21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2007年12月1日土曜日

第六話・想い

 カーテン越しに射し込む朝日と鳥達の元気な囀りが、眠る京也に目覚めの刻を告げる。
「(もう、朝か・・・)」
 昨日の出来事を思えば、もう少し眠っていたい気分の京也だったが、その誘惑を振り払う様にベッドの中で大きな背伸びをした。
 それは京也にとって、朝の都度に行う習慣として繰り返してきた目覚めの行為だったが、今朝に限っては何時もと違う妙な違和感を抱かせた。
 半覚醒状態のまま、何気無く自分の周囲を視線で探っていた京也は、その身体に柔らかな感触とそこから伝わってくる温もりを感じ取る。
 そして、その正体に気が付いた瞬間、京也は激しい驚きの為に言葉を忘れて口をパクパクさせた。
「!?!?!?」
何故か自らの隣で眠っている《マナ》の姿を驚愕に見開かれた瞳に映し、京也は、必死に今の状況に対する答えを求める。
しかし、京也の脳は、その『何故』に対する答えを導き出す事が出来なかった。
更なる自問自答の末、京也は、ある一つの結論へと達する。
「(そうか!これは夢だ!夢なんだ!)」
 京也は、その結論に苦笑を浮かべつつ、真実を確かめる為、眠る《マナ》の頬に指先で触れてみた。
 そして、指先に感じる確かな感触によって、京也は、今現在自分が置かれている状況が決して夢でない事を知る。
 次の瞬間、眠りに閉じられていた《マナ》の瞳が、ぱっと開らかれた。
『お早うございます、京也』
 《マナ》は、穏やか且つ自然な笑みを浮かべて、京也へと朝の挨拶を告げた。
「お、お早う、《マナ》。気持ちの良い朝だね!」
 心中の動揺を必死に抑えつつ、京也は、《マナ》へと挨拶を返す。
『はい、本当に気持ちの良い朝ですね。私がこの様に気持ちの良い朝の目覚めを迎えられるのも皆、京也、貴方の御陰です』
 《マナ》は、見る者を魅了する最高の笑顔で嬉しそうにそう言うと、特別ともいえる熱を帯びた眼差しで京也を見詰めた。
 その《マナ》の態度が、混乱した京也の思考に止めを刺す。
 そして、限界を超えた京也の脳は、その極限状態によって逆に妙な冷静さを得ていた。
「《マナ》、正直に答えてくれ。君は何故、ここに居る?」
 現状に至る経緯を尋ねるその言葉は、それを口にした京也自身も信じられない程に冷静沈着にして、正に明確で単刀直入であった。
 その言葉の意味を理解した《マナ》は、一瞬、困惑とも取れる曇りの表情を浮かべるが、直ぐに穏やかな表情に戻って応えとなる言葉を紡ぐ。
『私は、京也、貴方の強き意志の導きによって封印から解き放たれ、守護闘神として貴方を守る為、今こうしてここにいます』
 その言葉に込められた《マナ》の真摯な想いに、京也は、自分自身の邪さを思い知らされた気分になる。
 そして、反省の代わりに浮かべた苦笑の表情を引き締め、再び尋ね直した。
「《マナ》、そうじゃなくて、俺が訊きたいのは、如何して君が俺の隣で眠っていたかだよ」
 そう京也から尋ねられた《マナ》は、まるで悪戯が見付かった子供の様に視線を僅かに逸らす。
 それから、上目遣いの仕草で少し恥かしそうに、《マナ》は、京也の顔を見詰め返した。
『それは・・・、独りで眠るのが恐くて淋しかったからです』
 京也にとって《マナ》が口にしたその一言だけで、全てを理解するのに十分であった。
 その身を呪縛する封印によって、永い歳月を独り《守護石》の内に耐えてきた《マナ》は、自由を得た後も独り過ごす夜の闇に苦しみを抱かずにはいられなかったのである。
 京也は、その事に気が付かなかった自分の不明を情けなく思った。
「済まない、《マナ》。俺は、君が苛まれている孤独の想いに気付かずにいたんだな」
 《魂の契約者》として、《マナ》が抱いていた魂が凍える程の孤独を知りながら、その痛みに気付かずにいた自らの愚かさを償う様に、京也は、彼女の身体を抱き上げると力強く抱擁した。
「でも、《マナ》、これだけは忘れないでくれ。仮令、俺達が離れ離れになったとしても、俺の想いは何時でも君の傍らに在り続ける。だから、君はもう決して独りではないという事を」
 そして、京也は、更に『この先何があろうとも《マナ》と離れ離れになる積もりは無い』という誓いの言葉を重ねる。
 京也は、《マナ》へとそう語り誓いながら、その腕の中にある女神を愛おしく想わずにはいられない自分の心を強く感じていた。
 そして、それは京也に抱き締められている《マナ》も又、同じであった。
『京也、私は唯、貴方の守護闘神たる者としてだけでは無く、それ以上の想いを以って、ずっと貴方と共に在り続けたい。そう想っています』
 その想いを込めて互いに交わした誓いの言葉は、京也と《マナ》の二人を更なる固き絆で結び付け、そして、その想いは二人の間にある距離を近付ける。
 純粋と呼ぶに相応しい想いに背中を押されて京也と《マナ》は、そうする事が当たり前であるかの如く自然に、その唇を重ね合わせていた。
 今、互いの存在を確かめ合う様に口付けを交わす二人にとって、そこに在る想いは何者にも勝る魂の結び付きを約束する絶対の証であった。


 シンプル且つオードソックスなメニューの朝食を済ませると、京也と《マナ》の二人は、環の勧めに従い、京也の父である神崎征也に会いに行く為、その住まいを目指す。
 京也にとっては実家となる神埼邸は、現在、京也が独り暮らしをしている家と同じ高野町内に在り、二人は歩いてそこに向かう事にした。
『京也、貴方はお父上と余り仲が宜しく無いのですか?』
 その道すがらの沈黙を破って、《マナ》が道案内も兼ねて少し先を歩く京也へと、昨日の環の言葉から抱いたのであろう疑問を口にする。
 それが自分に対する彼女の純粋な関心である事を理解している京也は、そのストレートさに対して苦笑を浮かべつつも、直ぐに真剣な表情になって考え込む。
「否、俺とあの人の関係は、仲が悪いのとは違うかな。一言で言うのなら、只単に俺があの人の事を苦手に感じているだけだと思うよ」
『苦手、ですか?』
 《マナ》は、京也の示すその態度から、語られた言葉が偽りの無い正直な想いだと理解すると、改めてその核心に当たる言葉が持つ意味を尋ねた。
「そう、『苦手』。あの人は俺とは違い、正直で何処までも真直ぐな人間だ。だから、俺は如何しても苦手で仕方が無い。まあ、あの人と馴染めなに理由は、それだけじゃ無いんだけど。どちらにしろ、実際にあの人に会って見れば、俺の言いたい事も分かると思うよ」
 京也は、そう語って最後に浮かべた複雑な苦笑で、やんわりと《マナ》のそれ以上の追求から逃れる。
 そんな京也の内に在る繊細な部分を感じ取り、《マナ》は少し申し訳なさそうに俯き無言となった。
 再びの沈黙が齎した静寂の中、京也達二人はゆっくりと歩き続ける。
 その沈黙を今度は京也が破り、僅かに廻らした後目の視線で《マナ》の方を顧みて口を開く。
「なあ、《マナ》。苦手といえば、女神である君にも何かを苦手と感じる事はあるのか?」
 京也にとって、その疑問は先刻の会話での事を引き摺った訳では無く、純粋な興味を覚えてのモノであった。
 それを理解している《マナ》は、和らぎ、それでいて真摯な表情で返す答えの言葉を探す。
『苦手と感じるモノではありませんが、忌み恐れるモノならば、私にもあります』
 《マナ》はそう答えると、一旦その言葉を区切り止めて、悲哀と憂いが入り混じった表情で前を行く京也の背中を見詰めた。
『それは孤独であり、そして、戦う事の宿命です。叶う事ならば、私は、孤独と戦いの日々に苛まれる事の無い、そんな宿命に生きたかったです』
 戦女神である《マナ》が、自らの背負うその宿命に『恐れ』を抱いているという事に、京也は、少なからず驚きを覚えた。
 しかし、それが決して以外で無い事は、《マナ》が封じられていた《闘神の守護石》に始めて触れた時にその魂の言葉によって、既に京也へと示されていた。
 京也は、その邂逅の時より幾度と示されていた《マナ》の苦しみを知りながら、迂闊な事で傷付けてしまった自分の愚かさを呪う。
「済まない、《マナ》。俺は何時も、君の気持ちを考えずに傷付けてばかりだ」
 足を止め振り返って京也が告げたその謝罪の言葉に、《マナ》は、黙って首を横に振る。
『いいえ。京也。貴方は他の誰よりも私の心を理解してくれています。だからこそ、貴方だけはこれまでに私が出会った主の中で唯一人、私を完全なる封印から解き放つ事が出来たのです』
 その言葉に違わず《マナ》は、京也が自らの痛みを以って、《闘神の守護石》に封じられた自分の痛みを理解する強さと優しさを持っていたからこそ、解放の奇跡が起こったのだと信じていた。
「ありがとう。でもあの時、俺は唯、自分と同じ様に呪縛の苦しみを抱く君がその苦しみから解き放たれる事を望んだだけだ。君が封印の呪縛から解き放たれたのは、君自身の力だよ」
 自らの《マナ》に対する至らなさを痛感している京也は、自らを戒める為、それは買いかぶり過ぎだと謙遜に過ぎたる言葉で彼女へと応えた。
『京也、貴方はあの時、私を封印から解き放った後も戦女神である私の《神》としての力に頼り縋ろうとはせず、自らの誇りを以って彼の《流血の邪神》の力を操る存在へと戦いを挑んだ。人間の身を以って邪神の力に立ち向かい、それを退ける程に強き貴方の意志こそが、永き封印によって《神》としての力を失っていた私にその力の片鱗を取り戻させてくれたのです。そして何より、貴方は私の《魂の契約者》として、自らの宿命に惑い苦しむ私の孤独をその想いを以って癒してくれました。戦女神としての宿命から解き放たれたいと望む私の想いを護ってくれると言った貴方のその言葉が、私が私で在り続ける為の希望を与えてくれたのです。だからこそ私は、私の存在の全てを以って貴方を護りたいと望んだのです』 
 自らの想いを語る《マナ》から向けられた真直ぐな眼差し、そこに込められたその哀しい程に誠実で純粋な意志に、京也は、目の前にいる女神が《大いなる慈愛を以って全てを守護する者》という《真名》を持つ理由を知る。
 そしてそれと同時に京也は、これ程までに心優しき存在が戦女神としての孤独に満ちた宿命を与えられた事を思い、その非情にして残酷な仕打ちに激しい憤りを覚えた。
「それならば、《マナ》。俺は、君と交わしたその約束通りに君の想いを護る為、今よりももっと強くなる。だから、ずっと俺の傍でそれを見守っていてくれ」
 京也は、自らに揺ぎ無き強さを求める絶対の誓いとして、その想いを確かな意志に変えて《マナ》へと告げる。
 そして、それは《マナ》と共に生きる永遠を誓い求める言葉でも在った。
「(そう、俺は強くならなくてはならない。それは『あの女性(ひと)』の為ではなく、今、目の前に居る大切な存在の為に・・・)」
 京也は、自らのうちに芽生えたその真実の想いに、過去との決別を果たし自らの弱さを克服する為の光明を見出す。
 その京也の眼差しに見詰められる《マナ》の心にも、京也に語る事の出来ない一つの真実の想いが存在していた。
『(京也、私が本当に恐れるのは、孤独や戦いではありません。貴方を戦いの果てに失い、孤独になるかも知れ無い宿命こそが今の私にとっての本当の耐え難き恐怖なのです。)』
 その想いに怯える自らの心の弱さを打ち払う為、密かにその唇を噛んだ《マナ》は、京也が自分へと示した誓いに対し、笑顔で頷き応えた。
 互いに相手へと今は語り聞かせる事の出来ないその想いを胸に秘し、京也と《マナ》は、その進むべき未来を目指して再び歩き出した。

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