21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年4月6日日曜日

第十話・宿業

 守りたいと望んだ大切な存在がいた

 何よりも信じた大切な仲間達がいた

 掛け替えのない大切な場所があった

 その全てが『仲間』であった筈の存在に奪われた

 裏切り者であるその存在は、盟友を殺し、愛する者を傷つけ、仲間達を楽園から追放した

 ワタシは、盟友の死を痛み、愛する者の苦しみに憤り、仲間達の無念を晴らす為に、その裏切り者に戦いを挑んだ

 ワタシは、己を己たらしめる誇りに縛られ、その裏切り者に敗れ去った

 その『死』は、重く冷たくワタシの魂に刻み込まれた

 己の器が朽ち、そこに宿る魂が滅び逝く中、ワタシの心に在ったのは、自らの無力さに対する嘆きのみであった

 ワタシは、何一つとして大切なモノを護れなかった

 ワタシは、自らの愚かなる誇りに絶望し、終焉の時を迎えた


『  』

 誰かの呼ぶ声がする

「    」・・・?

 それは誰の事だ

 ワタシの名は、***

 信じた者の裏切りに絶望し、自らの弱さに絶望した存在

 天高き楽園の守護者でありながら、その護るべき世界を失いし者

 我が魂に刻まれし、罪の名は『無力』

 その罪により、堕ちた存在である

『  、お願い・・・。目を覚まして・・・』

 再び、誰かの呼ぶ声がした

 とても哀しい声だ

 だが、何よりも懐かしい、そんな響きを持つ声であった

 ワタシではない、ワタシの名を呼ぶ者は誰だ?

 その声が余りにも切ない想いに満ちているから、ワタシは、その存在が何者であるのかを知るべく目覚めようとしていた

『  ・・・』
 その存在は、もう一度、ワタシの名を呼んだ

 そして、ワタシは、目覚める


 意識を取り戻した京也の瞳が、涙に濡れた女神の笑顔を映す。 
 息が掛かる程の間近に在る《マナ》の泣き顔。
 京也は、その気恥ずかしさに頬が熱を帯びるのを感じた。
 しかし、直ぐに自分の頬に在る熱の正体が、それだけで無い事に気が付く。
 それが《マナ》の瞳から零れ落ちた涙が伝える熱である事に。
『本当に、良かった・・・』
 安堵の言葉と共に《マナ》の瞳に浮かんだ笑みに、京也は、自分の頬を濡らす雫が、自分の覚醒に対する嬉し涙である事を知る。
「そうか、俺は、あの剣士に敗れて・・・」
 京也は、鈍い痛みに靄のかかる頭で、何とか自分の身に起きた事を思い出す。
 それは、香祥敦真との戦いに於いて、完全なる敗北を帰したという苦い記憶であった。
 その記憶を取り戻した京也の脳裏に、大きな疑問が浮かび上る。
「何故、俺は生きている?」
 あの時、自分の死すら覚悟した京也にとって、今、自分が生きている事は驚きであった。
『それは、環が助けてくれたからです』
 そう応えて、《マナ》は、背後にいた京也の生命の恩人へと視線を移す。
 京也は、《マナ》の言葉とその視線で、初めてそこに自分達以外の存在が在る事に気が付いた。
「良かった、何とか事無きを得たみたいだな」
 その安堵の笑みの中には、少なからぬ疲労の色が存在していた。
「ここは?」
 京也は、自分が寝かされている場所に全く見覚えが無い事もあり、環の疲労の理由も気にはなったが、まず先にその事を訪ねる。
「ああ。ここは、《Lord‐Knights》が管理する研究施設の一つ、正確に言えば、俺が借り受けている久川和維の遺産である場所だ」
『環は、瀕死の貴方をここに連れて来て、必死に治療してくれたのです』
「そうか・・・、ありがとう、環」
 京也は、《マナ》に補われる形で環の疲労の理由を知り、仲間である青年に、助けて貰った事への感謝を告げた。
「礼ならば、俺より、お前の守護女神に言うべきだな。彼女が何度も気絶を繰り返し、それでも尚、回復の魔法を使い続けて、お前が負った傷を塞いでくれたからこそ、俺の治療も功を奏したというモノだ」
 環が語るその口調から、京也は、自分の生命を救う為、《マナ》がそれこそ自身の身を削って尽くしてくれた事を知る。
「《マナ》、俺の為に無理をさせて済まなかった。ありがとう、本当に感謝しているよ」
『良いのです。持てる力の全てを尽くして貴方を護る事、それが、京也、貴方の守護闘神である私の使命なのですから』
 その言葉の奥には、京也の生命を助ける役に立った事、それだけで十分の喜びだという想いが込められていた。
 そんな風に自分の事を思ってくれる《マナ》の存在を愛おしく感じ、京也は、彼女の頬を濡らす涙を拭おうと手を伸ばす。
 《マナ》の頬に触れる為、起き上がろうとする京也を、環が慌てて止める。
「京也、お前はまだ動ける状態じゃないんだ、余り無理をするな」
 その制止の言葉に従うまでも無く、京也の身体には、まだ起き上がれるだけの力が戻っていなかった。
「・・・情けないな、全く」
 京也は、その状況に自分の不甲斐無さを感じて、自嘲気味に呟く。
「そう言うな、京也。こう言うのも変だが、あの状態からお前の生命が助かったのは、正に奇跡。正直言って、助けた俺も驚いているくらいだ。それを思えば、寧ろその生命力を誇るべきだな」
 何時もの口調で語る環。
  しかし、その言葉には、決して冗談として笑えないモノが込められていた。
「『奇跡』、か・・・。確かにあれだけの攻撃を受けて生命が助かったのだから、運が良かったと言うしかないな」
 そう独り言の様に呟いた京也の瞳に、悲愴の色が滲み出ていた。
 その京也の姿を黙って見詰めていた《マナ》は、小さな深呼吸をすると穏やかに微笑む。
『京也、知っていますか?奇跡とは、起こりうる可能性があるからこそ奇跡と言えるのです。若しも、それが起こりうる可能性が無いモノであったならば、そこに在るのは奇跡ではなく、必然です。貴方が今ここに在るのは、無限に存在する可能性の中から、その奇跡を掴み取ったのか、或いは、唯、それが貴方にとっての必然であったのかの違いだけです』
 《マナ》が語った言葉の意味を量れず困惑する京也。
それに対し、環は、何かを必死に堪えて苦笑を浮かべていた。
そんな環の態度に、京也は、更に怪訝の表情を浮かべるしかなかった。
「京也、彼女は、『運も実力の内』、否、違うな。そう全てはお前の実力が導いた必然の結果だと言って励ましてくれているんだよ。本当に愛されているな、お前は」
『か、からかわないで下さい、環!私は、唯、本当の事を言っているだけです』
 《マナ》は、環のからかい混じりの言葉に過剰とも言える半王を示し、その凛とした表情を崩して朱に染める。
 そんな環と《マナ》のやり取りが可笑しくて、京也は、自分もからかわれている事を忘れて笑みを浮かべていた。
「《マナ》、君は本当に可愛いね。これはどうやら、君という《戦女神》に対する俺の認識を改め直さないといけないみたいだ」
 環は、《マナ》が示した反応を面白がる様に笑って、更なるからかいの言葉を口にする。
『環、余り調子に乗り過ぎると、その身を以って私という存在に対する認識を改め直す事になりますよ』
 その言葉に違わず、《マナ》の表情に浮かんだ朱が恥じらいから怒りを示すモノに変わっていた。
「いや、済まない。少し悪ふざけが過ぎたみたいだ。しかし、京也が君という存在に惹かれる理由が良く分かったよ。だから、君には、《戦女神》として《魂の契約》とかそういう理由に縛られるのではなく、唯、今の《マナ・フィースマーテ》として京也の傍らに居続けてやって欲しい」
 真剣な表情で真摯な想いを込めた言葉を語る環。
それを向けられた《マナ》と、そして京也も又、それまでとは違うその態度に驚いていた。
 環が、京也の為に《マナ》へと願った想い。
 その言葉には、何故か、環が自分自身に対しても言い聞かせているような響きが存在していた。
『分かりました、環。京也の事を大切に思っている貴方が、私にそう望んでくれた事をとても嬉しく思います。だから、その貴方の想いに報いる為にも、これから先、再び、京也を今回のような窮地に陥らせる事をしないと約束します』
 《マナ》は、環の示す真摯な想いに応えて、真摯な想いの誓いを立てる。
「ありがとう、《マナ》。しかし、京也を護るのは俺の役目でもある。それを君独りに任せる積もりはないよ。それに、今回の事は、俺にも責任が在る事だ。京也を護り助けるなんて大言を吐いておきながら、この様だ。それは俺の驕りであり、油断が招いた結果である。今度こそ、絶対に護ってみせるよ。どんな手段を用いてもね」
 そう語る環の表情には、不敵ともいえる自信の色が在り、そして、それは何よりも頼もしさに満ちていた。
「二人共、ありがとう。でも、俺は、その優しさに甘える訳にはいかない」
 京也は、《マナ》と環の想いに感謝の気持ちを抱き、それと同時に、仲間である二人に負い目を感じさせている自分に憤慨していた。
「あの敗北は、全て俺自身の未熟さと弱さでしかない。だから、そんな風に自分を責めないでくれ」
 口にしたその言葉と共に、京也の心には、己の非力さに対する憾みが沸き起こる。
「《マナ》も環も、自分の身が危険に晒されるのも厭わずに俺を助け、その上、死の危険にあった俺の生命を救う為に、その身を尽くしてくれた。それだけで十分だ。本当に感謝している」
 それは京也にとって、偽らざる想いであった。
「しかし、二人共、良くあの男の許から、瀕死の俺を連れたままで逃れる事が出来たと思うよ」
香祥敦真という男の油断無さを思えば、それこそ奇跡の様なモノであった。
『私は、環が彼を足止めしている間に、京也を連れてその場から退いただけです』
「そうか・・・、なら環に一番、危険な役目を負わせてしまったんだな。済まない、環」
 《マナ》の言葉を受けて、京也は、正直、無謀にも近い選択を選んだ環の決断に驚かされる。
「否、それはあの場での状況を考えて、最良の方策を選んだだけの事。《マナ》は、お前の事を案じて本来の力を発揮できそうになかったし、俺には、《獣神》がいる。それにいざという時の為に、奥の手の一本や二本は隠し持っているからな」
 環の性格を理解している京也は、それが決して強がりでは無い事を分かっていた。
「それに、あの剣士からは、本来在るべき筈の殺気が感じられなかった。恐らくは、見逃された、そういう事だろう」
 苦笑ともいえる複雑な笑みを浮かべて、環は、そう結論付ける。
「・・・何時でも倒せる相手と侮られたか」
「流石にそこまでは、対峙した俺にも分からない。しかし、そうだとしたら、悔しいか、京也?」
 環が口にした問い掛けに対し、京也は、黙って頷く。
「そうか・・・。ならばお前を侮り、見逃した事を後悔させてやるんだな。『剣で失ったモノは、剣で取り戻す』、それがお前達剣士の遣り方なんだろう?」
 まるで挑む様な眼差しと共に京也へと向けられた環の言葉には、威厳にも似た響きが宿っていた。
「ああ、勿論だ。相手が手強い敵である事は分かっている。でも、必ずあの男を倒し、奪われた剣士としての誇りを取り戻して見せる」
 京也が示した意志に、環は、特別な言葉を返す事無く、唯、黙って満足そうに頷いた。
「(否、剣士としての誇りだけの問題じゃない。俺にとっての宿命に決着を着ける為にも、あの男を倒さなくてはならないんだ)」
 京也は、自らに課せられた宿命の鎖を断ち切る為に、避けては通れぬその戦いを覚悟する。
「京也、その為にも先ずは、疲れた身体を癒す事だ。今のお前の弱っている身体には、これが効くだろう。飲んでおけ」
 環は、告げて、懐から取り出した小瓶を京也に投げ渡す。
「・・・?」
「苦心に継ぐ苦心の末に作り出した俺特製の体力増強の特効薬だ。無論、危険な副作用の一切は無いから安心しろ」
 ラベルの貼ってないその小瓶の中身を探るようにしている京也に、環は、自信満々の顔で説明した。
「ありがとう」
 京也は、環の心遣いに感謝の言葉を告げて、薬の入った小瓶の蓋を開ける。
「じゃ、俺は、腹ごしらえに行って来るけど、《マナ》、君は如何する?」
『私は、もう少し京也の側に居ます』
 《マナ》の返事に、手を上げて了解と応えた環は、宣言通り食事を摂る為に部屋から出て行こうとする。
 そして、何かを思い出した表情を浮かべて立ち止まり、京也の方へと振り返った。
「そうそう、京也。その特効薬は、正に『良薬は口に苦し』ってヤツで味までは保証できない。凄く苦いから覚悟してから飲んでくれ」
 思い出したその事実を口にする環の瞳に、恨みがましい眼差しで『そういう大切な事は、もっと早く言ってくれ』と訴える京也の姿が在った。
「悪かった。そうだ、京也、忘れていた事がもう一つ在った。これは返しておくぞ!」
 環は、余り悪びれた様子も無く謝ると、まるで序でだと言わんばかりの軽い調子で、仕事机の陰に置いてあった《ラルグシア》を京也へと投げる。
「っ!」
 大切なそれを受け止めようと慌てて腕を伸ばす京也。
 しかし、目測を誤ったのか、伸ばした手は、触れたその感触を逃して空を切った。
「傷を塞ぎ流れ出た血を補っても、失われた体力までは癒しきれないか・・・。やはり、もう少し休息が必要なようだな。お前が美しき戦女神と語らうのを態々邪魔するのも無粋だし、俺は食べ終わったらそのまま寝るから、お前もしっかりと身体を休めておくんだぞ」
 心配する気持ちを隠した環の意地悪な言葉に、京也は、面目も無い想いで黙って頷くと、寝台の下に転がった神剣を拾おうと手を伸ばす。
『まだ動いては駄目です、京也』
 京也の身体を気遣った《マナ》が、京也を止める言葉と共に《ラルグシア》を拾い上げ、京也へと手渡した。
『それと環、この剣は紛う事無き《神》の力を宿すモノ。ですから、余り乱暴に扱わないで下さい』
 京也と環、窘められる理由は大きく違うが、どちらも《マナ》の言葉に神妙な顔で応える。
 そんな遣り取りが在ったが故に、《マナ》と環は勿論、京也自身ですら、《ラルグシア》を握るその手が微かに震えている事実に気が付かなかった。
「済まなかった。という事で、直ぐに反省する為にも、この場からさっさと退散しよう。では、さらば!」
 本気で反省する積りが在るのか疑わしい言葉を残し、環は、部屋から出て行く。
 そんな環の背中を見詰めていた京也は、強い眠気を覚える。
「済まない、《マナ》、眠くなってきたから、もう休むよ。君も疲れている筈だから、無理せず休んでくれ」
 京也は、そう告げると持っていた神剣をサイドテーブルの上に置いて、身体を寝台の奥へと潜り込ませた。
『分かりました。貴方が眠りに付いたら、私も身体を休めます。では、お休みなさい、京也』
「ああ、お休み、《マナ》」
 笑顔で就寝の挨拶を返した京也は、そのまま瞼を閉じて眠りに付く。
 《マナ》は、穏やか寝息を立てる京也の姿を見詰めて安堵の笑みを浮かべると、彼が眠る寝台に身体を凭せ掛けるようにして、自分も静かに眠りへと着いた。


 冷たく澄んだ朝の空気と、窓から差し込む陽の光に誘われて、京也は、目覚めの時を迎える。
「朝か・・・」
 京也は、爽やかな目覚めに満足して呟くと、大きく息を吸い込んだ。
 その深呼吸の息を吐き出そうとした京也は、自分の身体に感じる重みと、そこから伝わってくる柔らかな温もりに気が付く。
『おはよう、《マナ》』
 京也は、そっと囁くように語りかけると、静かに微笑みながら、すやすやと寝息を立てている女神の髪を撫でた。
 魂の邂逅ともいえる出逢いによって結ばれた《マナ》との縁を想いながら、京也は、今そこに在る穏やかな時を楽しむ。
 京也は、《マナ》を起こして、穏やかな時を壊してしまう事を惜しむ様に、その白銀の髪を優しく梳き続けた。
 そんな京也の想いも虚しく、閉じられていた《マナ》の瞼が微かに動く。
 そして、それは次の瞬間、ぱっと開かれた。
 互いに見詰め合う一瞬の沈黙の後、《マナ》は、京也が浮かべる笑みに、輝くような笑顔で応えた。
『おはようございます、京也。身体の方は如何ですか?』
 《マナ》は、京也へと目覚めの挨拶を告げ、それから直ぐに身体の具合を案じる言葉を続けた。
「おはよう。心配はいらない。もう平気だよ」
 応えて告げたその言葉に偽りは無く、昨日の事が嘘みたいだと感じるほどに、京也の身体は回復していた。
「これも全部、君と環のお陰だよ、《マナ》」
 そう告げて京也は、改めて《マナ》へと感謝の眼差しを向ける。
『私は大した事をした訳ではありません。全部、環のお陰です。本当に感謝のしようもありません』
 《マナ》が口にしたその言葉は、謙遜とは違い、本気でそう思っている意志の顕れを含んでいた。
「《マナ》、君は俺を助ける為に、自分の身を苦しめる事も厭わず、回復の魔法を使い続けてくれた。それは俺にとって、特別な事だよ。それなのに何故、そんな風に言うんだ?」
 それは京也にとって、決して納得する事が出来ないからこそ、口にした疑問であった。
 だから自分でも間違っていると思いつつ、問い掛ける言葉に気持ちの棘を込めてしまう。
『京也、貴方と初めて出逢ったあの時、私には,自分と近しき二つの存在がいるという話をしましたよね?』
 問い掛けに返されたその問い掛けの意味が分からなかったが、京也は、記憶を探ってその事実に頷く。
「ああ、確か《至高にして最も稀有なる守護者》と《最美なる守護者》だったかな?」
『はい、そうです』
 自分がそれを覚えていた事に満足して頷く《マナ》に対し、京也は、向けた眼差しでそれと先刻の問い掛けとどう関係あるのかを尋ねる。
『若し、私に彼らの様な《神》と呼ばれるに相応しき確かな力が有ったならば、あの時、戦いで瀕死の傷を負った貴方を直ぐに救う事が出来た筈です。でも戦女神である私には、貴方を敵から護る力は在っても、貴方の傷を癒し救う力は無く、苦しむ貴方の為に出来たのは、唯、傷を塞ぐ事だけでした。
貴方を救ったのは、環の力が在ればこそです』
 語る《マナ》の言葉からは、無力な自分に対する悔しさが滲み出ていた。
 京也は、自分の問い掛けが、目の前にいる女神を深く傷付けた事を理解する。
「(本当に、俺は何時もいつも君を傷付けてばかりだ)」
 心の中で自らの迂闊さ恨んだ京也は、誰よりも大切な存在である女神の為に、今、自分が告げるべき言葉を懸命に探した。
 そして、京也は、見つけたその言葉を口から紡ぐ事はせず、それ以外の方法で伝えた。
『京也!』
 《マナ》は、突然、京也にその身体を引き寄せられ、抱き締められると驚いて声を上げた。
 京也は、更に強く《マナ》の身体を抱き締めると、その唇に自分の唇を重ね合わせる。
 強引に交わされる口付けであったが、《マナ》は、そこから伝わってくる京也の優しい想いを感じ取った。
 《マナ》は微笑むように瞳を閉じると、自分の身体を抱き締める京也に負けないくらい、強くつよく力を込めて京也の身体を抱き締め返した。

あし@

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