21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2007年12月1日土曜日

第四話・宿命

「目立たないという点で最良とは言えないけれど、仕方が無いから、これを上に羽織って」
 京也は、《マナ》の衣装問題の解決手段として、持っていた荷物袋の中から武道衣を取り出して手渡す。
 《神武流》に於いて、皆伝を果たした証に与えられるその武道衣《神武皇龍衣》は、《霊糸》と呼ばれる特殊な素材を堅固な編み方で織り上げた《神精布》という素材で出来ており、防刃・防弾に加えて耐火・耐寒・耐電等の機能を備える優れたモノであった。
 その優秀な機能を持つ《神武皇龍衣》の唯一とも言える欠点は、時代錯誤に近い古風にして奇抜なデザインである。
 武道衣としては、正に和洋折衷とも言えるバランスの取れたデザインで颯爽としているが、普通の衣服として考えれば、エキゾチックを通り越して、エキセントリック以外の何者でもなかった。
 それでも、《マナ》の明らかな戦装束の異様さを隠すには十分である。
 そして、意外な事に、《.マナ》が実際にそれを身に着けてみると、寧ろその風変わりな部分が良い働きとなって、彼女が持つ凛とした雰囲気を一層際立たせる事になった。
「良かった、これなら問題無さそうだな。じゃ、行こうか」
 荷物袋を背負いながら京也は、簡単とも言える安堵の言葉を《マナ》に掛けると、帰路を促して歩き出す。
 頷き返して自分の背中を追う形で歩き出した《マナ》に、自分が彼女の装いに見蕩れていた事を知られるのが恥かしくて、京也は、自然と何時もよりも早い足取りになっていた。


 京也は《マナ》を伴い、高野町南区に在る我が家へと戻り着いた。
 高野町は、二十一世紀の中頃に始まった副都心計画よるインフラの整備に反し、それまでの自然を大切に残した土地柄の街造りを進めてきた地域である。
 その経緯により、京也の住む家も周囲を木々に囲まれた環境にある一軒家で、他と特別変わっている事と言えば、一階が修練の為の道場施設で、二階が居住空間となっている造り位であった。
 京也は、十五歳の頃に親元を離れて一人暮らしを始めてより、その後の今日まで約三年半の歳月をこの家で過ごしていた。
『静かな良い雰囲気に満ちた処ですね』
「ありがとう。俺もここの落ち着いた空気は気に入っているよ」
 《マナ》の素直な感想に応えた言葉の通り、京也自身、その閑静な生活環境を大いに気に入っていた。
『貴方の他には、誰も暮らしていないのですか?』
「ああ、ちょっとした訳有りで、俺独りだけで暮らしているんだ」
 京也は、《マナ》から投げ掛けられた疑問に苦笑混じりで応え、家の外側に備え付けられた階段を上っていく。
 そして、取り出した鍵で入り口の錠を外すと共に、《マナ》へと上って来るよう手招きで示した。
 それに従い階段を上ってくる《マナ》の姿を確認するし、京也は、入り口の扉を開ける。
「さあ、他に誰も居ないから遠慮はせず、そのまま中へどうぞ」
 京也は、入り口の扉を押さえたままで通り道を開け、紳士的な仕草で《マナ》に中へと入るよう誘った。
 軽くお辞儀をする様にして《マナ》が入った後、京也もそれに続く形で扉を閉めながら、家の中へと入って行く。
 家の顔とも言える玄関は、男の一人暮らしとは思えないほどにしっかりと片付けられており、脇の壁に飾られている見事な細工を施された装飾鏡が、殺風景になりそうな雰囲気に巧みな彩りを与えていた。
『不思議な形を持つ鏡ですね。まるで神々の祭器の如き異質ともいえる美しさが・・・』
「《神》である貴女の目にも、その鏡は特別なモノに見えるのか」
 京也は、《マナ》が語った言葉を聞いて、本の少しだけ以外だという表情を浮かべながら呟くと、自らの視線を鏡に移し、再びその口を開く。
「その鏡は、その昔にある人間がこの世界とは異なる別の世界から持ち帰った物で、邪なる存在の力を奪い封じる破邪の鏡だと言い伝えられている。その言い伝えが本当かどうかは分からないけれど、その鏡の素材となっている物質の一部は、この世界に存在していなかったり、現在の技術を以ってしても合成する事が難しい特殊なモノらしいんだ」
『触れても構いませんか?』
 京也が語った言葉の内容に少なからぬ興味を覚えた《マナ》は、彼の方へと振り返えると、手にとって詳しく調べて良いかを尋ねる。
「ああ、別に構いはしないよ。俺も時々は暇を見つけて磨いたりしているしね」
 京也は、笑って《マナ》の求めを承諾した。
 許可を得た《マナ》は、早速、鏡を手に取ると、真剣な眼差しでまじまじと見詰めたり、所々を指先でなぞる様に触れたりして調べる。
『精錬された純然な魔銀に神聖魔法の魔力付加を行った後に形を成し、更に古代神聖文字を用いた《魔呪》を添え重ねています。これは、並みの錬金術とは異なる、正に神の御技とも呼ぶべき高次の技術で造られた稀代の逸品です。しかし、魔銀の性質をここまで活かして形を成す事すら容易ではないのに、その上、このように完璧な形の《魔呪》を古代神聖文字で編めるとは本当に驚きです。この鏡の造り主は、私達《継承の神族》以上に《神明の理》と《創造の技法》に通じる存在なのかも知れませんね』
 そう手にした鏡の鑑定結果を語る《マナ》の表情には、歓喜にも似た強い熱が宿っていた。
「その鏡は、貴方達、《神》と呼ばれる存在が造った物、《神器》の類いとは違うモノなのか?」
『はい、私達《継承の神族》は勿論、最高位神である《創造の双偉神》様達も、この鏡の様に一度《魔導》の付加を以って形を成した物に、更なる《魔導》の付加を重ねる事はしません。仮に、私達が《神器》となる物を造るとしたら、求める《理》の全てを編み上げた《魔呪》を付加させて、その一度で完全なる形の器を創り上げます。』
 それは、一度の行いを以って完全なるモノを造り出す《神》という完成された存在にとって、その根源に存在する意志を示す言葉であった。
『しかし、この鏡は、魔力付加を行って一度その形が出来上がった後に,《魔呪》を用いた更なる魔力付加が行われています。普通、効力の異なる《理》を重ねようとすると、互いにその効力を相殺されるか、或いは不安定な形になって暴走を起したりするモノです。それなのに、この鏡に付加されている《魔導》は、完全なる力の効力とその安定を果たしています。これが人間の力に於いて成されたのならば、偶然では起こり得ない奇跡と呼ぶに相応しい技法によるモノと言うしかありません。それにしても何より奇妙なのは、この鏡に付加されている《魔導》の効力です。この様な特異な《理》を求める魔導師も珍しい・・・』
 京也の尋ねに答える為に思考を廻らせていた《マナ》は、そこまで語ると余りにも不可解すぎるその疑問への答えに窮して沈黙してしまう。
「その鏡は、それ程に不思議な力を持っているのか?」
『はい、先刻、貴方が話してくれたように、この鏡には破邪の力が確かに存在しています。正確に言えば、この鏡に付加されている《魔導》は破邪の力ではなく、その《魔導》が及ぶ範囲の内に在る全ての存在が持つ魔力を退け、或いは封じる封魔の力です。そして、もう一つ付加されているのが、余程に強大な力を以ってしなければその器自体を破壊する事が出来ないようにする強化の《魔導》です。魔力を頼みとする存在である魔導師が、他者だけでなく自分自身の力までも封じてしまう《魔導器》を造り出す。それは違和という以上に矛盾を感じさせませんか』
「《魔導》が持つ力を良く知り、それを畏れる魔導師という存在だからこそ、その力を封じる術を求めてもおかしくはないんじゃないのかな」
 先刻の《流血の邪神》との戦いで、魔力という特異の力に触れた京也は、その力の恐ろしさを思い起こしてそう口にした。
『確かに、そう考える事も出来ます。しかし、《魔導》とは正に魔の領域という特異に在る力、一度その力の存在を知った者が、それを封じる術を求めるのは希な事でしょう。自らの力までも封じてしまう強大な力を持つ《魔導器》、京也、仮に貴方が一瞬にして己が磨いて来た戦いの力の全てを失うとしたら、一体どの様な想いを抱きますか?』
「底知れぬ不安・・・、否、寧ろ恐怖かな」
 京也は、不意とも言える《マナ》の尋ねに対し、真剣な面持ちでそう答えた。
『私も嘗ての力を失っている事に、少なからぬ不安を抱いています。それを思えば、この鏡を造り出した存在の意図を計り知る事は到底出来ません』
「ああ、確かに、己が持つ力を失う事に不安を抱かない者はいないだろう。それが心に弱さを持つ人間という存在であれば尚更の事だ」
 《神》と呼ばれる存在である《マナ》ですら、自らが持つその特異の力を失う事に不安を抱くと知り、鏡が持つ力が如何に奇異なるモノであるかを理解する。
「そう考えると、その鏡をこの世界に持ち帰った『あの人』の意図も又、大いに不可解と言えるな・・・」
『誰か、人間がこの鏡を異界の地から、この世界に持ち帰ったと言うのですか?』
独り言の様に呟いて物思いに耽る京也の心を、直ぐに驚きに満ちた《マナ》の声が現実へと引き戻した。
 《マナ》が驚愕ともいえる表情をしているのに気が付いた京也は、彼女がそこまでの反応を示した事を不思議に思いながらも、尋ねられたことに答えるべく口を開く。
「ああ、嘗て俺の先祖達と共に、《カイザー》の人間が召喚した《流血の邪神》と戦って倒し退けた英雄にして、人類が犯した罪に憤り、それを裁こうとした魔王。『救済』と『復讐』の相反する術によって、人類へと報いた稀代の天才魔導師・久川和誠。その鏡は、彼が異界と呼ばれる世界から、この世界へと持ち帰った数々の神聖遺物の一つだと一族の伝承に語られている」
『人間が、《理の力》に乏しきこの世界に在って、《神》の名を冠する存在を倒し、異界渡りの《魔導》を成す程の力を持っていたというのですか!』
 《マナ》は、京也が語った事実を聴いて更なる驚きの言葉を上げて、信じられないという顔をした。
「一族の伝承を信じるのならば、彼こそ正に真の魔導師だよ。《カイザー》の一党との最終決戦に於いて、完全なる力を誇っていたあの《流血の邪神》を唯一人で退けただけではなく、人類への復讐戦に於いては、《魔王》と呼ばれる程に強大な力を持つ存在までも従えて戦ったというのだから」
 《マナ》に対し、自らの一族の伝承に於いて最大の禁忌とされるその存在の事を語る京也の口調は、何処か冷めたモノであった。
「そして、彼は、この世界の《理》に干渉する《魔導》を操れたとまで言われている」
 京也は、到底信じられないという反応を示している《マナ》に対し、更なる拍車をかける事実を告げた。
『人間の身で、特異の存在達を倒し、或いは従え、更には世界の《理》にまで干渉する力を持つ者・・・。それは最早、人間の領域を逸脱した存在では・・・』
「ああ、確かにそうかもしれない。しかし、それでも彼は、人間の心を持った紛れも無い人間という存在であった。だからこそ、彼の人類に対する復讐、否、『裁き』は果たされなかった・・・」
 《マナ》が言わんとする事を最後まで言わせずに、京也は、久川和誠と戦い彼を倒した自分の先祖たる者達が、その戦いの果に抱いた想いを代弁者として語った。
「人類への復讐者として彼が決断し行った事は、その大きな悲劇の結果として、彼の血族と俺達一族に多くの使命を残した。それは、この人類が支配する世界の運命すら左右するモノだ。その使命の重さを思えば、それが希望という名の慈悲なのか、それとも非情な宿命に絶望する為の呪詛なのかも、俺には分からない」
『その人間(ひと)は、貴方達の一族にとって特別な存在だったのですね』
 《マナ》は、京也が語った言葉の内から滲み出た複雑ともいえるその感情を読み取って、そこに存在する想いが負では無いモノだと知る。
「許されざる罪をその身に刻み込んだその身勝手を、憎んでも憎み切れない裏切り者。しかし、何よりも大切な仲間であった存在。彼と共に同じ時を生きた俺の先祖達は、彼が犯した裏切り以上に、自分達人類が彼に対し犯した裏切りを憎み、彼の罪以上に、自分達の彼に対する罪を責めていた。だからこそ、彼の事を知る誰もが彼の最後の願いを叶える事に懸命となり、彼が『贖罪』として残した希望を護るという使命に全てを尽くした。『彼等』の後継者として、その意志を受け継ぐ立場にある俺も又、その重い宿命から身勝手に逃げ出す訳にはいかない。正に『宿命』という断ち切れぬ枷に繋がれた虜人だな」
 宿命背負う者達の後継者である自らの立場を語る京也の眼差しは、真摯であると同時に悲哀すら感じさせる儚さを微かに含んでいた。
 それを具に感じ取り、《マナ》が口を開く。
『京也、貴方にとって宿命の為に生きる事が苦しみだというならば、私が貴方をその苦しみから・・・』
「ありがとう、《マナ》。でも、その必要はないよ。俺は、背負った一族の宿命に耐えられないのではなく、その宿命を果たす為の力が無い自分の弱さに耐えられないのだから・・・」
 求められる期待とそれに応える力、果たすべき事を知りなら、それを果たす為の術を見付けられない自分は、期待を裏切るだけの非力な存在でしか無い事。
 自分を知らない子供の頃なら、将来という未来への希望を信じていれば良かったが、自分を知った今となってはそれも許されない事である。
 だからこそ、今、《マナ》が口にした言葉は、期待してくれる人間達に報いる術に苦しむ京也にとって救いとなる言葉であった。
「(本当にありがとう、《マナ》)」
 自らも背負った宿命に苦しみながら、それでも他者の苦しみを思い遣るその心優しさに、京也は、ここの中でもう一度患者の言葉を呟いた。
「さてと、暗い話はこれ位にして、中で御飯にしよう!」
 京也は、そう告げると、《マナ》の手に握られていた鏡を取り上げて元の位置に戻す。
『京也・・・』
「さあ、入って、入って!」
 戸惑う《マナ》の背中を妙に明るいノリで押しながら、京也は、家の奥へと入って行く。
 半ば強引に自分の背中を押す京也の態度を訝りながらも、
《マナ》は、京也の想いを察すると直ぐに笑ってそれに従った。

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