21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年4月20日日曜日

『L・O・D ~ある冒険者の物語・序~』

その冒険の始まりは一つの出逢いであった。

 嘗て《神》と呼ばれるその存在は、世界に一つの大地を生み、そして、その偉大なる力を示すように新たなる生命を世界に生み出した。
 《神》によって生み出された生命の一つにして、『人間』の名を与えられし者は、自分達が生きる美しき世界を『神蒼界』と呼んだ。
 しかし、《神》が世界を去り、その存在が神話へと消えた後、世界は在るべき秩序を失った。
 ある時、《神》によって生み出された世界に、《神》に逆らう邪悪なる意志が生まれた。
その意志は世界に在る為の器を得て、《邪神》と呼ばれる存在となった。
 《邪神》は、自らの邪悪なる意志に従う僕として、《神》へと反逆する生命である《魔物》を世界へと産み落とした。
 破壊の力を振るい世界を乱すその存在に対し、《神》の僕である人間達は余りにも非力であった。
 世界は《邪神》と《魔物》が支配する絶望によって終焉を迎えるかと思われた。
 しかし、世界には、その絶望に抗わんとする意思が在った。
 それは、自らの生命をも厭わず、力を求めて危険を冒し、希望の見えない戦いに挑みし者、『冒険者』であった。
 彼らは、その心に宿した不屈の意志を武器に、《魔物》達と戦い続け、終には《邪神》を討ち倒し、世界に平穏を取り戻した。
 否、取り戻した筈だった。
 《邪神》の脅威から解き放たれた『神蒼界』からは、秩序は完全に失われ、そこは力に溺れた者達の意志が支配する世界となっていた。
 世界を救った英雄である冒険者達は、その力に溺れた末に《秩序の光》と《力威の闇》と呼ばれる二つの意志に別れ、互いに相争っていた。
 二つの意志は、《王》と呼ばれる存在によって統べられ、その思惑の下で世界の覇権を握らんと戦い続けた。
 絶える事無き彼らの戦いによって生まれた混乱は、世界に在る多くの人々の意志を巻き込んで更なる争乱を引き起こした。

 そして、世界は自らの内に宿した全ての意志に問う。
『汝が求めるのは、《光》か?《闇》か?』と。


『始めまして、御主人様』
 その存在が口にした最初の言葉は、そんな穏やかな挨拶だった。
「ああ、こんにちは」
 俺は、少し無愛想な言葉を返して、相手の反応を待つ。
『ワタシは、貴方のナビ・パートナーです』
「ナビ・パートナー・・・?」
 個々の意味とその組み合わせから、その存在が言おうとしている事は何とはなく理解できた。
 しかし、聞き慣れない言葉に戸惑うように、俺は、それに疑問符を付けて反芻する。
『はい、そうです。ワタシは、貴方がこの世界で生きる上での案内を担い、そして、貴方の如何なる冒険の困難にも従う存在です。貴方に絶対の忠誠を誓う従者、それがワタシ、ナビ・パートナーです。如何か、よろしくお願いします。御主人様』
 その存在は、そうである事を誇るように語り、恭しくお辞儀をした。
 告げられたその言葉とそれに従う態度を、俺は、かなりこそばゆく感じていた。
「うーん、せめてその『御主人様』という莫迦丁寧な呼び方は如何にかならないか?」
 決してそう呼ばれる事が嫌いな訳ではない。
 寧ろ、そんな風に呼ばれる事は好きなくらいだ。
 しかし、初めて会った存在からそう呼ばれるのは、流石に多少の抵抗が在った。
『はい、分かりました。では、何とお呼びすれば?』
 そう尋ねられた俺は、自分にしては珍しく理性を働かせて応える。
「俺の名は、エン。だから、そのまま名前を呼んでくれれば良い」
『はい。では、エン様、改めてよろしくお願いします』
「ああ、宜しく・・・」
 示された挨拶の言葉に応えようとして俺は、まだその存在の名前を訊いていない事に気付く。
「えーと、キミの名前は・・・何?」
 我ながら、間の抜けた尋ね方だと思う。
 そんな俺の苦笑交じりの視線を受けて、その存在は、微笑み返す。
『ワタシには、まだ名前がありません。だから、主である貴方がお好きな名前を付けてください』
「うむぅ、そうは言われても急には思いつかないな・・・」
 これから先の同行者に対し、いい加減な名前を付ける訳にもいかず、俺は、暫し考え込む。
「(どうせなら、相応しい名前を真剣に考えるべきだな)」
 俺は内心でそう呟くと、真面目に遣るべく、目の前にいる対象の姿をじっと見詰めた。
 その愛嬌に満ちた姿は、俺の知る限りでは、或る生き物にそっくりであった。
 それは、『ネコ』である。
 その中でも、シャム猫という種類に良く似ていた。
「(だからと言って、『ネコ』から連想される名前を付けるのは、余りにも安直過ぎて詰まらないし・・・)」
 俺は、そんな事を考えながら、ふと別の事を口にする。
「先刻の言葉からすると、キミは、この世界でずっと俺と共にいる存在なのだよな?」
『はい、貴方が必要としてくれる限り、ワタシは貴方と共に在り続け、貴方と共に成長していきます』
「(『絶対の忠誠を誓う従者』としてか・・・)」
 返されたその真摯な思いに満ちた言葉に触れて、俺の頭に先刻聞いた言葉が甦る。
 そして、俺は、そこから思い浮かんだ言葉を少しだけ捻り、その存在の名前を決める。
「アユラ、だ」
『アユラ、ですか。はい、素敵な響きの名前です。ありがとうございます、エン様』
 それは『アズ・ユー・ライク(お気に召すまま)』という言葉を略しただけのモノだったが、喜んで貰えたみたいで何よりだ。
「という訳で、こちらこそ宜しくな、アユラ」
 そう告げて俺は、与えられた名前に嬉しそうにしているアユラへと微笑んだ。

『エン様の特性は、均整の取れた身体能力と柔軟な感性だと判断できます。そこから冒険者としての適正を考えると、先ずは戦士か盗賊系統の職業を得て前衛の能力を高め、その後で自分が求める力を持つ存在を目指すのが良いかと思われます』
「戦士に盗賊系か、確かに俺は、考えるより先に身体が動くタイプだし、それが良いかもな」
 アユラが指摘する通り、自分の性質を考えれば、後衛に居てチマチマと魔法を唱える魔導師系は余り好みではなかった。
 というか、正直、そういうのは何か面倒臭そうだ。
『では、戦士と盗賊のどちらの職業を選びますか?』
「その二つって、実際には如何いった感じで違うの?」
 何事も始めが肝心という訳で、俺は、取り敢えずそれだけは確認しておく。
『はい、戦士系は〈戦技〉と呼ばれる近接武具を用いた戦闘重視の技能を中心に獲得が出来、自身を成長させる事で様々な近接武具の装備や戦闘技能を扱える存在に至ります。具体的には、最初の修練を認められると、軽装による身軽さを活かした鋭い技で戦う《フリー・ファイター》。或いは、重厚な装備から繰り出す強力な一撃で戦う《ヘビー・ファイター》の職業を与えられます。そして更に自身を成長させれば、《フリー・ファイター》は、戦いの技を極めた存在である《ソード・マスター》。或いは、〈魔導〉の修練を積む事で、魔法を操る力を併せ持つ存在である《ルーン・ファイター》、強力な威力を持つ近接武具を自在に操る存在である《ナイト》となる事を許されます。《ヘビー・ファイター》は、その修練の末、《フリー・ファイター》と同じように、《ルーン・ファイター》と《ナイト》となる資格を与えられます』
「うむぅ・・・、ちょっと待った。その二つの職業を較べたら、選択肢が多い分、《フリー・ファイター》の方が良いんじゃないか?」
 俺は、アユラの説明にそんな疑問を抱き、その事を尋ねる。
『はい、確かにそうです。しかし、《フリー・ファイター》は、扱える初期近接武具の種類にある程度の制限を受けるのに対し、《ヘビー・ファイター》には、その制限が存在しません。それに加え、二つの職業には、最終的に至れる最高位の職業に於ける制限が存在します。全ての戦技を極める事が可能な純然たる戦士の最高位に位置する《マスター・ファイター》には、《ソード・マスター》を経た者のみが至れますが、それとは逆に、《ソード・マスター》となった者は、戦士としての力に高位魔導を操る力を併せ持つ存在である《ホリー・ナイト》に至る為の資格を得られません。《ヘビー・ファイター》は、《ナイト》を経る事によって、《フリー・ファイター》と同様に、《神》の加護を受けた強力な攻撃を繰り出す存在である《パラディン》へと至れるだけではなく、全ての近接武具を操り強力な戦技を誇る存在である《マスター・ナイト》に至る資格を得られます』
「要するに、最終的な目標として《マスター・ファイター》を目指すなら、最初に《フリー・ファイター》を選ぶ必要があるという事か。でも、それなら最初に《フリー・ファイター》を選んでおけば、最終的にはどの職業にも至れるだろう?」
 そう考えれば、又、話しが元に戻ってしまう。
『はい、そうですが、最高位の職業へと至るまでに、如何なる道を歩くかによって、培われる戦闘能力や獲得できる戦闘技能に幾らかの差が生じます。それに、選んだ職業のみに限らず、選んだ戦い方によってもそこに多少の差を生じる事となります』
「戦い方?」
『はい、そうです。それは言い換えるならば、この世界でどの様に生きるかの差とも言えます。力を求めて己を磨く事のみを選ぶ者。世界を深く知る為に冒険の旅を求める者。或いは、自らの求める『夢』を探す為に生きる者。其々が持つ様々な個性によって、千差万別の生き方が此処には存在します』
 アユラは、そこまで語ると一端言葉を切り、閉じた瞳と共にゆっくりと息を吸い込んだ。
 そして、その瞳を静かに開くと、そこに深い想いを込めた色を宿して、再び語り始める。
『《神》と呼ばれる存在が去り、この世界から秩序と平穏は失われました。しかし、それでも尚、生きる為の自由は在り続けています。だから、エン様。貴方は、この世界を自分らしく生きてください。ワタシは、貴方が抱くその意志を護り支え続ける為に存在しています』
 その言葉に俺は、目の前にある存在が『ナビ・パートナー』と呼ばれる意味を理解した。
「ありがとう、アユラ」
 アユラが示した想いを受けた俺は、素直な気持ちで感謝の言葉を紡ぎその頭を撫でる。
 それに対し、アユラは、嫌がる事無く嬉しそうに目を細めていた。

 アユラから、もう一つの前衛系職業である盗賊に関する説明を聴いた俺は、戦士となる事を選び、その資格を得る為の『試練』に挑戦する。
 それは、《冒険者ギルド》にもたらされた魔物討伐の『依頼』を果たす事であった。
 アユラの適切な支援を受けて、俺は、見事に洞窟へと巣食った魔者達の親玉を倒す事に成功する。
 そうして無事に課せられた試練を果たした俺は、《フリー・ファイター》となった。

『おめでとうございます、エン様』
 晴れて戦士となり、冒険者の一員に加わった俺に、アユラが歓びと祝いの気持ちを込めた言葉を掛けてくれる。
「ありがとう。こうして無事に冒険者となれたのも、アユラのお陰だ」
 俺は、感謝の言葉を口にして嬉しさ混じりに笑った。
『エン様、これから先は如何しましょうか?やはり、《秩序の光》か《力威の闇》の何れかの勢力の下、戦場で華々しい活躍を示す英雄となる事を選びますか?』
 アユラは、これからの冒険に於ける指針を求め、それを俺に尋ねる。
「否、アフラ。確かにその生き方には、『華』が在る。しかし、そこには、俺が求める『萌え』がない。そう、俺がこの世界に求めるモノ、それは『萌え』だ!」
 俺は、そう言い放って、我ながら莫迦な事を口にしたと少しだけ後悔する。
 そんな俺に対し、アユラは、困惑の表情を浮かべていた。
「(あーあ、これは呆れられたな。否、それ以上に軽蔑か・・・)」
 内心でそんな事を呟く俺に、真直ぐな視線を向けて、アユラが口を開く。
『・・・《萌え》ですか?それは、一体、どの様なモノなのでしょうか・・・?』
 その言葉の意味が分からなくて困惑気味に尋ねるアユラ。
 俺は、困ったように照れるアユラの仕草が可愛くて、調子に乗る。
「宜しい。アユラ君、キミに『萌え』が如何なるモノであるかを教えてあげよう」
『はい、お願いします!』
 嬉しそうな眼差しを返すアユラの反応に、俺は、益々調子に乗って行った。
「『萌え』と言うのは、そう、それは喩えて言うならば、人間にとって最高の嗜好を示す言葉。そして、その言葉を与えられる者にとっては、名誉の極みとなる最高の賛辞だ!」
『それは、とても素晴しいモノなのですね!』
 そう口にするアユラの瞳には、感動にも似た感情が存在していた。
「そうだ、『萌え』はサイコぉーに素晴しいモノだ!」
 更なる調子に乗った俺は、もう止まらなかった。
「『萌え』の形は十人十色、それこそ千差万別という言葉でも収まり切らない程に多様だ。その事は、俺自身も良く分かっている。それでも、否、それだからこそ、俺は声を大にしてこう主張したい。『ネコ耳メイド服は、漢のロマンだ!』」
 思わずそう叫んでいた俺に、周囲の冷たい視線が突き刺さる。
 それを反省したときには、もう遅かった。
 それは、この世界に於いて俺に対する周囲の評価が完全に大多下がりした瞬間であった。
 しかし、それは唯一の存在を除いてであった。
『エン様、ワタシにもその『萌え』はありますか?』
 アユラが真剣な表情で尋ねる。
 否、寧ろ、それは『真摯』と呼ぶに相応しいモノですらあった。
「ああ、ちゃんとあるよ。そう、俺にとって最高に魅力を感じる対象の『ネコ耳』がな!」
 『毒を喰らわば、皿まで』と完全に開き直った俺は、そう言い放つ。
 それによって、遠巻きに見る周囲の視線の冷たさが増すが、今の俺にとって、それ自体は大した問題ではなかった。
 しかし、それがアユラにまで向けられている事は、正直、忍びなかった。
「済まない、アユラ。キミにまで恥ずかしい思いをさせているな」
 冷静になって反省の言葉を口にした俺に、アユラは、キョトンとした表情を返す。
『エン様、如何してワタシに謝るのですか?』
「如何してって、周りの反応が気にならないのか?」
 俺は、逆にアユラへと尋ね返した。
『ワタシをワタシ足らしめる根源。その魂と呼ぶべきモノを与えてくれた存在が、嘗て《私》に、自分が好きなモノを好きと言える事は素晴しい事だと教えてくれました。そして、貴方にとっての『萌え』なるモノが、ワタシの身に少しでも存在すると言ってもらえた事は、名誉にして賛辞であり、誇りでもあります』
「『誇り』、・・・か」
『そうです。それが貴方にとっても誇りと呼べる想いであるのならば、貴方はそれを貫けば良いのです。貴方がそれを意志として持ち続ける限り、この世界に於いて、貴方を力で屈する事が出来る者が在ろうとも、貴方の誇りまでも屈する事が出来る者は在りません』
 その言葉に込められた深き想いを感じ、俺は、詰まらない事を考えたと反省し直す。
 思えば、今、俺の目の前にいる存在は、出逢ったその瞬間から、俺の全てを理解し受け入れる絶対の意志を示していた。
 それを俺は、理解しきれていなかった。
 俺との間に生じた僅かな沈黙を如何理解したのか、アユラが再び口を開く。
『エン様、この世界は、多分、貴方が考えている以上に残酷で非情な場所だと思います。だからこそ、強くなってください。如何なる意志の前にも、自らが抱いた意志を踏み躙られる事が無いように・・・。そして、ワタシも貴方と共に強くなります』
 それは、アユラが俺を想って抱いた一つの願いであり、又、自らに課した誓いであった。
 だから、それに対する俺の応えは決まっていた。
「ああ、分かった。一緒に強くなろう」
 そう口にした俺は、アユラの信頼に報いる為にも、必ず強くなるという誓いを自分の心に刻み込んだ。

 俺の『萌え』話を真剣に捉えたアユラは、世界の何処かに自らの姿を望むままに変える力を持つ《転化の宝珠》という秘宝が存在する事を教えてくれた。
 そして、俺は、その秘宝を探す冒険の旅に出る事を決意する。
 俺は、当ても無い秘宝を求めるその旅の困難よりも、純真な心を持つアユラと共に進む旅の喜びを自らの胸に抱いて、この世界に生れ落ちた場所である《始まりの街》を後にした。

 この先に待ち受ける幾多の試練を前に、俺は、微塵の恐れも抱いていなかった。
 それは、アユラという心強い味方の存在があればこそであった。


 こうして、後に数奇な運命へと至る俺とアユラの冒険の旅は始まった。

 そう、それは正に、俺にとって『運命』の始まりであった。

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