21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年8月13日水曜日

M・O・D+きゅー ~第四話~

 俺は、背後で繰り広げられる仲間達の戦いの激しさを感じながら、自らの敵である《光司る天使》との戦いを続けていた。
・・・大丈夫、彼らとレイラ達なら、必ずスミナ達を護ってくれる。
 それは、俺が彼らと仲間達に抱く『希望』という名の信頼。
 その『希望』の意味を教えてくれた存在こそが『彼』であった。
 それは、力ある者達によって打ち砕かれようとした俺の『正義』を護ってくれた存在。
 そして、俺が抱いた『正義』を誰よりも信じてくれる二つの存在の一人。
 だからこそ、俺は、『彼』と交わした《聖約》を果たす為に、ここで目の前の存在に屈する訳にはいかなかった。
『如何した、仲間達が気懸かりで戦えぬか?』
 間合いを取って動かぬ俺の姿を見据えた《光司る天使》が発した言葉が、俺を一時の思考から現実に引き戻した。
「否、貴様相手ならそれでも充分だろう」
 我ながら何とも傲慢な言葉だと思う。
 しかし、目の前の存在には、そんな言葉を口にさせる雰囲気があった。
『まだ、我と汝の間にある力の差に気が付かぬとは、愚かに過ぎるわ!』
 憤り放たれたその言葉に、俺の不快感が更に増す。
「では、貴様が言う力の差ってヤツを確かさめさせて貰おう!」
 俺は、胸から湧き上がる嫌なモノを呑み込む様に言い放ち、《光司る天使》へと挑みかかった。
『ふっ、無駄な!』
 蔑むように言って構える天使王。
 俺は、迷う事無くその懐に一撃を叩き込む、
「っ!」
 手に感じる手応えの無さに、俺は、呻きに似た声を洩らす。
 それを目の当たりにして、《光司る天使》の表情に満足の色が浮かんだ。
『言った筈だ、無駄だとな! 天上の光が齎(もたら)す我が《光皇の神衣》は絶対無敵、貴様如きが振う刃では、我が護りの衣に傷一つ付けられぬわ!』
「侮るな、《光司る天使》! その己惚れに満ちた貴様の愚かに過ぎる傲慢、この《神を戮す刃》を以って討ち滅ばそう!」
 俺は、そう言い放つ心の中で、自分自身の内に宿る危険な意思の存在を感じていた。
 その正体が何者であるのかは分からないが、
それが決して邪悪な想いを抱くモノでは無い事だけは分かっていた。
 しかし、今、この時、それに惑わされれば、目の前の敵を討ち滅ばす為に求めた力を引き出し切れない事を悟り、俺は、為すべきことへの祈りに意識を集中させた。
「この身は罪に堕ち、そこに宿す魂を闇に染めようとも、我が心より《穢れ無き栄光》は失われず。鋭く堅き金剛の刃よ、その天聖の御力に神輝の冴えを連ね、我が敵を貫く正義の意志となれ!」
 俺が紡いだ《力奮う真名》の祈りに応えて、剣の刃に淡い光が宿る。
 それは交わした《聖約》と共に『彼』から授けられた力の完全なる発現を意味していた。
・・・怖い。
 俺の心には、自身が求め宿した力への怖れ、『畏怖』があった。
・・・これが『彼』の奮い続けてきた本当の力なのか。
 その力の本質を感じれば感じる程に、心へと抱いた怖れは強くなる。
・・・俺は、これ程の力に耐えられるのか。
 無意識に震える俺の眼差しに、『彼』から授けられたもう一つの力である《守護者の刃》が映る。
・・・金剛天聖御剣。
 至上の輝き持つ硬き刃の守護剣。
 その銘に込められた『彼』の想いが、俺を怖れから解き放つ。
「力無き正義は理想に過ぎず、だが、正義無き力は暴力に過ぎない。シキ、お前は理想を以って力を求め、その先にある正義へと至る事を選んだ筈。ならば、自らの理想を貫け!」
 俺は、自らの『夢』へと至る為の誓いを口にして自分を叱咤した。
『ふんっ、理想か。ならば、その理想ごと汝の魂を打ち砕いてくれるわ!』
「《永遠へと至る理想郷》の守護騎士の一人として、彼の《冒険皇》の意志をここに示さん!」
 叫び躍り掛かってくる天使王の姿を瞳に映し、俺は、真っ向からそれにぶつかっていく。
 その俺の手にある《守護者の刃》は、更なる光をその身に宿し輝いていた。

『莫迦な! 我が《光皇の神衣》が! 天上の光が汝如きに損なわれるとは!』
「咆えるな、信じる想いの差が分かつ結果だ」
 シキは、自らの傲慢を打ち砕かれ狼狽を隠せない天使王へと冷たく言い放った。
『己、人間の子が神の威光に抗うか!』
「神を気安く語るな。己をその神に従う絶対者とするな。そして、全てを真に受け入れろ。歪んだ威光では、俺の信じる栄光は討ち破れはしない!」
 憤る《光司る天使》の言葉を受け止め応えるシキの姿は、冒し難き誇りで満ちていた。
『我が神の威光までも穢すとは、許さぬ! 貴様等全員、我が神衛の軍団の前に跪(ひざまず)くが良い!』
 シキを睨み言い放つ《光司る天使》。
そこに在るのは、尊大なる天使王の仮面を脱ぎ捨てた憤怒の形相であった。
「嫌な予感がする。皆、気を付けろ!」
 その経験が長じるが故の勘も以って、セティが、私たちへと警告の言葉を放つ。
『今更、何を危ぶもうとも遅いわ!』
 残虐な笑みを浮かべる《光司る天使》。
 そして、天使王は、その羽根を舞い散らせる程に、強く烈しく白銀の双翼を羽ばたかせた。
『くっ!』
 瞳を閉じずにはいられない烈しい突風と共に、それに乗った白銀の羽根が飛来する。
・・・っ!
 金属にも似た輝きを持つ羽根の群が襲来する姿を目の当たりにして、私の心は、反射的に恐怖を抱く。
「皆さん、私の後ろに隠れて!」
 シェンナさんはそう叫ぶと、逆に自分は、私たちの前へと躍り出る。
「《神聖なる護盾》!」
 《力示す真名》を叫び、《魔導戦技》による守護陣を張るシェンナさん。
 しかし、その力は、飛来する羽根の群に貫き通される。
「っ!? きゃっ!」
「《神聖なる御神楽舞》!」
 焦り恐怖に悲鳴を上げるシェンナさんを庇って、セティが敵の攻撃の矢面に立った。
 神聖闘氣を宿した二振りの《守護者の刃》を縦横無尽に振るって、羽根の矢群を弾き返すセティ。
 しかし、その卓越した技を以ってしても、攻撃の全てを防ぎ切ることは難しく、飛来する内の何本かが彼の身体を切り裂いた。
『大丈夫ですか、マスター!』
「スィーナ、俺の事より、彼女の方を頼む」
 身を案じて駆け寄るナビに、シェンナさんの事を任せると、セティは、軽くは無いであろう傷の痛みを無視して身構える。
「ちょっと、如何見ても貴方の方が平気じゃないわよ!」
「この程度の痛みに構っていられる状況じゃないんだ。ここは無理をしてでも、奴等を食い止める。だから、貴女は大人しく退いてくれ。そうしないと本当に護りたい者を護れなくなるぞ」
 セティは、鋭い眼差しの中に、シェンナさんを思い遣る色を宿して、彼女を諭した。
『シェンナ、マスターの言うとおり、ここは退いてください。これは尋常ではありません』
 主であるセティの言葉を継いだスィーナの表情には、確かな焦りが存在していた。
「ちょっと、ちょっと、何なのよ!」
「良いから、黙って退けシェンナ!」
 訳が分からず叫ぶシェンナさんに、セティの鋭い一喝が飛ぶ。
『許せ、シェンナ!』
 一言だけ呟くように告げ、レンガのナビであるルヴィナが、シェンナさんの身体を攫(さら)うように抱きかかえて走る。
『マスター、お気を付けて!』
 主へと一瞥と共に告げて、スィーナもルヴィナの背を追い走った。
「セティ、そういう事か! 皆、早く一箇所に固まるんだ!」
 逸早くその事態に気が付いたセティの反応から全てを察したリュフォンは、私たちに向けて指示を叫ぶと、《力導く言葉》を紡ぐ為に意識を集中させた。
「レンガ、ヤツは《神衛の軍団》をここに召喚する積り、否、既に召喚している。先手を打たれた以上、後は何としても切り抜けるしかない。覚悟は良いな!」
「分かりました。《L・O・D》が誇る対魔物戦闘特化コンビの真価を発揮しますよ」
『これで《冒険皇》様がいてくだされば、最強チームになって面白いのですが・・・。足りない分は、私たち《三連聖》で補いますので、お任せくださいな』
『そう、力不足なんていわせない。・・・多分』
『そうです! 皆、頑張るのです! ファイトーです! オォーです!』
 不敵に笑んだ眼差しを交わし合うセティとレンガ。
 その二人の背後に従う形で、ナビたち三者が戦いの構えを取った。
「という事で、シキ。こっちは何とか俺達で持ち堪える。だが、それにも限界が在るからな、なるべく速攻で倒してくれよ!」
「レイラ、シュウ、ラギ、悪いがこちらからの支援は期待しないでくれ。その代わり、俺達も全力は勿論、死力の限りを尽くして彼女達を護る」
「スィーナ、ルヴィナ、フィリナ、無理はするな。お前達は俺達にとって、大切なパートナーなんだからな」
 三人の《皇》たちは、其々にこれから始まる戦いに魂を昂ぶらせながら、仲間たちへと指示を告げる。
「三人の《皇》と《三連聖》、そして、この場に在る勇敢なる冒険者たち全てに、どうか御武運と正義の導きが在らんことを!」
 祈るように信頼の眼差しと言葉を捧げ、レイラは、自らも戦いの構えを取った。
「シュウ、転んだら恥だからね!」
「それはこっちの台詞だ、ラギ。転ぶなよ!」
 互いにふざける様に言って笑い合う双子の魔導師。
 彼等が戦いを前にした緊張を楽しむ中、私たちだけがこれから起こることの意味を理解していなかった。

『愚かなる人間の子よ。逃れられぬ死の裁きにその魂を震えさせ、己が罪の深さを思い知るが良い!』
 《光司る天使》が紡ぐ断罪の言葉が召喚の儀式の完成を告げる。
『《猛る竜神皇の息吹》!』
 敵の召喚陣が発動する瞬間を狙って、リュフォンは、既に完成させていた《力導く言葉》を発動させ攻撃魔法をぶつける。
「術式が余りにも違いすぎて、相殺も出来ないか」
 その結果を半ば予測していた彼は、力を打ち消されて霧散する自らの攻撃魔法を淡々と論じていた。
『無駄な足掻きだ! 大人しく我が主の裁きに討たれるが良い!』
 天使王の言葉に応える様に、私たちの周りへと散り落ちた白銀の羽根に異変が起こる。
「成る程、あの羽根の一つ一つが召喚の道標という訳か」
 冷静に相手の術式を分析するリュフォン。
 その眼差しは、羽根の群から立ち昇る無数の光を見詰めていた。
 そして、私たちの前へと姿を現す《神衛の軍団》。
 それは、その名が示す通り、九階級の座の天使たちによって編成された天上の光という《神》を親衛する軍団であった。

 《光司る天使》によって呼び出された天使たちは、互いに連携をとって私たちへと襲い掛かって来た。
「皆、私たちもやるわよ!」
 編隊を組み迫り来る天使たちを前に、仲間たちへと言い放つ私の心には、敵に対する怖れは存在していなかった。
 戦わなければその先に在るのは唯、死のみである事を知り、皆は、既に決まっていた覚悟を胸に身構えた。
「君達を戦いに巻き込むのは不本意だが、状況が状況だ。多少の無茶は仕方が無いが、決して無理はするな」
 リュフォンは、私たちの身を案じてそう告げると、自らも《力導く言葉》の詠唱を始めた。
「来るぞ!」
 セティは叫ぶと同時に、《神聖な御神楽舞》の闘氣に身を包み、敵の群へと突進する。
 そして、その真逆の位置では、レンガが両手に握った投剣を敵の群へと次々に投げ放っていた。
「焼け石に水とは言わないが、余りにも敵の数が多すぎるな」
 自らも連続詠唱した攻撃魔法をぶつけながら、リュフォンは、冷静に戦況を見極めていた。
 彼ら三人とナビたち、それにレイラたちの奮戦により、敵の進攻が私たちの所に及ぶことはなかったが、それにも限界があるのは明らかであった。
 そして、その限界は直ぐに訪れた。

「皆、危ないっ!」
 前衛に在るセティたちの間隙を縫って迫り来る敵の群を前にして、私は、その言葉が意味を成さないことを知りながらも叫んでいた。
 私たちは、敵の波に呑み込まれ、戦いは乱戦に陥る。
 既に魔力も尽き、思い通りにならない身体に焦燥を抱きながら、私は誓いの通り杖を振るって戦い続けていた。
 その私の瞳の先には、互いを助けようと必死に戦う仲間たちの姿があった。
 しかし、その抵抗も虚しく一人また一人と彼女たちは力尽きていく。
 目の前に在る残酷な現実に打ち震える私にも、その時が訪れようとしていた。
・・・ごめん、皆。私の所為で・・・。
 目の前に迫る敵の刃を見詰めながら、私は、この惨劇を引き起こした自分の愚かさを呪っていた。
「お姉さま、危ない!」
 死を思う私の意識を現実に引き戻したのは、フィーノちゃんの悲壮な叫び声だった。
 そして、私の目の前には、絶え難き残酷な現実があった。
「・・・、フィーノちゃん・・・?」
 身を挺して私を助けようとした彼女の身体を、天使の刃が切り裂いた。
 押し倒される形で頭上にあった彼女の身体からゆっくりと流れ落ちる鮮血が、私の頬を涙のように濡らす。
「間に合って、良かった。これが私が貴女にあげられる最後の贈り物・・・」
 フィーノちゃんは、気丈な口調でそう告げると、私の唇へゆっくりと口付けした。
 再び捧げられた《魂分かつ口付け》によって、彼女の魔力が私の中へと流れ込んでくる。
「お姉さま、生きてください。必ず、約束、・・・です・・・」
 それだけを必死に告げると、フィーノちゃんは、安心したように微笑みを浮かべ、そして、力尽きた。
「・・・嫌・・・、そんなの無いよ・・・。誰か嘘だと言って・・・」
 私は、全てを信じられなくて絶望した。

・・・悔しい。私に『力』があれば、誰も苦しまなかった。大切な存在を誰も失わなかった。皆を取り戻す事が出来た。
 嘗て、この世界に於いて《邪神》と呼ばれる存在がいた時代、一人の魔導師が『奇跡』を起こしたという。
 それは、『生命の奇跡』。
 強大な力を持つ《邪神》の前に傷付き倒れ、生命までも失おうとしていた者達の全てを癒す『奇跡』。
 今、私にその『奇跡』を起こす力があったならば、この悲しみの全てを癒せただろう。
 だが、今の私にあるのは、『奇跡の力』ではなく、唯、『虚無』のみであった。

0 件のコメント:

あし@

参加ユーザー