21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2007年12月1日土曜日

第三話・誓い

「これで全て片付いたか・・・」
 京也は、灰燼と化して消えた魔獣達の残滓を見詰め、大きく吐いた息と共に勝利に安堵する言葉を口にした。
『彼の者を逃がしたのは残念です・・・。しかし、我が主よ、彼の者を相手にしての貴方の戦い振りは、誠に見事なモノでした』
 京也と同様に戦いの終結を見極めた《マナ・フィースマーテ》は、具現化させていた守護剣を消納し、傍らに在る京也に賛辞の言葉を掛ける。
 それに対して京也は、穏やかな笑みを浮かべて首を左右に振った。
「《マナ・フィースマーテ神》、貴女の助けが在ればこそ得られた勝利だ」
 京也にとって、その言葉は決して謙遜などでは無く、偽り無き本心であった。
 剣士として己の武の技に懸けた純粋なる誇りは、《流血の邪神・ラルシュ》の操る魔力の前によって、粉々に打ち砕かれた。
 その事実に、京也は、自分でも信じられない程の屈辱と憤りを感じ、打ちのめされた想いで一杯であった。
『我が主よ。貴方は、真に誇り高き心の持ち主なのですね。
でも、私は、何も特別な助けをしておりません。貴方は、自らの力のみで彼の者を倒し退けたのです』
 《マナ》は、そう応えて優しくも穏やかな眼差しで、京也にその実力で得た勝利を誇る事を求める。
「確かに、俺は、戦いには勝利したが、奴の操る《魔力》という特異の力には敵わなかった。あれは、唯、自らの敗北を恐れ、己の生命をも顧みずに意地を通しただけで、決して誇れるような勝利では無いよ・・・」
 『だから、貴方の賞賛には値しない』、憂いに満ちた京也の心が、彼にその一言を口にする事を躊躇わせた。
『己の力を以って抗し難き力を操る敵を前にして、自らの生命を失う事すら恐れずそれに立ち向かう勇気。そして、勝利を得て尚も驕らぬその心の気高さ。貴方が、それを自らの誇りとする事を厭うのならば、私が、貴方に代わって誇りとしてこの胸に抱きましょう。だから、我が主よ、もうこれ以上、自らに傷つかないでください・・・』
 《マナ》は、自らの想いを持て余して苦笑している京也に、慈愛に満ちた瞳を向けてそう語り掛けると、自然な仕草でその身体を優しく抱き締めた。
 京也は、突然の出来事に驚き、身動きをする事も忘れて、無言のまま《マナ》の抱擁に包まれる。
 冷静さを取り戻した京也は、その身に起きている現実を認知すると同時に、今度はこれ以上無い程真っ赤になって《マナ》の腕から抜け出した。
 京也は、何とか自らを落ち着けさせようとして、二度三度と深呼吸を繰り返すと、それから極めて平静な振りをした表情を作って、《マナ》に視線を向ける、
「ありがとう、《マナ・フィースマーテ神》。貴方の気持ちはよく分かりました。だから、もう心配は無用です」
 まだ動揺している心を必死に落ち着けながら、京也は、どうにかそれだけを応えた。
 京也は、それから、ほんの少しの時間を経て本当の落ち着きを取り戻すと、再びその口を開いた。
「それと、俺の事を『主』などと呼ぶのは止めて欲しい」
 如何に自分が《マナ・フィースマーテ》にとって、《魂の契約》を結んだ者であろうとも、《神》という位置にある存在から、『主』などと呼ばれる事に京也は、少なからず違和感を覚えていた。
『では、どの様にお呼びすれば?』
「そうだな・・・、俺も貴女の事は『マナ』と呼ばせて貰うから、俺の事は『京也』と呼んでくれれば良い。それから、俺と貴女は、共に戦う仲間なのだから、互いに特別な気遣いは抜きで行こう。そうしないと、俺はこの先、貴女の《神》としての力に頼り縋ってしまうかもしれないから」
 そんな風に《マナ》へと答える京也は、見る者が惚れずにはいられない気高き笑みを浮かべていた。
『はい、分かりました、京也』
 《マナ》は、今までに仕え護って来た者達とは違う何かを京也の内に感じ取り、永き封印からの解放によって齎されたこの出会いに大きな喜びを抱いた。
「まだ少し固いけれど、まあ、それは仕方の無い事かな。では、改めて宜しく、我が守護女神様」
 京也は、握っていた長剣を地面へと突き刺すと、冗談口調の言葉と共に目の前に在る美しき戦女神に挨拶の手を差し出す。
 その言葉とは裏腹な京也の真摯な眼差しに魅入られた《マナ》は、特別な言葉を返す事も出来ず、唯、素直に差し出されるその手を握り返した。

 戦いで消耗した体力と気力に、烈しい疲労感を覚えながらも京也は、《マナ》と共にしっかりとした足取りで鎮守の森を抜けて社へと戻る。
 何時の間にか夕立の上がった空から注す陽の光が、社の鳥居越しに見える街並を眩しい位に輝かせていた。
『美しい眺め。私の世界とは大違い・・・』
 雨上がりの空気に濡れて幻想的な雰囲気を醸し出す街の景色に目を細めて感嘆する《マナ》、しかし、その瞳の奥には自らのいた世界を想っての憂いが存在していた。
 京也は、その事に気が付いたが、《マナ》の瞳が憂いに曇る姿を見たくないと思い、無言のまま先刻の戦いで捨てた鞘を拾って長剣の刃を納める。
「うーん、流石にその格好は目立ちすぎるよな・・・」
 取り敢えず当面の事として京也が考えなくてはならなかったのは、古代か中世欧州の民族衣装の如く豪奢な《マナ》の戦装束姿を如何するかであった。
「《マナ》、周囲の目を眩ませる魔法とか使える?」
 話に《魔導》という力の中にはそういう効果を持つモノが在ると聞いていたので、京也は、それを尋ねてみる。
『いえ、以前ならば使えたかも知れませんが、今の私は永きに渡る封印によって殆どの力を失ってしまっています。それに、この世界は《魔導》の源となる力の存在が余りにも希薄過ぎて、私が本来の力を持っていたとしても効力を持つ魔法を発動させるのはかなり困難な筈です』
 《マナ》の返事から、魔導的手段による問題解決は無理だと知った京也だったが、その言葉に語られた内容に幾つかの興味と違和感を覚えた。
「《マナ》は本来ならば、今以上に強い力を備えた存在なんだな」
 京也にしてみれば、《流血の邪神・ラルシュ》の呪縛の魔力を易々と破ったその力に驚嘆すら覚えているのである。
 それが封印によって殆どの力を失っていると知って、驚くしかなかった。
『自分の持つ力に己惚れる積もりはありません。しかし、戦女神としてこの身に与えられた力は、《天界》・《地界》・《魔界》の三界に在りし神々の中に於いても誇りを抱くに値するモノと自負しています』
 応える《マナ》の言葉からは、揺ぎ無き誇りが存在していた。
「そうか、《マナ》がいた世界には、他にも《神》と呼ばれる存在がいるのか」
 京也は、自分の世界に於いては、伝説や信仰の象徴としてしか語られる事のない存在が、当たり前のように実在する世界とは、如何なる処なのかというそれこそ想像もつかない事に思いをはせる。
『はい、その中でも私にとって最も身近であり、そして、信頼する存在といえば、《セトリトア・クシュリシス・トゥオーン・フィースマート・アルンヴィアス・スキュトリア》と《エルキア・フィースマーテ・ラリアスティア》の二神です』
 懐かしむようにして《マナ》が口にしたその二つの名前を耳にした京也は、ある事に気がついてそれを口に出してみる。
「《フィースマート》と《フィースマーテ》という《真名》を持つ存在という事は・・・」
『はい、私にとって、彼の二神は、言わば同じ魂を分かちし兄姉となる存在です』
 応えとして返されたのは、京也の想像を肯定する言葉であった。
「《マナ》に近い存在なら、美しい《神》なんだろうね」
 純粋な気持ちから出た京也のその言葉は、話に語られた存在達に対するのと同時に、《マナ》自身への誉め言葉ともなる言葉であった。
『私など、《至高にして最も稀有なる守護者》、《最美なる守護者》と詠い讃えられる彼の二神の美しさには到底及びません』
 褒められた恥かしさに紅くなりながらも、《マナ》は、何処か淋しげな瞳で自分を卑下するような言葉を返す。
「そんな事は無いさ、《マナ》。俺は、貴女が持つ魂の気高さを純粋に美しいと感じているよ」
 京也は、《マナ》が抱いた感情の理由を尋ねる事が出来ない代わりに、真摯な想いでそう告げて《マナ》の身体をそっと抱き締めた。
『ありがとう、京也。貴方の心は優しく、そして、とても温かいです。私は、こうして貴方と出会えた運命に心から感謝します』
《マナ》は、京也の想い溢れる言葉に対する嬉しさを抑えきれずに、その柔らかな抱擁の腕の中で満面の笑みを浮かべる。
 そして、京也も又、《マナ》が自分の言葉に喜んでくれている事を嬉しく感じると共に、自分の言動を少し照れ臭く思ってそれを隠すように微笑んだ。
 ゆったりとした穏やかな空気を感じる中で、京也は、《マナ》の身体を抱擁していた自分の腕を静かに解く。
「そう言えば、《マナ》。先刻、貴女は、この世界では《魔導》の力を発動させる事は困難なことだと言っていたけれど、それは如何なる存在に於いても同じ様に言える事なのか?」
『はい。でも、何故その様な事を・・・?』
 《マナ》は、それを改めて尋ねられた理由を量りかねて、不思議そうにその事を尋ね返した。
 一方、京也は、《マナ》から返ってきた答えを聞いて、最初にその事を聞いた時に抱いた違和感の理由に気が付く。
 そして、その違和感の理由こそが《マナ》の疑問に対する答えでもあった。
「その真実までは分からないが、俺の先祖や一族の者の中には、《魔導》の類である特異の力を扱えた存在がいたらしいんだ」
『この世界に於いても、魔導的資質を持つ存在が生まれる事はあるでしょう。しかし、それを確かな効力を持つ力として発動させる為に必要な《理の力》となるエネルギーが、この世界には少な過ぎます』
 京也の言葉に対し、《マナ》は、冷静ではあるがある種の驚きを以って応えを返す。
「それは足りていない力を補う事が出来れば、そう例えば、あのファーロという男の様に、特異の存在の力を借りたりすれば、この世界でも《魔導》の力を使えるという事なのだろう?」
『確かに、その通りです。特異の存在に頼らずとも、《魔導器》と呼ばれる魔導的エネルギーの増幅を助ける道具の存在が在れば、この世界でも《魔導》を発動させる事も可能と言えます。しかし、それで使える力には限界が在り、高位の力を持つ《魔導》を発動するのは不可能に近い筈です』
 《神》と呼ばれる存在として、《神明の理》の多くを知る《マナ》は、京也の言わんとする事をよく理解して正確な答えを導き出していた。
「俺の先祖は、嘗てあの《流血の邪神》と戦い、それを退けたといわれている。そして、その戦いの助けとなった武具の幾つかは、今も一族の宝として残されている筈。それを用いれば、《マナ》、貴女の失われた《神》としての力を補えるんじゃないかな」
 京也は、抱いた一つの疑問から、今の自分達の助けとなる大きな答えを見つけ出す。
 しかし、その言葉を聴いた《マナ》の表情は僅かに曇っていた。
『・・・貴方も、私に戦いの力を求めるのですね・・・』
「えっ・・・?」
 京也は、《マナ》が消え入りそうな声で呟いた言葉と、その曇った表情の意味を理解できずに、困惑と疑問が入り混じった言葉を洩らす。
『・・・済みません。私は貴方の守護闘神なのですから、戦う為の力を求められて当然なのですよね』
 《マナ》は、まるで自分自身に言い聞かせるように告げて穏やかな笑みを浮かべるが、その瞳に宿った憂えの色は未だ晴れてはいなかった。
 京也は、一瞬の沈黙の後、その脳裏に《マナ》が封じられていた《守護石》へと触れた時に聞いた言葉を甦らせる。
 その身を縛る封印の呪いと、自らに課せられた戦いの宿命からの解放、《マナ》が渇望する願いを示す言葉を。
「済まない、《マナ》。俺は、貴女が戦いの日々を望んでいない事を知りながら、貴女を苦しめる様な事を言ってしまった」
『良いのです、京也。貴方を護る為に戦う事は、戦女神である私に与えられた唯一無二の宿命なのですから。寧ろ、その事から逃れようとした私の弱さを叱ってください』
 自分の迂闊さを知って詫びた京也の心に、《マナ》から返された応えである『宿命』というその言葉が深く突き刺さる。
「《マナ》、俺は、宿命とか運命というモノを理由に、自分の想いを諦めるのは嫌だ。貴女が自由を求めて自らの宿命と戦うのなら、俺は貴女の《魂の契約者》として、その想いを護り助けたい。だから、俺は貴女に、その素直な想いを大切にして欲しいんだ」
 京也が《マナ》の為に告げたその言葉には、自分自身が背負った宿命に対する想いと共に、嘗て、運命を理由に自分の前から姿を消した久川静音という女性に対する深い想いも又込められていた。
『ありがとう、京也。私は、永き封印の中で孤独に苛まれ、その苦しみに耐えられずに、自らを縛る戦いの宿命から解き放たれる事を切望しました。でも、今、こうして貴方と出会い、その心に触れる事でその苦しみが癒されました。だから、私は、自らの宿命としてでは無く、この心に抱いた想いを以って、貴方を苦しめようとするモノの全てから貴方を護る為、
何時までも貴方の傍に在り続けます』
 京也が《マナ》に対し示した誓い、そして、それに応えて《マナ》が京也に対し示した誓い、その二つの誓いは、京也と《マナ》に、より固い絆となる意志の力を与える。
 京也達は、互いが共に在る限り、如何なる宿命の苦難にも耐えられると、その心に感じていた。
 それは、京也達が、揺るぎ無き信頼によって、真の意味での《魂の契約》を結んだ証しであった。

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