21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年6月9日月曜日

『M・O・D+しぃー ~リトル・リリー~』 前編

・・・『愛、在りますか?』
「はい。『お姉サマ』に対する揺ぎ無い愛で一杯です!」

・・・『夢、抱いていますか?』
「はい。『お姉サマ』の心を私のモノにする事です!」

・・・『冒険、好きですか?』
「はい。何時か、大好きな『お姉サマ』達(叶う事なら、『お姉サマ』と二人っきりで)と共に、色々な所を巡る冒険の旅をしてみたいです!」


 言うまでも無い事ですが、『私』の性別は『♀』です。
 そして、『私』の大好きな『お姉サマ』の性別も、それと同じです。


 私の名前は、ファーナ。
 『全ての自由を許す』この『世界』の『理』に、『自らの想いに素直で在り続ける事』を『夢』として定めた者である。
 今はまだ、その『想い』は空回りしてばかりだけど、何時かはちゃんと『お姉サマ』の心に届くと良いな。
 その為にも、もっともっと強くならなくっちゃね。
 そう、愛しのシルクお姉サマ(達)と一緒に冒険できるくらいに。
 『ファイトー、ファーナ! お姉サマの心をゲットするその日まで! オォー!』


 その出会いは、一つのハプニングから生まれた。
 正確に言うならば、何時ものドジに過ぎないのだけれど。

「ああ、お姉サマや皆さんは、今頃、楽しく冒険中なんだろうな・・・」
 私は、そう呟きながら、置いてきぼりをされた気分で、独り淋しく街の中をぶらぶらと歩いていた。

・・・ドカっ!

「きゃっ!」
 私は、地面に転がる小石につまずいた勢いのまま『それ』に体当たりし、悲鳴を洩らしていた。
 視界に在るのは、一面の黄色。
 そして、身体に感じる感触は、柔らかく生温かかった。
『クぇー! 小娘、何処見て歩いてるんだ!』
 『それ』は、覆い被さっていた私の身体を押し退けながら、威勢よく咆える。
 私の瞳に映る『それ』の姿を一言で言い表すと、『トリ(?)』だった。
 否、『ヒヨコ(?)』と言うべきだろうか。
 そう、『それ』は、異様なまでに大きな『ヒヨコ(?)』だった。

「・・・」
 驚きの余り言葉を失っていた私に、その不思議生物が新たな憤りの言葉を咆える。
『おいおい、コラっ! 先刻から何無視してくれている。放置か! 放置なのか!』
「あっ・・・、ごっ、ごめんなさい!」
 私は、何とか正気を取り戻すと、慌ててお詫びの言葉を口にした。
『フンっ! 『ゴメン』で済んだら、《使徒》も《天罰》も要らんわ! ボケっ!』
「そんなぁ・・・。ぐすんっ」
 私は、相手の頑(かたくな)な怒りの態度に、途方に暮れる思いを抱く。
「本当に、ごめんなさい」
 私は、如何して良いか分からず、再びお詫びの言葉を口にして、頭を下げた。
『まあ、本当に悪いと思っているなら、ソレ相応の慰謝料を貰おうか。そうだな、20マクシアート金貨で許してやろう』
「えっ、『20MG』って! そんな大金持っていません!」
 『20MG』といえば、人間一人が普通に2周期年は暮らせる分を賄える大金である。
 私は、相手が要求する金額の大きさに思わず叫んでいた。
『じゃあ、しょうがない。身体で払って貰おうか。クぇーケッケッケッ!』
 私の返答に、不思議生物は、邪悪な笑みを浮かべて言い放った。
「そんな、嫌です!(私の初めてのヒトは、お姉サマだと決めているのに!)」
『悪いのはそっちだぞ。ジタバタするな!』
 嫌がる私を捕まえ、無理やり何処かに連れて行こうとする不思議生物。
・・・助けて、シルクお姉サマ!
 絶体絶命の窮地に、私の瞳に涙が浮かぶ。
 その時だった。

・・・ボコっ!

『グェっ!』
 勢い良く脇へと弾き飛ばされる不思議生物。
 そして、私の瞳に大小二つの影が映る。
「大丈夫ですか?」
 大きな影の主である女性が、私の事を気遣い声を掛けてくれた。
「・・・はっ、はい! 助けてくれて、ありがとうございます」
 私は、彼女の出現と、何よりもその出で立ちに気を取られて、一瞬返事を遅らせてしまった。
「いえいえ。こちらこそ、あの愚昧鳥モドキが大変なご迷惑をお掛けいたしました。アレには、後で存分な躾(しつけ)をしておきますので、如何かご安心を」
 『メイド服』というその装いに相余る恭しい言葉遣いで語る彼女の言葉からは、件の不思議生物に対する憤怒が感じられた。
「勿論、ご希望でしたら、この場でアレにはお仕置きいたしますけれど」
 そう付け加える彼女の拳に、淡い光となってオーラが宿る。
「《神聖なる御手》!」
 私は、彼女が示した力の正体に気が付き、驚きの声を上げた。
それは、戦士に属する冒険者が至る最高位職位の一つである《聖騎士》の中でも、《神》の加護を受けるに値する信仰心を持つ者だけに許される栄光の証であった。
「シェンナさん。余り乱暴な事をしたら、カポちゃんが可哀そうだよ・・・」
 メイドさんの隣にいた少女が、状況の雰囲気に怯えているのか、少しオドオドした口調で窘(たしな)めた。
「いいえ、プリナお嬢様。お嬢様に対するこれまでの無礼の数々を反省させる為にも、あの鳥モドキには一度、徹底的に物事の道理を分からせるべきです」
 メイドさん、もとい、シェンナさんは、少女の言葉に対し、穏やかな眼差しを返すが、その決定を変える気は無い事を告げた。
「でも、やっぱり可哀そうだよ」
『うんうん。そうだ! そうだ! シェンナ、プリナの言うとおり、もっとオレに優しくしろ! もっとオレを愛せ! 慈しめ!』
 何時の間にか復活していた不思議生物が、プリナと呼ばれた少女の背後でシェンナさんに調子付いていた。
「ちょっと、カポちゃん。そもそも悪いのはカポちゃんだよ」
『は!? 何だと! 俺は被害者だ! 悪いのは、ぶつかって来たこの小娘の方だ!』
「・・・」
 少女の言葉に再びいきり立つ不思議生物に羽先で指された私は、それが事実である事を無言で認めるしかなかった。
「でも、だからと言って、その娘に乱暴な事をしちゃ駄目だよ」
『くぇ、黙れよ! じゃ、お前がこの小娘の代わりに、慰謝料としてオレに25MGを払ってくれるのかよ!?』
「『25MG』って、そんなお金持ってないよ!」
「さっ、先刻より増えてます!」
 不思議生物の要求に、私と少女は別の意味で悲鳴を上げた。
『は!? 当然じゃん! オレは悪くも無いのに、シェンナに殴られたんだぜ。その分の慰謝料を、ヤツの主であるプリナが払うのは当たり前じゃねえ? 分かったら、直ぐ払え!』
・・・外道か鬼畜です!
 踏ん反り返って息巻く不思議生物に、私は心の中で非難の言葉を突っ込んだ。
「そんな、無理だよ。それってプリナのお小遣い20周期年分以上なんだよ」
・・・うわぁっ、お金持ち! マジ、お嬢様!
 私は、少女の口から語られた言葉に、その裕福な家庭環境を知らされる。
「お嬢様、この鳥頭には、何を言っても無駄です。拾われてお屋敷に居座っている分際で調子に乗って! お望みどおり、今直ぐに成敗してあげるわ!」
 怒り心頭に達したシェンナさんの瞳に、闘志の炎が宿る。
『うわっ、メイドがマジ切れだ! 助けろ、プリナ!』
「自業自得だよ、カポちゃん。それに、私にはカポちゃんを庇う理由が無いよ」
 応えてご愁傷様と呟く少女。
『クェー、薄情者! ペットの粗相は、飼い主の責任だって知らないのか! 潔く責任とれ! 助けろ! オレの盾になれ!』
「潔くするのはアナタの方よ! 大人しく、天に召されなさい!」
 バタバタと逃げ回る不思議生物の動きに先回りして、シェンナさんが《神聖なる御手》を繰り出した。
『クェッ!』
 自らの突進の勢いに押されて、不思議生物の身体がシェンナさんの拳に吸い寄せられる。
「貰った!」
 快心の笑みで勝利を宣誓するシェンナさん。
 しかし、それは空しく裏切られる。
『《神聖なる護盾》!』
 自らの身体に宿した神聖オーラの力で、敵の攻撃を受け防ぐ《魔導戦技》。
 それを用いた闖入者によって、シェンナさんの攻撃は阻止されてしまった。
「何者!」
 シェンナさんは、昂ぶる心によって冴える言葉を発し、目の前に現れた存在にその正体を尋ねた。
「否、済まない。事情は分からないが、状況が状況なだけに、強引なやり方を承知で止めさせて貰った」
 闖入者である男は、多少悪びれた感じを示しながらも、真直ぐな視線をシェンナさんへと返す。
「そう。それならば、貴方には全く関係の無い事だから、引っ込んでいなさい」
『兄貴ぃ、助けてくれー。そのトチ狂ったメイドが、オレを苛めるんだ!』
・・・うわっ、狡猾!
 不思議生物が示した変わり身の早さに、私は、在る意味感心しながら突っ込む。
「と言っているが、如何なんだ?」
 背中に庇う形になった不思議生物の態度に苦笑を浮かべる男。
しかし、その眼差しに宿っているのは、返答の如何によっては戦う事も辞さないと語る強烈な意志の輝きであった。
「先刻も言ったけれど、これは私達の間の問題で、貴方には関係の無い事よ。余計な手出しも口出しも止めて頂きたいわ」
「ほう、《バジリスク》の幼獣相手に、《聖騎士》が全力で戦うなんて、確かに『虐め』そのモノだな。ここは、この珍獣に味方するのが俺らしいかな」
 シェンナさんに軽口のような言葉を返した男の瞳に、他者を圧倒する危険な色が浮かぶ。
「面白いわ。相手をしてさしあげましょう」
 シェンナさんは、不敵に微笑み戦いの構えをとった。
「武器を抜かないのか?」
 素手のままで構えるシェンナさんに、男は少し呆れるように尋ねた。
「あら、貴方の目は節穴かしら。私が武器を持っているように見えまして?」
 挑発するように半眼で見詰めて、シェンナさんは、自分が武器を使わない事を、否、使う必要が無い事を誇示する。
「ああ、そうか。ならば、こちらも最低限の礼儀くらいは示しておくとしよう」
 男は、シェンナさんの態度に笑って応えると、自らの腰に下げた双剣を外して、背後に投げ置いた。
 男の武器が大地を打って響かせた重い音は、かなり離れた私達の所にまで及ぶ。
・・・?
 私がそれに違和感を覚える中、相対する二人の戦いは既に始まっていた。
 最初に仕掛けたのは、シェンナさん。
 《神聖なる御手》によって攻撃力を高めた拳を振るい、男へと挑みかかる。
 男は、それを素早い身のこなしで回避した。
「甘い!」
 短く言い放ったその言葉を気合いに代えて、シェンナさんは、背後に在った男へと回し蹴りを繰り出した。
「・・・」
 男は、迫り来る蹴撃を無言のまま一瞥した後、上半身の動きだけで再び回避する。
 そして、間合いを取るべく背後へと跳躍した。
「少しは、やるようね」
「ああ、『少しだけ』だがな」
 不敵に笑い睨み合う二人。
「ところで、全くの無関係ではなくなった事だし、『手出し』というか、本気を出しても良いか?」
「? 一体、何を言っているのかしら、手加減なんて不要よ。まあ、全力で来ても結果は同じだと思うけれど」
 シェンナさんは、男が口にした言葉の意味を図りかねて一瞬困惑する。
しかし、直ぐにそれを自分に対する挑発の類いだと理解して挑発で応えた。
「では、遠慮なく」
 男は、満足そうに笑うと、身に着けていた腕輪を外して足元へと落す。
「?」
・・・?
 男がしたその行為の意味を、彼以外の誰一人として理解していなかった。
 しかし、本能的にその場の空気が大きく変わった事だけは感じ取る。
「本来、人間相手に使う力では無いが、貴女の目を覚まさせる為の荒療治だ。恨まないでくれ」
 その情けを示す言葉とは裏腹に、男の瞳には、一切の迷いが存在していなかった。
『《神聖なる御神楽舞》!』
 言い放たれた《力奮う真名》に応えて、男の全身に強烈な波動の神聖オーラが宿る。
『・・・』
 その場にいた全員が、彼が示した力に畏怖の身震いを覚えていた。
 そして、次の瞬間、その超絶なる力は、敵対するシェンナさんへと叩き込まれた。
「っ!」
 悲鳴を洩らす事すら許されず、シェンナさんは、一瞬で気絶する。
「おっと!」
 男は、シェンナさんの身体が地面へと叩きつけられる前に、素早く巡らせた腕で彼女の背中を支える。
 そして、片手で懐から回復薬の小瓶を取り出すと、その栓を歯で抜いて、中身を彼女へと振り掛けた。
「・・・うーん」
「流石に遣り過ぎたか・・・。しかし、貴女があの《バジリスク》の幼獣相手にしようとした事は、俺が貴女に対し、本気の力をぶつけたコレと同じ事だ」
 目を覚ましたシェンナさんに苦笑を示し、男は、説教の言葉を口にした。
「あの鳥モドキは、洒落にならない悪戯ばかりするのよ! それにお仕置きするのは当たり前でしょう!」
 シェンナさんは、未だ自由にならない身体を震わせて、男へと反論の言葉をぶつけた。
「幼獣とはいえ《バジリスク》が、人間に特別な危害を与えない程度に懐くのは、極めて珍しい事だ。『悪戯』という事は、別に人間を襲って喰ったりする訳ではないのだろう? 多少の事ならば大目に見て、仕置きに手加減も必要なんじゃないかな」
『そうだ! そうだ! 兄貴ぃの言うとおりだぞ。皆、オレに優しくしろ! もっとオレを甘やかせ!』
・・・嗚呼、不思議生物が調子に乗っています。
「おいおい、余り調子に乗るな、珍獣。別に俺はお前の完全な味方という訳ではない。というか、お前が『悪戯』に過ぎて、他者へと危害を加える存在であるならば、俺は容赦なくお前を狩るぞ。《ガーディアン・ブレード》を持つ者の誇りに懸けてな」
 男の言葉と何よりもその鋭い眼差しに射竦められて、不思議生物の表情に動揺が浮かぶ。
『クェー! な、何を言ってるんだよ、兄貴ぃ! オレは良いコだぜ。そう、あの空に浮かぶ雲よりも潔白だぜ!』
・・・大嘘つき!
 私は、思わず心の中で突っ込んでいた。
 そして、それは他の面々も同じ思いである事がその表情から窺がわれた。
「まあ、それなら良いが・・・。取敢えず俺を『兄貴』と呼ばないように、俺の《ばじりすく》の義妹が、《バジリスク》のお前と混合されて益々迷惑するからな。それと主であるその娘に余り迷惑を掛けるなよ。正直、お前みたいな先入観で嫌遠(敬遠)される種族を、気に懸け案じてくれる存在なんて、稀有に近い。彼女の優しさに対し、もう少し感謝しておけ。まあ、生命の恩人として、他にも言っておきたい事は多々あるが、実際、俺も暇では無いからな、これ位で勘弁しておこう」
 付け加えるように『丁度、迎えが来たみたいだしな』という言葉を口にして彼は、視線を私達の後ろへと向ける。
そこにひょっこりと現れたのは、不思議生物と同じ《ナビ》とは思えない程に、可愛らしい存在であった。
『マスター、急にいなくならないで下さい。心配しましたよ』
「ああ、済まなかったな、スィーナ。このお嬢さんと少し戯(たわむ)れていただけだ。それに、ここで寄り道した御陰で、ルティナの謂(いわ)れの無い悪評の原因も分かったし、解決もした」
 セティと呼ばれた男は、迎えに来た相手に応えて、優しさが込められた爽やかな笑みを浮かべる。
『マスター、不誠実はご自分のクビを絞める事になりますよ。そのお姿をアルディナ様に見られたら、「誤解だ」という言い訳もしようが無いかと・・・』
 そう呆れ半分に言うスィーナちゃんは、残りの半分で主が身を置く状況を面白がっていた。
「ばっ、莫迦を言うな。それこそ『誤解』だ!」
 自分がシェンナさんの身体を抱きかかえている構図を指摘され、セティさんは、慌てた様子で腕を引き抜いた。
「えぇーっ、ちょっと、いきなり放り出さないでください!」
 両足を踏ん張って転倒を免れたシェンナさんは、抗議の言葉と眼差しでセティさんを射る。
「ああ、済まない。ちょっと、乱暴にし過ぎたかな」
 その言葉には、余り悪びれた感が無かった。
『マスター、反応が面白いです』
『クェー! ケッケッケェーっ!』
 大きく丸い瞳を細めて笑うスィーナちゃんと、それに乗じて大笑いする不思議生物。
「奇声を上げて笑うな、珍獣!」
 笑っているのは同じなのに、不思議生物にのみ一喝するセティさん。
 それに対し、一喝された不思議生物は、声を出さずに無言で笑い続けていた。

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