21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年8月13日水曜日

ある冒険者の追想 ~上編~

その冒険の切掛けを一言で言うならば、それは『愛と自由を求めて』というのが一番相応しいだろう。
 そして、それはある存在との出会いから始まった。

 俺が住む『神蒼界』では、《秩序の光》と《力威の闇》と呼ばれる二つの勢力が、世界の覇権を求めて相争っている。
 絶える事無く続くその争乱は、世界に大きな混乱をもたらし、そこから生まれる恨みや憎しみが更なる争乱の火種となる負の連鎖。
 それが今の世界に於ける偽り無き現実であった。

 『冒険者』、それは嘗て世界を脅かした絶対の脅威である《邪悪なる魔を統べる神》を討ち滅ばした英雄達。
 しかし、彼らこそが今の世界を混迷の渦に巻き込んだ元凶であった。
 その争乱の始まりは、冒険者同士の些細な諍いであったらしい。
 そこから生まれた刃の恨みに刃の恨みを以って報いた結果、退く事の出来ない争いへと至った。
 互いに譲らぬ意志は、至高の力を誇った《王》と呼ばれる二人の存在によって、冒険者としての実績とそれによる地位を重んじる《秩序の光》と冒険者としての実力を絶対とする《力威の闇》へと纏め分かたれる事となった。
 そして、世界はその二人の《王》が戦場に君臨する争乱の舞台となった。

 斯く言う俺自身もその冒険者の端くれである。
 だが、俺は他の冒険者達とは、少し違った生き方を求めている。
 それは、未だ世界に存在し続ける《魔物》と呼ばれる異形達と戦う日々に身を置く事であった。
 俺が、何故にそんな生き方を求めたのかと言えば、その最たる理由は、今、俺の傍らにあるナビ・パートナーと呼ばれる存在にあるだろう。
 『ナビ・バートナー』、それはその名の通り、俺達、冒険者の旅に付き従う同行者。
 その姿形は其々に異なり、多少の差は在るがケモノに近い様相を持っている。
 因みに俺の『ナビ』であるスィーナは、焦げ茶と赤茶の二色が重なり合った皮衣を持つ『ネコ』に似た姿をしている。
 俺は、忠義と礼節に愛嬌を合わせ持つこの存在を大いに気に入っている。
 否、こよなく愛していると言っても過言ではない。
 そして、俺が魔物達を『仇敵』とする理由は、奴等がナビにとっての天敵だからである。
 俺は、冒険者となって、最初に受けた依頼の中で、自らの非力さと魔物達の残忍さを思い知らされた経験を持つ。
 あの時、俺は小さな冒険を果たした歓びに驕り、ナビであるスィーナを危険な目に会わせてしまった。
 だから俺は、この愛らしい存在を傷付ける魔物達を狩る事を、冒険者である自分の使命と定めた。

 冒険者としての挫折を知ったあの時の経験から、俺は、臆病に近いぐらいの慎重さを持って生きて来た。
 それは、もう二度とスィーナを危険な目に会わせない為の慎重さである。
 そして、俺は、大切な存在を護る為に、魔物達と戦う危険を冒す少し変わった性質の冒険者となった。
 
自らの剣を以って魔物達を倒す事に魅入られた俺を、他者は、《魔物を討つ虜刃(モンスター・スレイブ)》の異名で呼ぶ。
 そこに在るモノが嘲りであろうとも構わない。
 俺には、護るべきモノに対する誇りが在るのだから。

 俺はスィーナと共に各地を渡り歩き、その街々に在る冒険者ギルドで魔物退治の依頼を受けて、日々の暮らしの糧を得ている。
 自らの異名となる程に、魔物を討つ事に特化していたその風評も手伝って、俺は、仕事に事欠く事も無く着実に冒険者としての経験を積んでいた。
 そんな俺の風評が何時しか、名声と呼ばれるモノに近くなるにつれ、ギルドから微妙な依頼が持ち掛けられ始める。
 それは、傭兵として、《光》か《闇》の勢力に加わらないかという内容であった。
 他者はさて置き、俺には、戦場の誉れというモノに対する興味が全く無かったので話の都度にそれを断わってきた。
 しかし、それで諦めて話を終わらせてくれないのが、未だ俺に付き纏う目の前の現実だった。

 それは、《光》と《闇》の勢力に冒険者を誘う『導司』と呼ばれる二人の少女である。
 一人は、《秩序の光》に属する導き手で、名をファーシィ。
 その『得意技』は、清楚な瞳で訴える泣き落とし。
 もう一人は、《力威の闇》に属する導き手で、名をクィーサ。
 その『必殺技』は、理知を完全に無視した恫喝。
 両者は、正に、真逆の性質を持つ対照的な存在達だ。

 この二人は、俺が冒険者ギルドからの依頼を蹴って直ぐに、俺の前へと現れた。
 最初は、態々、俺なんかを勧誘に来る手間を難儀だと思ったが、その執拗なまでの執念を以って付き纏われ続けている今では、正直、迷惑以外の何者でもなく感じている。

『さあ、セティ様。私(わたくし)と共に、この世界に美しき秩序の光華を咲かせましょう!』
・・・否、俺はそういうのに全然興味が無いので他所でお願いします。
『セティ! この世は力こそ正義なのよ。私(あたし)と共に力の正義を貫きなさい!』
・・・俺、そういうのは間に合っているので、他の人間を誘ってください。
 と、『心の声』を口に出して言えたならば、全ては解決するのだろうか。
・・・意志薄弱な俺にはムリです(とほほっ・・・)。
「スィーナ、俺には、お前だけが心の支えだよ」
 俺は、心のオアシスであるナビへと独りごつり、自分の心を慰める為にその頭を撫でる。
 我が事ながら、優柔不断なこの性格が恨めしかった。

『セティ様、一緒に来てくださらないと、私・・・、私・・・』
『セティ! 拒んだりしたら、どうなるか分かっているわよね?』
 前者は涙目、後者は威嚇。
 これは、何時もの展開である。
 そして、それに対する俺の応えも何時もと変わらなかった。
「済みません。俺は、まだまだ未熟な身なので、お二人の要望には応えられません」
 この言葉は、謙遜である以前の事実である。
 これまでの冒険の旅でそれなりの経験を積んだ身ながら、未だ俺は、《重装剣士》の職位に留まっていた。
 それに対し、今、俺の目の前に居る二人は、共に熟練した《神聖魔導師》の身の上である。
 その二人が、態々、俺なんかに構う事自体が、甚だ不思議であった。
「だから、俺なんかより、もっと良い相手を探してください」
 過去の経験から、それが無意味な事だと知りながらも、俺は、遠回しにこれ以上付き纏わないで欲しいと告げる。
『未熟だなんて、そんな事はありません! 貴方には、他者に無い素晴しい資質が在ります。だから、それを私と共に《秩序の光》の中で開花させましょう!』
・・・それは、貴女の勘違いです。
『セティ! うだうだ言ってないで、私と共に《力威の闇》の下で戦いなさい。さもないと酷い目に遭うわよ!』
・・・それって、貴女に酷い目に遭わされるという事ですよね?
・・・もう、俺の事は放って置いて下さい。
 さあ、俺、きっぱりとそう言うんだ俺!
・・・やっぱり、ムリです(うぅ・・・)。
『クィーサ、そんな乱暴な言葉で、彼に無理強いをするのは良くありません。彼も困っていますよ』
・・・否、困っているのは、貴女に対しても同じです。
『ふーん。ファーシィ、貴女は、そうやって又、良い子ぶっちゃってくれるわけだ。ほんと、貴女のそういう可愛い振りしてオトコを騙す手管が、鼻に付くのよ。涙はオンナの武器ですか。あぁー、やらしィー』
・・・やば、険悪な空気が流れ始めた。
『そんな事を貴女に言われたくありません。それに、貴女だって、その無駄に卑猥な身体でオンナの色香を振りまいて、強引に相手を誘惑しているではありませんか。イヤラシイのは、貴女の方です!』
・・・うわぁ、最悪の展開。
『あらぁー、言ってくれるわね。ふぅっふーン、それは、無い乳娘の負け惜しみかしらぁーン』
『うっ、ウルサイのです! そういう貴女は莫迦の一つ覚えで、昔から、所構わずその贅肉の詰まった塊を自慢げに張り出していましたわね』
・・・嗚呼、こうして生まれる確執が《光》と《闇》の間にある因縁の溝を更に深めるのですね(合掌)
 白熱する乙女の戦いを前に、俺は、それを止めるも出来ず唯黙って見詰めていた。
「(しかし、これはある意味、チャンス)」
 二人の気が逸れた今を好機と、俺は、スィーナを抱き上げると忍び足で後ずさる。
 幸いな事に、どちらも俺の行動に気が付きはしなかった。

「・・・ここまでくれば、一安心だな」
 俺は、見事に虎口を脱した感慨から、安堵の言葉を洩らす。
「しかし、それにしてもあの二人の因縁は、昨日今日に始まったという程度のモノではなかったんだな・・・」
 その二人に自分が迫られている選択肢の結果を思えば、余り知りたくは無かった事実である。
「同じ女性でも、『彼女』とは全然違うな」
 口にしたその言葉と共に、俺の腰にある『彼女』と過ごした日々の思い出の証である剣がずっしりとした重みを示した。
『アルディナ様の事ですか?』
 俺の言葉に反応して、スィーナが問い掛けの言葉を口にした。
「ああ、どうせ追い掛け回されるなら、彼女にこそ、そうして貰いたいんだがな」
『マスター、ガンバです!』
 応援の言葉と共に、俺の頭を撫でるスィーナに苦笑混じりの眼差しを返し、俺は、黙って頷く。
・・・嗚呼、本当に頑張らなくてはだな。
「もう一度、彼女に会いに行く為にも、早くこれを振るうのに相応しい力を身につけなくてはだな」
 俺は、独り言の様にその言葉を口にして、アルディナが俺の為に鍛えて上げてくれた剣に触れる。
 持つ者の意志に応えて成長する刃持つ剣、《ガーディアン・ブレード》。
 彼女は、《神の武具を鍛えし者》と讃えられる鍛冶の師であるイルグ・オードに認められる為に、俺を信じこの剣を託した。
 だが、俺は、彼女の想いに応える事を約束しながら、未だにその一歩すら歩み出せずにいた。
『マスター、焦る必要はありません。この世界から《神》が去ろうとも、彼の存在は今も尚、私達を見守っております。
貴方が求めるモノを見失わない限り、何時かはそれに対する報いが与えられる筈ですから』
「そうだな、ありがとう。弱音を吐いているヒマなんて無いな」
『そうです! ファイトです! オォーです!』
 腕を振り上げて気合いの声を上げるスィーナ。
 俺は、その励ましに応えて、スィーナの頭を撫でた。
「では、まあ、目指す道程(みちのり)はまだまだ遠いけれど、歩き出さなければ何も始まらないからな。行こうか、スィーナ」
 俺は、自分に言い聞かせる意味も込めて、その言葉を口にすると、スィーナを伴い歩き出した。

「で、ここは一体、何処だ?」
 情けない話だが、俺とスィーナは、今、道に迷っていた。
『済みません、マスター。ワタシもここは初めての場所でお役に立てそうにありません』
「否、元はと言えば、俺が闇雲に走り回った所為でこうなったんだから、気にするな」
 そう、運が悪い事に、俺達は、あの後で再び『彼女』達と遭遇してしまったのである。
 そして、脱兎の如く逃げ出したのは良いが、結果、道に迷い今に至る訳であった。
「しかし、正直、この状況は好ましくないな」
 俺は、周囲の状況を視線で探りながら、自分が身を置く場所がどれ程の危険を孕んだ所であるかを痛感する。
 暗い闇の力が満ちる中、鬱蒼と生い茂る木々の陰に潜む無数の魔物達の気配。
 俺は、足を踏み込んでしまった危険の大きさに、自分の愚かさを呪った。
『はい、マスター。この地に満ちる力の邪悪さは危険です。ここは、速やかに退くのが得策です』
 ナビであるスィーナの危険を察知する能力は、疑う是非も無いモノである。
 スィーナが危険と言えば、それは、間違いが無く危険なのだ。
「分かった。連中が動く前に退くとしよう。しかし、問題は、どう退くかだな・・・」
 戻る道を間違えれば、更なる危険へと足を踏み入れる事になる。
 考えている暇は余り無いが、無闇に動く訳にもいかない。
「スィーナ。敵の気配から、数が少ない所が分からないか?」
『済みません、マスター。探ってはみましたが、周囲を満たす力の邪悪さに阻まれ、正確な状況を掴みきれません』
 その場にある異様な雰囲気は、俺ですら、気が変になりそうな邪悪さに満ちていた。
 敏感な感性を持つスィーナにとってみれば、その感覚を狂わされてもおかしくはないモノなのだろう。
「そうか・・・。ならば、多少の危険は覚悟の上で、一気に駆け抜けるか・・・」
 それは、下手をすれば敵の追撃によって窮地へと追い詰められる可能性が高かった。
 しかし、ここでじっとしていても、囲まれて窮地へと至るのは確実であった。
『マスター、魔物達の様子が少し変なのですが・・・』
 脱出の方法を思案する俺に対し、スィーナは、何かを憚るようにそう口にした。
「・・変?」
『はい。何というのでしょうか・・・。何かを警戒している、或いは、恐れている、そんな気配が感じられるのですが・・・』
 スィーナは、自分が感じたモノの理由が分からないからか、曖昧な口調で俺へと答えた。
『それに、これだけの邪悪な力に支配された場所に在りながら、敵の数が極端に少ないのも妙です。普通なら、もっと多くいてもおかしくは無いモノかと・・・』
「それは、何処かに逃げ出したか、或いは、何者かによって数を減らされたという事か・・・?」
 スィーナの指摘から考えられる事を口にした俺は、その自らが考えた『答え』に、安心する事は出来なかった。
 それは、邪悪な力が支配する場所で、邪悪な存在である魔物を退ける存在があるとしたら、それは更なる強大な力を持つ邪悪な存在の可能性があるからだった。
「分かった。これ以上、無駄に考えても仕方が無い。ここは一刻も早く退くとしよう」
 それは、自分でも驚くほどの決断である。
 俺は、スィーナを促し、その場を去るべく歩き出した。

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