21世紀末、最高の文明を誇る世界。 その文明社会の陰の礎となり、人知れず世界の闇に存在する異形、《魔》と呼ばれる存在と戦い続けてきた来た者達がいた。 卓越した戦闘技能を以って《魔》と戦い退ける者、《退魔師》と呼ばれる彼等を纏め上げる一族に生まれ、その長たる総帥となる宿命を背負った少年、華神京也。 しかし、京也は、その宿命に縛られる事を厭い、未だ自らの責務を果す覚悟を持てずにいた。 そんな、京也に対し、彼の武道の師である榊和泉を始めとする一族一党の者達の多くは理解を示し、その支えとなる事を望んでいた。 自らの宿命を受け入れられず、そして、その責務の重さに心惑う京也の心には、嘗て、突然の別離をもって失った存在への愛憎が大きな陰として今も残っていた。 自らの存在に課せられた宿命に惑う京也を嘲笑うが如く、彼の前に一族と因縁の深き宿敵、世界に混乱を齎す存在たる秘密結社の刺客が現れる。 その存在が操る《流血の邪神》の力に苦しむ京也の想いが、永き封印にその身を縛られし特異の存在《戦女神・マナ・フィースマーテ》を解き放つ。 その邂逅こそが、京也と《マナ》の運命の物語の始まりであった。

2008年4月13日日曜日

『M・O・D+えふ~ある冒険者の災難~』 (中編)

オレが奪われた視界を取り戻した時、そこに映ったのは、悠然と立つ男と、その足元に倒れ伏す女魔導師の姿であった。
「幾ら、猪みたいに襲い掛かって来たとはいえ、本気でやり過ぎたな」
 口にしたその言葉とは裏腹に、男の表情に反省の色は無かった。
「まあ、自業自得だし、仕方が無いか」
 男は、付け加えるように言って、快心の笑みを浮かべた。
・・・うわぁ、鬼畜。
「あっ、今、ヒトの事を『外道!』って、思っただろう?」
「(いえ、正確には『鬼畜』です)」
・・・なんて事は、口に出して言えないけれど。
 ってな感じで無言の視線を返すオレに、男は、満面の笑みを浮かべ返した。
「言っておくが、彼女が俺に対してやった事に較べれば、俺が彼女に仕返した事なんて、『優しい』を通り越して『甘い』くらいだぞ」
・・・ああ、それなりに、自分のした事の自覚はあるのですね。
「あの助けて貰っておいて何ですが、流石に戦闘不能状態の失神はやり過ぎなのでは・・・?」
 オレが思わず吐露してしまった言葉に、男の表情が一瞬にして和む。
 内心で、『しまった』と後悔していたオレは、男の反応に正直面食らう。
「少年、君は、莫迦に近いお人好しだな」
尋ね返すまでも無く、オレには、それが褒め言葉である事が分かっていた。
「まあ、モノのついでという事で言っておこう。若しもオレが彼女の魔法から君を庇ってなければ、到底失神では済まない大惨事の犠牲者になっていたのは、君の方だぞ」
 男は、そう語って愉快そうに笑った。
・・・否、そこ笑うトコじゃないんですが(苦笑)。
「ええ、それは良く分かっているのですが・・・」
「否、君は良く分かっていない。俺たちの使う戦技なら、時に手加減の入れようもあるが、魔導に情けや容赦は存在しないからな。多分」
・・・って、『多分』ですか。
「アレは、感情で動く生き物に与えるには、危険すぎる力だ。なのに、この『世界』を統べる《神》ってヤツはそれを理解していないみたいだな。全く、面倒な事だ」
・・・このヒト、《神》に対し、面と向かって文句を言ってるよ。
「それに、魔導師の中には、自分の操る力を誇る余り、傲慢に近い勘違いをしている人間も結構居るからな。戦士の端くれとして、『魔導、最強!戦技?何それ、脳ミソ筋肉のオマケ攻撃ですか?』とか思われるのも詰まらないから、究極の戦技による魔導回避ってモノを示してみたりしている訳よ」
「魔導師が嫌いなんですか?」
 オレがそんな事を尋ねると、男は、考え込むように一瞬沈黙する。
「うーん、正確に言えば、嫌いなのは、魔導師ではなく、魔導の力の方かな。だって、『アレ』、反則に近いだろう?」
 オレは、屈託の無い笑みで語られたその言葉の奥に、深い意味が存在している事を何となく感じる。
「まあ、俺は、『《神》の悪戯』ってヤツで、魔導耐性に欠しい体質をしている分、人一倍魔導に対する反発心が強いだけだけど」
・・・あれ、今、このヒト、何か引っかかる事を言わなかったか?
 しかし、それが『何』なのか分からないので、取り敢えず俺は、もう一つの疑問を口にした。
「だから、あんな『奇跡』みたいな事が出来るようになったのですか?」
「起こり得る『可能性』の中で最良の結果に至るから、それは『奇跡』なんだ。俺が使っているのは、唯単に自分の技を極限まで究めただけのモノ。その気になれば、あれぐらい誰でも出来るようになる『必然』だよ」
「・・・マジですか?」
 事無げに言ってのける男の言葉に、オレは、半信半疑で尋ね返した。
「ああ、必要なのは、その気になる気合いと根性だけだよ。まあ、格好の良い一言で言うならば、『真に抱いた想いは意志となり、その強き意志は全てを凌駕する』という事だな。この世界は、本気で強くなりたいと望めば、それが叶う場所だからな」
「正に『夢喰らい』ですね」
 それが持つ意味を体現した存在を前にして、オレの口から自然とそんな言葉が零れ出た。
「俺の場合、他者の『夢』を喰らったというより、自分の弱さに涙を呑んだという方が正しいけれどな」
 そう語る男の顔には、先刻の戦いに示した表情とは真逆の真摯に過ぎる笑みが浮かんでいた。
「オレでも、貴方のように強くなれますか?」
 それは、それこそ本の少し前に邂逅しただけの相手に尋ねる事ではないことは分かっていた。
 それでも、オレは、それを尋ねずにはいられなかった。
「ああ、君ならそれも叶うと思う。強くなければ優しくなれないし、優しくなければ強くなる意味は無い。強さの意味や求め得た力の使い方も人間それぞれだろうけど、本当に強くなる人間には、それだけの理由が在るモノだ」
「貴方にも、強くなる『理由』が在ったのですか?」
 オレは、男が語る言葉に込められたモノに、純粋な興味を抱いて尋ねる。
「ああ、勿論。だが、少年、それを訊くのは野暮ってモノだ」
 男は、少し照れたように笑い、そして、それを隠すように更なる言葉を続けた。
「それに、俺にとっての理由が、君にとっての理由になるモノでは無いだろう」
「確かに、そうですね」
 指摘された事実にオレは、それを踏み込むべき事ではなかったと自覚する。
「助言、という訳ではないが、一つ良い事を教えてあげよう。この世界に於いて、多くの人間が知る所の所謂『達成者』についてだが、彼等とてそれ程に崇高と言える理由を以って、強くなった訳では無い。《マスター・オブ・マスター(至高の英皇)》の英称を関する者ですら、最初は唯のお気楽冒険者に過ぎなかったし、他の面々にしてもそれとそう大差があった訳でも無いな」
「でも、それなら何故、彼等は今に至る偉業を達成できたのですか?」
 そこに結果へと及ぶ理由が無ければ、それが果たされる事は在り得ない。
 だから、オレは、その『答え』の一端を問う。
「それは多分、純粋な莫迦に優るモノは無いという事だろう。俺が知る限り、彼等以上の純粋に莫迦な目的を求める変り種は、この世界には未だ現れていないからな。何よりも、この世界を統べる《神》こそが、そんな伊達や酔狂を一番に好む存在だから、それもまた必然なんだろうさ」
 男は、そう言ってのけると愉快そうに笑った。
「貴方もその純粋なる愚者に連なる一人なのですか?」
「俺は、そんな格好の良いモノではなく、暇と退屈を何よりも厭う唯の物好きな人間というだけさ」
 そんな『大嘘』をついて、男は、再び愉快そうに笑う。
 『貴方は一体何者なのですか?』とは、何故か尋ねられなかった。
 代わりにオレは、こう尋ねた。
「貴方は、何故、オレを『助けた』のですか?」
 その問い掛けを聴いた男の表情が一瞬だけ真顔になる。
「言っただろう。俺は、唯の物好きだとな。気紛れだよ」
 直ぐに軽い調子に戻って応える男の言葉には、微塵の嘘も存在していなかった。
「敢えて理由が要るならば、それは、この世界で強い相手と戦いたいと望んでいるからだ」
 オレは、その大胆不敵な言葉を聴いても、不思議と不愉快には感じなかった。
 それは多分、目の前に居るこの男が本気でそれを渇望しているからだろう。
 その愛すべき愚望に対し、憧れにも似た想いを抱くオレの目の前で、すっかりその存在を忘れていた『ソレ』が目を覚ました。
「ちょっと!ちょっとぉ!貴方達、他者の頭上で何を男同士で良い雰囲気を醸し出してくれちゃっているのよぉ」
 気絶から復活した女魔導師は、開口一番で微妙な発言をかます。
「おお、お目覚めですか、眠り姫!」
・・・ああ、貴方は、そんな火に油を注ぐような事を。
「・・・殺す!」
「おー怖い。助けて、剣士様!」
・・・否、無理です。実際。
「と、まあ、冗談はさて置き。先刻の一戦でまだ目が醒めないというのならば、今度こそ真面目に相手をする事になりますよ、お嬢さん」
・・・あのぉー、それって先刻のはまだ遊びアリのレベルだったという事ですか?
「・・・分かったわ」
・・・おー、退いた。
「でも、それとは別に、彼には責任と言うか,ケジメと言うかは、ちゃんと取って貰います。男としてね!」
・・・あのぉー、如何してそこで妙に紅くなるんですか?
「だそうだ、少年」
・・・そして、貴方は何故、そんなに楽しそうなんですか?
「そもそも、君らの痴話喧嘩の原因は何なんだ?」
『痴話喧嘩なんかじゃないです!』
・・・うわぁっ、ハモった!
「ああ、そう。それは妙な誤解をして済まない」
・・・全然、済まないなんて思っていませんね?
「いや、男と女が命懸けで剣と魔法の攻防を繰り広げる理由と言ったら、それぐらいしか思い至らなくてね」
・・・如何いう思考ですか、それ。というか、オレが一方的に攻撃されていただけなんですが(悲哀)。
「それで、何が如何して、彼に男の責任とかケジメが必要なのかな?」
・・・うぬぅ、その満面の笑顔が怖いんですけれど。
「それは、このケダモノがドサクサに紛れて私を押し倒した上に、私の・・・、私の・・・、唇を奪ったのよぉー!」
・・・そう参りましたか。というか、押し倒されて唇を奪われたのはオレの方です。
「ほうほう、それは災難だったねぇー」
・・・スミマセン。何故、今一瞬やり遂げた者の笑みを浮かべたのですか?
「でしょ!でしょ!その上、このケダモノは、責任も取らずに逃げ出そうとしたのよ!」
・・・それは誤解です。正しくは、身の危険を感じて思わず逃げただけです。ハイ!
「成る程、成る程。それは酷いねぇー」
・・・否、そんな風に納得されても困るのですが(涙)。
「で、少年、実際の所は如何なんだ?」
・・・おおー、その言葉を待っていました!
「確かに、事実も含まれていますが、全部誤解です。彼女から逃げようとした拍子につまずいてバランスを崩し、その結果、彼女を巻き込んでもつれる様な形で倒れて、それでその・・・、そんな状況に・・・」
「ああ、そうか、そうか。所謂、『事故チュー』ってヤツだな」
・・・そうです!その通りです!全ては運命の悪戯、事故だったのです!
「二人共、ごめんねぇ」
『???』
・・・うぬぅ?何故、何を、貴方が謝る?
「君たちのそれ、不純行為として《天罰》の対象なんだ」
・・・えーと、《天罰》ですか?
「・・・」
 耳にしたその言葉の意味を理解できずに困惑するオレ。
それに対し、俺と同罪(?)となる彼女は、それまでの不遜な態度に反して、信じられない程に青ざめていた。
「少年はともかくとして、お嬢さん、君は流石に立場上、マズイでしょう、実際」
・・・スミマセン。全然、話に付いていけないんですけれど。
「・・・はい。その通りです」
「正直言って気の毒だとは思うけれど、こればっかりは仕方がないんだよな」
・・・あのぉー、《天罰》って何ですかぁー?
「少年、意味が分かってないな?」
・・・はい。
「そうか、ならば説明しよう!この世界には、その絶対的意志の存在である《神》によって定められた《真諦》と呼ばれる戒めがあってね。その中の一つに、『人の心を乱す不純なる器の接触を戒むべし』と定められている訳だ」
「・・・?」
・・・それは如何いう意味でしょうか?
「簡単に言えば、『他者の前でベタベタするな!』ということだな」
・・・うわぁ、スゴく分かりやすいです。って、あれ!?
「それって、まさか・・・?」
「ああ、今回の君たちも引っかかります」
・・・マジですか!
「だって、アレは明らかに事故じゃないですか!」
「ああ、そうだな」
・・・じゃ、セーフ?
「否、アウト!」
・・・お願いします。心を読まないで下さい。
「無理、君は思っている事が顔に出過ぎ」
・・・そうですか。
「まあ、それだけならば、唯の事故で片付くのだけれど、今回に至っては、それでは済まないんだよねぇ」
・・・そんな楽しそうにいわないで下さい。
「ごめん」
「?」
・・・今度は、貴女が何故、何を、謝るんですか?
「そうだね。君が悪い」
「はい。分かっています」
・・・オレには、さっぱり分からないのですが。
「了解、了解。少年、この世界の《神》はね、自分が《真諦》に定めた戒めを人々に護らせる存在として、《使徒》と呼ばれる代行者を選んだ。正確に言うとそれとは少し違うのだけれど、俺もその《使徒》と呼ばれる存在と同じ様な役目を与えられている訳だ。実際は不本意なんだけどな。それはさて置き、そこにいる彼女こそ、正真正銘の《使徒》だよ」
「えっ!?」
・・・マジ、ですか?
 驚き思わず視線を向けたオレに、彼女は無言で頷いてそれを肯定する。
「で、ここで考え見てくれ、少年。《使徒》という特別な使命を与えられた存在である彼女が、果たすべき使命を負って現れた俺へと、感情に任せて問答無用の攻撃を仕掛けた。その事実の重さは如何ほどのモノだろうね」
・・・洒落では済みませんね。
「そして、少年。君は、知らなかったとはいえ、《天罰》に値する罪を犯し、その上、それを酌量して見逃そうとした俺の申し出を敢えて拒んだ訳だ」
・・・えっ、そんな(ヒドイ)。
「ああ、そうだ、少年。君には、もう一つ罪が在ったな」
・・・えーと、何ですか?
「君は、彼女の攻撃から身を呈し庇ってまで事態の収拾に努めた俺に対し、礼を言うどころか『外道!』とか思ってくれてたな」
・・・否、正確には『鬼畜』です。
「ああ、そうそう、『鬼畜』だったな」
・・・心で思った分までカウントされても、ねぇ。
「否、俺個人としては、別に君らの事を咎めようなんて思ってはいないんだがなぁ。ここで安易に見逃して、こっちに面倒が転がり込んでも厄介だしなぁ。という事で、俺の幸せの為にも取り敢えず、君たち二人には大人しく消えて貰うとしようかな。本当に、ごめんねぇ」
・・・否、そんな風に、楽しそうに言われても全然、説得力がないのですが。
「じゃ、始めようか」
 事無げに言って、男は、手にした長剣を構える。
「(こうなれば、もう覚悟を決めるしかないのかな)」
 オレは、妙に悟って得物である剣を鞘から抜き放った。
「遣らなきゃ、遣られるだけです。犯した罪が消せないのならば、贖う事を選ぶより生きる事を求めるべきじゃないですか?」
・・・我ながら、何とも大それた事を言っているのだろうね。全く。
 しかし、それでも少しは意味があったみたいで、同じ罪を負った彼女も覚悟を決めて頷いた。
「私の魔法で彼の動きを出来る限り止める。彼を倒す役目は貴方に任せたわよ!」
「了解!」
 そんな遣り取りを交わして、オレと彼女は互いに不敵な笑みを浮かべ合う。
 正直、倒せる可能性は皆無に近い。
 それでも、それが零ではないならば、それに賭けてみるのも良い。
 そんな想いがオレに勇気の決断をさせたのだろう。
「(これで勝てたら、正に『奇跡』だな)」
・・・『可能性』に『奇跡』か、ならばその先に在るのは、『最良』か、或いは『必然』のどちらかなのだろうか?
「(倒すべき相手の言葉に縋るとは、本当、オレも全く以って情けないな)」
「覚悟も決まったみたいだし、そろそろ行くぞ!」
・・・いやはや、何ともニクらしいヒトだよ。貴方は!
「そうはさせないわよ!」
 言い放つと同時に、彼女が発動させた魔導の力が解き放たれる。
 そして、オレは、迷う事無く動いた。
「フッ、甘いな!」
 短く言って横薙ぎに振るわれた長剣によって、彼女が放った攻撃魔法が相殺される。
 これは、オレと彼女にとって予測の範疇にあり、そして、作戦の成功を意味していた。
「貰った!」
 オレは、男が柄を絞って振るう長剣を止めるその隙を狙って、決着となる快心の一撃を振り下ろす。
『《霧氷月華》!』
 オレの攻撃がその身体を捉えた刹那、その《力持つ真名》を示す声と共に、男の身体は剣氣の残滓である燐光のみを残し掻き消える。
 そして、次の瞬間、背後を取った男の長剣によってオレの身体が刺し貫かれる、・・・筈だった。
・・・えぇっ?

ふぁはっはっはぁー!

 オレが、恐る恐る振り返った時、男がそれまで必死に抑えていたのであろう爆笑をあげる。
 意味が分からず唖然とするオレと彼女を前に、男は、更に笑い続けていた。

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