21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年4月27日日曜日

『L・O・D ~ある冒険者の受難~』 後編

「じゃ、俺は、ここで退くよ。貴方も御武運を!」
 それは、冒険者が冒険者に対し捧げる儀礼である別れの挨拶。
「はい、御武運を!」
 そう返す女魔導師に手を上げて応え、俺は、街に戻る為、ヴァレンシアに《転移の導き》を発動するよう合図する。
「あっ! ちょっと、お待ちを!」
 何かを思い出したように、彼女が慌てて俺を引き止めた。
 如何したのかと怪訝そうにする俺に対し、彼女が苦笑に似た微笑を浮かべる。
「まだ、お名前を訊いていませんでしたね。私は、レイティアです」
 告げられた彼女の名前に、俺は少なからず驚かされる。
「レイティア、・・・あの《闇の御子姫》か!」
 《闇の御子姫・レイティア》、《魔刃皇》の英名を以って知られる《闇の神将・クアド》と共に双璧を成す《力威の闇》が誇る最強の魔導師。
 戦場に於いてその姿を見た敵が辿る末路から、彼女に付けられたもう一つの異名は、『死を狩る魔女』。
 この世界に於いて身体的制約により成長の障害を受ける女性の身にありながら、魔導師の最高位に在る《魔司(ルーン・マスター)》と成り得た二人の存在の一人。
 世界で唯一人、自らの力のみで《魔導皇の試練》と呼ばれる難関に挑み、それを果たした存在、それが彼女である。
もう一人の《魔司》である者、《雷斬りの雷聖》がパートナー、《純白の魔女神・雪華》が努力を極めた天才であるなら、彼女は、天性の才に恵まれた異彩の天才であった。
 その正体を教えられた今ならば、先刻、彼女が見せた卓越した戦い振りも容易に納得できる。
「はい。『その』レイティアです」
 恭しくも気品に満ちた返答の言葉。
 そこには、《闇の御子姫》と呼ばれる者に相応しい冒し難き誇りが存在していた。
「俺の名は、ナタルス。唯、それだけの存在だ」
 それは彼女が示した態度に報いるのには、多少に過ぎて不躾な言葉だったが、相手の正体に怖じて自分の態度を変えては、それこそ《怖れを知らぬ者》としての名折れである。
 レイティアは、そんな俺の態度に気を悪くするでもなく、唯、感歎の表情を浮かべた。
「自らの死をも恐れず、強敵を求めて戦場を駆ける貴方の勇敢なる戦い振りは、私も幾度と無く噂に聞いていました。こうして思いがけずしてお会いしたのも何かの縁です。その縁により、再び何処かの戦場でお会いする事もあるでしょう。私は、その時を楽しみにしています」
 彼女が言う戦場での再会、それが味方としてか、或いは、その逆かなのかは分からない。
 しかし、その何れになるとしても、俺の中で彼女に対し返す言葉は既に決まっていた。
「ああ、俺も貴女との再会の縁を楽しみにしているよ」
 俺が告げたその言葉に、レイティアは微笑みで応えた。
「では、御武運を!」
「はい。名残惜しいですが、御武運を・・・」
 そうして互いに再びの挨拶を交わし、俺と彼女は別れる。
「・・・『名残惜しい』か」
 レイティアが別れの前に口にしたその美しい響きを持つ言葉を反芻しながら、俺は、彼女の本質が《力威の闇》という意志に求めるモノに興味を感じていた。
 後にして思えば、その本質こそが約束された再会の末に、俺と彼女達との運命を分かつ原因だったのかも知れなかった。

 そう、このレイティアとの出会いは、俺にとって、『運命』の始まりを示す出来事の一つであった。

 そして、俺にとって、『受難』と呼ぶべき『運命』の再会は、図らずとも直ぐに訪れるのであった。


 『ナタルス! ナタルス! とんでもない敵が現れて、このままじゃ、こっちは総崩れよ! 早く、来なさい!』
 それは、交わした約束を守って《秩序の光》サイドで戦う俺に対し、シェリアからもたらされた救援の命令。
 それにしても、《英戦の戦乙女》をして、『強敵』と言わしめる相手とはどんな存在なのだろうか。
 俺は、湧き上がる歓びの闘志に、シェリアの傲慢すら意に介さず、自らの戦場を求めて走った。

「シェリア、敵はどこだ!」
 ヴァレンシアを従え、目的の戦場へと躍り出た俺は、そこに戦友の姿を見つけると、敵の姿を求めて叫ぶ。
「ナタルス!」
「ナタルス!?」
 戦場に相対する両者が、同時にして全く別の感情が込めて、俺の名を呼んだ。
 味方の救援に歓喜するシェリアと敵の新手出現に驚くレイティア。
「レイティア・・・」
 俺は、敵として倒すべきその存在を前にして、僅かではあるが動揺していた。
「ナタルス・・・」
 そして、一方のレイティアも又、俺以上に動揺していた。
「・・・?」
 互いに視線を交えて微動しない俺とレイティアの姿を前に、シェリアが戦うのも忘れて訝しげな表情を浮かべる。
 そんな三竦み状態を、レイティアを取り囲む《秩序の光》に属する者達の威勢の声が破った。
「《闇の御子姫・レイティア》、消えてもらうぞ!」
前衛に五人の戦士、後衛に四人の魔導師。
 それに対し、レイティアの周りに味方の姿は無く、正に孤立無援の状態であった。
・・・マズイ!
 それは、レイティアの窮地に対してでは無く、彼女の怖しさを知らぬ者達の無謀に対する思いであった。
『《魂凍える霧氷》!』
 それまで抱いていた動揺など微塵も感じさせず、レイティアは、その攻撃魔法の一発で自らに迫る敵を退ける。
「流石は、《闇の御子姫》、死を狩る魔女』という異名は伊達じゃないわね」
 味方の惨敗を目の当たりにして正気に戻ったシェリアの口から、賞賛にも似た感歎の言葉が洩れた。
「こうなれば、何としても私と貴方の二人であの『魔女』を止めるわよ、ナタルス!」
 シェリアは、自らが口にしたその言葉の覚悟を示すように、得物である厚刃の大剣を握り直す。
「如何したのよ、ナタルス。呆けてる場合じゃないでしょう。戦わなければ、ヤラれるわよ!」
 未だ戦闘態勢を取らない俺の様子に焦れたシェリアが、促す様に叫んだ。
「・・・」
 それでも俺は、無言のままで動けずにいた。
「ナタルス、まさか貴方、又、約束を破る積りじゃないでしょうね!」
 業を煮やしたシェリアの一喝が、俺に覚悟を決めさせる。
「済まない、レイティア。戦場で敵として出合った以上、俺も退くわけにはいかないんだ」
 俺は、自分に言い聞かせる様に、レイティアへの宣戦を口にして、得物である長剣を構える。
「ヴァレンシア、何があろうとも一切の支援無しで構わない。分ったな」
 それは俺にとってのレイティアに対するケジメであった。
『はい。了解しました、マイ・マスター。御武運を!』
 ヴァレンシアの返事を背中に受けて、俺は、レイティアとの間合いを更に詰める。
「彼女は俺が倒す。シェリア、お前も一切の手出しをするな」
「分った、頼んだわよ!」
 シェリアは、俺の言葉に頷き応えると、俺の背後へと退いた。
 何の因果の導きに因るものか、俺とレイティアは敵と味方に別れて対峙する形で再会を果たす。
「これも又、宿命か・・・」
 応えを求める訳ではなく、唯、独りごつる様にして、最後の覚悟を決める俺。
 そんな俺の姿を見詰めるレイティアの表情が一瞬にして曇る。
 それは、今にも泣き出しそうな顔であった。
「・・・ヒドイ、です。私の『夢』が叶うよう応援してくれるって言ったのに・・・。一緒に、世界制覇してくれるって言ったのに!」
「えっ!」
「えぇーっ!」
 レイティアの口から語られた言葉に対する俺の驚きを、シェリアが発した驚きの声が掻き消す。
 俺は思考を高速回転させて、レイティアに対する自分の言動を顧みた。
 確かに、多少の差異が存在するが、語られた言葉の前半部分は事実と言えた。
 しかし、残る後半部分は明らかに根も葉もない事実であった。
 《闇の御子姫》たる彼女が抱く『夢』の正体が、《力威の闇》が勝利し、この世界の覇権を掴む事であることは、今なら推測できる。
 だが、それを踏まえたとしても、今の状況たる誤解の原因は、彼女自身が行った都合の良い脳内変換に拠るものだ。
「ねぇ、ナタルス。それ、本当なのかしら?」
 その問い掛けと共に背後に生まれた殺気の存在に、俺は、自らが置かれる状況が悪化の一途を辿っている事を思い知る。
・・・マズイ、ここで下手な返事をしたら、殺られる。
 『それが本当なら、殺す!』というシェリアの無言の威圧をひしひしと感じる中、俺は、この窮地を打開する為に思考を回らす。
・・・そうか、ヴァレンシアだ!
 起死回生の術を見い出した俺は、ナビに打開の為の支援を求める。
「頼む、ヴァレンシア、お前の口から誤解を解いてくれ!」
 それで全てが解決する。
 そう確信する俺の想いは、次の瞬間、空しく潰えた。
『マスター、如何なる状況になろうとも一切の支援は無用というご指示では? これもまた一つの試練です。御武運を!』
・・・うわぁーっ、そう参りましたか!
 清清しいまでの表情で、『試練』という悟りの一言を告げる融通知らずのナビを見詰め、俺は、脱力を覚える。
「ナタルス!」
「ナタルス・・・」
 シェリアとレイティアの二人が、俺の名前を呼んで応えを促す。
 烈しい憤怒のシェリアと縋るようなレイティア。
 その二つの視線に板挟みにされ、俺は、最後の手段へと及ぶ。
 そう、それは、偉大なる先達が残した究極の危険回避の術。

 『三十六計逃げるにしかず』

「時に戦いの場より退く事は、卑怯に非ず。という訳で、ここは退却あるのみ! 退くぞ、ヴァレンシア。着いて来い!」
 俺は、そう言い放つと一気に真横へと走り出した。
 自慢じゃないが、戦場で機敏に動くべく、鍛えに鍛えた俺の脚力は生半可では無い。
それは、当然の事ながら、重装備に身を包んだシェリアや、身体能力で劣るレイティアの到底及ぶ所ではなかった。
否、その筈であった。
しかし、俺の思惑は見事に裏切られる。
「待ちなさい、ナタルス!」
「逃がしはしませんよ、ナタルス!」
・・・えっ!
背後から聞こえるその声に、俺は自分の耳を疑った。
首だけを廻らし背後を見た俺の瞳に、大剣をブンブン振り回し疾駆するシェリアと、絶えず魔導を発動させ続けて飛翔するレイティアの姿が映る。
・・・嘘、マジですか!
 俺は、《英戦の戦乙女》の体力と《闇の御子姫》の魔法、そのどちらに対しても見誤っていた自分の愚かさを思い知らされる。
・・・というか、アレは正直、反則だ。
「こうなったら仕方が無い。遣ってやる!」
 俺は、《怖れを知らぬ者》という自らの異名に相応しく、ブチ切れる。
 一瞬にして、それまでの疾走の勢いを殺した俺は、振り向き様に彼女達へと身構えた。
 楽に勝てる相手では無い事、否、荷が勝ちすぎる位の相手である事は分かっていたが、俺の心に怖れは無かった。

 そして、その戦いの幕は開かれた。

俺は、この時の戦いの記憶を持っておらず、ナビであるヴァレンシアも何が在ったのか覚えていなかった。
シェリアは、思い出すのも悔しいのか顔を真っ赤にして口を閉ざし、レイティアは、まるで夢見心地の夢遊病状態でまともな説明をしてくれなかった。
俺は、その異常な記憶喪失状態の中で、唯一の記憶として、あの剣士の存在がそこにあった事だけは覚えている。
そう、それは、《雷斬りの雷聖》という存在の事である。
 まあ、そこで何が在ったかなんて事は如何でも良い。
 今考えるべき事は、この身に降りかかる受難を如何するかだけである。

「ナタルス、今日こそは、決めてもらうわよ!」
「そうです、ちゃんと宣言してください。私と共に『夢』をかなえると!」
・・・嗚呼、無情かな我が人生。
「悪い、俺は俺らしく生きるから、諦めて俺を自由に生きさせてくれ!」
 俺は、これまでに何度も繰り返したその言葉を言い放ち、彼女達二人と対峙した。

 この受難が、俺に宿命付けられた『試練』なのだというのならば、俺は、その宿命たる『運命』に何処までも逆らってやろう。

 そう、俺は何時でも自由で在り続ける事を、この世界に望んだのだから。

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