21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年6月1日日曜日

『M・O・D+しぃー ~プリンセス・リリー~』 前編

・・・『愛、在りますか?』
「はい。『彼女』に対する溢れんばかりの愛情が」

・・・『夢、抱いていますか?』
「はい。『彼女』をお嫁さんにする事です。勿論、その逆でも可です」

・・・『冒険、好きですか?』
「はい。『彼女』や大切な『仲間たち』と共に過ごす冒険の日々は、私にとっての最良です」


 誰に断わるまでも無い事だけれど、『私』の性別は、正真正銘の『♀』である。
 そして、『彼女』と『仲間たち』の性別も、それと同じである。
 この世界、『神蒼界』において、絶対である『理』、それは『全てを許す自由』。
 故に、世界は、『私』たちの存在とそこに在る関係の全てを受け入れている。
『世界』が『私』たちに許す『自由』、それが絶対である事を『私』は信じている。
 『私』の名前は、ホリィー。
 この世界に在って、『倫理の束縛という枷に縛らず、真の愛を貫く事』を自らの唯一の『夢』とし、冒険の日々に活きる者である。
 では、『私』の愛しくも大切な『仲間』たちと過ごす冒険の日々を、ほんの一欠けらだけここに綴るとしましょう。


『では、本日の冒険は、《深淵の闇満つる森》に行って、《死眼の凶獣》を狩る事に決定でーす!』
 そう宣言するのは、私の愛しい女性(ひと)であるユーマちゃんである。
 彼女は、小柄な身体つきと幼さを残す顔立ちから、未熟な冒険者という印象を抱かれ易い。
しかし、その実は、かなりの実力を培った《神聖術士》であり、癒し手として私のパーティーに於ける冒険の要となっている。
そして、彼女は唯、私達の身体の傷を癒してくれるだけでは無く、その愛らしさで私たちの冒険に疲れた心も大いに癒してくれる存在であった。(主に、私の心を、であるが)
「はーい、了解です!」
「了解した」
 声を揃えて返事を返すのは、チェリナ様とメリィア様の二人。
 二人は、昔からの冒険仲間で私たちより一日の長がある冒険者である。
縁あって私たちパーティーに加わってくれているが、その実力から考えると、本当に在り難くも頼りになるお姉サマたちと呼べる存在であった。
 因みに、チェリナ様は、ユーマちゃんと同じ神官系の職位から進んだ先に位置する《神聖魔導師》であり、メリィア様は、攻撃魔法を得意とする魔術士系から進む形で同じ《神聖魔導師》をしている。
「ふむぅふむぅ。今回の相手は中々の難敵だねぇー、どんな衣装で行こうかしらねぇ、アンナ」
「それを言うなら、『衣装』じゃなくて『装備』でしょう。ほんと、貴女は相も変わらずね、シルク」
 近接武器と攻撃魔法の力を合わせ用いる《精霊戦士》であるシルクさんは、奇抜とも言える装いを好む冒険者であり、それに対し、アンナさんは、真面目でしっかりした感のあるその人柄に似つかわしい《重装剣士》をしている。
 今の遣り取りからも分かるように、二人は付き合いの長い冒険者同士である。
 因みに、シルクさんはチェリナ様たちと同じ冒険者ギルドに属しており、そのシルクさんとの縁で、チェリナ様たち二人は、私たちパーティーの支援役を引き受けてくれている。
「・・・シルクがこうなのは、ずっと昔から・・・なの?
成長率、悪過ぎ・・・?」
 やや抑揚に乏しい突っ込みを囁くように口にしたのは、フィーノさん。
 彼女は、その儚さすら在る可憐な容姿とは真逆な毒草・毒薬の研究という趣味から、《ポイズン・プリンセス》という異名を冠する《魔術士》である。
 因みに、ファーノさんは、実力的には上位の職位に進む資格を持ちながら、趣味の研究に忙しくて今の職位に留まっている身の上である。
 そして、シルクさんたちと同じ冒険者ギルドに所属している事もあり、彼女たちとは旧知の関係である。(シルクさんは、ほんの少し前まで、ファーノさんの存在を同じギルドの人間だと気がついていなかったみたいだけれど)
 斯くいう私は、最愛のユーマちゃんを身を挺して護る為、《神官》を経て《神官戦士》の職位へと進んでいる。
 今はまだ冒険者として未熟だけど、沢山頑張って、何時かは、《神聖騎士》になって、ユーマちゃんをどんな敵からも護れるような立派な冒険者になりたいな。
 そう、最愛の存在を護る為に活き、終には《至高の英皇》と呼ばれるまでの冒険者となった『彼』のように。


「では、皆さんの準備も整ったようですし、出発しましょう!」
『おオォー!』
 不詳ながらパーティーのリーダーである私の掛け声に、其々が歓声混じりに応えてくれる。
 シルクさんの存在を中心に、『異彩』とも言える程に個性の豊かな私たちパーティーは、他の人々から奇異の眼差しを向けられる事も多い。
 それは、全員が女性である事もまた大きいのであろう。
 でも、そうである事が私たちなのである。
 だから、私は、それで良いと思っている。
 大切な存在たちと共に過ごす歓びに較べれば、周囲の反応なんてミジンコよりも取るに足らない瑣末である。
 そうそれで良いのだ。
「出発進行!」
「ホリィー・・・、《深淵の闇満つる森》は、こっち・・・」
 ナビ・ペットである《ラッキ・セヴィン》さんを肩に乗せたフィーノさんに袖を引っ張られて、私は、道を間違えていた事に気が付く。
「ふっふぅーん。さては、ユーマちゃんにイケナイ悪戯をする事でも妄想して、ポけぇーっとしていたんでしょう?」
 意地悪な笑みと共にそう口にするのは、チェリナ様。
「ちっ、違います! ちょっと、うっかりしていただけです」
 私のユーマちゃんに対する想いは、既に皆が御存知の事である。
しかしながら、私は、その誤解を解こうと慌ててしまう。
「冗談だから、そんなに慌てなくて大丈夫。それにユーマちゃんに悪戯しようと考えていたのは、私だから。という訳で・・・、エイッ!」
 チェリナ様は、笑ってユーマちゃんへの悪戯を実行する。
「きゃっ!、なっ、何をするんですかぁー!」
 捲られそうになる服の裾を手で押さえつけながら、ユーマちゃんは、犯人であるチェリナ様を上目遣いに睨み返す。
 羞恥に頬を染めるユーマちゃんの姿に、皆が微笑ましいもの見る温かな眼差しを向ける。
「はい、はい! 遊んでないで行くわよ!」
 クールな口調で言いながらも、目だけは笑っているメリィア様に促されて、私たち七人と一匹は再び歩き出した。


「さてと、目的の場所に着いたのは良いけれど、それらしきモノは何処にもいないわねぇ」
 シルクさんは、頭のネコ耳とお尻のシッポを揺らしながら、周囲を見回す。
「話によれば、この辺りにふらりと出没するらしいけれど・・・、いないわね」
 シルクさんと同じ様にぐるりと周囲を見渡し、少し落胆したように呟くアンナさん。
「いない、ですね」
 私も周囲に視線を向けたけれど、視線に映るのは赤銅色の毛皮を不気味に揺らして、こちらの様子を探っている鬼獣の群ぐらいである。
「ラッキさん・・・、あそこにいるお友達に《死眼の凶獣》が何処にいるか訊いて来て・・・」
『ミュウー、ミュウー(おナカがすいたよぉー)』
 フィーノさんの言葉に、一瞬、期待したけれど、それは如何やら無理みたいだった。
「ここまで来て、手ぶらで帰るのもアレだしね。取り敢えず、私たちをエサにしようとしてる、あそこの鬼獣達でも片付けておきましょうか」
 メリィア様は、にじり寄ってくる鬼獣達の様子に気がついてそう言うと、鋭く冴えた瞳に好戦的な色を宿す。
「じゃ、まあ、そういう事で。皆、気を抜いちゃ、ダメよ」
 チェリナ様は、私たちにそう告げて、早速、《力導く言葉》を紡いで、全員に戦闘補助魔法を施す。
 戦闘に慣れ過ぎるほどに慣れている二人と違い、私は勿論、他の四人にもそれなりの緊張が生まれる。
「大丈夫、何が在ってもユーマちゃんだけは、私が護るから」
 私は、ユーマちゃんへとその言葉を掛け、背後に庇う形で彼女の前に立つ。
「あのぉ、盛り上がっている所をゴメン。『アレ』って、やっぱり『ソレ』かな?」
『?』
 アンナさんは、おずおずとした口調で言って、集った皆の視線を無言で動かした指の先へと誘う。
『!?』
 『アレ』『ソレ』の正体に気がついて、全員が一瞬、言葉を失う。
「・・・ええ、多分。『ソレ』ね」
「最悪・・・」
 私達の視線の先には、巨大としか形容できない黒銀の皮衣を身に纏った魔狼皇《死眼の凶獣》の陰が、二つ存在していた。
「・・・これって凄くマズイ、よね?」
 ユーマちゃんは、信じられない展開に、誰とは無しに疑問の言葉を投げ掛ける。
『・・・』
 私たちが示した無言の肯定に、ユーマちゃんが涙目になる。
「どっ、如何しよう! 逃げるしかないの?」
 アンナさんは、同様の余りにパニック寸前の態で皆に視線をやる。
「・・・もう、遅い。逃げられない・・・」
 ファーノさんの言葉どおり、時は既に遅かった。
 それは、周囲を取り囲む鬼獣達の異変が最初から、物語っていた。
 それまでとは違い異常なまでに興奮した鬼獣達の様子に、私は、事態が唯ならない事になっていると理解する。
「もう、何でも仕方が無いです。兎に角、やりましょう!」
 私は、破れかぶれの想いで自分の得物である魔導混杖に力を宿す。
「そうね。そういうのは好きよ。余計な事を考えるより、思いっきり暴れる方が、私の性にあってるわ」
「じゃ、皆、護りは私とユーマちゃんに任せて、思いっきり暴れてやりなさい!」
 メリィア様の言葉に応えて、チェリナ様の瞳にも好戦の炎が燃え上がる。
「・・・先ずは、鬼獣達から・・・。ラッキさん、隠れてて・・・」
 相変わらず抑揚に薄いが、フィーノさんも覚悟を決めたようであった。
「しょうがないですなぁ。本気、出しちゃいますか。アンナ、転ぶんじゃないわよ!」
「貴女もね」
 告げて不敵に笑い合うシルクさんたち。
その遣り取りを頼もしく感じる。
「ユーマちゃん。気を付けてね」
「ホリィーちゃんもね。頑張って」
 彼女の励ましの笑顔が私にとっては、最高の勇気となる素である。
「うん、頑張るよ!」
 私は、ユーマちゃんに負けない笑顔で答えて、鬼獣達の攻撃へと身構えた。

 私たちは、其々の連携を活かしながら、鬼獣達の大半を倒していた。
「ハァー、やっぱり少しきついわね」
「何、もうへたばっちゃったのかなぁ? 本番は、まだまだこれからよ」
 アンナさんが洩らした言葉に、意地悪く突っ込み返すシルクさんだったが、その表情には隠しきれない疲労の色が在った。
 そして、その疲労は、二人だけに限らず、私たち全員に存在していた。
「そうね、まだメインディッシュの『アレ』が二匹も残っているんだし、へたばってはいられないわよ」
 叱咤の言葉を口にするメリィア様の疲労は、それまでの活躍が華々しかった分だけ誰よりも濃かった。
「じゃ、チャッチャとメインへと取り掛かるわよ!」
 威勢は良いが、チェリナ様も私たちを護る為に施し続けた魔法でかなりの魔力を消費したらしく、憔悴の色を表情へと宿していた。
 正直、誰もが限界に近い状況でるのは確かだった。
「・・・皆、がんばる・・・。勿論、私も・・・」
 フィーノさんも、残った気力を振り絞って叱咤の言葉を口にする。
「そうだよ、皆、もう少しだから頑張ろう!」
 ユーマちゃんの励ましの笑顔に、皆の表情が一瞬ほころぶ。
「うん。皆、頑張ろう!」
 私は、その言葉に自分自身を奮い立たせ、残った鬼獣達へと挑みかかる。
 その時だった。
『!?』
 戦いの場に響き渡る耳障りな咆哮。
 それは、二匹の魔狼皇が私たちに向けた宣戦布告の雄叫びだった。
「マズイわね・・・。皆、一旦、退いて体勢を整え直すわよ!」
 チェリナ様の言葉に促され、私たちは、残った鬼獣達を薙ぎ払い、魔狼皇達との距離を取る為に走った。
「きゃっ!」
 背後で聞こえた悲鳴に、駆けていた私の足は、一瞬でその動きを止める。
「ユーマちゃん!」
 足がもつれて転んでしまった彼女を案じて、誰かが発した叫び声よりも早く、私は踵を返していた。
「大丈夫!?」
 自分でも驚くような速さでユーマちゃんの許へと駆け寄る私。
「ホリィーちゃん、逃げて!」
 私の背後に迫る存在に気が付き、悲鳴の様に叫ぶユーマちゃん。
 しかし、私は、その求めとは真逆の行動に出る。
 手にしていた得物を握り直して、魔狼皇達へと身構える。
 自分でも、それがどれ程に無謀な事であるかは良く分かっていた。
 それでも私には、彼女を見捨てて逃げる事なんて出来なかった。
 否、正確に言うならば、そんな考えを起こす事すら出来ないである。
「ゴメンね、ユーマちゃん。本当なら、ちゃんと貴女の事を護るべきなのに、今の私じゃこんな形でしかそれが出来ないや。だから、せめてもの償い。先刻の言葉どおり何が在っても貴女だけは護る。だから、私が食い止めている間に逃げて!」
 決して倒れる事を恐れない訳ではない。
 でも、それでも私は、自分自身の決断を笑顔で受け入れる事が出来た。
「駄目、そんな事できないよ!」
 私の背中を見詰めて涙目になっているのであろうユーマちゃん。
 だからこそ、私はその言葉を言い放つ。
「貴女にとって、私が仲間である以上に特別な存在であるのならば、私に構わず逃げなさい、ユーマ!」
 私は、厳しい口調で再び彼女へと逃げるよう促す。
それで彼女がどう決断し行動しようとも、私は、後悔する事無く戦えるはずだ。
「でも・・・」
「大丈夫、私は貴方を残して死なない。だから・・・、そうね、無事にこの窮地を逃れられたら、祝福の口付けをして貰えると嬉しいな。勿論、唇にね」
 私が口にしたその提案に、ユーマちゃんは一瞬だけ驚くと、直ぐに頬を紅く染めながら頷く。
「絶対、約束だからね」
「うん、分かった。約束、必ず生きて守ってね!」
 ユーマちゃんは、きっと懸命に気持ちを抑えているのであろう気丈な声で応えると、私の願いどおりにその場を退く。
「では、女神の口付けの為、いざ尋常に勝負!」
 私は、少しでも確実に時間を稼ぐべく、自分から魔狼皇達へと攻撃を仕掛ける。

始めから勝負になどなら無い事は分かっていた。
それでも、自分にとって唯一絶対である『夢』の為に、戦う事を選んだ。
それは、自分自身で抱いた『夢』に恥じず、それを誇る為。
嗚呼、唯一つ惜しいのは、約束を果たせない事だけである。
「ユーマちゃんとキス、したかったな・・・」
 我ながら俗物な未練だと思いながら、私は、自分に最後を与える凶獣の鋭い爪を見詰めていた。
 
しかし、覚悟したその最後の時は、突如現れた存在によって覆される。
 左右から完全な対称のタイミングで繰り出された魔狼皇達の攻撃。
『彼』は、私と魔狼皇達の間に割って入ると同時に、それを事無げもなく、手にした長剣の一薙ぎで弾き返す。
「大丈夫か?」
 怒りの咆哮と共に再び鋭爪を繰り出そうとする魔狼皇達を無視して、彼は私に無事を尋ねる。
「っ!」
 一瞥の視線すら向けずに、自身に襲い掛かる攻撃を再び薙ぎ払う彼の姿に、私は息を吸うのも忘れる程に驚愕する。
「喋れないほどに弱っているか・・・。困ったな、これはウチの『ネコ』を呼ぶしかないか・・・」
 彼は意味不明の言葉を口にして困惑する。

「うぬぅっ・・・、キミは若しかして女の子?」
彼は、何かを訝る様な表情で、私の顔をまじまじと見詰める。
「これは、失敬! うんうん、そうか。・・・ならば、問題はないな」
 そう一人で納得すると、彼はいきなり私の身体を抱き上げた。
「えっ! ちょ、ちょっと何を!」
「こらこら、暴れないように。振り落とされたくないならば、尚更にだ」
 その気の抜けた口調とは裏腹に、有無を言わせぬ迫力を持つその態度に圧された私が沈黙すると、彼は,一気に背後へと駆け出した。
「えぇっ、やだ! 嘘!」
 決して大柄ではないにせよ人間一人を抱きかかえて走っているとは思えない疾駆に驚き、私は、素っ頓狂な言葉を洩らす。
「はい、到着!」
 彼の軽い口調に正気を取り戻した私の目の前には、ユーマちゃんを始めとする仲間たちの姿が在った。
「状況が状況だけに長話をする訳にはいかないが、キミ達はこの状況を如何したい?」
「如何したいって言われても・・・」
 半ば呆けている私に代わって、チェリナ様が彼の問い掛けの意味を尋ね返す。
「済まない。訊き方が悪かった。あそこにいる二匹の扱いについて、倒したいのか、倒したくないのか。或いは、俺が倒した方が良いのかだ。流石に二匹両方を放っておくと他の冒険者が犠牲になる可能性があるからな」
 彼は、その言葉と共に、魔狼皇達を軽く一瞥して苦笑を浮かべる。
「情けないけど、流石にアレを二匹相手にするのは厳しいわね」
 やや精彩を欠いたメリィア様の言葉は、素直な悔しさから来るモノだと分かった。
「そうか・・・。ならば、一匹ならいけるという事で良いかな?」
 彼は、受けた言葉の意味を態とそう解釈して、再び尋ねる。
「ええ、それなら、いけます」
「了解。では、そういう事で、俺が一匹貰うとしよう。これは、その代価の前払いだ」
 彼は、チェリナ様の言葉に穏やかな笑みで応えると、懐から取り出した小瓶の中身を私たちに振りかけた。
「ちょっと、何を・・・っ!」
 シルクさんの抗議の言葉は、直ぐに飲み込まれる。
 それが自分たちの体力と魔力を回復させる為の行為だと分かったからだった。
「・・・ありがとう。凄く、助かる・・・」
「否、何。使っても俺には効果が無い持ち腐れの道具だから、気にする必要は無い。まあ、感謝の言葉だけは、受け取っておくがね」
 その魔法薬の価値を考えれば、彼が口にした言葉が半分は嘘である事は確かである。
「ありがとうございます」
 私は、助けて貰った分も含め、改めて感謝の言葉を告げた。
「いやはや、良いねぇ。無垢というか、純真というか。ホント、キミ達は可愛いね。只で物くれる人間なんて、下心ありのナンパ師だとか疑っても良いモノを」
「えっ、まさか・・・。変態のナンパ屋さんなのですかぁ?」
 汚物を見るが如く顔をしかめるユーマちゃんに、彼は、愉快そうに微笑み返す。
「アハハっ。変態は兎も角、ナンパ屋というのはよしてくれ。これでもれっきとした運命の相手が在る身でね。下手な誤解が生じると生命すら危うい目に遭うからな」
「あの、否定するところを間違っていませんかぁ?」
突っ込んでよいのかを探るように恐る恐る指摘するアンナちゃんに、彼は、それで間違っていないといわんばかりに再び笑った。
「じゃ、まあ、そんな所で、早速に遣るとするかな」
 彼は、再び懐に手を遣り、そこから腕輪と思わしき装備品を取り出し身に着けた。
「連携さえ保てれば、そう危険な相手では無いが、油断だけはしない様に。後、俺が苦戦しているように見えても構わずにいてくれて結構だから」
 彼は、それだけを告げると、私たちの返事を待つ事なく、戦場へと舞い戻っていく。
「私たちも行きましょう」
 チェリナ様に促され、私たちは、彼が相手にするのとは別のもう一匹へと戦いを仕掛ける。

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