21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年4月13日日曜日

『M・O・D+えふ~ある冒険者の災難~』 (上編)

ズッドォーン!

爆発に舞い散る土煙の中、オレと彼女は出会った。

・・・と言うか、
「こんなトコロで、ザコ相手に高位ランクの攻撃魔法なんてブチかますな!」
オレは、爆炎の熱に焼ける肺の痛みに不快を隠せず、その原因である女魔導師へとそう言い放った。
「おっほっほーっ!《魔司(ルーン・マスター)》たる者、何時如何なるときにも敵に対しては全力を尽くして臨むものよ」
「はいはい、そうですか・・・。(全くもって不可解な・・・。無駄な魔力の消費を美徳とするとは、魔法使い、恐るべし)」
 オレは、相手の返答に呆れる事すら疲れるような気がして、適当な返事で答える。
 理解できないモノに対しては、無理して理解しようとしない事、これがオレのこの世界に於ける処世術の要である。
「余り派手な魔法を使われると周囲にも迷惑なので、以後は気をつけてください。では、そういう事でさようなら」
 オレは、無駄なトラブルを起こさぬ最低限の気遣いを発揮して、大人しくその場を去る事にした。


『世界の混迷に惑わされる事無く、自分自身を生き抜け』

世界を創りし者は、その『託宣』の言葉を以って、世界に在る全ての存在に、『絶対の自由』を許した。
それは《秩序の光》と《力威の闇》と呼ばれた二つの相反する意志が争い、そして、《光と闇を征する英皇》と呼ばれる『達成者』によって、世界が統べられてより十数年の歳月が経ったある日の出来事であった。
 与えられた『絶対の自由』を受け入れ、この新たなる『世界』に生きる事を選んだ人々は、自らの抱いた想いや意志を叶えることを絶対の宿命として背負った。
 故に、人々は自らと自らの生きる世界をこう呼ぶ。
『マスター・オブ・ドリームズ(夢喰らい)』と。

『他者の抱く夢を喰らい潰してでも、自らの夢を貫き叶えよ』

 その許された『絶対なる自由』は、『夢』という名の『欲望』を人々に求めた。
 それは、平穏な日々に退屈していた人々にとって、歓喜の福音であり、世界に多くの冒険者と呼ばれる存在を生み出した。
 『冒険者』、その言葉の通り、力を求めて自らに危険を冒す者。
 そして、この世界には、彼等を相手にして、自らの『欲望』である『夢』の実現を求め生きる人々もまた存在していた。


 その昔に起きた《光》と《闇》の争乱は、冒険者同士の些細な諍いが始まりの原因だったらしい。
 オレは、自分がそんな馬鹿げた事の発端になるのも嫌なので、他者と揉めそうな時には、常に自分が退く事を選んできた。
 そして、それは今回もまた同じだ。
 そう何時もならそれで終わるはずだった。
 しかし、今回ばかりは相手が少し悪かったみたいだった。
「ちょっと、貴方、待ちなさいよ!」
「(ちっ、呼び止められた)」
 オレは、心の中で軽く舌打ちをする。
 ここで聞こえない振りをして、そのまま去ったとしても、略確実に着いて来られて、無視しただの言われ、何かしらの攻撃をされる可能性が高い。
 オレは、仕方が無いので立ち止まり、相手の方へと振り返った。
「えーと、何でしょうか?」
・・・まさか自分の方が加害者なのに、難癖を付けて慰謝料とかふんだくる気じゃないよな。
「『何でしょうか?』じゃないわよ」
「(ほーら、来た。一体、どんな言い掛かりを吐けるつもりだ)」
 予想通りの展開に、オレは、内心うんざりな気分になる。
「私がわざわざ振ったナイスなボケに、あんな気の抜けたツッコミを返すなんて如何いった了見よ!」
「(そう来ましたか。イヤハヤ、春も近いし変な人間が出始めたか・・・)」
 オレの脳ミソは、最早、返す言葉の糸口も見つける気になれないでいた。
「ちょっと、ちょっとぉ! 黙りこくっちゃって、何、私を放置しているのよ!」
・・・うーん、どうやら余りの出来事に、オレの脳ミソは、数秒間フリーズしていたみたいである。
「スミマセン、そんなダメダメな自分を改めるべく修行の旅に出ます。どうか探さないでください。では、そういう事でさらば!」 
 『三十六計逃げるにしかず』、オレは、古の先人が残した名言に従い、その場から逃げ出した。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
・・・ちっ!
敵も然る者で、簡単には見逃してくれないようだった。
 しかし、何処の世の中に待てと言われて素直に待つ人間が居るモノか、否、居ない(反語)。
 という訳で、オレは、逃げるウサギも真っ青の瞬発力を以って敵を振り切るべく走り出す。
 目指すは、眼前に広がるあの雑木林だ!
 「ふっふっふっ、勝った・・・!」
 オレが背後へと消えた敵の気配に、自らの勝利を確信した時、『それ』は起こった。

ずっどぉーん!!

 先刻経験した爆発をはるかに凌ぐ威力の爆炎がオレの目の前に在った林を焦土に変えた。
 雑木林だったその焼け野原から燻る噴煙を吸って、オレは、咳き込む。
・・・マジ、死にますって、それ(恐涙)。
 その洒落にならない人災をもたらしたのは、言うまでも無くあの女魔導師である。
 恐怖に慄くオレの脳裏に、ある事柄が思い出される。
 それは、《光》と《闇》の争乱の時代に活躍し、今尚、多くの人間から最強と讃えられる存在である伝説の冒険者が、それまでに倒して来た何百何千の魔物達より、自分のパートナーである一人の魔導師を恐れていたという噂だ。
オレは、それを聞いて不思議に思っていた。
 しかし、今なら痛いほどに分かります。
 心の中でちょっぴり笑った事も猛省します。
『アレ』は確かに危険です。
 否、危険過ぎます。
 今直ぐ、災害認定して、何処か安全な場所に隔離してください。

「捕まえた!」
「(げっ!)」
 恐怖に逃避していたオレの意識は、一瞬にして現実に引き戻される。
 背後へと振り返ったオレの視線の先には、快心の笑みを浮かべる彼女の姿が在った。
「貴方がいきなり走り出すから、思わず攻撃魔法を使っちゃったけれど、少しやり過ぎちゃったかな」
「(・・・『これ』が貴女にとっては、『少し』のレベルなんですか!?)」
 オレは、恐ろしくて到底口には出せないツッコミを心の中で入れる。
「それにしても、キミ、凄く足が速いね。もう少しで、本当に当たっちゃうトコロだったわ」
・・・否、そんな軽いノリで言い表せる出来事ではないんですけど(冷汗)
「大丈夫?怪我とか無かった・・・?」
 それは恐らく本当にオレの事を気に掛けての言葉だったのだろう。
 しかし、恐怖に捉われていたオレは、情け無い事にその言葉と共に差し出された彼女の手の動きに思わず身を引いてしまった。
 そして、更についてない事にオレの足元には、つまずくのに最適な大きさの石が転がっていた。
「えっ!?」
 踵に感じた固い感触に驚きの声を洩らして、オレの身体が後ろへと倒れる。
「危ない!」
 彼女は、そう叫ぶと伸ばした手で、空を泳ぐオレの腕を掴んだ。
 両者の体格と体勢の結果、オレと彼女はもつれる様にして、そのまま地面へと倒れ込んだ。

ブチューっ!

「うひゃっ・・・?」
 オレは、顔面に受けた衝撃と、その奇妙な感触を伴う痛みに、やや情けのない声を洩らしながら、反射的に閉じていた瞼を開く。
 遮られていた視界が開かれた時、そこには、上天に広がる澄んだ青空とドアップになった彼女の顔があった。
「(・・・このヒト、良く観るとかなりの美人なんだな)」
 我ながら、何とも呑気な事を考えているオレ。
そのオレの顔を無言で見詰めていた彼女の表情が、みるみるうちに朱へと染まっていく。
「・・・よくも、乙女の唇を奪ってくれたわね!このケダモノ!!」
 オレの本能は、彼女が口にしたその言葉の意味を理解するより先に、危険を感じ取る。
 そして、それから逃れる為に、圧し掛かるように自分の上に乗っかっていた彼女の身体を押し退けた。
「きゃっ!」
 短い悲鳴を上げて尻餅をつく彼女の姿を目の当たりにして、オレは、乱暴にし過ぎたかと焦る。
 しかし、その情けが仇となった。
 魔導発動呪文である《力導く言葉》の詠唱を終えた彼女の意思に従い、その手に握られた杖へと宿った魔力の輝きに、オレは驚愕する。
「(このオンナ、本気で、オレを殺るつもりだ!)」
・・・マズイ、冗談抜きでマジにヤバイ。
 オレは、逃れる事の叶わない死を予感する。
 そして、彼女は、非情にもその予感を実現させようと力を解放した。
「(嗚呼、短く儚き我が人生よ・・・)うぬぅ?」
 迫り来る魔力の奔流を前に、最早これまでと覚悟するオレの視界を、突然現れた何かが遮る。
『《軍神烈波斬・改》っ!!』
 その男は、気合いを込めて振り放つ刃で、魔力の波を斬り裂いた。
 否、正確に言うならば、それは、剣に宿した氣をぶつける事で、相手の魔力を相殺する技であった。
「大丈夫か?」
 救いの主である男は、油断無い眼差しで彼の女魔導師を見詰めながら、オレへと、その無事を尋ねる。
「ええ、生命だけは何とか在るみたいです。でも、ちょっぴし漏らしちゃったかも・・・」
「そんな冗談が言えるくらいなら、平気だな」
・・・否、冗談ではないのですが。
 とは、余りにも情けなくて口に出せないので、取り敢えず苦笑だけ返しておく。
「助かりました・・・」
「・・・否、それを言うのは、まだ少し早いみたいだ」
 気を取り直してお礼の一つでも言わなくてとするオレの言葉を遮り、男は苦笑混じりに呟く。
 事の中心である彼女へと視線を向けたオレは、嫌でもその言葉の意味を理解する。
「うわぁ、凄く怒っている!」
「みたいだな」
 思わず洩らしたオレの言葉に応える男の眼差しが、戦いの意志に引き締められ鋭く冴えた。
 だが、男の瞳には、まるでこの状況を楽しむような色が存在していた。
「ここは、俺に任せて逃げろ」
・・・何ともありがたい言葉。
 しかし、それに甘える訳には行かなかった。
「不本意ですが、オレにも原因の一端は在ります。だから、簡単に逃げる訳には行きません。(本当は、直ぐにでも逃げたいけれど・・・)」
・・・嗚呼、マジに葛藤。
「ちょっと、貴方!何者かは知らないけれど、私の邪魔をするのなら、只では置かないわよ」
 息巻く女魔導師の恫喝を受けて、男の眼差しに狂暴な色が宿る。
「『只では置かない』とは、随分と言ってくれるじゃないか。面白い、こっちも本気で相手をしてやる。御託は無用だ。さっさと掛かって来い!」
 男は、相手の言葉尻を反芻して、好戦的な挑発をぶつけた。
「本当に、煩いハエね。いいわ、お望み通りに追い払ってあげるわ。覚悟しなさい!」
 挑発に応えていきり立つ女魔導師。
 彼女の手に握られた杖に、魔力の輝きが満ちる。
「少年、俺が動くと同時に、全速力で左右のどちらかに走れ。分かったな?」
 男が口にしたその言葉に、オレは、無言で頷いた。
「行くぞ!」
 それは、オレと女魔導師の両方に対し向けられた言葉であった。
 それと同時にオレは左に、そして、男は前へと動く。
「自分から突っ込んで来るとは、大莫迦ね!」
 女魔導師は、言い放ち、自分の勝利を確信した笑みを浮かべる。
 剣士が魔導師と戦う際のセオリーは、相手の魔導が発動する前に攻撃を加える事。
 それに従うのならば、男の行為は自殺行為に近かった。
 先刻の相殺技で防ごうにも、余りに間合いを詰めすぎていた。
 しかし、男は、不敵に笑って言い放つ。
「莫迦は、相手の力量も分からずに、喧嘩を売ったお前の方だ!」
 完成され、その魔力の波で全てを飲み込む彼女の攻撃魔法を前に、男は、微塵の恐れも無く突進する。
 そして、正に神速と呼ぶに相応しき動きで、戦いの場を支配していた魔力フィールドを突き抜けた。
・・・発動した魔導よりも早く、動いた!?
 それを一言でいうならば、『奇跡』という言葉以外、見付からなかった。
「・・・嘘、在り得ない!」
 彼女の表情に怯えの感情が浮かぶ。
「フッ、現実だ!」
 それに対し男は、傲慢に過ぎる勝利の笑みを浮かべて宣言する。
『《インテグラル・フレア》っ!』
 その《力持つ真名》に違わぬ峻烈な閃光を放ち、男の刃が彼女へと振り下ろされる。
オレは、眩しさに耐え切れず、瞳を閉じた。

0 件のコメント:

あし@

参加ユーザー