それで少しでも強くなって、そのヒトの役に立ちたいんです!」
 セティさんの尋ねに対し、私は、その答えでもある『想い』を一気に口にした。
 少し捲くし立てて喋り過ぎたと反省する私の瞳に、微妙な反応を浮かべるセティさんの表情が映った。
「済みません。ちょっと取り乱してしまいました」
「否、そうじゃなくて、懐かしい台詞を聴いて少し驚いただけだから」
『はい、本当に驚きです。マスターには、「彼女」達みたいな方を引き寄せる因果が在るのでしょうか』
 私の『台詞』というモノにしみじみとするセティさん達の姿に、私は、困惑の表情を浮かべる。
「いやいや、そうか。それならば、話は早い。これは飽くまで俺からの助言に過ぎないが、キミの場合、強さを求めてそう焦るべきでは無いな。焦れば焦るほど物事が上手く行かなくて、それが更なる悪循環を生じさせる。そう思うのだが」
「焦り過ぎての悪循環、ですか?」
 私は、セティさんが聴かせてくれた助言を一言に纏めて尋ねるように口にした。
「そう。我が身を振り返れば他者の事は余り言えないが、無理をし過ぎればそれが祟って良くない結果を招くという事だ。大切なのは、自分に何が出来て何が出来ないのかを見極め、そこから、何をするべきかを知る事だな。修練と言っても、長所を伸ばすのか短所を補うのかでその方法もかなり違ってくるモノだ」
『そうです。焦ると大切なモノを見失いがちです。先ずは、落ち着いて冷静に物事を見極める事です。冒険者と雖(いえど)も、唯、危険を冒せば良い結果が得られるとは限りません』
 セティさん達の助言に、私は、納得し頷いていた。
「そもそも、少し位の失敗で迷惑だなんて考えず、思い切って遣ってしまえば良いんじゃないか。そこから絆を培えるからこその『仲間』だと俺は思うけどな。キミの想い人はその程度で、キミを見捨てる存在なのか?」
「お姉サマは、そんな人間ではありません!ちょっと、意地悪な所は在るけれど、本当にとても優しい人間です!」
 私の威勢のいい言葉にセティさんは一瞬だけ驚き、それから直ぐに笑顔を浮かべた。
「いや、失敬。知らない相手の事を無闇に量るべきではなかったな。それに何よりも、キミの想い人である彼女に対する想いに対し失礼をした。本当に済まなかった」
 軽口に聞こえるその言葉の中には、全てを察し理解した上での真摯な想いが込められていた。
「私の事を変だとか思わないのですか?」
「否、別に。人間、抱く愛情の形なんてそれぞれに違うモノ。キミの心に在るのが純粋な愛情であるのならば、それで充分だ。それに、キミのその想いを否定する事は、《神》に『全ての自由を許す』という『理』を認めさせた俺の盟友達に対する裏切りだからな。斯く言う俺も、他者に自分の想いを認めさせる為に戦い、《英皇》の名を頂くに至った身の上だ。俺と俺の盟友達がこの世界で《マスター》の称号を冠し続ける限り、キミが抱く『想い』も、そして、そこから生まれた『夢』も、他者に打ち砕かせる事はさせない。それが《英雄皇》である俺の『夢』の一つだ」
『マスター、カッコイイです! 素敵です! そんな恥ずかしい台詞を恥ずかしげも無く言えるマスターは最高です!』
 スィーナちゃんの喝采の言葉に他の皆が苦笑する中、私は、セティさんの強さの理由が、その意思にこそあるのだと理解していた。
「スィーナ、それは決して褒めてないから。というか、お前のお陰で何か色々な事に疲れた。俺は引き篭もる。だから、暫くの間、俺を独りにしてくれ」
『済みません、マスター。調子に乗り過ぎましたー、お許しを!』
 何か地雷を踏んでしまったと思い慌てるスィーナちゃん。
「駄目だ、許さない。反省の為、その娘の支援をしてやれ。《ばじりすく》を育て上げたルヴィナ嬢に負けない成果を期待しているぞ。では、皆、良い夢を! さらば!」
 伝えるべきを伝えたセティさんは、状況に唖然とする私達を放置して、一瞬で姿を消した。
『あの、あの、ワタシはどうすれば・・・? マスター、ひどいデス。ぐすん・・・』
 後に残されて呆然とするスィーナちゃんを前にして、私は、セティさんの好意を理解していた。
「あのスィーナちゃん、否、スィーナさん。お願いします、私の師匠になってください!」
 セティさんは、『支援』と言い表したが、私が求めるべきは『指導』である。
『うん、良いよ。ワタシ、頑張る。そして、マスターにもう一度、パートナーたる存在として認めてもらう。頑張れ、ワタシ! オー!』
 涙でウルウルの瞳で自分を励ますスィーナさんの姿に、私は思わずときめいてしまっていた。
「そうです! ファイトです! オーです! やりましょう、師匠!」
 私は、健気なその姿に自分の姿を重ね合わせて、一緒になって励まし盛り上がった。

「えーと、カポちゃんさん。先刻は、本当にごめんなさいでした」
 私は、もう一度、不思議生物、もとい、カポちゃんに体当たりした事を詫びて頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらないで下さい。この鳥モドキは、何時も大袈裟に振る舞いますから」
『オイ、メイド! 勝手に話を纏めるな!』
 調子づくかカポちゃんに、シェンナさんは辟易とした視線を返した。
『《魂震わせる沈黙の鐘》!』
『? ・・・っ! !?!?!?』
 スィーナさんの《魔導》の力によって言葉を封じられたカポちゃんが、バタバタと暴れるのを黙殺して、プリナちゃんが口を開く。
「こちらこそ、ウチのカポちゃんが迷惑を掛けてごめんなさい」
 プリナちゃんは、飼い主としての責任を感じて、代わりにお詫びの言葉を口にした。
「迷惑だなんて、私が悪かったのです」
『皆で反省して譲り合い。美しいです。うんうん』
 スィーナさんは、私達の遣り取りに満足げの様子で何度も頷いた。
「では、私達はこれで失礼しますね。良い夢を!」
 私は、プリナちゃん達二人と一匹に、礼儀である挨拶を告げて、その場から去ろうとする。
「待って、貴女のお名前は?」
 その呼び止められた言葉に、私は、自分が自己紹介を忘れていた事実に気が付く。
「えーと、ファーナです」
「私はプリナ。それで、コッチがシェンナさんで、アッチがカポちゃんです。宜しくね」
 『こちらこそ、宜しくです』と返して、私は軽くお辞儀した。
「あのファーナちゃん。不躾ですが、私とお友達になってください!」
 それは確かに突然の申し出ではあったが、私に依存がある訳が無かった。
「うん、喜んで! では、改めて宜しくです、プリナちゃん」
『仲良しは良い事です。うんうん』
 スィーナさんの言葉に、私とプリナちゃんに加え、シェンナさんの表情も笑顔にほころんだ。

こうして、私に新しい友達と頼れる師匠という二つの掛け替えの無い存在が増えた。
 勿論、カポちゃんやシェンナさんもその中に含まれている。
 そして、セティさんの存在も又、それと同じであった。
 何時かは、私も、彼の様に本当の意味での強さを持つ存在となれるのだろうか。
 それを『夢』に見て良いのだろうか。
 多分、いえ、間違いなくそれで良いのだろう。
 だって、ここは『全ての自由が許された』『夢』に活きる為の世界なのだから。
 だから、先ずは、プリナちゃん達を連れて、シルクお姉サマ達を迎えに行く冒険に出よう。
 それは無理をしない冒険であり、自分が、否、自分達が何処まで行けるかを知る為の冒険である。
「ああ、早くシルクお姉サマの胸に飛び着きたいな」
 私は、そんな想いを口にして、何処までも蒼く澄んだ空を見上げた。



《PS》
 この物語は、天蓬元帥氏原作の『ちょいあ!』と『ラーメンの鳥 パコちゃん』を基にして、パクリ・パロっております。
(一部のキャラは天然派生である事は、あしからず)
 興味が湧いた方は、(是非にも)原典の方こそを一読ください。

『M・O・D+しぃー ~リトル・リリー~』 前編

・・・『愛、在りますか?』
「はい。『お姉サマ』に対する揺ぎ無い愛で一杯です!」

・・・『夢、抱いていますか?』
「はい。『お姉サマ』の心を私のモノにする事です!」

・・・『冒険、好きですか?』
「はい。何時か、大好きな『お姉サマ』達(叶う事なら、『お姉サマ』と二人っきりで)と共に、色々な所を巡る冒険の旅をしてみたいです!」


 言うまでも無い事ですが、『私』の性別は『♀』です。
 そして、『私』の大好きな『お姉サマ』の性別も、それと同じです。


 私の名前は、ファーナ。
 『全ての自由を許す』この『世界』の『理』に、『自らの想いに素直で在り続ける事』を『夢』として定めた者である。
 今はまだ、その『想い』は空回りしてばかりだけど、何時かはちゃんと『お姉サマ』の心に届くと良いな。
 その為にも、もっともっと強くならなくっちゃね。
 そう、愛しのシルクお姉サマ(達)と一緒に冒険できるくらいに。
 『ファイトー、ファーナ! お姉サマの心をゲットするその日まで! オォー!』


 その出会いは、一つのハプニングから生まれた。
 正確に言うならば、何時ものドジに過ぎないのだけれど。

「ああ、お姉サマや皆さんは、今頃、楽しく冒険中なんだろうな・・・」
 私は、そう呟きながら、置いてきぼりをされた気分で、独り淋しく街の中をぶらぶらと歩いていた。

・・・ドカっ!

「きゃっ!」
 私は、地面に転がる小石につまずいた勢いのまま『それ』に体当たりし、悲鳴を洩らしていた。
 視界に在るのは、一面の黄色。
 そして、身体に感じる感触は、柔らかく生温かかった。
『クぇー! 小娘、何処見て歩いてるんだ!』
 『それ』は、覆い被さっていた私の身体を押し退けながら、威勢よく咆える。
 私の瞳に映る『それ』の姿を一言で言い表すと、『トリ(?)』だった。
 否、『ヒヨコ(?)』と言うべきだろうか。
 そう、『それ』は、異様なまでに大きな『ヒヨコ(?)』だった。

「・・・」
 驚きの余り言葉を失っていた私に、その不思議生物が新たな憤りの言葉を咆える。
『おいおい、コラっ! 先刻から何無視してくれている。放置か! 放置なのか!』
「あっ・・・、ごっ、ごめんなさい!」
 私は、何とか正気を取り戻すと、慌ててお詫びの言葉を口にした。
『フンっ! 『ゴメン』で済んだら、《使徒》も《天罰》も要らんわ! ボケっ!』
「そんなぁ・・・。ぐすんっ」
 私は、相手の頑(かたくな)な怒りの態度に、途方に暮れる思いを抱く。
「本当に、ごめんなさい」
 私は、如何して良いか分からず、再びお詫びの言葉を口にして、頭を下げた。
『まあ、本当に悪いと思っているなら、ソレ相応の慰謝料を貰おうか。そうだな、20マクシアート金貨で許してやろう』
「えっ、『20MG』って! そんな大金持っていません!」
 『20MG』といえば、人間一人が普通に2周期年は暮らせる分を賄える大金である。
 私は、相手が要求する金額の大きさに思わず叫んでいた。
『じゃあ、しょうがない。身体で払って貰おうか。クぇーケッケッケッ!』
 私の返答に、不思議生物は、邪悪な笑みを浮かべて言い放った。
「そんな、嫌です!(私の初めてのヒトは、お姉サマだと決めているのに!)」
『悪いのはそっちだぞ。ジタバタするな!』
 嫌がる私を捕まえ、無理やり何処かに連れて行こうとする不思議生物。
・・・助けて、シルクお姉サマ!
 絶体絶命の窮地に、私の瞳に涙が浮かぶ。
 その時だった。

・・・ボコっ!

『グェっ!』
 勢い良く脇へと弾き飛ばされる不思議生物。
 そして、私の瞳に大小二つの影が映る。
「大丈夫ですか?」
 大きな影の主である女性が、私の事を気遣い声を掛けてくれた。
「・・・はっ、はい! 助けてくれて、ありがとうございます」
 私は、彼女の出現と、何よりもその出で立ちに気を取られて、一瞬返事を遅らせてしまった。
「いえいえ。こちらこそ、あの愚昧鳥モドキが大変なご迷惑をお掛けいたしました。アレには、後で存分な躾(しつけ)をしておきますので、如何かご安心を」
 『メイド服』というその装いに相余る恭しい言葉遣いで語る彼女の言葉からは、件の不思議生物に対する憤怒が感じられた。
「勿論、ご希望でしたら、この場でアレにはお仕置きいたしますけれど」
 そう付け加える彼女の拳に、淡い光となってオーラが宿る。
「《神聖なる御手》!」
 私は、彼女が示した力の正体に気が付き、驚きの声を上げた。
それは、戦士に属する冒険者が至る最高位職位の一つである《聖騎士》の中でも、《神》の加護を受けるに値する信仰心を持つ者だけに許される栄光の証であった。
「シェンナさん。余り乱暴な事をしたら、カポちゃんが可哀そうだよ・・・」
 メイドさんの隣にいた少女が、状況の雰囲気に怯えているのか、少しオドオドした口調で窘(たしな)めた。
「いいえ、プリナお嬢様。お嬢様に対するこれまでの無礼の数々を反省させる為にも、あの鳥モドキには一度、徹底的に物事の道理を分からせるべきです」
 メイドさん、もとい、シェンナさんは、少女の言葉に対し、穏やかな眼差しを返すが、その決定を変える気は無い事を告げた。
「でも、やっぱり可哀そうだよ」
『うんうん。そうだ! そうだ! シェンナ、プリナの言うとおり、もっとオレに優しくしろ! もっとオレを愛せ! 慈しめ!』
 何時の間にか復活していた不思議生物が、プリナと呼ばれた少女の背後でシェンナさんに調子付いていた。
「ちょっと、カポちゃん。そもそも悪いのはカポちゃんだよ」
『は!? 何だと! 俺は被害者だ! 悪いのは、ぶつかって来たこの小娘の方だ!』
「・・・」
 少女の言葉に再びいきり立つ不思議生物に羽先で指された私は、それが事実である事を無言で認めるしかなかった。
「でも、だからと言って、その娘に乱暴な事をしちゃ駄目だよ」
『くぇ、黙れよ! じゃ、お前がこの小娘の代わりに、慰謝料としてオレに25MGを払ってくれるのかよ!?』
「『25MG』って、そんなお金持ってないよ!」
「さっ、先刻より増えてます!」
 不思議生物の要求に、私と少女は別の意味で悲鳴を上げた。
『は!? 当然じゃん! オレは悪くも無いのに、シェンナに殴られたんだぜ。その分の慰謝料を、ヤツの主であるプリナが払うのは当たり前じゃねえ? 分かったら、直ぐ払え!』
・・・外道か鬼畜です!
 踏ん反り返って息巻く不思議生物に、私は心の中で非難の言葉を突っ込んだ。
「そんな、無理だよ。それってプリナのお小遣い20周期年分以上なんだよ」
・・・うわぁっ、お金持ち! マジ、お嬢様!
 私は、少女の口から語られた言葉に、その裕福な家庭環境を知らされる。
「お嬢様、この鳥頭には、何を言っても無駄です。拾われてお屋敷に居座っている分際で調子に乗って! お望みどおり、今直ぐに成敗してあげるわ!」
 怒り心頭に達したシェンナさんの瞳に、闘志の炎が宿る。
『うわっ、メイドがマジ切れだ! 助けろ、プリナ!』
「自業自得だよ、カポちゃん。それに、私にはカポちゃんを庇う理由が無いよ」
 応えてご愁傷様と呟く少女。
『クェー、薄情者! ペットの粗相は、飼い主の責任だって知らないのか! 潔く責任とれ! 助けろ! オレの盾になれ!』
「潔くするのはアナタの方よ! 大人しく、天に召されなさい!」
 バタバタと逃げ回る不思議生物の動きに先回りして、シェンナさんが《神聖なる御手》を繰り出した。
『クェッ!』
 自らの突進の勢いに押されて、不思議生物の身体がシェンナさんの拳に吸い寄せられる。
「貰った!」
 快心の笑みで勝利を宣誓するシェンナさん。
 しかし、それは空しく裏切られる。
『《神聖なる護盾》!』
 自らの身体に宿した神聖オーラの力で、敵の攻撃を受け防ぐ《魔導戦技》。
 それを用いた闖入者によって、シェンナさんの攻撃は阻止されてしまった。
「何者!」
 シェンナさんは、昂ぶる心によって冴える言葉を発し、目の前に現れた存在にその正体を尋ねた。
「否、済まない。事情は分からないが、状況が状況なだけに、強引なやり方を承知で止めさせて貰った」
 闖入者である男は、多少悪びれた感じを示しながらも、真直ぐな視線をシェンナさんへと返す。
「そう。それならば、貴方には全く関係の無い事だから、引っ込んでいなさい」
『兄貴ぃ、助けてくれー。そのトチ狂ったメイドが、オレを苛めるんだ!』
・・・うわっ、狡猾!
 不思議生物が示した変わり身の早さに、私は、在る意味感心しながら突っ込む。
「と言っているが、如何なんだ?」
 背中に庇う形になった不思議生物の態度に苦笑を浮かべる男。
しかし、その眼差しに宿っているのは、返答の如何によっては戦う事も辞さないと語る強烈な意志の輝きであった。
「先刻も言ったけれど、これは私達の間の問題で、貴方には関係の無い事よ。余計な手出しも口出しも止めて頂きたいわ」
「ほう、《バジリスク》の幼獣相手に、《聖騎士》が全力で戦うなんて、確かに『虐め』そのモノだな。ここは、この珍獣に味方するのが俺らしいかな」
 シェンナさんに軽口のような言葉を返した男の瞳に、他者を圧倒する危険な色が浮かぶ。
「面白いわ。相手をしてさしあげましょう」
 シェンナさんは、不敵に微笑み戦いの構えをとった。
「武器を抜かないのか?」
 素手のままで構えるシェンナさんに、男は少し呆れるように尋ねた。
「あら、貴方の目は節穴かしら。私が武器を持っているように見えまして?」
 挑発するように半眼で見詰めて、シェンナさんは、自分が武器を使わない事を、否、使う必要が無い事を誇示する。
「ああ、そうか。ならば、こちらも最低限の礼儀くらいは示しておくとしよう」
 男は、シェンナさんの態度に笑って応えると、自らの腰に下げた双剣を外して、背後に投げ置いた。
 男の武器が大地を打って響かせた重い音は、かなり離れた私達の所にまで及ぶ。
・・・?
 私がそれに違和感を覚える中、相対する二人の戦いは既に始まっていた。
 最初に仕掛けたのは、シェンナさん。
 《神聖なる御手》によって攻撃力を高めた拳を振るい、男へと挑みかかる。
 男は、それを素早い身のこなしで回避した。
「甘い!」
 短く言い放ったその言葉を気合いに代えて、シェンナさんは、背後に在った男へと回し蹴りを繰り出した。
「・・・」
 男は、迫り来る蹴撃を無言のまま一瞥した後、上半身の動きだけで再び回避する。
 そして、間合いを取るべく背後へと跳躍した。
「少しは、やるようね」
「ああ、『少しだけ』だがな」
 不敵に笑い睨み合う二人。
「ところで、全くの無関係ではなくなった事だし、『手出し』というか、本気を出しても良いか?」
「? 一体、何を言っているのかしら、手加減なんて不要よ。まあ、全力で来ても結果は同じだと思うけれど」
 シェンナさんは、男が口にした言葉の意味を図りかねて一瞬困惑する。
しかし、直ぐにそれを自分に対する挑発の類いだと理解して挑発で応えた。
「では、遠慮なく」
 男は、満足そうに笑うと、身に着けていた腕輪を外して足元へと落す。
「?」
・・・?
 男がしたその行為の意味を、彼以外の誰一人として理解していなかった。
 しかし、本能的にその場の空気が大きく変わった事だけは感じ取る。
「本来、人間相手に使う力では無いが、貴女の目を覚まさせる為の荒療治だ。恨まないでくれ」
 その情けを示す言葉とは裏腹に、男の瞳には、一切の迷いが存在していなかった。
『《神聖なる御神楽舞》!』
 言い放たれた《力奮う真名》に応えて、男の全身に強烈な波動の神聖オーラが宿る。
『・・・』
 その場にいた全員が、彼が示した力に畏怖の身震いを覚えていた。
 そして、次の瞬間、その超絶なる力は、敵対するシェンナさんへと叩き込まれた。
「っ!」
 悲鳴を洩らす事すら許されず、シェンナさんは、一瞬で気絶する。
「おっと!」
 男は、シェンナさんの身体が地面へと叩きつけられる前に、素早く巡らせた腕で彼女の背中を支える。
 そして、片手で懐から回復薬の小瓶を取り出すと、その栓を歯で抜いて、中身を彼女へと振り掛けた。
「・・・うーん」
「流石に遣り過ぎたか・・・。しかし、貴女があの《バジリスク》の幼獣相手にしようとした事は、俺が貴女に対し、本気の力をぶつけたコレと同じ事だ」
 目を覚ましたシェンナさんに苦笑を示し、男は、説教の言葉を口にした。
「あの鳥モドキは、洒落にならない悪戯ばかりするのよ! それにお仕置きするのは当たり前でしょう!」
 シェンナさんは、未だ自由にならない身体を震わせて、男へと反論の言葉をぶつけた。
「幼獣とはいえ《バジリスク》が、人間に特別な危害を与えない程度に懐くのは、極めて珍しい事だ。『悪戯』という事は、別に人間を襲って喰ったりする訳ではないのだろう? 多少の事ならば大目に見て、仕置きに手加減も必要なんじゃないかな」
『そうだ! そうだ! 兄貴ぃの言うとおりだぞ。皆、オレに優しくしろ! もっとオレを甘やかせ!』
・・・嗚呼、不思議生物が調子に乗っています。
「おいおい、余り調子に乗るな、珍獣。別に俺はお前の完全な味方という訳ではない。というか、お前が『悪戯』に過ぎて、他者へと危害を加える存在であるならば、俺は容赦なくお前を狩るぞ。《ガーディアン・ブレード》を持つ者の誇りに懸けてな」
 男の言葉と何よりもその鋭い眼差しに射竦められて、不思議生物の表情に動揺が浮かぶ。
『クェー! な、何を言ってるんだよ、兄貴ぃ! オレは良いコだぜ。そう、あの空に浮かぶ雲よりも潔白だぜ!』
・・・大嘘つき!
 私は、思わず心の中で突っ込んでいた。
 そして、それは他の面々も同じ思いである事がその表情から窺がわれた。
「まあ、それなら良いが・・・。取敢えず俺を『兄貴』と呼ばないように、俺の《ばじりすく》の義妹が、《バジリスク》のお前と混合されて益々迷惑するからな。それと主であるその娘に余り迷惑を掛けるなよ。正直、お前みたいな先入観で嫌遠(敬遠)される種族を、気に懸け案じてくれる存在なんて、稀有に近い。彼女の優しさに対し、もう少し感謝しておけ。まあ、生命の恩人として、他にも言っておきたい事は多々あるが、実際、俺も暇では無いからな、これ位で勘弁しておこう」
 付け加えるように『丁度、迎えが来たみたいだしな』という言葉を口にして彼は、視線を私達の後ろへと向ける。
そこにひょっこりと現れたのは、不思議生物と同じ《ナビ》とは思えない程に、可愛らしい存在であった。
『マスター、急にいなくならないで下さい。心配しましたよ』
「ああ、済まなかったな、スィーナ。このお嬢さんと少し戯(たわむ)れていただけだ。それに、ここで寄り道した御陰で、ルティナの謂(いわ)れの無い悪評の原因も分かったし、解決もした」
 セティと呼ばれた男は、迎えに来た相手に応えて、優しさが込められた爽やかな笑みを浮かべる。
『マスター、不誠実はご自分のクビを絞める事になりますよ。そのお姿をアルディナ様に見られたら、「誤解だ」という言い訳もしようが無いかと・・・』
 そう呆れ半分に言うスィーナちゃんは、残りの半分で主が身を置く状況を面白がっていた。
「ばっ、莫迦を言うな。それこそ『誤解』だ!」
 自分がシェンナさんの身体を抱きかかえている構図を指摘され、セティさんは、慌てた様子で腕を引き抜いた。
「えぇーっ、ちょっと、いきなり放り出さないでください!」
 両足を踏ん張って転倒を免れたシェンナさんは、抗議の言葉と眼差しでセティさんを射る。
「ああ、済まない。ちょっと、乱暴にし過ぎたかな」
 その言葉には、余り悪びれた感が無かった。
『マスター、反応が面白いです』
『クェー! ケッケッケェーっ!』
 大きく丸い瞳を細めて笑うスィーナちゃんと、それに乗じて大笑いする不思議生物。
「奇声を上げて笑うな、珍獣!」
 笑っているのは同じなのに、不思議生物にのみ一喝するセティさん。
 それに対し、一喝された不思議生物は、声を出さずに無言で笑い続けていた。

2008年6月1日日曜日

『M・O・D+しぃー ~プリンセス・リリー~』 後編

「シルク、避けてっ!」
 叫ぶと同時に、タイミングを見計らって《魔導》の力を発動させるメリィア様。
 狙いに違わず、生み出された魔力の刃が魔狼皇を薙ぎ払い、その体勢を切り崩す。
 そして、私とアンナさん、それに回避からの着地と同時に踏み込んだシルクさんの攻撃が一斉に、敵の巨体へと叩き込まれる。
「貰った! 《深闇を切り裂く光の閃刃》!」
 チェリナ様の意志によって最大威力まで高められた光の魔力は、交差する刃の形を以って、魔狼皇の身体を穿つ。
 それで戦いの大局は一気に決した。
「皆、止めの一撃を!」
 私は、叫び、自らも武器を手に勝負を決する行動に出る。
 断末魔の咆哮を上げ崩れ落ちる凶獣の体に、地面が大きく震えた。
「勝った、・・・の?」
 半ば呆然としながら、私は、勝利を確信する為にその巨体へと近付く。
 歩み寄り間近へと至るにつれ、巨獣の体躯の巨大さを改めて思い知らされる。
 そして、ゆっくりと灰塵の如く消えていく魔狼皇の亡骸に、私たちは、勝利を現実にする。
 後に残されたのは、深紅の色を持つ鉱石の塊のみであった。
「やったわね!」
 歓び勇む仲間たちの声を背に受けながら、私は、視線をもう一つの戦いに向けた。

 残されたもう一匹の凶獣と戦う彼の姿は、何故か先刻に較べて、大きく精彩を欠いていた。
 苦戦ではないにしても、一進一退の攻防を繰り広げる彼の戦い振りに、私は、違和感を強くする。
 私を助けてくれた時の姿を思えば、明らかな違いがそこには存在していた。
 そう感じているのは、他の皆も同じであるらしく、如何するべきかと考えているようであった。

『俺が苦戦しているように見えても構わずにいてくれて結構だから』
 彼は、戦いの前にそう私たちへと釘を刺した。
 ならば、ここは今しばらく様子を見るべきだと判断し、私は、彼の戦いを見守る事にした。

「うーん、観客に心配されているみたいだし、遊びはこれぐらいにして、そろそろ本気を出すとするか」
 彼が嘯くその言葉を聞いたのは、恐らく一番近くにいた私だけだろう。
 そして、彼が口にした言葉と共に一瞬だけ見せたモノは、私の心を烈しくざわめかせた。

「《魂穿つ無限の神刃》!」
 その《力奮う真名》に応えて、彼の手に握られた長剣の刃に淡い光が宿る。
「行くぞ!」
 言い放ち、一歩後ろに跳んだ彼は、着地と同時に、言葉どおり目にも止まらぬ身のこなしで突進し、次の瞬間には魔狼皇の背後に立っていた。
 頭を一刀両断にされ、断末魔すら上げずに地面へと倒れ伏した凶獣の巨体が、再び大地を揺らす。
その鮮烈な勝利は、余りにも鮮やか過ぎて、逆に呆気ないモノのように私の心へと映った。

「おめでとう」
 彼の口から告げられたその言葉が、呆けていた私の心を正気に戻す。
「・・・あ、ありがとうございます」
 私は、まだ気が動転しているのか、気の抜けた返事を返すのがやっとだった。
「おぉー、運が良いな。両方とも『アタリ』だ」
 彼は、自ら倒した敵の分と私達が倒した敵の分の戦利品を拾い上げ、そそくさとその両方を私に手渡した。
「良いんですか、これ、貰ってしまって?」
 私が洩らしたその言葉に、彼は、訝るように眉を曲げる。
「それが必要だから、こんな所まで来たんじゃないのか?」
 そう尋ね返されて、私は勿論、他の皆も困惑する。
 正確に言うならば、私たちは、唯、噂に聞く《死眼の凶獣》を見物に来ただけである。
 だから、まさか本当に倒せるとは思っていなかった。
「その、実を言うと、私たち、《死眼の凶獣》を見に来ただけなんですけど・・・」
「えーと、それって唯の物見遊山に来てたという事?」
 彼は、私が口にした言葉を聞いて、微妙な表情を浮かべる。
「はい。『狩り』は狩りでも、『散策』するという意味の『狩り』でここまでやってきました」
「・・・」
 一瞬の沈黙、そして、彼は、大きな笑いを洩らした。
「済まない。俺がとんでもない勘違いをしてしまったみたいだな」
「いえ、私たちにしてみれば、助けて貰った上に、こんな貴重な体験が出来て感謝しなければです」
 私がそう言うと、他の仲間たちも皆一様に頷く。
「否、本当に済まない勘違いをした。キミ達を無駄に危険な目に遭わせたのだから、これは詫びようもないな」
 それまでとは全く違う真剣な眼差しに、彼が本気で反省している事が窺がわれた。
「では、その『オマケ』は、今回のせめてものお詫びとして受け取っておいてくれ」
「でも、これってかなり高価なモノなんじゃ・・・?」
 嬉しい申し出ではあるが、恩を受けて更にそれ以上の物を受け取る訳には行かなかった。
「多分、そうだと思う。でも、俺には必要無い物だし、それに、その石には二重三重のトラウマがあるから、正直、見るのも触るのも遠慮したい。要らなければ、その辺に捨てておけば良い」
 それが冗談ではなく、本気で在る事は、彼の目が正直に語っていた。
「では、ありがたく貰っておきます」
「ああ、そうしてくれ。まあ、キミ達なら、《獣神皇の護冠》も充分に似合うだろうしな」
 彼は、何かを思い出すようにして、苦笑混じりに笑う。
「しかし、凶獣がらみでこのオチは、セティの時のそれと同じじゃないか。こりゃ、キミは第二の《英雄皇》になる宿命に在るのかもしれないな。・・・否、寧ろ、エンの奴を彷彿させられるか・・・」
 更なる苦笑を浮かべながら独り言の様に呟く彼の視線が、私の視線と重なると同時に穏やかな笑みへと変わる。
「・・・『セティ』! 『エン』って、あの《至高の英皇》と呼ばれるエン様ですか!?」
 憧れ以上の想いを抱くその存在の名を聞き、私は、興奮の余り叫んでいた。
「ほぉー、『様』付けとは、奴の本性を知らないとみえる。どんな良い噂ばかり聞いているかは知らないが、余り期待し過ぎると本当のアイツを知った時の衝撃が大きくなるぞ」
 そう語る彼の言葉に悪意は無く、それどころか好意にも似た親しみが存在する事は分かっていた。
 それでも、私は、彼が口にした『本性』という言葉に感情を逆撫でされてしまった。
「貴方に、彼の何が分かるというのですか!」
 そう、私が『彼』に、《至高の英皇》に憧れるのは、彼の『本性』に対する部分が大きかった。
 嘗て他者は、自らの嗜好を貫いた彼を天性のダメ人間と嘲笑った。
 しかし、彼は、その嘲りに屈しない想いを培い、終には、世界に名高き冒険者の一人となった。
 彼が貫いた嗜好自体に重みがある訳ではない。
 その嗜好を貫いた理由と、それを貫く意味にこそ重きがある。
『ネコ耳メイド服は、漢のロマンだ!』
 その彼の言葉は、他者が聞けば嘲りを受ける謂れとなる。
 しかし、彼を信じ支えた唯一の存在は、それを彼にとっての『正義』だと認め、自分にとっての『誇り』だと受け入れた。
 だからこそ、彼は、その『正義』と『誇り』を護る為に、自らの想いを貫き、それを意志に変えて《皇》と呼ばれるまでに至った。
 嘗ての邂逅、その時、彼は私にこう言った。
「好きなモノが在るならば、唯、素直にそれを好きだと主張し、愛し続ければ良い。確かに、この世界は、酷く残酷な場所だ。だが決して非情な意志が支配する場所ではない。君が大切なモノに対するその想いを護りたいと望むならば、必ずそれを助けてくれる存在はいる筈だ。俺にアユラがいて、アユラにアユラを想って味方となり、その想いを護ろうとした存在がいた様にね」
 彼は、《導き手》であるその存在を愛し、その存在に愛され《皇》へと至った。
 その彼が私に授けてくれたモノ、それが、この世界に於ける私の『夢』となる福音だった。
 だから、『彼』の本性に対する否定は、私の『想い』を否定しているのと同じであった。
「俺が、アイツに対し知る事は、アレがどうしようもない大莫迦であるという事だけだよ」
 その言葉に再び、感情が昂ぶる私。
 しかし、更に紡がれた彼の言葉によって、氷解する。
「だが、だからこそ、俺は、アイツを真の英雄に至る者だと信じた。まあ、未だにアレの本性は理解しきれないが、それでも理解したいとは思っている」
 その言葉に込められているのは、唯、真摯なる想いのみ。
 私は、目の前にいる相手が誰であるか、その正体を予感する。
 そして、何故、彼が自分を助けてくれたのか、その理由を理解した。
「だがしかし、不要な発言をして、キミを不愉快にした事は謝ろう。済まなかった」
 彼の正体が、私の予感どおりならば、謝るのは私のほうである。
「私こそ、感情的になってしまい、済みませんでした」
「否、それは別に構わないさ。寧ろ、他者の為に本気となれるその感情を、好ましく感じるくらいだ。特にこんな世界に於いてはね」
 そう応えて笑う彼の瞳には、単純な言葉では言い表せない、深い想いの色が宿っていた。
「では、互いに幾許かの相互理解を果たした事だし、俺はこれで失礼しよう。良い夢を!」
 彼は、満足げに再び笑うと、別れの礼儀を告げて去って行こうとする。
「待ってください!」
「うぬぅ?」
 私に呼び止められ、彼は、如何したのかと瞳で問う。
「色々とお世話になった御礼をしたいのですが・・・」
 私は、そう告げて、彼に対する礼の手段を自分が持ち合わせていない事に気がつく。
「別に礼を受ける程の事はしていないから、気にしなくって構わない」
 私は、彼の性格ならそう言って当たり前だと納得する。
 しかし、意外にもその言葉は直ぐに改められた。
「と、言いたい所だが、折角だからそのお礼というモノを頂戴するとしようか。それもキミの身体でね」
 彼の言葉の真意を図り兼ねて困惑する私の背後で、仲間達が彼へと軽蔑の眼差しを向けるのが分かった。
「だ、だめですぅ! それなら、ホリィーちゃんに代わって私が払います!」
 私の身を案じ、彼の前に立ちふさがるように躍り出るユーマちゃん。
 そのユーマちゃんを、彼は、つま先から頭の天辺まで探るように見回し、何故か軽く溜息をついた。
「済まない。キミでは俺の要望に応えられない」
 彼はユーマちゃんに対し、そう告げると、もう一度、彼女を一瞥して溜息をついた。
「な、なぜですか! 私がツルペタだからですか!」
「ユ、ユーマちゃん・・・」
 私は、彼女の反撃に一瞬だけ脱力を覚える。
 それに対し、彼は、困惑の苦笑を浮かべていた。
「否、そういう事ではなくて・・・。俺の言い方が悪かった。もっと考慮した言い方にするべきだったな」
 彼は、苦笑を快笑にして、言葉を続けた。
「キミの名は、ホリィーというのか。ならば、ホリィー、キミに一つ頼みがある。簡単なことであり、そして、難しい事でもある。今のまま変わらぬキミで在り続けてくれ」
 そう告げて、彼は、自分の前に立つユーマちゃんの脇をすり抜け、私の耳元で呟いた。
「今、その胸に在る想いを大切にし、彼女を護り続けてやるんだ。誰よりも何よりも『彼女』の事が大切なんだろう、キミは?」
 それは、私の『夢』を確かに肯定する言葉。
 だからこそ、彼の真意に驚く。
「何故っ!?」
「分かるさ、俺にも在るからな。自分の全てを尽くしてでも護りたい大切なモノが」
 彼は、笑んだ視線の先でユーマちゃんを一瞥し、更に深い笑みを浮かべる。
「私の事、普通じゃないと思わないのですか?」
「どこが? 人間が人間を想う気持ちに普通も何も無いだろう。それに『普通』なんていう常識は、その他大勢が勝手に決める意見の総意だろう。そんな自分が加わっていない事項に特別な意見を持つ気は無いさ」
 彼は、飄々とした口調で答えて苦笑する。
「そして、俺は自分の目で見た『真実』しか受け入れる積りは無い。キミは、本気で彼女を護ろうとした。だから、それだけで充分だ」
 彼は、その言葉と共に、一瞬だけ自らの心に秘めた想いを示す眼差しを私に向ける。
 それは、同じ想いを抱く者に対し向ける親愛の眼差し。
 その眼差しの意味を理解した私に満足し、彼は、軽く私の頭を撫でた。
「では、そういう事だ。達者でな、ホリィー」
「はい、貴方も良い夢を!」
 踵を返して去って行く彼の背中に別れの挨拶を告げる私。
 そこで、終われば美しい想い出として、全てが治まるはずであった。

「あっ、待って! 私からの御礼です!」
 ユーマちゃんは、トテトテと彼の許に近付くと、その頬に口付けをする。
『っ!』
 彼女の行為にその場にいた一同が驚く中で、一番に驚いていたのは、その御礼を受けた彼自身であった。
「素敵な御礼をありがとう、お嬢さん。でも、できる事なら、コッチの方が好ましかったかな」
 そう言って、意地の悪い笑みを浮かべながら、彼が指で指し示したのは、自らの唇であった。
 その悪ふざけを私が咎める前に、その存在は現れた。
「なら、私がそのコに代わって、貴方に濃厚な口付けをしてあげましょうか」
「うっ、現れたな! 招かれざる『ネコ』!」
 彼の表情に動揺が浮かぶ。
「ふっふっふっ! ここであったが百年目! 覚悟は良いかしら、ねぇーっ?」
「百年の歳月の間に又、その妖力を高めたか、このネコマタめ」
 彼と彼女の間に生まれ高まる緊張の激しさに、私たちは、全員が息を吸う事しか出来ないほどに緊張していた。
 眩しいほどの純白の毛皮に身を包み、強烈なまでの魔力をもって陽炎を立ち上げるその姿は、正に妖怪・・・否、魔獣・ネコマタであった。
「周囲を巻き込んでの戦いなど迷惑千万。という事で、ここは大人しく退却だ。皆、さらば!」
 妙に爽やかな笑顔で言い放つ彼だったが、次の瞬間、はっとした表情を浮かべて氷つく。
「やば、腕環着けっぱなしだった・・・」
 その言葉の意味は分からなかったが、それが彼にとって致命的な失敗である事だけは明らかであった。
「斯くなる上は、奥の手だ! 《神そ・・・、っ!? マジですか?」
「ふっふっふっ・・・、甘いわね。私が何度も同じ手を許すと思わない事ね。《月光の縛牢》は既に発動済みよ」
「ちっ、万事窮すか・・・」
 何かを達観して天を仰ぐ彼に、彼女は止めを容赦なく刺す。
『《魂縛る魔呪の蔦》!』
 それは精神に作用して、相手の動きを奪う攻撃補助魔法。
 驚くべきは、それを彼女が同時に三重発動させて放った事である。
 最初に用いた分を合わせれば、彼女は、全部で四つの魔法を連続発動させた事になる。
「まさか、《魔司》ッ!」
「ええ、それも信じられないくらいに凄い熟練振り・・・」
 《魔導》と呼ばれる特異の力への造詣が深いだけに、メリィア様とチェリナ様の二人は、彼女の実力に驚きを隠せずにいた。
「攻撃魔法で戦意喪失という『詰め』を打たれなかっただけ感謝しなさいよ!」
「分かった。分かった。ありがとさん」
 何が可笑しいのか、魔力の戒めに座り込みながら、彼は僅かに笑った。
「では、皆さん。このド阿呆剣士の処分は私がするので御機嫌よぉ。良い夢をね」
 満面の笑顔で告げる彼女のご機嫌ぶりが凄く怖かったが、それを口に出せる人間は存在しなかった。
「そういう事で、キミ達も元気でなぁ。さらば!」
 ズルズルと引き摺られていく彼が告げた苦笑の言葉には、何処か哀愁が感じられた。
 だから、私は思わず言ってしまった。
「お幸せに・・・」
「ああ、キミ達もなぁ!」
 その苦笑の奥に隠された『真実』に気が付いたのは、私だけであった。

「結局、あのヒトは一体、何だったのだろうね?」
 ユーマちゃんが、台風の過ぎた後の爽やかな空気を思わせる笑顔で私に尋ねる。
「ホント、何だったのだろうね」
 私は、既に予感から確信に変わっていたその応えを、敢えて誤魔化す事にする。
 それは、彼の名誉の為であり、私自身の幸せの為でもある。
 私は、この世界で幸せになる為には、あの二人にだけは深く関わってはいけない事を本能的に感じていた。
 でも『禍福はあざなえる縄の如し』とも言うし、本当に如何しようも無く困った時には、彼ら二人を頼ることにしよう。
 彼らなら、きっと私に必要な助けを与えてくれるはずだから。
「まあ、何はさて置き、それはそれで楽しかったわね」
 チェリナ様の一言に皆が頷く。
「じゃ、そろそろ帰るとしましょうか」
 メリィア様は満足そうに笑って促す。
「一応、自慢に思って良いんですよね。今日の事?」
「一応も二応も無く、自慢というか自信に思って良いんじゃない。実際」
「・・・うん。私たち、凄い・・・」
 シルクさん、アンナさん、そして、フィーノさんも嬉しそうに語り合う。
「では、帰路に出発!」
「うん。でも、その前に・・・。ホリィーちゃん!」
「何?」
 私は、ユーマちゃんに名前を呼ばれて振り返る。

『ちゅっ!』
 私の唇に、ユーマちゃんの柔らかな唇が重なる。
「約束。助けてくれて、ありがとう」
 上目遣いに私を見詰めながら、照れたようにはにかむユーマちゃん。
・・・うぅーっ、可愛すぎる! もう駄目! 嬉しすぎて、ふにゃふにゃぁー!
『バタっ!』
 私は嬉しさに気絶寸前の意識を必死に堪えて、心の中で彼に対する感謝の言葉を呟く。
・・・『雷聖さん、ありがとう。お陰で良い夢を見られそうです』
 私は、意識が薄れる中、自分の身体の痛みすらも幸せに感じていた。
 だって、それは先刻の出来事が決して『夢』ではない事を教えてくれているのだから。



《PS》 
この物語は、『ちょいあ!(天蓬元帥氏・著 徳間書店・刊)』の登場キャラを基にしてパクリ・パロったモノです。
元となる『原典』の方は、『萌え萌え』の本当に面白い作品なので、興味をもたれましたら、是非(買って)一読を!

『M・O・D+しぃー ~プリンセス・リリー~』 前編

・・・『愛、在りますか?』
「はい。『彼女』に対する溢れんばかりの愛情が」

・・・『夢、抱いていますか?』
「はい。『彼女』をお嫁さんにする事です。勿論、その逆でも可です」

・・・『冒険、好きですか?』
「はい。『彼女』や大切な『仲間たち』と共に過ごす冒険の日々は、私にとっての最良です」


 誰に断わるまでも無い事だけれど、『私』の性別は、正真正銘の『♀』である。
 そして、『彼女』と『仲間たち』の性別も、それと同じである。
 この世界、『神蒼界』において、絶対である『理』、それは『全てを許す自由』。
 故に、世界は、『私』たちの存在とそこに在る関係の全てを受け入れている。
『世界』が『私』たちに許す『自由』、それが絶対である事を『私』は信じている。
 『私』の名前は、ホリィー。
 この世界に在って、『倫理の束縛という枷に縛らず、真の愛を貫く事』を自らの唯一の『夢』とし、冒険の日々に活きる者である。
 では、『私』の愛しくも大切な『仲間』たちと過ごす冒険の日々を、ほんの一欠けらだけここに綴るとしましょう。


『では、本日の冒険は、《深淵の闇満つる森》に行って、《死眼の凶獣》を狩る事に決定でーす!』
 そう宣言するのは、私の愛しい女性(ひと)であるユーマちゃんである。
 彼女は、小柄な身体つきと幼さを残す顔立ちから、未熟な冒険者という印象を抱かれ易い。
しかし、その実は、かなりの実力を培った《神聖術士》であり、癒し手として私のパーティーに於ける冒険の要となっている。
そして、彼女は唯、私達の身体の傷を癒してくれるだけでは無く、その愛らしさで私たちの冒険に疲れた心も大いに癒してくれる存在であった。(主に、私の心を、であるが)
「はーい、了解です!」
「了解した」
 声を揃えて返事を返すのは、チェリナ様とメリィア様の二人。
 二人は、昔からの冒険仲間で私たちより一日の長がある冒険者である。
縁あって私たちパーティーに加わってくれているが、その実力から考えると、本当に在り難くも頼りになるお姉サマたちと呼べる存在であった。
 因みに、チェリナ様は、ユーマちゃんと同じ神官系の職位から進んだ先に位置する《神聖魔導師》であり、メリィア様は、攻撃魔法を得意とする魔術士系から進む形で同じ《神聖魔導師》をしている。
「ふむぅふむぅ。今回の相手は中々の難敵だねぇー、どんな衣装で行こうかしらねぇ、アンナ」
「それを言うなら、『衣装』じゃなくて『装備』でしょう。ほんと、貴女は相も変わらずね、シルク」
 近接武器と攻撃魔法の力を合わせ用いる《精霊戦士》であるシルクさんは、奇抜とも言える装いを好む冒険者であり、それに対し、アンナさんは、真面目でしっかりした感のあるその人柄に似つかわしい《重装剣士》をしている。
 今の遣り取りからも分かるように、二人は付き合いの長い冒険者同士である。
 因みに、シルクさんはチェリナ様たちと同じ冒険者ギルドに属しており、そのシルクさんとの縁で、チェリナ様たち二人は、私たちパーティーの支援役を引き受けてくれている。
「・・・シルクがこうなのは、ずっと昔から・・・なの?
成長率、悪過ぎ・・・?」
 やや抑揚に乏しい突っ込みを囁くように口にしたのは、フィーノさん。
 彼女は、その儚さすら在る可憐な容姿とは真逆な毒草・毒薬の研究という趣味から、《ポイズン・プリンセス》という異名を冠する《魔術士》である。
 因みに、ファーノさんは、実力的には上位の職位に進む資格を持ちながら、趣味の研究に忙しくて今の職位に留まっている身の上である。
 そして、シルクさんたちと同じ冒険者ギルドに所属している事もあり、彼女たちとは旧知の関係である。(シルクさんは、ほんの少し前まで、ファーノさんの存在を同じギルドの人間だと気がついていなかったみたいだけれど)
 斯くいう私は、最愛のユーマちゃんを身を挺して護る為、《神官》を経て《神官戦士》の職位へと進んでいる。
 今はまだ冒険者として未熟だけど、沢山頑張って、何時かは、《神聖騎士》になって、ユーマちゃんをどんな敵からも護れるような立派な冒険者になりたいな。
 そう、最愛の存在を護る為に活き、終には《至高の英皇》と呼ばれるまでの冒険者となった『彼』のように。


「では、皆さんの準備も整ったようですし、出発しましょう!」
『おオォー!』
 不詳ながらパーティーのリーダーである私の掛け声に、其々が歓声混じりに応えてくれる。
 シルクさんの存在を中心に、『異彩』とも言える程に個性の豊かな私たちパーティーは、他の人々から奇異の眼差しを向けられる事も多い。
 それは、全員が女性である事もまた大きいのであろう。
 でも、そうである事が私たちなのである。
 だから、私は、それで良いと思っている。
 大切な存在たちと共に過ごす歓びに較べれば、周囲の反応なんてミジンコよりも取るに足らない瑣末である。
 そうそれで良いのだ。
「出発進行!」
「ホリィー・・・、《深淵の闇満つる森》は、こっち・・・」
 ナビ・ペットである《ラッキ・セヴィン》さんを肩に乗せたフィーノさんに袖を引っ張られて、私は、道を間違えていた事に気が付く。
「ふっふぅーん。さては、ユーマちゃんにイケナイ悪戯をする事でも妄想して、ポけぇーっとしていたんでしょう?」
 意地悪な笑みと共にそう口にするのは、チェリナ様。
「ちっ、違います! ちょっと、うっかりしていただけです」
 私のユーマちゃんに対する想いは、既に皆が御存知の事である。
しかしながら、私は、その誤解を解こうと慌ててしまう。
「冗談だから、そんなに慌てなくて大丈夫。それにユーマちゃんに悪戯しようと考えていたのは、私だから。という訳で・・・、エイッ!」
 チェリナ様は、笑ってユーマちゃんへの悪戯を実行する。
「きゃっ!、なっ、何をするんですかぁー!」
 捲られそうになる服の裾を手で押さえつけながら、ユーマちゃんは、犯人であるチェリナ様を上目遣いに睨み返す。
 羞恥に頬を染めるユーマちゃんの姿に、皆が微笑ましいもの見る温かな眼差しを向ける。
「はい、はい! 遊んでないで行くわよ!」
 クールな口調で言いながらも、目だけは笑っているメリィア様に促されて、私たち七人と一匹は再び歩き出した。


「さてと、目的の場所に着いたのは良いけれど、それらしきモノは何処にもいないわねぇ」
 シルクさんは、頭のネコ耳とお尻のシッポを揺らしながら、周囲を見回す。
「話によれば、この辺りにふらりと出没するらしいけれど・・・、いないわね」
 シルクさんと同じ様にぐるりと周囲を見渡し、少し落胆したように呟くアンナさん。
「いない、ですね」
 私も周囲に視線を向けたけれど、視線に映るのは赤銅色の毛皮を不気味に揺らして、こちらの様子を探っている鬼獣の群ぐらいである。
「ラッキさん・・・、あそこにいるお友達に《死眼の凶獣》が何処にいるか訊いて来て・・・」
『ミュウー、ミュウー(おナカがすいたよぉー)』
 フィーノさんの言葉に、一瞬、期待したけれど、それは如何やら無理みたいだった。
「ここまで来て、手ぶらで帰るのもアレだしね。取り敢えず、私たちをエサにしようとしてる、あそこの鬼獣達でも片付けておきましょうか」
 メリィア様は、にじり寄ってくる鬼獣達の様子に気がついてそう言うと、鋭く冴えた瞳に好戦的な色を宿す。
「じゃ、まあ、そういう事で。皆、気を抜いちゃ、ダメよ」
 チェリナ様は、私たちにそう告げて、早速、《力導く言葉》を紡いで、全員に戦闘補助魔法を施す。
 戦闘に慣れ過ぎるほどに慣れている二人と違い、私は勿論、他の四人にもそれなりの緊張が生まれる。
「大丈夫、何が在ってもユーマちゃんだけは、私が護るから」
 私は、ユーマちゃんへとその言葉を掛け、背後に庇う形で彼女の前に立つ。
「あのぉ、盛り上がっている所をゴメン。『アレ』って、やっぱり『ソレ』かな?」
『?』
 アンナさんは、おずおずとした口調で言って、集った皆の視線を無言で動かした指の先へと誘う。
『!?』
 『アレ』『ソレ』の正体に気がついて、全員が一瞬、言葉を失う。
「・・・ええ、多分。『ソレ』ね」
「最悪・・・」
 私達の視線の先には、巨大としか形容できない黒銀の皮衣を身に纏った魔狼皇《死眼の凶獣》の陰が、二つ存在していた。
「・・・これって凄くマズイ、よね?」
 ユーマちゃんは、信じられない展開に、誰とは無しに疑問の言葉を投げ掛ける。
『・・・』
 私たちが示した無言の肯定に、ユーマちゃんが涙目になる。
「どっ、如何しよう! 逃げるしかないの?」
 アンナさんは、同様の余りにパニック寸前の態で皆に視線をやる。
「・・・もう、遅い。逃げられない・・・」
 ファーノさんの言葉どおり、時は既に遅かった。
 それは、周囲を取り囲む鬼獣達の異変が最初から、物語っていた。
 それまでとは違い異常なまでに興奮した鬼獣達の様子に、私は、事態が唯ならない事になっていると理解する。
「もう、何でも仕方が無いです。兎に角、やりましょう!」
 私は、破れかぶれの想いで自分の得物である魔導混杖に力を宿す。
「そうね。そういうのは好きよ。余計な事を考えるより、思いっきり暴れる方が、私の性にあってるわ」
「じゃ、皆、護りは私とユーマちゃんに任せて、思いっきり暴れてやりなさい!」
 メリィア様の言葉に応えて、チェリナ様の瞳にも好戦の炎が燃え上がる。
「・・・先ずは、鬼獣達から・・・。ラッキさん、隠れてて・・・」
 相変わらず抑揚に薄いが、フィーノさんも覚悟を決めたようであった。
「しょうがないですなぁ。本気、出しちゃいますか。アンナ、転ぶんじゃないわよ!」
「貴女もね」
 告げて不敵に笑い合うシルクさんたち。
その遣り取りを頼もしく感じる。
「ユーマちゃん。気を付けてね」
「ホリィーちゃんもね。頑張って」
 彼女の励ましの笑顔が私にとっては、最高の勇気となる素である。
「うん、頑張るよ!」
 私は、ユーマちゃんに負けない笑顔で答えて、鬼獣達の攻撃へと身構えた。

 私たちは、其々の連携を活かしながら、鬼獣達の大半を倒していた。
「ハァー、やっぱり少しきついわね」
「何、もうへたばっちゃったのかなぁ? 本番は、まだまだこれからよ」
 アンナさんが洩らした言葉に、意地悪く突っ込み返すシルクさんだったが、その表情には隠しきれない疲労の色が在った。
 そして、その疲労は、二人だけに限らず、私たち全員に存在していた。
「そうね、まだメインディッシュの『アレ』が二匹も残っているんだし、へたばってはいられないわよ」
 叱咤の言葉を口にするメリィア様の疲労は、それまでの活躍が華々しかった分だけ誰よりも濃かった。
「じゃ、チャッチャとメインへと取り掛かるわよ!」
 威勢は良いが、チェリナ様も私たちを護る為に施し続けた魔法でかなりの魔力を消費したらしく、憔悴の色を表情へと宿していた。
 正直、誰もが限界に近い状況でるのは確かだった。
「・・・皆、がんばる・・・。勿論、私も・・・」
 フィーノさんも、残った気力を振り絞って叱咤の言葉を口にする。
「そうだよ、皆、もう少しだから頑張ろう!」
 ユーマちゃんの励ましの笑顔に、皆の表情が一瞬ほころぶ。
「うん。皆、頑張ろう!」
 私は、その言葉に自分自身を奮い立たせ、残った鬼獣達へと挑みかかる。
 その時だった。
『!?』
 戦いの場に響き渡る耳障りな咆哮。
 それは、二匹の魔狼皇が私たちに向けた宣戦布告の雄叫びだった。
「マズイわね・・・。皆、一旦、退いて体勢を整え直すわよ!」
 チェリナ様の言葉に促され、私たちは、残った鬼獣達を薙ぎ払い、魔狼皇達との距離を取る為に走った。
「きゃっ!」
 背後で聞こえた悲鳴に、駆けていた私の足は、一瞬でその動きを止める。
「ユーマちゃん!」
 足がもつれて転んでしまった彼女を案じて、誰かが発した叫び声よりも早く、私は踵を返していた。
「大丈夫!?」
 自分でも驚くような速さでユーマちゃんの許へと駆け寄る私。
「ホリィーちゃん、逃げて!」
 私の背後に迫る存在に気が付き、悲鳴の様に叫ぶユーマちゃん。
 しかし、私は、その求めとは真逆の行動に出る。
 手にしていた得物を握り直して、魔狼皇達へと身構える。
 自分でも、それがどれ程に無謀な事であるかは良く分かっていた。
 それでも私には、彼女を見捨てて逃げる事なんて出来なかった。
 否、正確に言うならば、そんな考えを起こす事すら出来ないである。
「ゴメンね、ユーマちゃん。本当なら、ちゃんと貴女の事を護るべきなのに、今の私じゃこんな形でしかそれが出来ないや。だから、せめてもの償い。先刻の言葉どおり何が在っても貴女だけは護る。だから、私が食い止めている間に逃げて!」
 決して倒れる事を恐れない訳ではない。
 でも、それでも私は、自分自身の決断を笑顔で受け入れる事が出来た。
「駄目、そんな事できないよ!」
 私の背中を見詰めて涙目になっているのであろうユーマちゃん。
 だからこそ、私はその言葉を言い放つ。
「貴女にとって、私が仲間である以上に特別な存在であるのならば、私に構わず逃げなさい、ユーマ!」
 私は、厳しい口調で再び彼女へと逃げるよう促す。
それで彼女がどう決断し行動しようとも、私は、後悔する事無く戦えるはずだ。
「でも・・・」
「大丈夫、私は貴方を残して死なない。だから・・・、そうね、無事にこの窮地を逃れられたら、祝福の口付けをして貰えると嬉しいな。勿論、唇にね」
 私が口にしたその提案に、ユーマちゃんは一瞬だけ驚くと、直ぐに頬を紅く染めながら頷く。
「絶対、約束だからね」
「うん、分かった。約束、必ず生きて守ってね!」
 ユーマちゃんは、きっと懸命に気持ちを抑えているのであろう気丈な声で応えると、私の願いどおりにその場を退く。
「では、女神の口付けの為、いざ尋常に勝負!」
 私は、少しでも確実に時間を稼ぐべく、自分から魔狼皇達へと攻撃を仕掛ける。

始めから勝負になどなら無い事は分かっていた。
それでも、自分にとって唯一絶対である『夢』の為に、戦う事を選んだ。
それは、自分自身で抱いた『夢』に恥じず、それを誇る為。
嗚呼、唯一つ惜しいのは、約束を果たせない事だけである。
「ユーマちゃんとキス、したかったな・・・」
 我ながら俗物な未練だと思いながら、私は、自分に最後を与える凶獣の鋭い爪を見詰めていた。
 
しかし、覚悟したその最後の時は、突如現れた存在によって覆される。
 左右から完全な対称のタイミングで繰り出された魔狼皇達の攻撃。
『彼』は、私と魔狼皇達の間に割って入ると同時に、それを事無げもなく、手にした長剣の一薙ぎで弾き返す。
「大丈夫か?」
 怒りの咆哮と共に再び鋭爪を繰り出そうとする魔狼皇達を無視して、彼は私に無事を尋ねる。
「っ!」
 一瞥の視線すら向けずに、自身に襲い掛かる攻撃を再び薙ぎ払う彼の姿に、私は息を吸うのも忘れる程に驚愕する。
「喋れないほどに弱っているか・・・。困ったな、これはウチの『ネコ』を呼ぶしかないか・・・」
 彼は意味不明の言葉を口にして困惑する。

「うぬぅっ・・・、キミは若しかして女の子?」
彼は、何かを訝る様な表情で、私の顔をまじまじと見詰める。
「これは、失敬! うんうん、そうか。・・・ならば、問題はないな」
 そう一人で納得すると、彼はいきなり私の身体を抱き上げた。
「えっ! ちょ、ちょっと何を!」
「こらこら、暴れないように。振り落とされたくないならば、尚更にだ」
 その気の抜けた口調とは裏腹に、有無を言わせぬ迫力を持つその態度に圧された私が沈黙すると、彼は,一気に背後へと駆け出した。
「えぇっ、やだ! 嘘!」
 決して大柄ではないにせよ人間一人を抱きかかえて走っているとは思えない疾駆に驚き、私は、素っ頓狂な言葉を洩らす。
「はい、到着!」
 彼の軽い口調に正気を取り戻した私の目の前には、ユーマちゃんを始めとする仲間たちの姿が在った。
「状況が状況だけに長話をする訳にはいかないが、キミ達はこの状況を如何したい?」
「如何したいって言われても・・・」
 半ば呆けている私に代わって、チェリナ様が彼の問い掛けの意味を尋ね返す。
「済まない。訊き方が悪かった。あそこにいる二匹の扱いについて、倒したいのか、倒したくないのか。或いは、俺が倒した方が良いのかだ。流石に二匹両方を放っておくと他の冒険者が犠牲になる可能性があるからな」
 彼は、その言葉と共に、魔狼皇達を軽く一瞥して苦笑を浮かべる。
「情けないけど、流石にアレを二匹相手にするのは厳しいわね」
 やや精彩を欠いたメリィア様の言葉は、素直な悔しさから来るモノだと分かった。
「そうか・・・。ならば、一匹ならいけるという事で良いかな?」
 彼は、受けた言葉の意味を態とそう解釈して、再び尋ねる。
「ええ、それなら、いけます」
「了解。では、そういう事で、俺が一匹貰うとしよう。これは、その代価の前払いだ」
 彼は、チェリナ様の言葉に穏やかな笑みで応えると、懐から取り出した小瓶の中身を私たちに振りかけた。
「ちょっと、何を・・・っ!」
 シルクさんの抗議の言葉は、直ぐに飲み込まれる。
 それが自分たちの体力と魔力を回復させる為の行為だと分かったからだった。
「・・・ありがとう。凄く、助かる・・・」
「否、何。使っても俺には効果が無い持ち腐れの道具だから、気にする必要は無い。まあ、感謝の言葉だけは、受け取っておくがね」
 その魔法薬の価値を考えれば、彼が口にした言葉が半分は嘘である事は確かである。
「ありがとうございます」
 私は、助けて貰った分も含め、改めて感謝の言葉を告げた。
「いやはや、良いねぇ。無垢というか、純真というか。ホント、キミ達は可愛いね。只で物くれる人間なんて、下心ありのナンパ師だとか疑っても良いモノを」
「えっ、まさか・・・。変態のナンパ屋さんなのですかぁ?」
 汚物を見るが如く顔をしかめるユーマちゃんに、彼は、愉快そうに微笑み返す。
「アハハっ。変態は兎も角、ナンパ屋というのはよしてくれ。これでもれっきとした運命の相手が在る身でね。下手な誤解が生じると生命すら危うい目に遭うからな」
「あの、否定するところを間違っていませんかぁ?」
突っ込んでよいのかを探るように恐る恐る指摘するアンナちゃんに、彼は、それで間違っていないといわんばかりに再び笑った。
「じゃ、まあ、そんな所で、早速に遣るとするかな」
 彼は、再び懐に手を遣り、そこから腕輪と思わしき装備品を取り出し身に着けた。
「連携さえ保てれば、そう危険な相手では無いが、油断だけはしない様に。後、俺が苦戦しているように見えても構わずにいてくれて結構だから」
 彼は、それだけを告げると、私たちの返事を待つ事なく、戦場へと舞い戻っていく。
「私たちも行きましょう」
 チェリナ様に促され、私たちは、彼が相手にするのとは別のもう一匹へと戦いを仕掛ける。

2008年5月10日土曜日

『L・O・D+α ~光と闇が始まる時~』

 神の声を聴き、決戦の地<天空の聖園>へと集った冒険者達は、熾烈なる戦いの末に、復活を果たした魔神を打ち倒した。

 そして、<魔神討滅>という偉業を果たした冒険者達には、伝説の達成者の証したる<ロイヤル・クラウン>が与えられ、それと共に戦いし全ての冒険者に、戦いの功績に見合った地位や領土といった恩賞が与えられた。

 その魔神との戦いで,大いに活躍しながら、地位も名誉を求めず、唯、自由のみを求め、パートナーである魔導師と共に、世界を知るための旅に出た冒険者がいた。

 世界を知るために未知なる外海に乗り出し、そして、その旅によって、世界がまだまだ未知なるモノである事を知った冒険者は、久しぶりに懐かしき故郷の街へ還ると大陸の港へと戻る。

 冒険者と、そのパートナーは、故郷のある大陸に懐かしさを覚えるより先に、妙な違和感を覚える。

 想う姿と異なるその穏やかならざる雰囲気に。剣呑にして、どこか殺伐とした雰囲気。

 それは、冒険者達が嘗ての日々の中で、常に身近に感じ続けてきたモノ。

 そう戦場に満ち満ちる空気であった。

 その異様なる雰囲気に戸惑う冒険者達の耳に、何者かの怒声が聞こえてくる。

 自然と振り返った二人の目に、怒声の主の姿が映る。

 頭上へと振り上げた剣を、今にも振るわんとするその姿が。

 冒険者は、その刃が向けられる先にあるものが、年端も行かぬ子供であると視た瞬間に走る。

 それと同時に、彼のパートナーたる魔導師が、彼の素早さを極限まで高める魔法を発動させる。

 パートナーの支援をうけ、一気に相手との間合いを詰めた冒険者は、怒声の主たる男が振るい降ろした剣を、自らの抜き放った剣で、見事に弾き返す。

 一瞬の内に起きた出来事に唖然としている男を鋭く睨んだまま、冒険者は背中に庇う形になった子供へ、「逃げろ」と伝える。

 その言葉に従い逃げる子供の姿を後目に一瞥して、冒険者は再び、目の前にいる男を睨んだ。

「貴様、一体何をする!」

 男は怒りの矛先を、冒険者へと向ける。 それを受けた冒険者の眼差しが更なる鋭さを持った。

「貴様こそ、あんな子供相手に何をしている!」

 冒険者の放った一喝の鋭さに、一瞬男がたじろぐ。

何とか、体裁を保った男の顔が怒りの朱を帯びる。

「貴様の知ったことか!」

 怒りに我を忘れた男の剣が、冒険者に向け振り放たれる。

 冒険者は、相手の行動を見て取ると、一瞬浮かべた苦笑の後、意外にも手にしていた剣を鞘に返す。

 そして、それと略同時に軽快な身のこなしでバック・ステップを踏んで相手の攻撃を避け、廻らし回転させた身体の勢いのままに、再び抜き放った剣の腹で、隙だらけとなった男の背中を強打した。

 強烈な一撃を受けた男は、青くなった顔を冒険者に向けると、何とか呼吸を整え言葉を吐き出す。

「貴様、この恨みは必ず晴らしてやる。覚えて置け!」

 捨て台詞を残し逃げ去る男を、軽く睨み返して冒険者は剣を収める。

「覚えておく価値も無いな。しかし、あれは只のゴロツキではないな・・・・。冒険者崩れか?」

「ええ、多分そんなところね。困ったものだわ」

 互いに呆れ返る冒険者とそのパートナーはこの後直ぐに、残酷な世界の現実を知る事となるのであった。

 暴漢を懲らしめた冒険者は、その時初めて周囲の人々が自分へと向ける眼差しが前と違っている事に気が付く。

 それは、どこか冷めた眼差しであり、何かを諦めたモノの眼差しであった。

「あんたは、<秩序の光>のモンか?」

 周囲を取り巻いていた内の一人の男が、意を決した感で尋ねて来る。

「<秩序の光>?」

 冒険者は、尋ねられた言葉の意味を計り兼ねて問い返す。

 そんな、冒険者の様子を奇異に思いながらも、男は更に言葉を続けた。

「あんたが、どちらの側の人間かなんてどうでもいい。ただ、こんな争いは早く終わらせてくれ!」

 男の悲痛な言葉に同調するかの如く、他の者達も僅かに頷く。

 いよいよもって、何を言っているのか理解できずに、冒険者とそのパートナーは、互いに顔を見合わせる。

「済まない。貴方の言おうとしている事の意味が俺には分からない。この世界は、魔神が倒された事により、平和な世になったのじゃないのか?」

 冒険者の尋ねに、今度は港町の人々が顔を見合わせた。 そして、男の口から、今の世界を取り巻く現実が語られる。

 それは、魔神が倒された後、平和となった世界に於いて、正に些細といえる小さな争いから始まった事であった。

 切掛けは、冒険者同士の酒場での些細な諍いであった。

 酒を飲んで酔った冒険者の一人が、先の魔神との戦いに於ける自分の活躍を、英雄譚よろしく語っていた所に、別の冒険者が冷たい言葉で水を注した。

 恥をかかされた冒険者は、それを雪ぐ為に刃を抜き、受けてたった相手の冒険者の仲間を巻き込んでの争いとなった。

 その争いの結果が、正当なる果し合いとは呼べないものであったが故に、ことは更なる争いに発展し、ついには本格的な冒険者同士の争いへと至った。

  交えた刃の恨みが募り、何時しかその争いは、冒険者として今日までに積み重ねた実績とそれによる地位を重んじる<秩序の光>と、冒険者としての実力こそが全てとする<力威の闇>という二つの勢力に分かれて覇権を奪い合うようになった。

 語られた残酷なる事実に、冒険者の顔が悲痛に歪む。

「教えてくれ、雪華!俺は、俺達は何の為に魔神と戦い、あの死闘の果てに魔神を倒したというのだ?こんな、世界の有様を見るためだというのか・・・」

「雷聖・・・・・」

 ぶつけられたその感情の激しさに驚く以上に、パートナーとして彼の想いを誰よりも理解しているが故で雪華は、雷聖の言葉に対する答えを見つけられなかった。

 そして、雷聖が今の世界の有様に抱いた思いは、雪華もまた同じであった。

 生まれながらにして魔導の素質を持たざる身であるが故の苦難に耐え、剣のみを以って、遂には、彼の魔神を討ち滅ぼすまでの強さを得て<神殺し>の偉業を果たせし<達成者>の一人である<雷斬りの雷聖> 。

 そのパートナーとして、彼を常に支えて来た彼女にとって、今の世界の有様は、まるで彼の想いを踏みにじる裏切りのようにすら思えた。

 だが、彼の想いを最も良く知るが故に、雪華は雷聖の為にその言葉を紡いだ。

「雷聖、たとい世界の有様がどうあろうと、貴方自身の何かが変わるわけではない。それに、まだ全てが終わったわけではないわ」

  雪華は、一旦そこで言葉を切ると、微かな笑みを浮かべて再び唇を動かす。

「私には貴方がいて、そして、貴方には私がいる。それで、十分じゃない」

「ああ、そうだな雪華。世界がどう変わろうとも、俺達の何かが変わるわけではないな。そして、いかなる世界に在ろうとも、俺達が変わる必要はないのだ」

 雷聖は、雪華に笑って応えると、何処か冷めた笑みを浮かべた。

「彼らが何を望み争おうともそれは彼らの自由だ。勝手にこの世界の行く末を奪い合っていればいい」    

 雷聖が語った冷徹な言葉を、雪華は決して咎めない。

 それは、彼が常に示す天性の反骨心であると知っているからである。

 そして、再び自由を求めて雪華と共に旅に出た雷聖は、その宿命の為せる所により、<光>と<闇>の支配を打ち破らんとする新たなる意志、『何者にも支配されず、何者をも支配しない者』達、《中庸の理想者》を護り導く事となるのであった。

2008年5月5日月曜日

『 L・O・D ~ある冒険者の追憶~ 』 下編

「済まなかったな、セイウ。あれも悪意があって、あんな事を言った訳じゃないんだ。それだけは、分かってやってくれ」
 雷聖は、雪華が去っていった方向に視線を遣りながら、そう俺へと詫びた。
「分かっています。寧ろ謝るべきは俺の方である事も」
「まあ、実際それに関しては、難しい問題であるんだがな」
 『謝る必要』と『謝る意味』という二つを指して、雷聖は、その言葉を口にしていた。
「雪華が君に対しぶつけたのは自分の感情に過ぎないし、君が詫びた所で彼女は決して許しはしないだろう。結局、謝る必要も無ければ、謝る意味もない事だからな」
「貴方は、それで良いのですか?」
・・・雪華が抱いた様な俺に対する『怒り』や『失望』は無いのか。
 そんな心の想いを込めて、俺はその事を彼へと尋ねた。
「全く気にしていないと言えば嘘になる。しかし、雪華がした事は大人気ない我が儘(わがまま)だし、君がした事は子供の贅沢だ。それを一々気に掛けていては、この世界で生きてはいけないからな」
「そうですか・・・」
・・・歯牙に掛ける意味すら無いという事ですか。
「それは君を見下しているからという訳ではない。だから、勘違いだけはしないでくれよ。そもそも、あれが君に噛み付いたのは、俺の為だしな。それを考えれば、俺に誰かを責める事は出来ないという事だ」
「貴方は、確かに大人ですね」
 俺にも、それが何よりも自分の幼さを示す言葉である事は分かっていた。
 それでも、彼に対する皮肉の言葉を口にせずには、いられなかった。
「うむぅ、本当にそうかは怪しい所だがな」
雷聖は、そう俺の皮肉を事無げに笑って受け入れると、一瞬にして、その瞳に宿すモノを真剣な色に変え、再び口を開いた。
「人間は誰でも最初は子供として生まれるモノ。それは、俺も君も然りだ。それと同じで、誰しも最初から強い訳ではない。俺が君の事を『子供』だと言ったのは、君がこの世界で冒険者となってから過ごした時間の短さを指してだよ。俺は、この世界にあって悠久ともいえる時間を過ごし、その中で今持つ力を培ってきた身だ。君が、俺と同じだけの時をこの世界で過ごしたならば、今の俺を遥かに追い越す強さを培う可能性だって在るさ」
 雷聖の口から語られたその言葉から、彼が心に抱く『強さ』への真摯な想いが滲み出ていた。
 俺は、彼が自らの心に持ち続ける強さの意味を見失わないからこそ、如何なる戦いに於いても誇りと自信を持ち続けられるのだと、その強さの理由を理解する。
「今の自分の強さに己惚れて、自分が非力であった過去を忘れてしまう事も在るだろう。しかし、それは他者を弱いと嘲る事の言い訳にはならない。そうだろう?」
 始め、俺はその言葉の意味を理解できなかった。
「真に《王》と呼ばれる者は、その誇りを以って他者を護り導く者となる存在だ。だが、彼らはそれを知らず、戦場に他者の誇りを打ち砕く事を誉れだと偽り、争いの火種をばら撒く事を求め続けている。セイウ、お前の心に今も尚、彼らの傲慢によって踏み躙られた誇りの痛みが在り続けているのならば、その痛みを糧に必ずあの偽りの《王》達を栄光という玉座から引き摺り下ろせ。それこそが、唯一、雪華が示した優しさにお前が報いられる術だからな」
 それは、俺があの日あの時あの戦場で受けた屈辱を見透かす言葉、そして、自らの剣に誇りを持つが故に何よりも他者の誇りを重んじる《剣皇》たる者の意志を示す言葉であった。
「貴方は、俺にそれが出来ると信じているのですか?」
 自らの心にある想いを見透かした雷聖という存在に、俺は、畏怖にも似た想いを込めて尋ねる。
「お前以外にそれは出来ないだろう」
・・・何故?
 雷聖は、俺が心に抱いたその問い掛けの想いを、再び見透かした。
「俺がお前を信じる理由か・・・。言っただろう、お前は真なる王者の資質を持つ存在だと。偽り持つ存在は、何時か必ず真を持つ存在に敗れるモノだ。今《王》と呼ばれている者達の力は、他者を屈し支配する為だけの力に過ぎない。だが、お前が剣に宿す力には、その支配すら討ち破る意志が在る。確かに今のお前は彼らと比べれば遥かに非力だ。しかし、それは未だ未熟であるが故の非力に過ぎない。揺るぎ無き意志を以って自らの技を磨き上げ、その未熟を克服したならば、お前は必ず彼の《王》達を討ち破る者となるだろう」
 語られるその言葉の一つ一つから、彼が俺に向けた深い想いが伝わってきた。
「セイウ、事の序でだ。一つ、お前の知らないある冒険者の昔話をしてやろう」
 雷聖は、俺にそう告げると、何かを懐かしむ様に空を見上げて語り始めた。

「あれはまだ、この『神蒼界』に《邪神》という存在がいて、その力によって世界中に魔物達が跋扈(ばっこ)していた時代の話だ。そんな世界に生まれ、蔓延る魔物達と戦う為に、冒険者となる事を選んだ二人の男女がいた。だが、男には生まれながらにして魂の欠落があり、魔力という異能の力に対する耐性が存在しなかった。それでも冒険者となる事を諦められなかった男の為に、女は彼を支える術を求めて異能の力である《魔術》にその身を委ねた。危険を冒す旅を重ねる中で、男は戦士としての力を培い少しずつだが強くなっていった。だが、男がどれ程に強くなろうとも、神の祝福を与えられなかったその身の《制約》は、彼の冒険の障りとなり続けていた。戦士としての力を高めて尚、敵の下級魔導にすら敵わず、その力の前に無様な姿を晒す男を見て、他の冒険者の中にはそれを嘲笑う者もいた。そんな事実を男以上に悔しがったのが、彼を支え続ける女だった。彼女は、唯男が抱く不屈の意思のみを信じ、彼の無謀に近い冒険の旅に従い続けた。だが、彼女は唯彼の背に付き従うだけの存在ではなかった。
彼女は、如何なる危険な戦いの状況に在ろうとも、自らの無事より男の無事を先に考え、その身の危険を顧みず彼の生命を護る為だけに魔法を使い続けた。男は、傷付き倒れる彼女の姿を背中に感じる度に、己の非力さを憾(うら)み続けた。それでも尚、否、それだからこそ男は自らに力を求め、堅き衣持つ敵ならばそれを貫く鋭さを、素早い動きを誇る敵ならばそれに勝る速さを自らの剣に宿した。そして、男はその想いを以って全ての敵を穿つ刃の冴えを誇る《剣皇》へと至り、《魔司》へと至った彼女と共に、《邪神》と呼ばれる存在をその手で討ち滅ぼす栄光を果たす一人となった。自らの剣を以って『神蒼界』に平穏を取り戻した歓びに浮かれ、男は、パートナーである彼女と共に、《邪神》の脅威から解き放たれた世界を巡る旅に出た。しかし、その旅を終え遠き海の先にある辺境の大地から戻った彼らが目の当たりにしたのは、嘗ての仲間である冒険者達によって平穏を奪われた世界に有り様だった。その絶望に男は自分が護ろうとした世界の全てを深く呪った。そんな男の心を救ったのが、彼のパートナーである彼女の互いの絆を誓った言葉だった。自分が護るべき者が誰であるかを思い出した男は、その存在と共に冒険者として生きる道を選び、世界の表舞台から自らの姿を消した」
 『以上で終わりだ』という言葉で締めて、雷聖は、『ある冒険者の昔話』を語り終える。
 その冒険者が誰であるかは尋ねるまでもなかった。
 それは、雷聖が《剣皇》であり、雪華が《魔司》である理由を示す物語であった。
・・・だから、俺は雪華に打たれたのか。
 俺の頬に、彼女から与えられた痛みが熱となって甦る。
 思わず頬へ掌を添えていた俺に何かを察したのか、雷聖が微かな笑みを浮かべた。
「なあ、サフィア。お前は、セイウの事が好きか?」
 不意に雷聖が俺のナビであるサフィアへと、そんな問い掛けを向けた。
 その質問の意図に戸惑う俺を一瞬だけ見詰め、サフィアはその視線を雷聖に投げる。
『はい。私は、愚直なまでに真直ぐな意志を抱くマスターを敬愛しています』
「そうか。良かったな、セイウ。お前はまだ彼女に見捨てられて無い所か、その愚直さに敬愛まで抱かれているみたいだぞ。」
 何がそこまで愉快なのか、雷聖は必死で笑いを堪えながら、そう俺へと言葉を掛けた。
「しかし、そこまで想われているなんて羨ましい限りだ。セイウ、この世界に於いて、人間は独りで強くなれる存在ではない。だから、お前の事を誰よりも信頼し支えてくれているサフィアの事を大切にしろ」
「それならば、貴方も、雪華さんをもう少し大切にしてあげてください」
 俺にそう言い返されて、雷聖は、一本取られたという表情を浮かべた。
「うーむぅ、それはちょっと違うぞ、セイウ。俺と雪華との関係は、近くに居過ぎれば見失ってしまう稀有な絆で結ばれたモノ。多少、離れた位置に身を置くのが良い関係だ。というか、そういう意見が在るとあれが調子に乗るので止めてくれ」
 渋面を作って抗議する雷聖の姿に、俺は苦笑を浮かべる。
「でも、貴方は彼女の事を大切に想っているのでしょう。だったら、せめて憎まれ口を止めて、優しい言葉を掛けてあげれば良いではありませんか」
・・・俺がサフィアに想われる事が羨ましいと言われるのならば、雪華にあそこまで想われる彼に、俺は何と言えば良いのだろうか。
 その言葉を知らない俺は、代わりに彼の素行を窘(たしな)める言葉を口にした。
「確かにお前のいう事にも一理ある。しかし、それじゃ、悔しいじゃないか」
「『悔しい』・・・ですか?」
 俺は、雷聖が何を言っているのか理解できずに問い返した。
「ああ、そうだ。この世界で《神殺し》の偉業すら果たした俺が、たった一人の存在の感情を畏れなければならないなんて、悔しいというか情けないじゃないか」
・・・ご馳走様です。
 俺は、色々な意味で見誤っていた目の前の存在が、そのパートナーに対し捧げる愛情の機微を理解してそう突っ込む。
・・・それにしても、これじゃ一体、どっちが『子供』で『大人気ない』のか分からないデス。
「セイウ、真の漢(おとこ)とは、幾つになっても少年の心を忘れないモノさ!」
・・・そんな、妙に爽やかな笑顔で言われても、対応に困りますデス。ハイ。
「はいはい、了解! 了解! ここは潔く、お前の言葉に従っておこう。という訳で、セイウ、サフィア、良き武運を!」
 独りで何かを納得した雷聖は、俺達に挨拶の言葉を告げて去ろうとする。
 それを見た俺は、慌てて声を掛けた。
「雷聖さん!」
「うぬぅっ?」
 立ち止まり振り返った彼に対し、俺は、大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「何時か必ず俺は、《光》と《闇》の《王》を! 彼ら二人を討ち破って見せます! そして、貴方の強さにも追いついて見せます! だから、本当にありがとうございました!」
 高く高く空までも届かんばかりに響く俺の宣言を受けて、雷聖は、満面の笑みと共に叫び返した。
「セイウ、そんな寂しい事を言うな! こういう時は、『何時か貴方を追い越して見せるから覚悟しておけ!』とでも言って見せろ!」
その傲慢なまでの大志を俺に求め許容する雷聖の瞳には、強い意志の光が宿っていた。
・・・参った。俺は、本当にとんでもない相手と好敵手になる事を望んでしまったみたいだ。
「はいっ! 二つの《王》の首を手土産に、貴方の《栄光の冠》を剥ぎ取りに行くので覚悟しておいてください!」
「おぅッ! その時を楽しみしているぞ! サフィア、そこの愛すべき大莫迦者が真の皇へと至る軌跡を、《神の御子》として見守り支えて遣れ!」
 俺が示した剣の宣誓に剣の宣誓で応えた雷聖は、俺の背に従うサフィアを彼女という存在に似つかわしいその異名で呼び指してそう命を与える。
 その言葉を受けたサフィアは、穏やかな笑みを浮かべ恭しく下げた頭(こうべ)でそれを受命した。
 その時、雷聖とサフィアが交わしたモノの意味を、俺は、『約束した再会』の後に知る事となる。
「では、セイウ、サフィア、達者でな!」
「雷聖、御武運を!」
 俺は、去り行く雷聖の背に、儀礼以上の想いを込めて別れの挨拶を投げ掛けた。
 それに対し再び立ち止まった雷聖は、背を向けたままで手を上げて応えると、今度こそ本当に去っていった。
雷聖が去った後も、俺は暫くの間、その場で見えなくなった彼の背中を見送り続けた。

「空が蒼いな」
 俺は、天を仰いでは何度も繰り返してきたその言葉を、それまでとは全く違う想いを胸に抱いて呟いた。
・・・今この瞳に映る空の蒼さを、俺は、これから先もずっと忘れずにいられるだろうか?
 だが俺のその想いは杞憂に過ぎなかった。
 なぜならば、その空の蒼と同じ美しい色を瞳に宿した存在が、俺の傍らに在り続けるのだから。

「サフィア、この先、何が在ろうとも、俺より先に倒れるな。お前は、倒れても尚立ち上がる俺の姿を、その瞳に焼き付けておいてくれれば良い」
 雪華が雷聖の為に求めたモノが自己犠牲も厭わぬ献身あるならば、俺がサフィアの為に求めるモノは、その美しい空の蒼を宿す瞳を曇らせない己の強さである。
 その強さを得る為の道程は遠く険しいだろう。
 そこに至るまでには、幾度この大切な存在を悲しませるか分からない。
 だが復讐の為だけに戦いを望み、力を求めたあの時とは違う。
 『戦う理由』と『力の意味』、それ思い出し教えられた今ならば、俺にも分かる。
 雪華が本気の想いをぶつけて、俺に教えようとしたモノが何であるのかが。
「さて、行こうか、サフィア。俺は、もっともっと強くならなければならないからな」
・・・そう、それは俺に冒険者としての誇りを教え示してくれた二人の存在と、何よりも目の前にいる大切な存在の小見に報いる為に。
『はい、マスター。貴方が求める皇の力を探す旅に出発です!』
・・・『皇の力』か。サフィア、それならもう既に見付けているよ。否、最初から直ぐ傍(そば)に在ったのに、俺がそれに気が付いていなかっただけだ。
「良し、先ずはこの世界の全てを知る為の冒険だ!」
俺は、言い放ってサフィアの身体をひょいっと抱き上げると、そのまま肩車して走り出した。
『真に《皇》と呼ばれる者は、その誇りを以って他者を護り導く存在』、雷聖が語ったその言葉が示す様に、今俺が頭上に頂く存在こそが《皇》を王者とたらしめる気高き誇りの導き手である。
ナビ・パートナー、その名の示す意味は、『共に在りて導く者』。
そして、その導く先にあるモノは、『無限の可能性』である。
自らの身に欠いた力への想いを意志に変え《皇》へと至りし者、《雷斬りの雷聖》。
彼のパートナーとして彼を《皇》と至らしめた者、《純白の魔女神・雪華》。
その二人の姿こそが、冒険者とナビが築くべき関係の道標であった。


 雷聖と雪華、この二人との邂逅が俺に《皇》としての力の在り処を教えてくれた。
 しかし、俺にとって真に『運命』と呼ぶに相応しい邂逅は、サフィアという存在と出逢ったそれを指し示すのだろう。
 その『運命』が俺の宿命に通じる道標であるならば、俺は、その先に在るモノを決して見失わない。
 サフィアが指し示してくれるモノを見失える筈が無い。

 俺は、サフィアという存在に導かれ、何時か《皇》と呼ばれる存在に至るだろう。

それが俺の宿命なのだから。

『 L・O・D ~ある冒険者の追憶~ 』 中編

嘗てこの世界は,創造の主たる《神》に見捨てられ、《邪神》と呼ばれる邪悪なる意志持つ存在によって滅ばされる運命にあった。
その運命に抗い《邪神》の僕である魔物達と戦い続けた存在、それが『冒険者』達であった。
生命の危険すら冒す幾多の旅を経て、終に《邪神》を倒し世界を救った《神殺し》の英雄達。
その偉業の達成者にして、《栄光の冠(ロイヤル・クラウン)》を頂く存在の一人が、《雷斬り》の異名を冠する目の前の剣士であり、彼の冒険の日々を支えたのが《純白の魔女神》の異名で呼ばれる彼女であった。

「『あの有名な』、か・・・。正直な所、そういう云われ方は好きじゃないな」
 剣士、雷聖は口にした言葉に違わぬ、重い面持ちの苦笑を浮かべた。
示されたその反応に戸惑う俺を見かねる様に、雪華が彼を嗜める。
「止めなさいよ。彼は純粋にそう言っただけでしょう」
「ああ、そうだな。済まなかった、俺にとって過去の栄光なんて忘れたい事の一つなんで、少し過敏に振る舞い過ぎたようだ」
 雷聖が謝辞の中に込めた感情に、それが容易く触れてはならない事であったのだと知る。
「それで少年、君は、名を何というんだ?」
 指摘されて俺は、今更ながら、自分が彼らに対し名乗っていなかった事に気がついた。
「済みません、名乗り忘れていました」
「否、まあ、それはお互い様だし気にしなくて良い」
 雷聖の言葉に、雪華も又、苦笑に近い微笑を浮かべて二度三度と頷いた。
「俺は、セイウ。『清らかな翼』という意味の名前です」
「ほぉう、それは君に似つかわしい良い名だ」
 雷聖が口にした感想の真意までは分からなかったが、そこに込められた誠意を感じ取り、俺は、『ありがとうございます』とだけ返す。
「互いに名を知った所でセイウ、俺の剣は、君が求める力を得る為の道標とはなれたかな」
 その問い掛けに、俺は、彼に連れられてこの場で戦った理由を思い出した。
「・・・正直な事を言うと、『日暮れて道遠し』です」
 俺は、求める力を得る為の手段に惑い焦るばかりという素直な想いで雷聖に応えた。
 そして、その想いを持て余すように、俺は視線を空へと移す。
「世界の在り様が如何移り変わろうとも、この空の青さだけは変わらないな」
 深い感慨を込めて、雷聖が俺の視線の先に在る空を仰いだ。
「彼らは、貴方より強いのですか?」
 それが彼に対し失礼な質問である事は良く分かっていた。
 しかし、俺の心は、二人の《王》と呼ばれる存在を知る者に、その答えを求めずにはいられなかった。
「否、嘗ての彼らならば分からないが、今の彼らは俺には及ばないだろう。外道に堕ちたあの二人の力に劣る俺ではないよ」
 共に《神殺し》の栄光を果した者としての感情はそこに存在せず、在るのは、純粋なまでの憤りであった。
「では、貴方ならば、《秩序の光》と《力威の闇》の争いを収める事ができるのですね」
 《王》と呼ばれる存在達に率いられ相争う二つの勢力。
 その意志を統べる存在である《王》を戦場で討ち破る事のみが、繰り広げられる争乱を鎮める唯一の術にして、最高の誉れとなるという事実。
 冒険者達は、その誉れを求めて己の力を磨き高め続ける。
 それが俺の知る世界の有り様であった。
 しかし、今この時、目の前に在る存在達と出会った事で、俺は、自らの無知を知らしめられる。
 望めばその誉れを果たせる実力の持ち主達を前にして、俺は羨望の眼差しを抱いていた。
「否、それは難しいな」
・・・何故?
 予想していたのとは違う応えに、俺は無言で疑問の視線を返す。
「彼らは、賢明過ぎる程に賢明だ。仮令(たとい)、俺が彼らに戦いを挑んだとしても、それを受けて立ちはしないだろう。それに、俺も彼らを討つ事に特別な意味を見い出せないからな」
 雷聖の口から語られた二人の《王》に対する事実は俺自身も良く理解していることであった。
 しかし、それよりも尚、俺が気に掛かったのは、最後に語られた言葉のほうであった。
「貴方は、今の世界の有り様を見過ごせるのですか?」
「ああ、俺にとって世界の有り様が如何であろうとも、人々がそこに何を望もうとも構うことでは無いさ。寧ろ、この手で《邪神》を倒したという事実すら、忘れ去りたいと思っている」
 それは、世界を救った存在が、その世界に対し向けた呪いの言葉であった。
・・・『全ての人間が望んで力を得たとは限らない』
 俺の脳裏に、雪華と交わした言葉の一つが甦る。
 『力持つ者の悲哀』、それは持たざる俺には到底知る事の出来ない想いであった。
 そして、雷聖が持ち、雪華が知るそれは、悲哀よりも尚
深く暗いところにある絶望と呼ばれるモノであった。
「雷聖、それならば何故、貴方は俺に力を示した」
 それは、雷聖に取ってみれば無意味に過ぎる振る舞いであった。
「それは、君が自らの非力を知り、そして、真なる王者の資質を持つ存在だからかな」
 俺は、雷聖が語る言葉の意味が分からず、再び沈黙の視線を返す。
「君は、力を求める理由を尋ねた俺に対し、唯雪辱のみを果たしたいと答え、その言葉が偽りでは無い証を、自らの力に優る敵を相手に挑む事で示した。だから、俺は、君の想いを信じ自らの果たすべき処を果たしただけだ」
 雷聖はそこまで語ると一旦言葉を切り、大きく息を吸い込み、それをゆっくりと吐き出してから、再び口を開いた。
「セイウ、もう一度尋ねる。君は本気で、彼の二人の《王》を討ち破りたいと望むか?」
「はい」
 俺は、雷聖が示す深い想いが込められた問い掛けに対し、強く頷き応えた。
「その意志、確かに受け取った。では、自ら最も困難な道を進む事を求めるお前の為に、餞別として《王》の許へと至る道標を示そう」
 雷聖は、その言葉と共に不敵な笑みを浮かべる。
「セイウ、剣士が剣士に語る最高にして唯一の術は、自らの剣を以ってのみ果たされる。だから、パートナーと共に、本気で俺を倒すべく斬り掛かってこい。雪華、先刻の続きだ。お前も遠慮なく俺に仕置きしてみせろ」
俺達三者へと宣戦布告する雷聖。
得物である長剣を手にした彼から伝わってくる闘志の存在が、その言葉が本気である事を物語っていた。

「如何した、遣る前から怖気ついたか?」
 雷聖は、不遜の眼差しを浮かべて、俺達に対する挑発の言葉を口にした。
「ならば、こちらから行くとしようか!」
 そう言い放つが早いか、雷聖は、瞬時の踏み込みで俺との間合いを詰め、横薙ぎに得物を振る。
 俺は、彼の電光石火の一撃を回避不能と判断すると、自らの得物である剣でそれを受け止めた。
 互いにぶつかり合う刃と刃の衝撃に耐えるべく、俺が得物を握る両腕に力を込めた瞬間、雷聖は、踏み込んだ身体の勢いに任せて長剣を振り抜く。
「はっ!」
圧し返されて宙を泳ぐ俺の懐を目掛け、短い気合いの息と共に、雷聖の再びの斬撃が繰り出された。
・・・遣られる!
『《天地斬り裂く旋風の刃》!』
 雷聖の刃が俺の身体を捉えるのを先制して、雪華が生み出した疾風の魔力刃が地走りの土煙を上げて、雷聖へと襲い掛かる。
 それを見て取った雷聖は、一瞬にして攻撃から防御の体勢に転じ、素早い身のこなしで回避した。
「甘いな、雪華。本気を出せ」
 背後へと退き間合いを取り直した雷聖は、余裕混じりに挑発の言葉を口にする。
 それに対し、無言で睨み返す雪華。
 しかし、俺には、彼女が相手を倒す為ではなく、俺を助ける為に攻撃を放ったのだと分かっていた。
 無論、それは雷聖も又、良く分かっている事の筈であった。
・・・態々、過剰な挑発で彼女を刺激しているのか。
 雷聖が示す態度は、明らかにその意図によるモノであった。
「雪華、若しも俺を倒せたら、どんな願いでも訊いてやるぞ」
・・・アレっ? 今、言葉の中に何か妙な含みが無かったか?
「要らない! どうせ又、何時もの『嘘』だから」
・・・信用無いですね。
 もう騙されないといきり立つ雪華の姿は、敵へと牙を剥くネコの様だった。
「確かに、そうだ。俺が敗れる理由も無いし、無用の約束に過ぎないな」
・・・その自信、一体何処から来るのですか?
 背中で闘志を燃やす雪華の様子を感じ取った俺は、その頼もしさに勇気を奮い起こされて、それまでの緊張に硬くなった肩の力を緩めていた。
 俺は、得物である剣を構え直して体勢を整えると、冷静に状況を分析する。
 その戦闘能力を考えれば、雷聖と雪華が持つ力は、伯仲か或いは、魔導師として純粋な攻撃の威力で優る雪華の方が有利。
 しかも、こちらは三人で連携をとって戦える状況に在った。
 その事が分からぬ相手では無いからこそ、俺は、雷聖が抱く自信を不気味に感じていた。
「言ってくれるわね。良いわ、お望み通り私の本気を見せてあげる。地べたに転がりながら、今までの私に対する悪行の数々をよーく反省しなさい!」
・・・私情の怨恨が入りまくりですか。
 挑発に挑発で応える雪華。
その足元で宣言通りに、通常範囲を超える勢いで次々に魔導陣が展開する。
術者である雪華を中心に置き、五連に交わり重なり合う様に形成されたそれは、まるで大地に咲く華の如く美しかった。
『《識彩光綾聖爛御滅烈華陣》!』
 祈るように瞳を閉じて《力導く言葉》を紡ぐ雪華。
 再びその瞳が開かれると同時に、魔の領域から導かれた力が爆発する。
 《無限を奏でる御言葉》、真に《魔導》を極めた者のみに許された《魔導皇》の遺産たる御技。
 そして、彼女が示したその力は、『神の領域』と呼ばれる位置に在る究極の《魔導》の一つであった。
 雪華によって放たれた魔導は、瀑布の如き勢いを持つ魔力の奔流となって雷聖を呑み込む。
・・・勝負あった。否、勝負にならなかった。
 俺は、目の前に生じた壮絶な力の熱に当てられながら、勝利を確信していた。

『《軍神烈覇斬・改》!』
 雷聖が放った《力持つ真名》が、その身を呑み込んだ魔力の波を切り裂く。
『《凡そ全てを滅ぼす散華》!』
 再び放たれる雷聖の《力持つ真名》。
 気合いと共に繰り出される連斬の一撃が振るわれる毎に、その刃は淡い燐光の花びらを虚空に残して、魔力を切り裂き打ち消していった。
・・・っ!
 驚愕に瞳を見開きながら、俺の頭は、そこに映る現実を理解することすら出来なかった。
「セイウ、今よ!」
『マスター、今です!』
 俺の背後にいた雪華とサフィアが、同時に叫ぶ。
 その声に正気を取り戻した俺は、両者が既に発動させていた戦闘補助魔法の助けを受け、雷聖へと攻撃を仕掛けた。
・・・貰った!
 雪華の攻撃を相殺し凌ぐのに、全ての力を使い果たした雷聖。
その隙だらけの懐を狙った渾身にして絶妙の一撃に、俺は、快心の喝采を抱く。
 それは、『約束された勝利』へと至る筈であった。
 しかし、俺の攻撃を前にした雷聖の表情に焦りは無く、未だその自信に満ちた余裕を失ってはいなかた。

 その時、何が起きたのかは分からなかった。
 それでも確かな事が一つだけあった。
 雷聖は、俺が振り放つ攻撃を唯一瞥しただけで封じ込めたのである。
 それを言葉で現すのならば、正に『蛇に睨まれた蛙』という一言が正鵠(せいこく)を射ていた。
「・・・くっ!」
 訳も分からず振り下ろした剣の刃で、雷聖が立つ足元の大地を穿った俺は、その衝撃に痺れる手の痛みだけを感じていた。
「勝負、ありだな」
 半ば呆然として眼前の大地を睨んでいた俺の背中に、雷聖が振るった刃の先が触れる。
・・・完敗です。
 俺は、悔しさにその言葉を声にする事が出来なかった。
 そんな俺の想いを汲み取ったのか、雷聖は無言のままで刃を返し、それを背中に負った鞘に納める。
 そして、何故か苦笑混じりに笑う雷聖。
「少し調子に乗り過ぎたみたいだ」
 快闊な笑顔を浮かべ直した雷聖は、その言葉と共に視線を雪華へと投げ掛けた。
「皆、頑張ったけれど負けちゃったね」
 雪華は、俺とサフィアの頭を其々に撫でながら、慰めの言葉を口にする。
 触れたその掌の温もりがとても柔らかかった。
「はい。負けました。それも見事なまでの完敗でした」
 俺は、先刻は悔しさで口に出せなかった言葉で、彼女の優しさに応える。
「全ては実力の差がもたらした結果、仕方ないなんて慰めは言わない。だが、その代わりに言わせて貰おう。良い勝負だった」
・・・ああ、そこまで莫迦正直に言われたら、返す負け惜しみの言葉すら見付かりません。
「『井の中の蛙大海を知らず』ですか・・・」
 俺は、自らの未熟さに苦笑した。
「だが、その中にあるからこそ、天の高さと其処にある空の青さに気が付くのだろう」
 その言葉に込められた深い想いに、俺は、目の前に立つ存在を見誤っていた事を知る。
「こういう言い方は余り好きではないのだが、自分の弱さを知った今ならば、自分の目指すべき強さが如何なるモノか分かるんじゃないかな」
「それが、貴方が俺に対し示そうとした『道標』なのですね」
 俺は、彼がその身に宿した力を以って、俺に伝えようとしたモノが何であるかを理解した。
「まあ、俺の言葉で言うならば、『真実に培われた想いは意志となり、強さに培われた意志は全てを凌駕する』だな。俺が知る限り、この世界に望んで得られない強さなど存在しない。だから、自らを知者とする事は求めるな、自分を知り尽くしてしまえば、そこに在る限界という常識に自らが持つ可能性すらも封じられてしまうからな」
・・・『可能性』か。
 俺は、その言葉こそが、雷聖という存在を示す『意志』の形である事を知る。
「俺が先刻の勝負で君に対し示した二つの戦技。あれこそが、この世界に存在する《理(ことわり)》という名の常識を打ち破る可能性の力だ。《魔司》が操る魔法の威力すら打ち消す《相殺》と戦士の技を無効化する《封殺》。その種を明かす事は出来ないが、二つの技を以ってすれば《光》と《闇》を統べる二人の《王》に、戦場で敗れる事だけは無い」
 戦士としての力を極めた者のみが至れる最高位の一つである《騎士皇(マスター・ナイト)》と、その対極たる魔導師の頂点にある《魔司》。
 その二つの最高位へと最初に至った存在こそが、《秩序の光》と《力威の闇》を統べる二人の《王》であった。
 雷聖が語る言葉は、確かな事実だったが、俺は、そこに妙な含みが在った事に気が付く。
「『戦場で敗れる事だけは無い』、ですか?」
「おお、ちゃんと気が付いたか! その言葉の通り、《相殺》と《封殺》の何れも、敵に敗れないだけの技で、敵を討ち破る技では無い。だから、君は、あの二人が培った力を凌駕する必殺の威力を持つ《戦技》を開眼しなくてはならないな」
 我が意を得たと満足気に語る雷聖の言葉が、俺の耳には何処か遠くに聞こえた。
・・・二人の《王》に敗れない為の技ではなく、二人の《王》を討ち破る為の技を求めなくてはならない。そういう事か。
 目指すモノの指針は見えながら、そこに至る為の手段を俺は持っていなかった。
「雷聖、貴方にとっての『それ』が、先刻の戦いでトロルの首領相手に使ったあの技なんですか?」
 触れる者の全てを灰燼に帰する神の雷。
 思い出すだけでその威力に身震いする壮絶なる戦いの御技。
 俺は、《峻烈なる神雷》と名付けられた彼の戦技を思い出し、それを尋ねる。
「否、あれは嘗て《邪神》を討ち滅ぼす為に編み出した技だ。俺にとっての最終奥義は、この世界で最も手強い存在との決着の為に編み出した技だ」
「貴方にそんな事を言わせる存在が、この世界にいるのですか!?」
 雷聖の口から語られた言葉に驚きの声を上げた俺は、直ぐにその存在の正体に関する予感を抱く。
・・・あれっ、まさか!
「何を言っているんだ、セイウ。今、お前の目の前にいるじゃないか」
・・・『予感』、的中ですか!
 雷聖が向ける視線を追うまでもなく、その正体が雪華である事は分かっていた。
「ふぅふぅーっ、それはおもぢろい冗談ね」
・・・雪華さん、その満面の笑顔と、何よりも噛んだ下唇に発音が濁った台詞の意味が怖いのです。それを漢字に変換すると『重血露意(〔重い血が露わとなる意味合いを持った〕の意)』ですか? それとも『主散露生(〔お主の生命が露と散る〕の意)』ですか?
 俺は、そんな戯言で済んで欲しい恐怖の問い掛けを、無意識に頭の中で廻らしていた。
「そうだな、言い方が悪かった。雪華、お前はこの世界で唯一人、俺を畏れさせる事ができる存在だ」
・・・あの、それ全然言い直す意味が無いのでは?
「雷聖、泣かすわよ!」
「それじゃ、お前のつるっぺたな胸を借りて泣くとしよう」
・・・火に油を注ぎますか。
「雷聖・・・、っ?」
 一瞬、微妙に照れた笑みを浮かべながら緩い眼差しを雷聖へと向けた雪華は、言葉に含まれたトゲに気づいて違和を洩らす。
「つるっぺたって言うなぁーっ!」
・・・あの、話が逸れてますよ。
 俺の心のツッコミが通じたのか、雷聖は、雪華の抗議を黙殺して、話を本筋に戻す。
・・・『私はちゃんとツーピースはあるもん』とブツブツ呟き、胸に手を当てうずくまっている存在に関しては取り合えず黙殺。
「俺と君とでは戦いに於ける様式も違えば、それによって培われる素養も違っている。重要なのは、自らの技によって敵を討つ術を求める事だ」
 その指摘を受けて、俺は、自分が相手の優しさに甘えていた事を知る。
 そして、それと同時に俺は、目の前にいる剣士が身に着ける装備の異相に気が付いた。
 丈夫な重ねを施された厚織りの黒衣を羽織り、腕と足のみを具足で護るその出で立ちは、他に身に着けた腕輪を中心とする装身具と相余ってエキセントリックな印象さえ抱かせる。
「雷聖さん、貴方の職位(ジョブ・クラス)は何ですか?」
 その実力から考えれば、彼が戦士系統に属する高位の存在で在る事は間違いなかった。
 雷聖は、俺の脈略に乏しい質問を一瞬だけ訝った後、事和げに笑って応える。
「《剣皇(マスター・ファイター)》だが、それが如何かしたか?」
「えぇっ!」
 俺は、彼が口にした応えに意外なモノを感じて、驚きに声を洩らした。
 《剣皇》、それは戦士に属する存在の中でも、自らの剣を磨き上げた者のみが至る事が出来る至高の職位にして、唯一全ての《戦技》を極める道を持つ者。
 しかしながら、その身体的戦闘能力は同列の《騎士皇》や《聖騎士(パラディン)》に劣り、騎士の力と魔導師の力を併せ持つ《神聖騎士》の万能性に及ばないと言われる職位であった。
 冒険者の中には、《剣皇》という職位に対し、『独りでは何も出来ない存在』という侮蔑を抱いている者すらいた。
 それ故に、進み至る者が少ない事を理由に『稀有の珍獣』とまで呼ばれていた。
「本当に、あの《剣皇》なのですか?」
 《相殺》と《封殺》という異能の戦技を誇る強さに、彼の職位を《聖騎士》か《神聖騎士》だと思っていた俺は、純粋な驚きからそう口にしていた。
「ああ、どの《剣皇》なのかは分からないが、俺は正真正銘の《剣皇》だよ」
 雷聖は、俺の過剰ともいえる反応も大して気にせず、軽い口調で肯定の言葉を返す。
・・・えっ?
 それは一瞬の事だったが、不意に雪華と交えた視線の先で、彼女に睨まれた様な気がした。
 その事実を確認しようとした俺の意識を、雷聖の言葉が遮る。
「実際、戦場で《王》の喉下に刃を突きつけるには、そこに至る為の道を切り開かなくてはならない。それを考えれば、お前が望んでいる事は、無茶を通りこして無謀ですらあるな」
 雷聖が口にしたその指摘は、至極尤(もっと)もであり、俺が目的を果たす上での重大な課題であった。
「貴方に雪華さんがいるように、俺にもそんな存在がいれば、無謀も無謀で無くなるのですが・・・」
 雷聖と雪華の二人が持つ関係に嫉妬のようなモノを感じ、俺は、そんな言葉を口にしていた。
その次の瞬間、俺の両頬に痛みが走る。
・・・っ!
 一瞬、何が起きたのか理解できない俺。
 驚きに見開いた瞳に、怒りの炎を宿した雪華の瞳が重なる。
 両手で挟むようにビンタされた頬より、向けられた眼差しの鋭さの方が痛かった。
「君は、何も分かっていない! 打(ぶ)たれたその痛みは、雷聖とサフィア、二人分の心の痛みよ!」
 雪華が何を言っているのかは分からなかった。
 しかし、彼女を深く傷つけた事だけは、その瞳の奥に隠した哀しみの色から理解できた。
「他者の優しさに甘えて、その重さに気が付いていない貴方では、《王》と呼ばれる存在は愚か、それを護る親衛者達を討ち破る強さすら得られない!」
・・・俺は、彼女の想いの何を裏切ったのだろうか?
 自らの心にその答えを探し求める俺の視線の先で、雪華は、身を翻して俺に背を向けた。
「・・・行きましょう、雷聖」
 雪華は、パートナーへと促すその言葉に、相手に対する申し訳ない想いを滲ませていた。
「悪い、雪華。後で追いかけるから、先に行ってくれ」
 苦笑を浮かべてそう応えた雷聖に、雪華は、無言で頷き苦笑する。
「じゃ、サフィア。貴方も・・・。貴方の武運を祈っているわ」
 彼女は、俺のナビに対し一旦口にしようとした言葉を飲み込むと、代わりに冒険者にとって別れの儀礼となる挨拶の言葉を口にする。
 そして、彼女は、その場から去る為、ゆっくりと歩き出した。

あし@

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